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【2024VDWD】甘い幸福

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23.宣言と理由


「……よく来たな」
 ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)は椅子にゆったりと腰かけながら、微笑んだ。
 場所も時間もジェイダスの都合のよいようにしてほしい旨を伝えた彼にジェイダスが指定したのは、薔薇の学舎の理事長室だった。
 豪奢な室内と椅子に、少年化したとはいえジェイダスは昔のような雰囲気のまま、しっくりと納まっている。
 ついさっきまで仕事をしていたのだろう。机の両側には書類が積み上がっていた。
 ペンを置くとジェイダスは、彼にも腰かけるように促した。
「……あ、あの。お時間は取らせません」
 皆川 陽(みなかわ・よう)は控えめに、前髪の下からそう言って。
 両手に持った四角いプレゼントの箱を差し出した。
「……これは?」
「チョコレート、です」
 顔を、上げる。
 ジェイダスがゆったりと髪をかき上げ、面白そうにこちらを見ているのを正面に見る。
「学舎の薔薇園で自分が育てているお花を材料に使った、薔薇エキス入りの、薔薇の香りのチョコです」
 丁寧にラッピングしてあるその中のチョコレートも、頑張ってラッピングに負けないくらい丁寧な仕上がりになったと思う。
 ジェイダス理事長に下手なものを渡せないという思いと、それ以上に大きな感謝の気持ちを込めて。
「そうか。ありがとう」
 ジェイダスが手を伸ばし、それを受け取って――陽は手の重さと一緒に、彼自身の荷が一つ、降りたような気もする。
「ジェイダス校長、ありがとうございます」
「……何をだ?」
「自分を学舎の一員として加えてくださって。
 ……自分はふっつーの庶民で、だから学舎に呼ばれて最初は戸惑ったし、こんなとこでやっていけるわけないって思ってたけど。
 でも、偶然とはいえ契約者になってしまって、地球のふっつーの日本庶民の社会の中では異能者という異端の存在になってしまって居場所がなかったし、今では学舎に来ることが出来たことのありがたさがわかるようになりました」
 薔薇の学舎は、文・武はおろか外見、芸術、血統の美まで全てにおいて優秀な男子生徒たちが通う学校だ。
 当初の生徒数約500人という少数精鋭のエリート校だった。それも高等部だけでなく、小学部、中等部、大学部を含めての人数であり、卒業生はおおよそどんな進路でも選ぶことができる、というだけでもその狭き門と生徒たちの優秀さがしれようというものだった。
 しかしその生徒たちが、誰もが目に見える形での「美」を持っているとは限らない。何故なら、生徒たちを選んだのは、独自の美の基準を持つジェイダスだからだ。
 陽もまた、そんな生徒の……どこにでもいるような凡庸な、しかしジェイダスに認められた生徒の一人だった。それも、「ジェイダスのイエニチェリ」にすら選ばれている。
「それで、14歳でここに来てからいろいろあって、今はパートナーに依存しないでちゃんと自分の足で立てるようになりたいって思って努力してるとこで、そう思うようになったのも学舎でいろいろ経験したからで、だから、この学舎に来て良かったって、自分のことを選んでくれてありがとうございます」
 陽は一気に言うと、ぺこりと頭を下げた。そして頭の上に影がかぶさり……顔を上げた時、ジェイダスが目の前に立っていた。
 大柄だったのに……今では、陽よりも身長の低いジェイダスが。
 彼は先ほどより笑みを深くして、右手を伸ばすと陽の頬を包むように触れた。以前、別の覚悟をして撫でて貰った時より、掌は小さくなっている。
「……そ、それで……今後は、自分の出来ることを増やして、誰かの役に立ちたいって考えてます」
 陽が緊張しながら付け加えると、
「……少し……身長が伸びたか?」
 首筋、耳の後ろを通ってから前髪を払い、頭を撫でる。
 それはジェイダスが小さくなったからだし、成長期だったからかな――と陽は思ったが、それは表面的な理由に過ぎなかった。
 ジェイダスは陽の頭を慈しむように撫でた。
 それはとても嬉しかったのに、陽は髪が傷んでないかな、などと妙なことを気にしてしまう。
「美しさとは、目に見えるものだけではない」
 ジェイダスは髪を梳きながら、左手で陽の背中をそっと抱きしめる。掌で優しく背中をなぞり、その手が臀部へと達する。
「今のお前は、抱いても壊れそうにないな……」
 少しだけ震えた陽の腰を優しく包み込むように抱くと、ジェイダスは陽の額に軽く口付け、囁いた。
「私がおまえを選んだ――そのことに自信を持て。そして、おまえの望みを叶えるために、迷わず進んでいくといい」