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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

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第6章 白百合団の戦い

 周囲がオレンジ色に染まっていく。
 明りは用意してあるが、闇と共に不安と恐怖も増すだろう。
 白百合団に所属する乙女達は、百合園女学院の正門前で静かに作業を行っていた。
「ヴァイシャリー家のハロウィンも無事始まったようだ。今のところ事件などは起きておらん」
 白百合団の副団長である神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に報告をするのは神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)のパートナーのプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)だ。
「こちらも変わりなしと伝えてくれ。……何かあったとしても、ラズィーヤ様達はハロウィンパーティーを無事終わらせることを優先してもらわねばならないからな、向こうが騒ぎにならない範囲で伝えてくれ。ヴァイシャリー家の方にパラ実の軍団が向かった場合は別だが」
「うむ。正確にそのまま伝える」
「いや、そのまま伝えて欲しくはないんだが。まあとにかく、事件が起きた際には危険だからキミは近付かないように」
 優子は苦笑しながらそういい、プロクルはそんな優子の表情もそのまま伝えようと思った。正確な多くの情報が必要だとパートナーも言っていたし。
 電話をかけながら、プロクルは次の場所へと移動する。見て回るべきところが沢山あった。
「副団長。桜井校長から戴いたものです」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、小さなメモをに手渡した。
「お茶を飲む権利?」
 メモには、静香の時で『後ほど皆に美味しいお茶をご馳走することを約束します』と書かれていた。
「はい。全てが終わった後、校長が皆にお茶を淹れて下さるそうです」
「……それは楽しみだな」
 優子の言葉に、ロザリンド首を縦に振って、準備に勤しんでいる皆にも静香と交わしたその約束を話していく。
「終われば校長のお茶が頂けますので頑張りましょう!」
 緊迫した空気が少し和み、団員達は「はい」と元気に返事をするのだった。
「頑張ら、ないと……学校、守るために」
 持ち上げた大盾の重さと冷たさに、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)の体が強張っていく。
「今回の騒動は私達のせいで起こったようなもの、ですから」
 緊張するフィルの隣に、パートナーのセラ・スアレス(せら・すあれす)が立つ。
「何とか無事に治めたい。……でも、こっちは一切手を出せないのは、怖いな……今までは危険なことがあれば、戦うか、逃げるかできたけれど……今回は、戦うことも逃げることも出来ないんですよね」
 フィルの不安を帯びた瞳に向かって、セラが語りかける。
「戦うことができないのは歯がゆいが、ここで私達が手を出せばそれこそ相手の思う壺、今は自分にできることをするだけだ」
「はい」
 フィルは盾を構えて、腹に力を入れた。
(怖い……。仲間達や、隣にいてくれるセラさんが傷ついたらと思うと……。でも大丈夫、みんなが一緒だから、大丈夫!)
 自分を奮い立たせて、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
「全員で壁を作らずに、ある程度は後に配置してはどうでしょう。今回は長丁場が予想されますしね。……そのうえ、能動的廃除も難しく、肉体的にも精神的にも消耗が大きいと思います」
 ステラ・宗像(すてら・むなかた)の提案に優子が周囲を見回す。
「そうだな。体格の良い者――なるべく上級生が前に立ち、必要に応じて交代させよう……っとそのように指示を出しておいてくれ」
 音を発した携帯電話を取り出して、優子は耳に当てた。
「負傷、疲労した方は一旦後方に下がって一息入れて下さい。交替はゆっくり、少人数ずつお願いします」
 副団長の代わりとしてステラがそう指示を出すと、団員達は緊張した声で「はい」と揃った返事をする。
「……優子さんのような『顔』は残念ながら交替できませんが、これで一般団員は頑張れるようになるでしょう」
「自分は最前列に位置する」
 大盾を持ち、ステラのパートナーイルマ・ヴィンジ(いるま・う゛ぃんじ)が前へと出る。
「自分は身体を張るのがある意味本職ともいえる。参加する以上しっかりと役目を果たさなければな」
「私も優子さんにお付き合いをして前に立ちますよ。あのような物堅い人となりは嫌いではありませんが、そういう方はえてして緩めどころを知りませんし」
「そうだな。副団長のことは気にかけておかねば」
「あら、イルマがそれをいいます?」
 ステラはにっこり微笑む。パートナーのイルマも似たような気質だ。弄ぶのならイルマの方が楽しい。
「学院の方は順調なようだ。皆、武器は持って来たな?」
 電話を切り、優子が皆に目を向けた。
 白き鎧を纏った白百合団の乙女達。この場に集ったのはおよそ50名。
「本作戦の私達の武器は白百合団員としての強靭な精神力だ。たとえ立っていられなくなったとしても、身体が深く傷付こうが、我等の心だけは奴等に砕けはしない。最も厚き盾は心に構えろ。――では、配置につけ!」
「はい!」
 団員達が強く短く返事をし、上級生は大盾を持ち前へ、下級生や体格が小さい者は後へと下がった。
「……たくもう」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は溜息をついて、優子の側へと歩み寄る。
「確かにその覚悟は指揮官としては間違ってないかもしれないけど……。それじゃ部下が付いて来れなくなるわよ。私以外の、だけどね」
 呟きながら、亜璃珠は優子の傍らに立った。
「それにしてもパラ実、かあ……私、パラ実送り検討されちゃってるのよね」
「……は?」
 皆に指示を出そうとしていた優子が怪訝そうな目を亜璃珠に向けた。
「ちょっとやりすぎちゃったみたいで」
「お前なあ……。私のところに報告が届いていないということは、暴力沙汰じゃないんだろうが」
「ま、その話はあとでゆっくりいたしましょう」

「むー、亜璃珠がほかの女にいれこんでるわ……これはどうしたことかしら。このままじゃあいつ、かくじつにケガするわね」
 正門の中から白百合団の状況を見ていた崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)が眉を寄せた。
「おねーさまは普段あんまり自分を犠牲にしたりしないの。ということは、そんなおねーさまがこんなことするなんてきっと一大事だよねっ!」
 崩城 理紗(くずしろ・りさ)も同じ場所で、ちび亜璃珠の手をぎゅっと握り締めた。
「こ、怖いけど私もちょっとぐらいはお手伝いしてあげないとっ」
「そうね、パートナーにケガされちゃこまるもの、私もえんごしないとね」
 理紗とちび亜璃珠は白百合団員ではないので、正門から出て援護することは出来ない。
 だけれどこの場所からでも、ヒールの魔法は届くはずだ。

「準備OK! 私もちゃんと頑張るからね」
 ロザリンドのパートナーのテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は、ビデオカメラをセットした後、皆の後ろに駆け寄った。
 軽い性格をしているため、迷惑かけないよう白百合団にあえて入ってはいなかったテレサだが、今回はヒールが使える者が多い方がいいだろうと入団希望を出し、協力を申し出た。
「精神力が尽きた後は私も前に出るからね」
「はい、ありがとうございます」
 ロザリンドはテレサに礼を言った後、緊張で顔を強張らせていく少女達を見回して、穏やかにだけれど強く真直ぐな瞳で言う。
「私達が本当に最後の盾です。白百合団の結束はこの盾や鎧よりも堅いはずです」
「はい!」
 団員達の返事が響く。
「この鎧と盾は私達の血で染まっても、相手の血で汚さなかったと誇れるようにしましょう」
「はい!」
「絶対に守ります……!」
 神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は体格が大きい方ではないが、前に出た。
「お嬢様、ご無理はなさらぬよう……」
 パートナーのミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)も真剣な瞳で有栖の隣に立つ。
「私も白き盾となりましょう」
 新たに白百合団員となったセント ジョルジュ(せんと・じょるじゅ)も大盾を構えて有栖の反対側の隣に立つ。
 優子の電話が再び鳴り響く。裏門や周辺の調査、報告を買って出たエルサーラからであった。
「……そうか。わかった」
 優子の表情がより一層厳しさを増す。
「状況は決していいとは言えない。即攻撃される可能性が高いようだ……。だが、予想より人数は少ない」
「後に流れ弾が向かわぬよう、密集密着しよう。簡単には分断されないようにな」
 イルマの言葉に従い、前衛は身体を寄せ合う。重なる盾が音を立てる。
 交渉を担当する優子が一歩前に出る。亜璃珠は直ぐにサポートに動けるよう、片足を前に出しておく。
 バイクの音が響く。
 亜璃珠の案で、土嚢によるバリケードが築いてある為、飛び越えて突っ込んでくるのは無理だ。
「ヒャッハー、やる気じゃねぇか!」
 バイクを止めた途端、機関銃で弾丸をばら撒いていく。
「我々は戦う気はない!」
 盾で防ぎながら、優子が声を上げる。
「なら、そこ通せよ、百合園ぶっこわしに来たんだからよぉ!」
「暴れまくってやるぜー!」
 次々に放たれる弾丸。
 剣を持ち団員の盾へ振り下ろしていく。
 体勢を崩し、盾の陰から現れた少女の肢体にもパラ実生達は剣を突き刺していく。
「く……っ」
 自分達の行動にヴァイシャリーの命運がかかっている。
 誰かを倒すだけが戦いではない。自分達には自分達戦いがある。
 フィルは必死に耐える。
「私は、守る戦いを……ヴァイシャリーも百合園も大好きだから……っ」
 防ぎながら、前にじりじりと進み始めるフィルの盾に、セラが自らの盾をぶつけた。
「1人じゃない。みんな百合園を守りたい気持ちは一緒だ」
 セラはフィルと盾を重ねて、一緒に敵の猛攻を防いでいく。
「みんな一緒だ、もう少し私達を信用して一緒にがんばっていこう」
「はい……っ」
 フィルはセラに返事をして、重い衝撃、傷ついていく皆に胸を痛めながらも、耐え続ける。
「やめて下さい。戦う気はありません……!」
 血に染まった仲間の姿を見て、有栖が叫んだ。
「構わん。抵抗する者は殺せ。残った女は連れ込んで好きにしろ」
 怒りの込められた残虐な声が響いた。
 顔の半分が血で染まり、片目だけでこちらを睨み。狂気ともいえる笑みを浮かべている。
「お前がリーダーか。ここはお前達の集会場所ではない。6首長家であるヴァイシャリー家の領内にある学び場だ。他に目的があるのなら、話を聞こう!」
 優子が斬撃を盾で受けながら、声を張り上げる。
「まずは、百合園の校舎をパラ実と同じ状態にすることだなァ。てめぇら軍人ごっこの白百合団の団長は見せしめに十字架にでもかけてやるかぁ!」
 片目の男――ツイスダーは舎弟から銃を受け取ると、優子に向けて乱射した。
「皆、耐えろ……っ」
 イルマは優子を下がらせる。
 打ち込まれる銃弾をイルマと亜璃珠が大盾で共に受ける。ステラは背後に回り、押される優子の身体を盾で支えた。
 全く話は通じなかった。
 綾を強引に奪取したという報告を聞いた時点で、予想はしていたが、その予想を超える状況だった。
「優子さん、回復が追いつきません。撤退も視野に!」
 兆段により、亜璃珠の身体は深く傷付き、背後から理沙がしきりにヒールをかけていた。ちび亜璃珠のアリスキッスの援護もあるとはいえ、全く耐えられる状況ではない。
「や、やめて……」
 フィルは自分のことではなくて、大切な皆が酷く傷ついていくことが辛くて辛くて悲壮な声を漏らす。
「皆、思いは一緒だ……っ」
 そういうセラも、フィルも、攻撃を受けて顔や腕から血を流していた。
「戦うつもりはありません。どうか退いて下さい!」
 ロザリンドはディフェンスシフトを使用し、ひたすら耐え続けていた。
「皆、耐えて下さい……!」
 一番攻撃を受けている優子と、彼女を守る亜璃珠に気を配り、ヒールをかけていく。
 その、ロザリンドの頭上から、鉄球が振り下ろされた。
 頭に激しい衝撃を受けてよろめいた彼女に、剣が突き出される。
 続いて、背後からの発砲――。
 ロザリンドの身体が赤く、真っ赤に染まっていく。
「ロザリー!」
 テレサが後方からヒールをかけるも、即座にまた彼女は狙われ、弾丸を撃ちこまれる。
「……ごめんなさい副団長、私……百合園を護る為に応戦します……!」
 有栖がロザリンドを盾の中に庇いながら、声を上げる。
「百合園は、私達の帰る場所だから……これ以上蹂躙なんかさせない……!!」
「神楽坂、よせ!」
 強い声を発し、優子の制止も聞かず有栖が盾から身体を出して魔法を放とうとする。
「ダメ、です……。絶対に……!」
 倒れたロザリンドが有栖の足を掴んだ。
「……一度弱みを見せてしまったら、この先ずっと蹂躙される事になりますわよ……!!」
 ミルフィも前へ歩み出ようとする。
 セントは武器を手にヒロイックアサルトを発動する。
「ダメです。戦闘で、戦って、勝てないことは分かっています。白百合団が、あえて選んだ道、ですから。お願いだから、やめて、下さい……っ」
 ロザリンドは口からも血を流しながら、3人を必死に止める。
 命に代えても、友達は、仲間は……大切な人達を守りたかった。
「……っ!」
 優子と亜璃珠が棍棒で薙ぎ払われ、剣が2人に突き立てられる。
 イルマとステラが盾で押し返すも、次々にツイスダーの舎弟、子分が弾丸を撃ちこんでくる。
「おねーさま……おねーさま……っ」
 理紗が怯えながら、優子と亜璃珠にヒールをかけた。
「撤退しましょう。たとえ、校舎を捨てることになっても命には代えられませんわ」
 亜璃珠の強い言葉に、優子が歯を食いしばった……その時。