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リアクション
「……そんな、ひどい……」
混乱の中で状況の全てを理解した蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は、家族と一緒にフロアの一角に立ち尽くしていた。もう、どこを見ても平和な買い物風景など存在しない。荒れに荒れた店の様子は、隔絶され、世界から取り残された遺物にも見える。
先程まで楽しく買い物をしていただけに、感じる落差は激しかった。脳が、というよりも心がついていかない。デパートという空間に於いて、これはあまりにも非現実的だ。
――だが、確かに現在進行形で広がる現実であり。
腕の中では、ユノ・H・ブラウが怯えた表情を浮かべていた。兎達の所業を目の当たりにし、負の感情が溢れるフロアの空気の只中に居れば、無理のないことだろう。
「ユノ……」
小さい頃の災難体験は後々まで忘れず、時には、成長してからの性格形成にも影響するという。彼女には過酷すぎるこの記憶を、引き摺らなければいいけれど――
少しでも安心させようと、娘の背中を撫で続ける。夫であるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)も、彼女の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ、ちゃんと家に帰れるよ」
アインと目を合わせると、彼はユノに向けていた微笑みのままに朱里を見た。その目の中に確かな決意を感じ取り、朱里も表情を引き締める。
(……ともかく、ユノを守らないと)
兎は小さい。巨大化したとかそういうことはなく、通常サイズだ。いくら凶暴であっても自分達夫婦だけなら自力で対処は可能だった。だが、まだ二歳のユノがいてはそれもままならない。
「まずは安全な場所を探そう」
そう言う彼に頷き、娘を抱く腕に力を込める。兎を警戒し、周囲に常に気を配るアインに護衛されながら歩き出す。どこかに、避難できるスペースがある筈だ。
「あれは……」
床に倒れ、呻き声をあげる数人と榊 朝斗(さかき・あさと)達を見つけたのは、その最中の事だった。
――休日を利用して皆で買い物を楽しむ為に空京のデパートに来て。
――地下二階にやってきて。
ただそれだけだった筈なのに。
また、面倒事に巻き込まれたような。
「……どうしてこうなった」
思わず頭を抱えたくなるのを堪え、朝斗は眼前で繰り広げられている悪夢のような光景に、悩まずにはいられなかった。
この流れのどこに、惨劇に繋がる要素があったというのか。甚だに理不尽な展開である。
「……って、悩んでる場合じゃない」
だが、すぐにそれと気付いて朝斗は倒れている人の傍へと駆け寄った。呑気に自分の不運について懊悩する間にも、状況は確実に悪化していく。主に――非契約者である地球人達の状況が。
兎に噛まれ、直接的に被害を受けた彼等だけではない。買い物客の中には、幼い子供の姿も多く見かけた。訳が分からず、フロアを右往左往している子供達もいるだろう。その間に襲われてしまったら大変だ。
巻き込まれたとはいえ、彼等を見過ごす訳にはいかない。
考えるまでもなく、やることは決まっていた。
「ルシェン、アイビス、ちびあさ。手分けしてここの人達を保護しながら、安全な所を探すよ!」
「! ……ええ、そうね」
朝斗と同じく、なんでこんな事に……と現状を嘆いていたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)もそれを聞いて動き出す。事件に遭遇し、近くにいた者同士で一致団結したのかもしれない。この辺りには、集中して人が倒れていた。さすがに、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が彼等を運ぶことは難しく、朝斗とルシェン、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の三人では一度に全員は運べない。彼等の怪我の度合いを確認しながら、アイビスが言う。
「傷の深い人から運ぶしかなさそうね……」
「とにかく、少しでも避難させましょ」
「僕も手伝うよ」
アインと朱里が来たのは、ルシェンが負傷者の一人に肩を貸した時だった。アインは、両足に重傷を負った男を抱え上げる。
「……ありがとう。うん、まずはフロアの端を目指してみようか」
惨事の渦中で見知った二人に出会えた事に驚きつつもほっとして、朝斗も怪我人を背負って歩き出す。
「ま、待ってくれ……」
その時、重傷者に比すれば軽傷と言える怪我人の一人が朝斗達を呼び止める。振り返ると、彼は足を引き摺りながらも移動しようとしていた。彼以外にも、痛みに呻いていた何人かが立ち上がり、歩き出す。
「俺達も連れていってくれ……。ここにいると、怖くて……」
そして、口々に語る。兎に襲われ、人生で初の激痛と戦う事になった彼等は、助けを求めて這うようにしながら進んでいた。何処に行けば助かるのか判らぬままにフロアを彷徨っている内に、二度目の襲撃を受けたのだという。
「こんな、売り場のど真ん中にいたらまた奴等に襲われるかもしれない……」
「……分かったわ。私達が援護するから一緒に行きましょう」
「にゃー!!」
朱里が彼等の後ろに立ち、ちびあさにゃんはイナンナの加護を全員にかける。更に、爆砕槌を出して襲撃に備えた。
そうして、朝斗達四人と朱里、アインは協力し合いながら負傷者と共に移動を始めた。
「! あそこにファーシーさんがいるわ。それに、沢山の人が……」
商品棚の間から見えた光景に朱里が声を上げ、人々の様子を見てアイビスも言う。
「治療スペース? みたいになっているみたい。行ってみましょう」
だが、集まった人を襲おうと、周囲には多くの兎の姿が見えた。攻防が繰り広げられるその中を通っていくのは極めて危険だ。一行は兎達を迂回して、ファーシー達に近付いていく。
「事態が落ち着くまで、ルシェン達はスペースの護衛と治療をしてくれ」
移動の間に、朝斗はルシェン達に今後の動きの指示を出した。スペースを狙う兎達の数を見て、ルシェンは言った。
「ええ。朝斗はどうするの?」
「僕はフロアに残る人達を連れてくるよ。なんでこの変異したうさぎ達が現れたかわからないけど、これ以上被害を出させるわけには行かないからね」
「僕も行くよ。家族の安全は勿論、負傷したまま取り残された一般人も放っておけない。朱里は……」
「私は治療のお手伝いをするわ。事件が終息するまでは、あそこをベースキャンプにできそうだし」
アインの隣を歩きながら、朱里は言う。アイビスと目を合わせると、それだけで気持ちが伝わったのか彼女も引き締まった表情で頷いてくる。
「協力して治療をしていきましょう」
そう答えながら、アイビスは朱里が抱くユノを見た。家族連れで買い物に来ていたのは、朱里とアインだけではない。治療スペースには、まだ幼い子供達の姿も見えた。怯えているのなら、少しでもその気持ちを軽くしてあげたい。
「にゃにゃー」
僕だってお手伝いするよ! とちびあさにゃんも声を上げる。治療スペースまで行くと、そこではセラとザカコ、メシエと機晶犬&調律機晶兵が兎達を退けて集まっていたところだった。フロアの様子はあえて詳しく書かないが、ゲームであれば間違いなく全年齢向けにはならなさそうな光景だ。
――本当に、これがゲームであればいいのだが。
「雑談? でも……」
「勿論、軽傷患者の治療をしながらだけどね」
動く兎が一旦いなくなったところで、メシエは不安を和らげるように患者と雑談してほしい、とファーシーに頼んでいた。治療が不得手であるからというのもあるが、彼女であれば子供達を安心させられると思ったからだ。
「特に、子供達を安心させるように積極的に話しかけてもらいたいかな」
母性の強い女性が傍に居れば、子供の不安は安らぐだろう。子供好きな恋人の顔を自然と思い出しながらメシエが言うと、迷いを見せていたファーシーは心を決めたようだった。
「子供達を……? 分かったわ」
「ファーシーさん、皆さん」
そこで、朱里が声を掛ける。ほぼ同時に振り返ったファーシー達は、朝斗達が連れていた怪我人を見て目を見開いた。
「……大変!」
「ファーシーさん達はあちらの方々をお願いします」
守られつつも自力で移動してきた客を彼女に任せ、ザカコは朝斗から重傷者を受け取った。エースとメシエもアインから受け取った一人を寝かせて治療を始める。
「すぐに回復魔法をかけよう。もう安心だ」
生命のうねりを使うメシエの周りを、エースのキャットシーが歩き回る。もふもふと可愛らしい姿の癒し効果で、SPを枯渇させることなく彼は治療を継続できた。だが、薬やガーゼ、包帯などの道具は底をつきかけている。エースは立ち上がり、地下二階全体を見ながら記憶を辿る。そして言った。
「少し、物資を取りに行ってくるよ。確か、このフロアには薬局があった筈だから」
「外に行くでありますか!? 気をつけるでありますよ!」
歩き出したエースに、スカサハがエールを送る。彼女はそれから、ファーシーと協力して軽傷者の対応を始める。
「大丈夫でありますか! スカサハが手を貸すでありますよ!」
「し、師匠、そこを持ったら……あ、可愛い……」
そこに、キャットシーがてくてくと歩いていった。満月は、自分でも気付かぬうちにSPを回復させつつ怪我の治療を進めていく。そして、ルシェンとアイビスもそれぞれに重傷者を床に寝かせて手当てを始めた。アイビスは早速、ナーシングを使う。
「これ以上怪我が酷くなる前に治療しないと……!」
ユノを降ろした朱里も、それを手伝う。朱里には、最愛の娘も傷ついた人達も絶対に守りきるという強い決意があった。
「そうだ。手が空いたら君達にも子供達のケアを頼めないかな。ファーシーと一緒に、お願いしたいんだ」
「……そうね。できるだけ声を掛けるようにするわ。ね、アイビスさん」
「傷は、体の傷だけじゃないものね……ファーシーさん?」
メシエの言葉に、二人は頷く。子供達の事は、彼女達にとっても大きな懸念事項だった。そこで、アイビスは治療スペースの外をじっと見ているファーシーに気付く。何となく、様子がおかしい。悲しんでいるような、怒っているような――
「……………………」
「どうしたの?」
「え? あ、うん。なんでもないわ」
アイビスの声に、ファーシーは慌てたように笑顔を浮かべた。これだけの事件に、心が痛まないという方が無理がある。だが、彼女の心に何が去来し、表情を曇らせたのか――そこまではアイビスも判らなかった。人が百人集まれば、悲しみもきっと百通りなのだ。
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