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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●命の話。

 扉が開いた。
 中に入ると、入院患者のような服を着せられた彼女が先に座って待っていた。
 面会用の特別室らしい。
 テーブルは一つ。
 椅子が人数分運び込まれている。
 分厚い扉の外には国軍の兵士が詰めていた。彼らのものものしい武装は、彼女が重要人物であり……危険人物であることを物語っている。
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は黙って椅子を引いて腰を下ろし、彼女に向かい合った。
 彼女は無言だ。彼と、彼の後ろにつづくパートナーたちを一瞥して、小馬鹿にしたように鼻に小じわを寄せた。
 数秒、そうやって無言の時間が流れた。やがて、
「やあ、クランジΔ(デルタ)
 先に口を開いたのはアルクラントだった。
「今日は、何をしに来たか、と問われれば……お茶をしに来た。嫌だといっても少しばかり、私たちに付き合ってもらうよ」
 アルクラントが目で促すと、銀色の髪のパートナーがアルクラントの横に腰を下ろした。
「よろしく。彼のことはご存じよね? 私は彼の妻で……」
シルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)、だろう? 知ってるさね」
 モコモコした桃色の巻き毛頭を振って、デルタはさらに、シルフィアの隣の少女に目をやる。猫耳のフードを被った少女だ。
「そっちがペトラ・レーン(ぺとら・れーん)だね」
 その言葉尻に込められた棘を、まるで無視するようにしてペトラは答えた。
「うん。そう。よろしくー! 三角さん……え、違う? じゃあトライアングルさんかな! あ、『トライさん』っていいね。やってやるー! って感じで」
「『デルタ』ってのはただのコードネームだが、結構気に入ってるんでねえ。そういう茶化した呼び方はよしてくれるかい」
 今度の棘は大きすぎたか、さすがにペトラもかわせない。
「あ……うん、ごめん。でも、えと……悪いことはしちゃ駄目だよ?」
「悪いことをしたからここに入れられてるわけでねえ。まあ、これ以上はできそうもないが」
 皮肉な口調でペトラとの会話を打ち切ると、デルタは刺すような視線を第三のパートナーに向けた。
「そしてお前さんが……あのカスパールの変わり果てた姿さね」
 カスパール・ジェニアス(かすぱーる・じぇにあす)はデルタのその言葉に、明らかにたじろいだ様子を見せた。彼女はこのような、剥き出しの敵意には慣れていない。もとは聡明な女性であったが、現在は心が浄化されたような、あどけない表情であり心のカスパールなのである。
 ――カスパールを連れてきたのは失敗だったか……?
 アルクラントは一瞬身を強張らせる。だが、それは杞憂だったようだ。
「よろしくね。おねーちゃん、きょう、おちゃ、それとたべもの、もってきたんだよ」
 カスパールは気丈にもそう言って、持参のポットとバスケットをテーブルに置いたのである。
 デルタは腕組みして身をややのけぞらせた。
「で、あんたらはあたしを笑いに来たのかい?」
「いいや、『笑いあう』ために来た。君とね」
「………上手いこと言ったつもりかい?」
 アルクラントはそれには直接答えなかった。シルフィアがバスケットからティーカップを出して茶を注ぐ。アルクラントはこれをデルタに渡しながら、
「ああ、これだけは聞いておこうか。ゲームは。楽しめたかい?」
「さあね。……まあ、この終わり方はつまらないよ」
「ふふ、意地悪な質問だったかな。ま、罪は罪だ。そこはきちんとしなけりゃならない」
 デルタは会話を拒絶するように真横を向いたのだが、構わずに彼は続けた。
「カスパールも……まあ、いろいろあった。そのあたりは知っているね? 罰としては重すぎたかもしれんが、今はこうしてともに生きてる。過去が消えたわけじゃない。だが、最近は……歩けるようにもなった」
 するとカスパールが嬉しそうに言うのだった。
「うん、ちょっとずつ。ここまであるいてきたよ。とんだりはねたり、できるようになるね。たのしみ。おちゃかいも、なんでかなつかしい」
 デルタは聞いていないような顔をしている。
「ペトラは君と同じく機晶姫だ。ついでに言えば戦闘用。お仲間だね。ま、どんな目的で生まれてきたのかは結局良くわかってないけれど……今は、自分だけの目標、夢。そういうものを見つけて、歩んでる」
 お仲間、という言葉にペトラはうなずいて、
「へえ、君も同じなんだ。仲間仲間。きっと仲良くなれるよ! 戦うために作られたからって、戦わなきゃいけないわけじゃないもの。僕も、ちょっと悩んだことはあったけど、マスターや……ポチさん。あ、僕の……大事な人ね! 他にも、友達皆のおかげで楽しくやってる」
 デルタはやはり無視している。手元の熱い茶にも手をつけていないようだ。
「シルフィアは……私の、妻。先日の話をしたら彼女も君に会いたいって話になってね。それで、このお茶会を思いついた」
 一旦ここで言葉を切り、アルクラントは自分のカップに口をつけた。
 そして、言った。
「実は、二人にもまだ言ってなかったんだが……もう一人、家族が増えそうでね。まだ六週目らしいからしばらく先になりそうだけれど」
 するとカスパールも、ペトラも目を輝かせたのである。
「え、それってつまり……わあ、おめでとう! マスター、シルフィア」
「シルフィアの、おなか……? わたしも、おねーちゃん? いっぱいいっぱい、かわいがる。おとこのこかな、おんなのこかな」
「お祝い考えなくちゃ……うーん、君は何がいいと思う?」
 デルタは手を振って立ち上がった。
「さあ、もうお開きにしてくれないかい? あたしはね、馴れ馴れしくされるのには慣れてないのさ。それに、そういう無責任な話にも」
 悪い兆候ではない――アルクラントは思った。なんにせよデルタは返事をしたのだ。話も、ちゃんと聞いていた。
 シルフィアは少なからずムッとしたようだが、アルクラントは彼女を手で制して、
「君の言う『無責任』というのは、私たちに子どもができたことを指しているんだろうか?」
「そうさ。世間は新時代が到来したとか言って浮かれているようだが、パラミタの歴史を考えれば、いつまた混沌がやって来るかはわからない。いや、きっと来ると思うね。なのに子どものほうには生まれる・生まれないを選ぶことはできないじゃあないか。つまり親の『産みたい』というエゴだけで、子どもは悲惨な世の中に放り出されるのさ。これを無責任と言わずなんて言うんだい?」
 せせら笑うようなデルタの口調だ。
 しかしアルクラントは怒らなかった。そればかりか微笑したのだ。
「そうだな……君の、目。そんな目をしてた奴を私はよく知ってる。そいつは流されるままにこの地に足を踏み入れ、今の君みたいにかっこつけたことばかり言っていたね……だがいつの間にか、そんな目はしなくなった。……多分ね」
「あたしの質問に答えなよ」
「新しい、友を得た」
「友?」
「そう。それに、守りたいと思える人と出会った。
 未来を見ようと思ったし、過去が自分を支えてくれると知った。
 勇気を与えてくれる仲間がいた。
 そういう、家族自慢をしに来たんだ。
 これは自慢だからね、私は家族が増えることを『エゴ』と言われても否定しない。だが無責任ではないつもりだ。シルフィアに宿った命を、『後は自己責任』とばかりに放り出す気はないよ。手を取り合って未来へ歩んでいくつもりだ。最初は、その手を引いて。いつかは、その手に引かれて」
 アルクラントの言葉をシルフィアが継ぐ。
「エゴとか責任とか……つい理屈で考えてしまうのね。デルタ、あなたのその考え方も、あっていいと思う。
 でもね、私はもっと、感覚的でもいいんじゃないか、とも思うの。ふふ、不思議な感覚だけど……命の鼓動を感じるのよね。きっと私たちの想いは、継がれていく……そう確信できるくらいに。
 あなたが生み出して、去っていった仲間たち。彼女たちは、作り物だったと思う? それとも、生き物だったと思う?」
 デルタは黙って、椅子に座り直した。
「誰かを、愛すること。誰かに、愛されること。あなたは、優しい人なのね、デルタ。だから、辛かったんだ。もう、終わりにして大丈夫……辛いだけの想いは、継がなくたっていい」
 カスパールが言い添える。
「アルも、シルフィアも、ペトラおねーちゃんもおもいでいっぱい。だから、みらいをしんじられるの。あなたとも、おともだちになれたら、うれしいな。きっと、もっとおもいで、つくれるようになるから」
 デルタはと目を移せば、彼女はうなだれたように顔を伏せているではないか。口調こそ強気なものの、小柄で童顔の彼女である。こうしているとデルタは、教師に叱られている小学生くらいに見えてしまう。
 そうしてデルタは……ぼそぼそと言った。
「……あんたたちの言うことは難しいよ。あたしには……難しい」
 アルクラントはすでに看破していた。デルタのふて腐れたような態度は、この柔らかい内面を守るための盾だったのだと。盾は急作りのものだった。だから、すぐに取り除かれた。
「……出てってくれないかい? 一応、言われたことは考えてみるから……」
 ペトラは席を立つ。
「うん。できれば、なにかほしいものとか、やりたいことを考えてほしいな! そういうものを探すのって楽しいと思うから!」
「それには賛成しかねるけども……悪かったねえ」
「悪かった? なにが?」
 デルタは、茶を一口飲んだ。置かれた茶菓子も、気が進まない様子ながらひとつ口に入れて、
「馴れ馴れしい、とか言ってしまったことさ。あたしは口が悪いだけ、気にしないでいいと思うよ」
「ありがとう」
 こうしてアルクラントらは立ち去った。
 去り際、この言葉を残して。
「今は少なくとも、四人はあなたのことを思う人がいる。外に出れば、もっと沢山いるって私は知ってる。世界は、怖いところじゃないよ。あなたは、歩き出せる。
 失くしたものも多いけれど……これから見つけられる物もきっとあるよ」
 ここを出たら訪ねてほしい、とアルクラントは自宅の住所を書いたメモも置いていった。
 アルクラントがドアノブに手をかける。
 シルフィアが続き、さらにペトラが、カスパールの手を引いて最後を努めた。
 彼らは新しい友を得ることができただろうか……?