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Buch der Lieder: 夢見る人

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Buch der Lieder: 夢見る人

リアクション

 救助の為に契約者達が各階へ散らばった際、輝とパートナー、トーヴァはレストラン階まで下りていたところを劇場下の八階まで引き返した。
 此処は通常一般人が入れないオフィス階になっているが、辿り着いた際には既に、身分証を提示して通る改札は開け放たれている状態だった。既に少女達が暴れ回り、従業員と警備員の一部に怪我人も出ているらしい。
 トーヴァが動ける警備員に事情を説明している間に、輝は三人のパートナーに動きを指示した。まずオフィス階は八階と七階二つの階から構成されている為、従業員たちを上階から下へ誘導する。そこからはプラヴダが安全確保に動いている階段やエレベーターを利用して脱出して貰うのだ。
 その際瑠奈がルートを把握、瑞樹が確保、輝が従業員のガードにあたりシエルを後方の補助を行うという考えだ。
「トーヴァさんはシエルと一緒に補助に。先に怪我人の皆さんをお願いします」
「分かったわ」
 ヴァルキリーであるトーヴァの普段の戦いを見ていれば、攻勢に……と考えてしまいがちなところを、輝はそうはしなかった。彼女は高い回復力を誇るセイントの能力を有している。ユーティリティとして動ける位置が妥当なのだ。
 またオフィス階は機能性を重視する為、その他とはがらりと内装が代わり、道幅が狭くなっていたり、椅子や机など低い位置に遮蔽物も多い。無駄にスキルを乱発するよりも、きちんと考えて動く事が優先されると踏んだのだ。
「本当にいきなりだね……」
「何がどうなってるのか分からないにゃー」
 オフィスの様子をぐるりと見てシエルが呟いた声に、瑠奈が従業員の混乱を呼ばないようこっそり言うと、瑞樹が
「そろそろケリつけたいですね」と唇を噛み締める。しかし、兎に角今は動かなければ。
 瑠奈は気持ちを切り替えようと笑顔を作った。
「よし、先導頑張るにゃ〜♪
 邪魔が入ったら……瑞樹お姉ちゃんが居るから多分大丈夫!」
「丸投げされた!?」
 瑞樹が表情を固まらせたのに、シエルがくすりと笑うと、輝が
「皆、気を抜かないでいこう!」
 と鼓舞し、彼等は改めて動き始める。
 指示は的確。人数としては心許ないが、彼等はパートナー同士。統率の出来た動きが出来ていた。
 更に此処はオフィス階だ。働ける――つまり健康的なある一定の年齢層しかいない上、避難訓練などで慣れた彼等は不必要に混乱する事も無い。
「こっちですにゃ〜!」
 瑠奈は誘導する中で、皆がパニックにならないよう落ち着いた動きに務める。と、そこで契約者達が現れた事で身を潜めていた少女達もまた動き出した。
 先頭を行く瑞樹の前に猛然と二人の影が走ってくる。片方が飛行能力を有している事に気付くと、瑞樹は後方のパートナー達に飛行能力を付与し、振り返り様に双方へぶち当たった。
 彼女はミサイルなどを使用した遠距離戦闘を得意としていたが、ビルを破壊したり避難する人々を巻き込んでは元も子もないと、不必要な動きを最小限に抑える。
(モードD……汎用攻撃デバイス、魔導剣ブルー・ストラグラー!)
 空色の柄、銀色に輝く刀身の大剣型を横凪ぎに振り、敵の接近を阻む。
「落ち着いて、お姉ちゃんはとっても強いから大丈夫ですにゃー」
 瑠奈は足を止めると、戦いに敢えて背中を向け、従業員の顔を見ながらそう説明し、くるりとルートを変更して進む。
 パートナーを信頼しているからこそ、今は何の補助もしないのだ。
 しかし瑞樹の剣圧から逃れた守護天使が列に向かって突っ込んでくるが、従業員と一緒に動いていた輝が即座に動き、その攻撃を盾で弾き返した。
 後方には怪我人達が居る。彼等はトーヴァが治療したばかりで、怪我の程度はもう擦り傷以下になっているが、精神的なショックから思うように動けていない。
 少女達がまた襲って来た事に悲鳴を上げ足を固まらせる彼等に、シエルは「大丈夫よ」と優しく声をかけた。
「万が一近付かれたら、私が全力で守るから。
 ゆっくりでいいから歩こう」
 彼女のお陰で後方に遅れが無い事を確認すると、トーヴァは輝の盾へまたも飛び込む守護天使の少女を、横から串刺しにする。
 一瞬動きが止まるが、少女は片足を高く蹴り上げトーヴァに距離を取らせ、一旦間合いから外れると、大波を起して逃げる列を襲った。
(――させない!)
 シエルは長く伸びた光の翼で、攻撃が届かないように従業員たちを包み込む。そのタイミングで、輝は青い炎を帯びた魔槍を投擲した。
 二度の攻撃を受けた少女が霧散していくのをみて、シエルが従業員たちに微笑む。
「言ったでしょ、全力で守るって」
 そんな動きであれは適当な励ましの言葉ではなかったのだと彼女を信じて、行動に障害が出る程のストレスにさらされていた怪我人たちも足を止めない。
 一方その頃、瑞樹は同じ機晶姫、そしてラヴェイジャーに似た能力を持つ少女と激しい鍔競り合いをしていた。
 剣に乗せた体重を瞬間移動させ、腹を狙い足を突き出すようにして相手を押しのけると、振り下ろした刃に反動をつけながら飛び込む。
「うおおおっ!」
 炎を纏った銀の刃が、少女を吹き飛ばした。
 彼女達の戦いの間に、先頭になっていた瑠奈は従業員達をエレベーターと階段へ辿り着かせている。
「やっぱり大丈夫だったにゃ!」
 パートナー達を信じて良かったと、瑠奈は笑みをこぼした。



 地下。
 出入り口で飽和状態になっていた客をばらけさせ、ハデスの部下に誘導を任せたかつみは、逃げていく客を見ながら
「この光景、以前のデパートを思い出すな……」
 と、ぼんやりと呟いた。彼はデパートの地下で襲撃に遭った経験がある。
(あの時は助けられなかった人もいたけど、今度は――)
 全員と助けたいと意気込んで、かつみは動いた。
 未だこの場所には人が多い。ナオが飛行する少女達が近付いて来ようとするのに真空波を放ち壁を作ると、かつみが火遁の術で、エドゥアルトが至近距離まで近付き更に炎の嵐を呼び出す。
 凄まじい熱に焼き切られながらも、一体の守護天使が目の前のエドゥアルトに向かってリーチのある槌矛を振り下ろした。
「ッ!」
 肩口にガンっと重い衝撃を覚え、エドゥアルトはその場に膝をつく。
 だが少女は追撃には至らなかった。かつみが火の中を突っ切って、最後の攻撃を仕掛けたからだ。
「模倣だけどな」とボヤいたとおり、これはかつみが先日の手合わせでハインリヒにやられたことそのままだ。あの時は負けた、だが負けた事実を悔しさごと吸収し、かつみは自分の糧にしたのだ。
「それにしてもおまえ……無茶な事を」
 振り向いてきたかつみは怒った表情だが、火の中を突っ切った所為で彼もぼろぼろだ。
 エドゥアルトは目を丸くし「かつみこそ」と苦笑を吹き出すと、こう付け足してやった。
「パートナーに考え方が似たのかもね」
 パートナー二人の術は広範囲に火を放つ危険なものではあるが、ナオが消火銃で館内に被害が及ぶのを防いでいる。ナオもまた、かつみのあの日の戦いを見て学び、常に次の手を先に考えている為、動きに無駄が無かった。
 それを見て安堵の息を吐き、目の前での戦いに足を止めていた客へ向かってノーンが声を張り上げた。
「連中はここで食い止める! 上にあがれば軍も来ている。
 焦らなくても大丈夫だ」
 それに気を取り直し皆が動き出した時、彼は小さな悲鳴を耳にした。
 子供が転んだのだ。近付いてみると、母親と幼い姉妹という組み合わせだった。ベビーカーをおす母親に姉――といってもまだ幼稚園児くらいの少女だ――が、ついていけなかったらしい。
 ノーンは少女が怯えないように膝を折って二三声をかけ、彼女を抱え上げる。
「有り難う御座います!」
 申し訳無さそうにする母親に、ノーンは笑って首を振る。
「これでも普段から本を十何冊と持ってるんだ、見かけによらず腕力はあるぞ」
 確かに彼は文系に見えるかもしれないが、人間体は180を越える青年の姿だ。冗談のような言葉に周囲から笑いが漏れ、安堵が広がる。
 そんな周囲の様子を確認し、ナオはテレパシーを送った。相手は昨耶たちと一緒に動いているミリツァだ。ミリツァは強化人間でありながら、その経験からテレパシーに恐怖する。だが相手が気心の知れたものならばその限りでは無かった。
[ナオです。こっちは粗方片付いたんで、エドゥアルトさんが向かうところです。
 そちらは大丈夫ですか――?]
 ミリツァは今、仲間とともに保護対象を探し同じ階の別の場所――かつみが凡そあたりをつけた範囲――を動いている。
[ええ、此方は咲耶たちが居るから大丈夫よ。
 ハデスの部下達が誘導しているから、客も上手く動けているし、敵には美羽とコハクが動いているから、心配ないのだわ]
[分かりました。何か危険な事があれば呼んでください。
 ポイントシフト使って向かいますね]
[有り難う。その時はお願いするわ。もうすぐハデスの伝令が行く筈よ、詳しくは彼に聞いて頂戴]
 通信を終了して、ナオは少女達が光りと化し消えていった場所を見つめていた。
 セイレーンを作る為に犠牲になった彼女達は、皆美しい少女達だった。殺され、沼へと沈んで自分が何かも分からなくなってしまった哀れな魂。もし願いが有るのなら叶えてやりたいと思うのが人情だ。だが――
「此処に居る人達にも待ってる家族がいるんです。
 だからウィリさん……ごめんなさい、連れて行かせません」



 ローゼマリーは特別な力を、無意識にしか発揮出来ない。
 追い掛けられるうちにそれを理解した壮太は、店先にあったトルソーやマネキンを昇りエスカレーターのロビー部分へ積み上げたり、クナイを足下へ投げつける事で、彼女と距離を取る事に務めた。
「ご自身の安否を最優先事項へと切り替えて頂きたく、宜しくお願い致します」
 と、フレンディスからは言われたが、ツライッツもワイヤーを張り巡らせ、道を塞いでいた。そのほんの少しの間に、壮太は真からの連絡を受けてこちらへ向き直る。
「お姉さん、助かったって。沼の肥大はブリザードとかで防いでるらしい」
 壮太の口からハインリヒの名前が出なかった事に、ツライッツの意識が一瞬のまれる。
 ハインリヒにはあれから何度かテレパシーで呼び掛けているが、返事は一度も帰ってはこなかった。
 彼は未だ囚われたままなのだろうか。
 ツライッツの中で、そうでなければ良いと思う気持ちと、そうであって欲しいという気持ちが相反する。もしハインリヒの意識が戻っていて、指環を返して欲しいと言われたら、自分は何と答えればいいだろう。

「本当は、理由が欲しかっただけかもしれない。
 死んでも良かった。生きる事にうんざりしてた。でも自暴自棄になれる程、僕は幼く無い。
 だからずっと、理由が欲しかった。
 “姉さんが事件を起こしているから。兄さんが原因を作ったから。弟の僕が止めなきゃならない”……ただ都合が良かっただけだよ」

 ハインリヒに指環を託された時聞いた言葉が、頭からどうしても離れなかった。
(……いえ、何を迷う必要があるんです)
 迷う心を消すように、ツライッツは自らの意識を機械的に冷却してひとつの事実へ落とし込んでいく。
(俺は約束をした。あの人はそれを了承した。ならば、それは“命令”だ。俺はただ、実行するだけ――)
 冷静になろうとするほど表情が強張っていくツライッツに気付いて、壮太はフリーダをはめた左手で彼の肩を叩いた。
「ジゼルと逃げろ」
「ですが……」
 納得のいかない反応をみせるツライッツに、壮太は頭(かぶり)を振った。
「オレ別に、ジゼルとツライッツを助ける正義のヒーローってわけでもねえし」
 そう前置きして続ける。
「でもジゼルがおにーちゃんの嫁で、オレの友達だってことは分かる。
 だからオレはおまえらに力を貸したいし、劇場まで連れていきてえんだよ」
 ――そこは理解してくれるよな、という壮太の瞳に、ツライッツは覚悟を決めて頷いた。
「ありがとう壮太」
 ジゼルがぎゅっと抱きついて、彼の献身に感謝する。
「行きましょうジゼルさん。ポチ、劇場まで頼みます」
 フレンディスはジゼルを抱き上げ、ポチの助はツライッツに飛び乗り視界を広げ、最適なルートを算出する。
「ご主人様……任されたのです。
 ツライッツさん! この僕が劇場迄のサポートするのです」
「頼みます」
 ツライッツはポチのサポートの分、余裕の出来た意識の全てを移動と警戒のみへ集中する。
 そうする間に、下りのエスカレーターから脱出する客を掻き分けてきたローゼマリーが彼等に手を伸ばしたが、壮太はツライッツと素早く位置を入れ替えて援護した。
「……大変申し訳御座いませぬが、貴女様に何もお渡しできませぬ」
 フレンディスはローゼマリーにきっぱりと告げ、背を向ける。
 フリーダが放つ光の強さにローゼマリーが戦いている間に、彼等は上へ逃げて行く。