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世界を滅ぼす方法(最終回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(最終回/全6回)

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第20章 終章・滅びない世界


 まあ、皆無事に戻ってこれたみたいだし、よかったね。と、博士は特に気にした様子もなく言った。
 とりあえず御苦労様とお茶でも振る舞おうとしたが台所も壊滅していて、炊き出し状態から、無事に全てが終わったお祝いにという流れにいつの間にやらなっていて、飛空艇の中や外で、今や宴会騒ぎとなっている。

「まあ、後片付け大変そうだけど……。
 本は掘り起こさないといけないなあ」
「ワイン倉庫が無事だったようなので問題はない。
 うむ、これは中々の一品だのう」
 アリエノール・ダキテーヌ(ありえのーる・だきてーぬ)が、どこから見付けてきたのか、ワインの瓶を抱え込んで、グラスを掲げる。
「あっ! 秘蔵の5000年ものワイン……! 開封したのかい」
「そなた、ワインの趣味は中々じゃな」
 悪びれもなく言ったアリエノールに、エルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)が、
「5000年もの?」
と目を丸くする。
「それは流石に……駄目になっていないのですか」
「飲んでみるかえ?」
 勧められ、エルシアは結構ですと首を横に振った。
 あーあ、と肩を落としつつも、もう開けてしまったものは仕方ないか……と、博士も無事な酒杯を持ってくる。
 アリエノールは博士の酒杯にワインを注いだ。
「そんなことよりも」
と、エルシアはふてくされたように呟く。
「何じゃ、機嫌が悪いのう」
「……理不尽です。
 ずっと放っておかれて、どこかに行っていたと思ったら、こんなことになっていたなんて」
 2人は高務野々のパートナーだ。
 言っても勝てないので本人に文句は言わないが、顔にはありありと不満が出ている。
「まあ、よいではないか。
 無事で帰ってきたのだし、ワインは美味だし」
 不満がないわけではないが、今更言っても仕方のないことだと、アリエノールは既に気持ちを切り替えている。
「……やっと帰ってきたと思ったら、ずっと篭って何かを作っていますし……。
 理不尽です」
「それが終われば、構って貰えよう。少し待っておれ」
 結局は、野々に構って貰えないのが寂しいのだろう。
 アリエノールは苦笑して、グラスを空けた。
 野々が造っていたのは、天使のマスコットだった。
 少し大きめにしたので、ぬいぐるみと言ってもいいかもしれない。
 特徴は、セレスタインに到着するまでの飛空艇の中で聞いていた。
 帰ってきた野々は、宴会の買い出し担当になった人達と空京に行って材料を買い込み、ハルカとお別れになる前に完成させようと、ずっとそれにとりかかっているのである。
 セレスタインでハルカの記憶に触れ、はっきりと判別できたわけではなかったが、それでもその特徴が、アナテースのものだったのだと理解した。
 だからというわけでもなかったが、大事に造ろうと、心をこめる。
 ハルカの未来をこれからもどうか、護っていってあげてくださいね、と、願いをこめて。


 危険なことしか待っていないと解っているセレスタインに、敢えて行くつもりなど毛頭なかったリシアだったが、あれほど彼等に悪態をついていたのに、全員無事に帰ってきたと聞いて、滞在していた空京から、オリヴィエ博士の家を訪ねてきた。
「何かお宝をお土産に見付けてきたかったけど、無理だったわ。ごめんね」
 カッティにそう言われて、リシアは意外な表情を浮かべた。
「あんた、そんなこと考えてたの!?」
 呆れた、と言って、それから苦笑して、リシアはカッティの頭をくしゃりと撫でた。
「……無事でよかったわ。おかえり」


 エレーナ・アシュケナージは、皆が飲んだり食べたり騒いだりしているところで、クレープ屋台を設置、仲間達にクレープを作って振る舞った。
「どうぞ〜皆さんのお好みでお作りいたしますわ」
 イリーナが呆れたように訊ねる。
「……どうしたんだ、お前これ」
「クレープメーカーはレオンさん出費ですわ」
「憶えが無いが」
「シルヴァさんがお財布貸してくれましたわ。
 はい、関係ないカップルは邪魔ですのでどこかそっちでいちゃいちゃしていてくださいな、
 イレブンさん、おひとついかがですか、どんな味がお好みです?」
「……関係なくはあるまい」
 レオンは憮然として言ったが、
「でも、ほら、おいしいから。またうちで作れるし」
 と、イリーナが、何だかんだ言いつつも作ってくれたクレープを片手に慰める。
 レオンも、まあ、もう済んだことだし、やりたいならやらせておいてやるか、と溜め息を吐いて諦めた。
 ちなみに、その様子を見たカッティが
「あたしも!」
と、炊き出しの中に割り込んで中華料理を作り始め、クレープ屋台と競い合って大盛況だったことは余談である。



 パートナーの居ない地球人であるハルカは、地球に戻るのが筋なのかもしれなかった。
 ハルカにはシャンバラに身寄りもないし、空京で暮らして行くのは不可能だ。
 親元に帰るのが、普通の選択だろう。
「皆と、お別れなのです?」
 ハルカは、少し寂しそうに首を傾げた。
 家に帰るということは、寂しい日々がまた戻るということだ。
 祖父もアナテースももう側にはいない。
「皆と、せっかく友達になれたのに、残念なのです」
 しょんぼりとしたハルカは、しかし、そうするしかないことも解っているようだった。
 無邪気なハルカだが、道理を知らないわけではない。
 不可抗力で迷子になることはあっても、いつだって聞き分けはよかった。
「何とか……何とかできないですか、ベア?」
 別れたくないのは自分達だって同じだ。
 ソアがベアに助けを求めるが、ベアにもいい方法など浮かばない。
「パートナーが、見つかれば、何とか……なる、か?」
「だったら、暫くうちにいるかい?」
 あっさりと、そう言ったのはオリヴィエ博士だった。
「ここは空京の結界の外だけど、携帯結界を常に身に付けていれば問題ないんだし。
 別に急いで帰らなくても、ゆっくりパートナーを探して、今後のことを決めたらいいよ」
「じゃあ、ここに来れば、いつでも君に会えるんですね」
 影野陽太が、安堵の息を吐く。
 ハルカが、地球への望まない帰還をするのは嫌だと思ったが、一介の学生に過ぎない自分に、どうしてやることもできず、不甲斐なく思っていた。
 けれどそれなら、ハルカとこれからも別れずに済むのだ。
「いいのです?」
 ハルカが博士に言うと、
「別に構わないよ。
 1人……と、助手と2人で居るには、大きすぎる家、……だったしね」
 言いかけて、肩を竦めて苦笑する。
 そういえば、家は無くなってしまったのだった。
「まあ、今迄より更に大きくなったかな」
 今後どうするにしろ、暫くはこの飛空艇で寝泊まりする気満々で、大きさで言えば、今迄住んでいた家の比ではない。
 暮らしやすいかどうかという問題はまた置いといて。
 動力もなく、当面動く予定もない飛空艇だから、まあ文句も出ないだろう。
 ヨハンセンは、折角の飛空艇なのに……と、動かないことに酷く残念そうにしていたが。
「……じゃあ、お願いするのです。よろしくなのです」
 皆と、別れたくない。
 ここに居られるのならと、ハルカはほっとして笑った。
「何か困ったことがあったら、いつでも声かけえや。
 ダチの頼みなら大体のことは聞いちゃるけえ」
 光臣翔一朗の言葉にハルカは、ありがとうと言って嬉しそうに笑った。
「また一緒に遊びたいのです」
「いつでも遊びに行くといいし、遊びに来るといいよ。
 で、たまに私の研究の手伝いをしてくれると有り難いね」
 ボランティアで。
 博士の言葉に、翔一朗は苦笑し、
「善処します」
 と、陽太も苦笑して肩を竦めた。



「帰ったら、コハクの入学手続きとかしないとね。
 その前に空京でミスド寄って、皆でドーナツ食べて行こう!」
「ドーナツ! ボクも一緒に行く!」
 美羽と契約を果たしたコハクは、美羽と共に蒼空学園へ編入することとなる。
 浮き足立って今後の予定を語る美羽に、ファル・サラームの合いの手が上がるが、コハクは不安げに、「でも」と言った。
「学校って、お金とかかかるんだよね?」
 何をするにも、お金はかかる。
 流石に、それを知らないコハクではない。
 今迄、病院の費用も宿代も、全て誰かが払っていてくれたが、これから先、皆と別れ、自分で生きていくなら、そういったことを自分で何とかしなくてはならないのだ。
「あっそうか……でも、そんなの、大丈夫。
 バイトいっぱいすればいいし」
 確かに学費の件はあるが、これから先の未来に対して、そんなことは些細な問題だ。
「あんた、地球人と契約したの。物好きねえ!」
 まあ周りにいる連中は全員そうなわけだが。
 話を聞いたリシアが、信じられないという顔をして、まじまじとコハクを見た後、
「手を出しなさいよ」
と言うと、身につけていたイヤリングを外し、チョーカーのような首飾りを外し、ブレスレットを外して、コハクの手の平に載せた。
「ま、卒業するまでの学費と生活費くらいにはなるんじゃない?
 値打ち物なんだから、値切られないように高く売り付けなさいよ。
ま、せいぜい楽しくやることね」
 ぽかんとするコハクに、言いたいことだけ言うと、リシアはさっさと歩いて行く。

「おー! 美人のおねーさん発見! 俺とお茶」
 コハクのところに歩いて来た鈴木周が、目ざとくリシアの姿を見付けて走り寄り、皆まで言わせず叩きのめされ、近年稀に見る過激なヒトだぜ……と、倒れ伏しながらも不敵に笑った周に、
「出る幕なかったわ……」
 と行き場のなくなったハリセンを片手に、周のパートナーのレミは呆然と呟いた。
「それはともかく蒼学に来るんだな!
 良かったら俺と同じ部活に入ろうぜ! 活動内容はまだ秘密! 来てからのお楽しみだ!
 あとは穴場の買い食いスポットとかも教えるからな。
 ドーナツもいいけど、ドーナツだけじゃねえぜ、うまいのは」
 ばしばしとコハクの背中を叩いて、周が嬉しそうに笑うのを見て、コハクも笑う。
 だが、あとでこっそりと、レミに言われた。
「……あのね、周くんの入ってる部活は、駄目だよ?」
「……あの」
「え?」
「そもそも、ブカツって何?」
 のぞき部だったというオチである。


「ミスドもツァンダもいいけど、落ち着いたら、薔薇学にも遊びに来てね。いいところだよ〜」
 清泉北都が、そんなコハクに声をかける。
「コーヒーは飲めるのかなあ。タシガンコーヒー、奢ってあげるよ」
 それは再会の約束だ。
「また、会えたら嬉しい」
 コハクは嬉しそうに微笑む。
「うん、きっとだよぉ」
 北都も微笑んで、それから、
「羽根、治ってよかったねえ」
と、コハクの肩越しに翼を見た。
 有り得ない奇跡によって補われた翼は光翼種のもので、今は現れていないから、有翼種の片翼しか見えていないが、ずっとコハクを蝕んでいたものが消え、コハクを抑え付けていたものがすっかりなくなっているのが、北都とクナイ・アヤシには感じられた。
「ありがとう。皆のお陰だ」
「いいえ。あなた自身の努力の結果ですよ」
 礼を言ったコハクに、クナイがそう答え、コハクは、驚いたようにクナイを見た後で、はにかむように笑みを浮かべた。

「そういうの、ボクが言おうと思ってたのに〜!」
 ヒーロー好きが高じて、シャンバランやらケンリュウガーやらパラミアントやらのサインを貰いに走り回っていたティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が、それを聞いて、先を越された、と、悔しそうに言う。
「ツァンダに来るんでしょう。向こうで、いくらでも会えますよ」
 風森巽が言うが、だって〜、とティアは不満げだ。
「また、再会しましょう」
 そう言った巽に、コハクははい、と言って、ぺこりと頭を下げた。


 宴会の喧騒の中で、一ノ瀬月実はようやく、コハクの姿を見付けた。
 今度こそ言わなくては。
 決意と共に
「コハクさっ……」
 人ごみに弾かれる。
「ともだッ……」
 吹っ飛ぶ。
「なって……」
 むぎゅ、と踏まれる。
 ……ああ。勇気は完全に挫かれた。
「あーあ」
 潰れたまま動かない月実を更に、リズリットが棒でつんつんと突つく。
 報われない。
 あれっ、と、リズリットは、隣りに来た人影を見上げて、棒を引っ込めた。
「大丈夫?」
 かけられた声に、月実はがばっと顔を上げた。
 この声はこの声は。
 コハクが、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「汚れるよ」
 差し延べられた手を、万感の思いで取る月実の感動など、コハクには知る由もないだろう。
「あっあっあっ、ありがとう!」
 立ち上がり、礼を言った月実にコハクは笑みかける。
 今だ! チャーンス! さあ、言うのよ!
「コハクさん、あのね、私と……」
 コハクは正面から、自分の言葉を待ってくれている。ああ、今度こそ言えるのね。
 その瞬間。
 ドシン! と、月実は後ろからよろめいた人に突き飛ばされた。

 ――その後、教導団では、しくしくと泣き濡れる月実と曖昧な笑顔で慰めるリズリットの姿が、数日の間目撃されていたという。
「よかったじゃないのー。
 抱きあって、おでこにチューしてもらって!」
「違うし!」
 うっかり後ろから突き飛ばされた月実は、前にいたコハクに抱き止められ……そして、ぶつかったのだ。
 コハクの唇が、自分の額に。
 恥ずかしさのあまり、月実は悲鳴を上げて逃げ出した。
 そしてそれっきりだ。
 しくしくと泣き続ける月実を見て、リズリットは、コハクから、ごめんなさい、またいつか会いましょう、と伝言を受けていることを、
「まああと2、3日はからかってからかな」
と、保留にしたことは、後日談である。