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別れの曲

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【希望】


 年末、師走、年の瀬。
 どれでも良いがそれらの言葉が背中に近付いてきたある日。
 葦原明倫館の食堂で、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は気怠く椅子に凭れていた。椅子の四本足の前二つが器用に浮いたままぴたりと制止しているのが、彼の気の抜けた様子と高い能力を表しているようだ。
「――あー、今年もいろいろとシンドかったなぁー
 世界を賭けた戦とかもうやりたくねー」
 そんなぼやきを正面に聞きながら、トゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる)とパートナーのスヴェトラーナは曖昧に頷いている。
「職業『暴力装置』なんで戦いが無ければ商売上がったりなんですけど、その辺は全面的に同意します」
「人とやり合う方が嫌だけどね」
 そういった戦いには殆ど出される事の無い子供が嘯くのに、唯斗はふっと笑う。
「ロリ様達や家族、仲間連中とバカやってたいわー」
 ぼんやりと幸福を願う思いを吐き出して、天井を見上げていた唯斗は、何かを思い当たった――というより忘れていなかった事を今言うかと決めたような顔で宙を扇いだまま口を開く。
「なー、ロリ様、スヴェータよぅ
 ちょっと俺の技、覚えてみる気ない?」
 ガタンッと椅子の脚を床につけて漸く二人に向き直ると、キョトンとした顔が目に入った。どうも唯斗から出ると思っていなかった言葉に、反応が遅れているらしい。
「何、アンタ死ぬの?」
「別に引退ってわけじゃねーけど――って! 想像より更に辛辣な突っ込みだなオイ。
 いや、俺もハイナの補佐やらなんやらで動けねー事が増えそうでよー
 後進の育成にも今から力いれねーとなんて……柄にもなく思ってな」
「やっぱり死ぬのか!」
 同時に立ち上がって失礼な反応を返す二人に、唯斗はハイハイと流して眉を下げる。 
「ま、次の世代を引っ張るレベルに育てたい、なんてな。
 俺らは世界を護って創った。
 だがまぁ、未来を創るのはトゥリン達だ。
 その為の力を、理不尽をぶっ飛ばせるくらいにゃしてやりてぇわな」
 たまに真面目になるこの唯斗の眼差しに、トゥリンとスヴェトラーナは言葉で答えなかった。
 ただ静かに黙ったまま、彼の想いを確かめ受け止めようと目を見開く。
「いや、二人とも速さと手数が武器だろ?
 相性は良いと思うぜ?」


 * * * 



 あの話が唯斗から出てから間もなく一年という2025年の夏である。
 葦原島のとある山中に、声が響く。
「おーい、調子はどーよ?」
 背の高い大木の、どう言う訳か腕より細い枝の上に胡座をかいて、唯斗は遠く眼下に広がる光景を見下ろしていた。
 瞬く閃光の中に唯斗の目が映すのは、二つの影。
 スヴェトラーナには余りに外見的変化は見られないが、年齢を重ね表情にも落ち着きが備わって来たのだと感じさせる。
 ただ、まだ一年だ。
 成長というには時も修行も足りていないらしい。
「んー……スヴェータは術式制御が雑だぁな。
 性格……や、術慣れしていなかった所為かねぇ」
 聞くところに寄るとスヴェトラーナは父から『護身術』――唯斗にはどうしてもそうは思えない程の能力なのだが、あれは才能という事で片付けるべきなのだろうか――を習っていたらしいが、その技術はあくまで体術と剣術に特化している。
 彼女は契約者になってからも日が浅く、その中でも矢張り剣の道を志していた為か術式を使用する際に『甘さ』が残るのだ。
「ま、そこは時間をかけて育てていくとして…………」
 気にかかるのは、このところ彼女に、別の能力の覚醒が見られる事だ。
(たまぁに、あの目見てると頭がぐらぐらするんだよな……。
 それに術の発動の時に青い光りが……ってこの辺は突っこまねぇほうがいいか)
 自分がスヴェトラーナの眠れる力を引き出している事に薄々感づきつつも、唯斗は頭を振って反対側へ視線をやる。
 成長という点において、目を見張るのは矢張り子供の方だろう。
 二つ縛りの髪が肩口より伸びてから、ツーサイドアップに降ろす事が増えたからか、幾分大人びて見えるようになったトゥリンは、あれから随分と背も伸びた。小柄な女性ならば、今に抜かれてしまうだろう。
 子供特有の飲みこの早さから、能力という点においても成長著しい。
「やっぱトゥリンはバランス良いな。
 術式制御も身体操作も上手い」
 このところは唯斗にも「おっ」と思わせる瞬間が何度か有り、否応なしに期待を寄せてしまう。
「ま、一年くらいで修得されちゃ俺が困るがよ。
 四年かけて編み出した切り札の一つだかんなぁ……」
 『俺の技、覚えてみる気ない?』と言ったが、実際に彼女達が戦いの中で使用するとしたら、そのままという訳にはいかないだろう。
 能力、体形、その他諸々を個人に合わせてアレンジを加え、完全に『モノにする』まで――
「早くて二年かねぇ――」
 
 そうして今日も唯斗は未来への希望を見つめている。