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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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●お祭りを楽しんでいってね!

 突如発生した炎のカーテン、そして降り注ぐ無数の輝く欠片に、イルミンスールを訪れていた人間も精霊も一斉に空を見上げる。
「ふっふっふ……リンネとの事前の打ち合わせがあったとはいえ、これだけの人、そして精霊を惹きつけられたのはひとえに俺の才能の成せる技! やっぱ俺って最高だぜぇ〜!」
 地上を見下ろせる位置に立ったウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が、自らの起こしたパフォーマンスに自分で賛美の言葉をかけていた。
「ウィル! 自画自賛はいい、次の準備をしろ!」
 彼よりさらに上空に待機しているヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)からの声が飛んでくる。
「分かってるって! どんどん行くぞ、ヨヤさーんお願いシマス!」
 表情を引き締めたウィルネストが、先程行使したファイアーストームの詠唱に入る。
「万物恐れる無慈悲なる紅、あらゆる理の示す原始の朱、我が導きに従いてその姿翻せ! ファイアーストーム!!」
 展開した魔法陣に溜めた魔力が、ウィルネストの掌に生み出された火種に働きかけ、それは膨大な熱量となって空中に発生する。
「来たか……こういったアクションならば、協力するのは吝かではないのだがな……」
 ウィルネストにはもう少しまともな方向に魔法を使って欲しいと思いながら、諦め半分に溜息をついたヨヤが宙を飛び、用意した水を撒けば、熱量で熱せられた水は重力に引かれて落ちる前に水蒸気になってその場を漂う。
「シルヴィット、今だGOGO!」
「えーい! 派手にぶちかませー、ですよっ★」
 そこに、シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)が氷術を撃ち込めば、冷やされた水蒸気が極小の氷の粒となって降り注ぐ。地表に辿り着く前に消えてしまうまでの、一瞬のダイヤモンドダストは、人間と精霊の注目を惹きつけるに十分な効果を発揮していた。
「うむ、ウィルに言った手前だが、まぁいい出来だな。見ている人たちも楽しめているといいのだが――」
「ヨヤさーん、3発目行きますよー」
 ヨヤが呟く真下で、ウィルネストが早くも次の詠唱を開始せんとしていた。
「少し待て、水を用意してくる」
「お次は電撃パチパチ火花を試しちゃうよー★ 加減間違ってシビレちゃっても怒らないでねー」
「ついでに屋台で何か買ってきてくださいですー」
「……それは流石に怒るぞ、シルヴィ。ミーツェは仕事をしてから言え」
 色んな意味でやる気満々のシルヴィットに釘を差しつつ、その横でとろんとした目をしているミーツェに溜息をつきつつ、ヨヤが水を補給しに学校入口方面へと向かう。通りかかったそこでは、立川 るる(たちかわ・るる)の企画した占い屋が、なかなかの賑わいを見せていた。
「あのぅ、僕のパートナーのるるちゃんがね、占いやってるの。いかがですか?」
「キャー、何なのこの子、超カワイイーっ! え、占い? そう、ここでアタシがキミを見つけるのは、運命だったのね……って、キャー恥ずかしー! 何言わせんのよーもー」
「ぼ、僕何も言ってないですぅ……く、苦しいですぅ……」
 ハートのアクセサリーを各所に散りばめたスタイルのラピス・ラズリ(らぴす・らずり)は、その手の精霊にはどストライクのようで、ちょっとした人だかりが出来ていた。人間も精霊も、カワイイモノ好きという嗜好は同じようである。
「それでは始めますね……えい! ……今日は素敵な物に巡り会えるかも! 大きな木の下が幸運の場所だよっ」
 小屋の中では、向かいに座ったお客様に対して、るるがお気に入りの本を相手のことを念じながら開いて、そこに書いてある内容を解釈して伝えていた。本格的な占いというほどのものではないにしろ、ちょっとの幸せを与えてくれるるるの言葉は、占いを受けたお客を笑顔にさせていた。お客様の相談も深刻なものでもなく、「今日どんな感じー?」的なノリがほとんどであった。
「あのぅ、自分、抜け毛が激しくて……どうしたらいいでしょうか?」
「私は最近、物忘れが激しくて……」
「俺はどうも胸の辺りが痛むんだよな。重い病気とかにかかってないよな?」
 しかしながら、たまにやたらと深刻な相談を持ちかけてくるお客様もいる。人間だけではなくむしろ精霊の方がそういった相談を持ちかけてくるのは、興味深い点でもあった。
「うんうん、大変だよねえ。じゃ、今日の運勢いってみよっか」
 それらの相談を一笑で切り上げて、るるが占いを続ける。深刻な相談を真に受けても、必ずしも良い結果となるとは限らない。結局占いを受けたそのお客様も、最後にはどこか吹っ切れたような顔をして去っていくので、問題ないようであった。

「ゲエッヘッヘッ……もうお前に逃げ場はないぜぇ……大人しく喰われちまいな!」
「いやーっ!! 助けて、シャンバラーン!!」
 突如現れた謎の怪物に、街は大混乱に陥った! 為す術も無く蹂躙されていく住民、今また一人の女性が触手に絡め取られ、大きく口を開けた怪物に飲み込まれようとしていた!

「怪物め! そこまでだ!!」

 そこに現れる一人の青年、神代 正義(かみしろ・まさよし)! 一生徒として振る舞う傍ら、彼にはもう一つの顔があった!

「チェェェェェンジ!! ダイナミィィィック!!」

 取り出したお面を被った瞬間、辺りを眩い光が覆う!
「な、何だぁぁぁ!?」
 うろたえる怪物の前で、光が消え、一人の『ヒーロー』が現れる!

「シャァァァンバラァァァン!!」

 そう、彼こそが『パラミタ刑事シャンバラン』、悪を滅ぼす唯一希望の光である!

「今です、ここでライトを! 次の準備はできてますか!?」
 広場を借りて行われている『パラミタ刑事シャンバランヒーローショー』の舞台裏で、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が裏方に回った他の仲間に指示を出していた。
「翡翠君、これはあっちでいいんだよね?」
 アリシア・クリケット(ありしあ・くりけっと)が、『危険! 取り扱い注意!』と書かれた箱を持って翡翠のところへやって来る。
「ええ、そうです。くれぐれも取り扱いには注意してくださいね。指示があるまで絶対に開けてはいけませんよ」
「う、うん、分かった、気を付けるよ」
 注意を受けて、アリシアが一層慎重に運んでいく。……が、人見知りなところがあるのか、近くを人が通るたびにびくっ、と身体を震わせるので、怖いことこの上ない。
(私も人のことは言えませんが……これも苦手克服のためです。アリシアには頑張ってもらいましょう)
 翡翠が見守る中、何とか無事に箱を送り届けたアリシアが、翡翠のところに帰ってくる。
「届けてきたんだよ! ……あぅ、翡翠君、私お腹減ったんだよ……」
 アリシアがお腹をきゅう、と鳴らしてしょんぼりした顔を見せる。
「はい、そろそろだろうと思って事前にそこの出店で買っておきましたよ。これでよければどうぞ」
 翡翠が取り出したのは、ほんわかと湯気を立てる焼きそば。それを恐る恐る受け取って、アリシアが一口つける。
「あぅ、美味しいんだよ!」
「よかったです。……あっ、そろそろショーが終わりますよ」
 翡翠が視線を向けた先では、今まさにシャンバランが、怪物に向けて必殺技を放とうとしている瞬間であった。

「シャンバランブレード五月雨斬りぃぃぃぃぃ!!」
「ギィヤァァァァァ!!」

 光輝く剣に切り裂かれた怪物が倒れ伏すと同時に、無数の音と衝撃が響き渡る。それは先程アリシアが運んできた物が生み出していた。

 こうして、シャンバランの活躍により、街は救われた。
 しかし、悪はいつまたやって来るか分からない。
 だが、必ずまた悪の前に、シャンバランは現れる! さらば、シャンバラン! また会おう、シャンバラン!!
 
 ヒーローに扮した正義が、観客に手を振る。子供向けでありながら本格的な演出と演技もあって、会場は大勢の人間と精霊の拍手に包まれていた。
「無事に終わってよかったですね。企画を持ちかけられたときはどうなるかと思いましたけど」
「あぅあぅあぅ……」
 ほっと息をついた翡翠の横で、アリシアが爆音に驚いて焼きそばを取り落としてしまい、涙目を浮かべていた。そんなアリシアの頭をぽん、と撫でて、翡翠が微笑む。
「また買ってあげますよ。さ、行きましょう」
「あぅ!」
 元気を取り戻したアリシアを連れて、翡翠が出店へと向かっていく。

「はい、焼きそば5人前、出来上がり! 熱いうちに持ってっちゃってー!」
「味の濃い主食には、爽やかな果実ジュースです。どうぞ、召し上がってください」
「食後にはやっぱりお菓子! クッキーにケーキ、クレープ、甘いものならお任せだよっ!」
 その、出店が立ち並ぶ空間の中でひときわ目を引いていたのは、七瀬 瑠菜(ななせ・るな)リチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)フィーニ・レウィシア(ふぃーに・れうぃしあ)が立ち上げた屋台であった。それぞれが得意な料理を担当し、手際よく良質な料理を提供していく。
「おっ、普通にウマイじゃんこれ。よくその場の雰囲気で誤魔化されちゃうことってあるけどさ、これはそんなん関係なしにウマイわ」
「果実は……林檎ね。よく熟した林檎を使っているわ」
「甘いものは別腹だにょ☆ 甘いものは幸せを運んでくれるんだにょ☆」
 口にした精霊から、概ね好意的な感想が聞こえてくる。彼らも、心のこもった美味しいものは総じて好むようである。
「はわぁ〜、材料がなくなっちゃったよ。ここまで人気が出るなんて思ってなかったよー」
「私の方ももうほとんど残っていませんわ。果物を使ったゼリーも作ってみたかったのですけれど」
「あたしの方もなくなっちゃた。さっきそこを見回ってたモップスさんに聞いてみたら、「リンネが対応してるはずなんだな」って連絡を取ってくれたから、そろそろ追加のが来るはずなんだけど――」
 瑠菜が呟いた直後、風を切るような音がしたかと思うと、三人の背後の地面に人ほどもある大きさの氷柱が斜め方向に突き刺さる。
「ひゃあ!! な、何なのこれは!!」
 驚いた声をあげるフィーニの上空から、カヤノとレライアが舞い降りてくる。
「うんうん、狙い違わず正確な投射、これができるのはあたいだけよねー」
「か、カヤノ、今のはいくら何でも危険よ。もし誰かに当たりでもしたら――」
「大丈夫! 当たってもちょっと一日くらい凍っちゃうだけだから。死んだりしないから安心して♪」
「安心できないわよ……」
 そんな会話を交わし合う二人に、瑠菜が問いかける。
「それで、これはいったい何なの?」
「リンネから頼まれて、材料ってヤツを持ってきてあげたわよ。……それ!」
 カヤノが手を触れれば、氷柱は粉々に砕け散り、中からケースに収まったそれぞれの屋台の料理の材料が出てくる。
「冷凍保存だから新鮮そのもの! あたいの氷は人間だって一ヶ月は鮮度を保てさせることができるわ」
「な、なんか物騒な話が聞こえてきたけど……うん、ありがとう。これでまた料理が提供できるよ」
「皆さん、ご協力いただきありがとうございます。無理しない程度に頑張ってくださいね」
 レライアの励ましの言葉を受けて、三人が笑顔で頷いた。

「イルミンスールへようこそ。今日はゆっくり楽しんでいってください」
 カフェテリア『宿り樹に果実』のスペースは開放され、企画した生徒たちによる休憩所が運営されていた。そのある場所では地面に毛氈(もうせん)が敷かれ、着物の上から十徳を羽織った本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が、向かいに座った『ウインドリィの雷電の精霊』ユーニスに抹茶を点てていた。
「随分と手馴れていらっしゃいますのね」
「それほどでもありませんよ。それよりも、あなたが茶の作法を知っていたことが、少々驚きです」
 緑色に泡立った液体の入った器を差し出し、ユーニスが作法に則って受け取り、口をつける。ちゃんと正座の格好をして、である。
「私は経験も知識もありません。ですが、他の精霊が経験したことは、全としての精霊に共有する知識として蓄えられるのです。故に精霊は、膨大な知識を持つことができるのです」
 人間は、道具を使わない限りは個でしか知識を有することができないが、精霊は、何も使うことなく全としての精霊からそこに有する知識を引っ張り出すことが、個体差はあれど可能である。これはちょうど、パーソナルコンピュータとサーバーの関係に近しいものがある。
「……難しい話になってしまいましたね。野点は作法を重視しないと聞きます。私も気楽に、あなたとお話をしてみたく思います」
 器を置いたユーニスが微笑んで、正座をしていた足を崩す。隙間から覗く太腿がどこか扇情的であった。
「よろしければこちらもどうぞ」
 何とも間の良いことに、やはり涼介と同じ和装のクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、盆に羊羹の乗った皿を持って現れた。
「まあ、羊羹ね。知ってはいてもどのような味かまでは分からないもの。一度食べてみたかったのよ」
 一転して少女のような笑みを見せるユーニスに、涼介もそしてクレアもどこか優しい気持ちになるのであった。

 またある場所では、白いクロスがひかれたテーブルにはちみつティーとハート型のシナモンクッキーを用意して、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が一休みに来た精霊たちをもてなしていた。
「ふだんはどんなお話をしているんですか?」
「そうだなぁ……風の動きを読んで、向こうの方で大規模な火事が起きているとか、近くで人間が狩りをしているとか、後は最近知ったこととかの話かな。多分、人間と近しいところもあるだろうし、違うところもあると思うな」
「そうそう、「この前見かけたサイフィードの光輝の精霊、カワイかったよな〜」なんて、人間の男とほとんど同じじゃない」
「なっ、ど、どうしてお前がそれを!?」
「精霊の噂話は広まるのが早いのよ。あなたってホント誰にでもヒョイヒョイと声をかけちゃってさ」
「褒めるなよ、照れるじゃないか。流石『ウインドリィの雷電の精霊』ケストナー様だな」
「褒めてないってば!!」
 自慢げに胸を張るケストナーの頭を、『ヴォルテールの炎熱の精霊』アカシアが叩く。
「あはは……あれ? クレシダちゃん、どこに行ったのかな?」
 ヴァーナーがふと、クレシダ・ビトツェフ(くれしだ・びとつぇふ)の姿が見当たらないことに気づく。
「あら、確か大きな犬に乗った子よね? あの子なら確か――」
 向こうに行ったはず、と指を指したその場所では今まさに、愛犬のバフバフにまたがったクレシダを挟んで、『ヴォルテールの炎熱の精霊』ガイと『クリスタリアの水の精霊』ネリアが睨みを利かせ合っていた。
「おいお前、最初にこいつに声をかけたのは俺だ。邪魔すんなよ」
「先に声をかけたからといって、君が占有していい権利はどこにもないだろう?」
「だー! これだからクリスタリアのヤツは気に入らねえ! どいつもこいつも賢ぶりやがって!!」
「僕だって、ヴォルテールの君たちは暑苦しくて気に入らないね。話をする気にもならない」
「上等だぁ! やるかテメエ!」
「売られたケンカを買うような主義ではないが……相手がヴォルテールとなれば話は別です。存分に買わせていただきましょう」
 まさに一触即発の危機、二人がこの場で戦闘を始めれば、間にいるクレシダはひとたまりもない。
「はい、ここでの喧嘩はご法度。申し訳ないけど、大人しくしてもらえないかしら」
 そこに姿を表したのは九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )、白と緑を基調とした服装の、ちょうど『松に雪』を体で表すような格好をした彼女を、ガイとネリアが見下げる。
「何だテメェ、邪魔すっとただじゃ――」
「下がっていなさい、ここはあなたの出る幕では――」
 二人の言葉が言い終わらないうちに、九弓が片手ずつをそれぞれに向けてすっ、と突き出す。それは大した勢いもついていないにも関わらず、大の精霊二人は放物線を描いて弾き飛ばされ、それぞれ独立した幕で囲われた場所に放り込まれる。
「はい、お一人様ご案内、ですわ☆」
「まったく面倒ね。あなたたち、後は任せるわ」
 そこで待機していたマネット・エェル( ・ )九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が、提げていた鞄から小人を呼び出してガイとネリアを『接待』させる。なお、ここで言う接待とは普通に使われる意味でないことを、予めお伝えしておこう。
「クレシダちゃんっ!」
 静かに手を下ろした九弓の背後から、ヴァーナーが駆けてきてクレシダをひしっ、と抱きしめる。
「ほっぽっちゃってごめんねー! 大丈夫だった? 怖くなかった?」
「……うん、怖くなかった」
 きょとんとしながら告げるクレシダから顔を上げて、ヴァーナーが九弓に礼を言う。
「クレシダちゃんを助けてくれて、ありがとう!」
「いいわ、せっかくの場を乱されるのは、あたしも不愉快だもの」
 なおも二度三度礼を言って、ヴァーナーとクレシダがその場を後にする。入れ替わるように、騒ぎを聞いてかセリシアが休憩所を訪れた。
「ぁら? 風属性の精霊さんなんて、呼んでないんだけど」
『会って早々何ともな言い様だの。雷電なんてけったいなものを付けるから、我ら風の精霊が勘違いされるのだの』
「姉様、それは仕方ないと思います。雷は真空中でも通りますが、風は真空中では起きませんもの」
 つまりは『風の精霊』は『雷電の精霊』と同属性というのが、本人たちの、というよりは風の精霊の主張であった。
「ふぅん、ま、ゆっくりしていけばいいわ。給仕は他の人に任せるわ」
 九弓がひらひらと手を振ってその場を後にする。一見薄情に見えるかもしれないが、先程ガイとネリアが放り込まれた陣屋のような場所は、精霊同士で喧嘩や苛立ちが起きないようにと九弓が、『互いに干渉し合わない考慮をしつつ、各属性を高めた領域』として魔法陣により構築したものである。その維持にはそれなりに注意を用するのであった。
「セリシアさん、サティナさん、お疲れさまです。どうですか? 少しお休みになってはいかがでしょうか?」
 九弓を見送ったセリシアとサティナの元に、お菓子と飲み物を持ったルーナ・フィリクス(るーな・ふぃりくす)セリア・リンクス(せりあ・りんくす)が現れる。
「そうですね、いただきましょう」
「よかった。では、こちらへどうぞ」
 ルーナの案内で席についたセリシアの前に、採れたての果実を使ったタルトと色鮮やかな紅茶が並べられる。
『ほう、これはなかなか美味そうだの。どれ、我が早速……』
 言ってサティナが手を伸ばすが、哀れ、その手はタルトを掴めない。
「姉様は食べることができませんものね」
『むむ、なんたること……仕方あるまい、我はお主の喜びの顔でも眺めているとしよう』
 言って隣の椅子に座る格好を取ったサティナ。
「お客さんたくさん来たの?」
「ええ、今も数が増えているわ。私と姉様は休憩中なの」
『働き詰めというのも疲れるからの。そういう時は甘いものじゃ、ほれお主、早く食べんか』
「もう、姉様、タルトは逃げませんよ」
 微笑んでセリシアが、タルトを口に含む。……瞬間、ぴしっ、と音が走ったような気がした。
『……む? セリシア、我の気のせいならよいのじゃが……そのタルト、異常に――』
「美味しいですわ」
『そうかの? 我には何故か辛い――』
「……美味しいですわ」
 至って笑顔を浮かべつつ、醸し出す雰囲気だけでセリシアがサティナを黙らせる。しかし、その様子に違和感を感じたのか、ルーナがタルトをつまんで口に入れる。
「っ!! どうしてこんなに辛いの!?」
「あー、えーと……ごめんなさいっ! ルーナにお料理はダメって言われてたんだけど、出来たものならいいよねって思って……」
 口を抑えるルーナの横で、セリアが自らのしたことを自白する。
「なるほど、砂糖を入れすぎたから、辛子を入れてみた、と」
「入れてみた、じゃないでしょ! ……ごめんなさい、そうとは気づかずにお出ししてしまって」
「いえ、いいんですよ。セリアさん、もしあなたがよければ、ですけれども、今度ここでお料理の勉強をしないかしら? 私ここでお手伝いをしているから、ミリアさんも手伝ってくれると思うわ」
「えっ、本当!? うーんどーしよっかなー、考えてみるねー」
「ええ、いつでもいらっしゃいね」
「ありがとうございます、セリシアさん」
 礼を言うルーナとセリアを、セリシアが微笑んで見守る。

「精霊がこれだけ来るなんて、思ってもみなかったんだな」
「そうですね。あ、でもモップスさんの周りにはいつも、精霊さんがいるじゃないですか」
「あんなのを精霊とボクは思いたくないんだな。「もっと美味しいもの作れ」ってうるさいんだな。ボクは料理番じゃないんだな」
 賑やかなイルミンスールを見回るモップス・ベアー(もっぷす・べあー)ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)、モップスの愚痴にミーミルが微笑んで答える。
「そういえば、あの時はありがとうございます。お母さん、美味しそうに食べてましたよ。やっぱりモップスさんは、面倒見がいいんだと思います」
「……別に、そんなんじゃないんだな。ちゃんとしておかないと、後で余計面倒になるのが分かってたからなんだな」
 ミーミルの率直なお礼に、そう言われるのが慣れていないとばかりにモップスがそっぽを向く。
「あー、くまの人だー!」
「くまさ……じゃなかった、モップスさん、それにミーミルさん、見回りお疲れさまです」
 休憩所の近くを通りかかった二人に、空の皿をお盆に載せて歩いていた関谷 未憂(せきや・みゆう)リン・リーファ(りん・りーふぁ)が声をかける。
「未憂さん、リンさん、お疲れさまです。精霊さんはどうでしたか?」
「ええ、とても優しくしてくれたわ。今日初めて作ったスコーンも、美味しくいただいてくれました」
「あのね、あたし精霊さんにこれもらったの!」
 言ってリンが、七色に光る鳥の羽のようなものを見せる。
「今日の友好の証に、ってリンに渡してくれたんです」
「わあ、綺麗ですね。精霊さんからの贈り物、大切にしてくださいね」
「……これは、精霊の羽なんだな? カヤノのとレライアのとまた違うんだな」
「なんか、色々あるみたいですよ。決まった姿っていうのはないそうです。結構自由にしまうことも、付け替えることもできるみたいですよ。一応、あった方が動きやすいなんてことも聞きました」
「聞けば聞くほど不思議な存在なんだな。……とにかく、今日が無事に終わるのが一番なんだな。そろそろ見回りを再開するんだな」
「あっ、はい。そうですね」
 モップスとミーミルが行こうとするのを、未憂が声をかけて留める。
「あの、これ、ちょっと作り過ぎちゃったので、差し入れにどうぞ。他に見回りをしている人にも、分けてあげてください」
「ありがとうございます。こっちはチョコチップの入ったクッキーですね」
「こっちはスコーンなんだな。ボクはこっちの方がいいんだな」
「ふふ、じゃあ私はこっちで。モップスさん、一人で全部食べちゃダメですよ?」
「そ、そんなことはしないんだな」
「あー、今ちょっとどもったよ? 実は、なんて考えてたんでしょ?」
 リンに痛いところを突かれて、モップスがそそくさとその場を後にする。
「あっ、待ってくださいモップスさん。……それでは、私はこれで。皆さんにも、よろしく伝えておいてくださいね」
 ミーミルが微笑んで挨拶して、振り返ってモップスの後を追う。
 精霊祭は、ますますの盛り上がりを見せていた。