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東カナンへ行こう! 5

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東カナンへ行こう! 5

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 どうやって逃げるか相談でもしようとしていたのだろうか。1人を見つけて追いかけるうち、次々と残りの2人も見つかった。
「こうなったらまとめてふんじばってやりたいけど、2兎追う者は1兎も得ずっていうからね!」
 子どもといえど犯罪者。しかも大人が捕まっている隙に獲物をかすめ取って自分たちだけ逃げるとは、かなりずる賢い。将来的にも、見つけたら容赦なし――といきたいところだったけど、場所柄を考慮すれば、さすがに街なかで子ども相手に滅技・龍気砲は使えない。
 そこでリカインは次善の策をとることにした。
「セテカくんは帰ったし。今なら止める人もいない!」
 ふっふっふ。
 口元から漏れこぼれる笑みが邪悪っぽいことに気づいているのかいないのか。リカインは瞬く間に詠唱を終え、術を立ち上げる。ざあっと見えない波が引くように、リカインを中心に周囲の空気が変化した。

「顕現せよ! 魔法少女セテカくん!!」

 夢想の宴が生み出したのは、10歳前後のセテカだった。華奢な手足を紫紺の女神官服アレンジの魔法少女服に包み、金色のおかっぱ髪がクロブーク(修道帽)からこぼれ出ているその姿は、どこから見ても美少女でありながら、セテカの面差しである。
 なにしろリカインはネイトから子ども時代のセテカの陶器製の肖像画を見せてもらったことがある。本人そっくりであたりまえ。
「セテカくん、あれ!」
 リカインは逃げる子どもたちの背中を指さす。
 現れた魔法少女セテカはリカインの意図を正確につかむと錫杖を掲げた。そこから星型の光がシャワーのようにあふれ出て、ケーキやクッキーが雨のように降ってくる。
「わ! おかし!!」
 コン、と頭にぶつかって、パラパラっと足元にばらけたおいしそうなクッキーたちに、女の子が足を止めて目を奪われた。
「ばかっ! 足を止めるな!!」
 前を走っていた少年が叫ぶが、時すでに遅し。
「捕まえたーっ!」
 リカインがタックルをかけて子どもを押し倒す。
「こっちは確保! 狐樹廊、もう1人いける!?」
「やっています」
 すでに狐樹廊はフラワシを向かわせていた。壁にあいた穴へ半分もぐりこんでいた背中を、後ろから引っ張り戻す。
「わっ! バカ! やめろ! 放しやがれってんだ!!」
 じたばた暴れる男の子の声に、一番の年長者と思われる少年が壁の向こうから戻ってきた。
「弟を放せ! この化け物!!」
 見えない化け物が男の子を宙に持ち上げている。そう思った少年は、脇の壁に詰まれたり立てかけられていた箱や板といった資材を、男の子の後ろ、化け物がいるあたりへ向かって倒した。
 激しい音がして、もうもうと砂煙が巻き上がる。
 鉄のフラワシはそんな攻撃などものともしないが、このまま抑え込んでいれば男の子も巻き込んでしまうかもしれない。
 フラワシを解除した狐樹廊の前、少年は男の子を立たせて再び穴をくぐろうとする。
 このまま逃げられてしまうのか。そう思ったときだった。
「兄ちゃん、あれ……?」
 鎮まりかけた砂煙の向こう、横の路地に思わせぶりな人影を見つけて、男の子は思わず少年のそでを引っ張る。

 人影――は、ハニワと土偶を足してこねくり合わせて2で割った上で2を掛けたような、何がなんだか分からない複雑怪奇なポーズをとったまま、怪鳥(けちょう)のごとき奇声を上げた。

「うるるるぃぃいいぃいるるるぃいいいいああああぁぁぁぁあああぁぁるるるるぅぅぅぅうらららぃいいぃいいーーーーーッッッ! イェア!!!」

 サカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカカカッ
(※ただいまメンタルアサルト中ですが、切くんおよびその恋人および友人、関係者まで累々とダメージが及びそうなので、詳しい表現は割愛させていただきます)


「捕まえた」
 すっかりあっけにとられ、どこかおびえた表情で白目をむいてカチンコチンに固まった兄弟を、そこに駆けつけたアルクラントとシルフィアが確保する。
「……う、うわあああああああんっっ、おねーちゃーーーんっ!! こわいようーーう!!」
 下の男の子がシルフィアに泣きながらしがみつく。シルフィアは意味が分からないままに、とりあえず「大丈夫、大丈夫よ」を繰り返して頭をなでている。
 その後ろの方では、切が、何かを成し遂げたあとのさわやかな笑顔で額の汗を拭いていた。




 こうしてセテカの婚約指輪と、そして盗まれた指輪はすべて回収することができた。
 セテカの婚約指輪を除き、ほかの指輪は警備兵に渡して、元の持ち主である宝石商に返してもらうことにする。
「無事間に合いそうでよかったわ」
 セテカに渡したい物があるからと、ルカルカとダリルがセテカの元へ指輪を持って行くことになった。
「で。この子たちのことだけど。どうなるのかしら?」
 シルフィアが心配そうな目で5人の子どもたちを見つめた。
 盗賊団として犯罪行為を繰り返してきたのは間違いないが、拾った盗賊たちが暴力でおどして奴隷のようにこき使ってきたせいだ。食べるところも寝るところもない孤児では従うよりなかったのだろう。聞けば、前から逃げ出す相談をしていて、セテカたちが踏み込んできたときがそのチャンスだと思ったということだった。
「盗賊から足を洗おうとしていたわけですからね。まあ、情状酌量の余地はあるかもしれませんねぇ」
 狐樹廊はぱたん、と扇子を閉じて、ある提案をした。
「こうしてはどうでしょう? ちょうど城には北カナンからの使者として、ニンフさんが来ておられます。彼女に相談してみては?」
「あ、それいいわね。きっとニンフくんならきちんと対処してくれると思う。彼女の元へ連れて行きましょう」
 リカインも賛成する。ほかの者たちも異議を唱えることはなく、子どもたちのことに関しては神官 ニンフ(しんかん・にんふ)に仰ぐことになったのだった。