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リアクション
第8章 手負いの怪盗
「絶対この場所、ここを通るはずなの!」
アユナ・リルミナルは確信に満ちた眼でそう言った。
「怪盗の目的って何だと思います? やっぱり単なる泥棒には思えませんよね」
高潮 津波(たかしお・つなみ)は、月明かりの下、怪盗について書き記したノートを見ながら呟いた。
「アユナは恋人探しじゃないかって思ってるの! 愛と知恵と勇気を兼ね備えた女の子を捜してるのよっ! ヴァイシャリーの街の女の子を試してるんだわ。ラズィーヤお姉様を選んだのも、百合園女学院のアユナ達を自分の恋人として相応しいかどうか試してるんだと思うの。舞士様には、壮大な夢があって、そのパートナーとして苦楽を共にし支えあえる女性を探してるんだわ〜」
アユナは手を組んでどこか遠くを見つめている。
「うんまあ、その可能性も視野に入れておきましょうか」
津波は苦笑する。
「街では愉快犯のように思われてるんだよね。かなり噂になってるけど、記事にはあまりなってない……。盗まれた人達が捜査にあまり積極的じゃないみたいなのも気になるよね」
琳 鳳明(りん・ほうめい)はうーんと小さく唸り声を上げる。
アユナ達一行は、数日かけて街を回り、怪盗舞士についての噂を聞いて回っていた。
メリナ・キャンベル(めりな・きゃんべる)の吸精幻夜など、少し強引な手段も用い情報を探し求め、今日、予告状が届いた場所から程近い、この公園を通るだろうと推理した。
「能力は風のように素早いことと、姿を消すこと、飛行系であること……という情報を得ましたけれど、翼があると言う証言が多いですし、種族は守護天使、と考えるのが順当ですけれど、能力的にはヴァルキリーのような気もいたしますわ」
ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)は津波の手の中のノートを見ながら考えを言葉にした。
「能力かアイテムの力かわかりませんが、その特殊な力は特殊ゆえに、制限を受けているんじゃないかと思います。そんな能力を持った方々がごろごろヴァイシャリーにいたのなら、安心してお風呂にも入れませんし」
津波の言葉に、一同うんうんと頷く。
制限があるのなら、姿を消すことは一時的なもので。
追っ手を撒いた後現れる場所として、一行はここに目星をつけたのだ。
公園の中の植木の後に一行はしゃがんで隠れていた。
遠くで騒ぐ声が聞こえる。
「絶対来るんだから来る来る来るっ」
アユナはそう言いながら、舞士から予告状が届いた館の方に身体を向けて両手を合わせて祈っていた。
――予告時間から、十数分後。
公園に風が吹き抜けた。
闇を振り払うように、光の翼が現れる。
「舞士様!?」
がばっと立ち上がったアユナの手を、稲場 繭(いなば・まゆ)が慌てて掴んだ。
「だ、ダメ! どんな人なのかわからないから!」
「んっふっふっふ〜、こんな面白そうなことあの子にとられてたまるもんですか!」
しかし、繭がアユナを止めている隙に、少し離れた場所に潜んでいた繭のパートナーのエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)が、舞士の前に回りこんだ。
「こんばんは。君が噂の怪盗舞士グライエール?」
「噂どおり、いけすかない男だ」
続いて、メリナが飛び出す。
イルミンスールの羽瀬川 セト(はせがわ・せと)と、エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)も頷き合って、光の翼を持つ人物の方に走り出る。
「行こ!」
マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)は、パートナーのベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)に眼を向ける。ベアはまだ熊の姿だ。いつでも百合園女学院に戻ることが出来るように!
津波とナトレア、鳳明、それから繭とアユナも駆け寄って、その人物を取り囲む。
「舞士様を傷つけないで、何するのよっ!!」
アユナが悲鳴のような声を上げる。
メリナとベアが怪盗舞士を取り押さえようとしている。
舞士の頬に、一筋、血が流れていた。
「メリナがやったのではない。どうだ? 強かっただろう、うちの乙女達は」
腕を掴みながら、メリナはマスクに隠れた舞士の目を覗き込む。
「まあ、ね……夜遊びはよくないよ、お嬢さん達」
風が吹き荒れる。強風に眼を閉じた一瞬の隙に、舞士は身体を浮かせた。
良く見れば、彼の身体には無数の細かい傷がついている。
壊れたマスクを手で押さえ、口元には微笑みを浮かべているけれど――。決して余裕があるわけではないことが、窺えた。
「何が目的なんですか? ただ、世間を騒がせたいだけなのでしょうか?」
セトの問いに、ただ笑みだけを見せて、怪盗は上空へと飛とんで行く。
「今日のところはおぬしを捕まえるつもりはない、少し話しを聞かせてくれると嬉しいんじゃがのう? おぬしが何を成そうとしているのかは解らんが、皆に誤解されていては本当の目的を果たせぬのでは?」
エレミアが舞士に問いかける。舞士はただ首を左右に振った。
「舞士様、アユナに治療させて! ずっと前から舞士様のことが好きだったの! アユナは舞士様のお役に立ちたいっ。どんなことでも、命令して下さい」
アユナは必死に舞士に手を伸ばす。
「……1月後、この時間に、またこの場所で。公言せず、信用できる者のみで来てくれたら、信じて……利用させてもらおうか、キミ達のこと――」
そう言葉を残して、笑みと共に怪盗舞士は闇のマントを羽織り、姿を消した。
途端、エンジン音が響く。
「こちらに光の翼を生やし、アイマスクをした若い男が飛んできませんでしたか!?」
現れたバイクに乗った百合園女学院生神薙 光(かんなぎ・みつる)の言葉に、津波が答えようとするが、アユナがぐいっと手を引いて前に出た。
「こっちには来なかったよ。あっちの方に飛んでいったの」
アユナは反対の方向を指差した。
彼女の態度になんだか少し違和感を感じたが――光は礼を言ってその場から離れた。
「ああー、くそっ。全然追いつけやしない!」
笹原 乃羽(ささはら・のわ)は、頭を掻き毟った。
怪盗を追いかけて部屋を飛び出したはいいが、飛行手段もなく、自分の足以外の移動手段もない乃羽は、怪盗にまるで追いつけはしなかった。
しかし、諦めることはせず、手掛かりを探すために怪盗が消えた場所をくまなく探していく。
そして、乃羽は欠片を1つ拾い上げた。
「これは……怪盗がしていたマスクの一部?」
紫色の欠片には、ほんの少しだけ血がついていた。
「怪盗舞士は犯罪を美しくデザインしようとしているのでしょか」
イルミンスール端正な顔立ちの吸血鬼シュミラクル ヨン(しゅみらくる・よん)が、夜空の星を見上げる。
「今回の騒動の裏には、何かがあると感じているよ。そろそろ新たな動きがありそうだ」
パートナーのパント・フライバー(ぱんと・ふらいばー)は、そう言い街に眼を向けた。
「あの娘――」
1人の少女に気づき、パントは駆け寄った。
「百合園のアユナ、さんですよね? 怪盗舞士のことを調べていた」
「う、うん……」
仲間と共に住宅街の方からやってきたアユナは落ち着きがなかった。
「ご学友で、同じく怪盗舞士に興味を持っておられる、早河綾さんという方のお宅にはもう行きましたか? まだなら一緒に行きましょう。僕達も怪盗に興味があって」
ヨンに眼を向けると、ヨンも頷いてみせる。
「綾ちゃんとは超仲良しなんだけどね。舞士様のことで……アユナになんか隠し事してるみたいで。最近はあんまりお話することなくなっちゃったんだ。それに、綾ちゃんは白百合団に入ってるから、ちょっと今は会えない」
そう言って、アユナは目を逸らす。
「だからアユナの分もお見舞いしてきてね!」
彼女は逃げるようにその場を走り去ってしまった――。
「何か、あったようですね。……怪盗舞士は、論理だけではきっと理解できず勝つことの出来ない相手です」
ヨンがアユナの後姿を見ながら言い、パントに目を向ける。
「彼女も、そして綾という人物も、それから事件の全容も――全体を俯瞰することによって、怪盗舞士の正体に近付くことができそうだ」
そう言葉を発した後、パントはヨンと共に夜の街に消えていった。
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