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嘆きの邂逅~闇組織編~(第1回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第1回/全6回)

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第4章 マリザの封印

「おーほっほっほ! ご機嫌ようですわ!」
 翌朝、ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)は、別荘周辺をパトロールし、柄の悪い少年達がたむろしている場所へと近付いたのだった。
「うぃーっす」
「お茶でもいかが? 今日は特別にお入れいたしますわよ。おーほっほっほっ!」
 ロザリィヌはポットと紙コップを取り出して、お茶を注ぎ少年達に手渡していく。
「いただきます」
「どうも」
 あまり愛想は良くないが、何人かはちゃんと礼を言って受け取り、木材の上に腰掛けて休憩をとることにした。
「ログハウスを建てていますのね? 感心ですわ! ところであなた達は街に繰り出すことはありませんの?」
「最近はここの仕事が忙しいから」
「遊ぶ金もねぇしな」
 不良っぽい少年達だが、真面目にここで働いているようだ。
 周囲を見回しても、不穏な空気もなく、この辺り一帯はのどかであり、仕事で汗を流す人々と、世話をし、手伝う百合園生の姿がほのぼのと見られるだけで、何の問題も起きてはいなかった。
 怪しい人物も、白百合団の他には武器を携えた人物もいない。
「それでは街で見かけた珍事件についてお話しいたしますわ!
 ロザリィヌは、少年達に嘆きのファビオが襲われた事件について、オカルトの噂話のように話して聞かせた。
 ハロウィンの夜、吸血鬼の格好の男性に連れ去られた怪盗――。
「ハロウィンだから変装してたんだろ? 吸血鬼とは限らねぇんじゃねぇの?」
 第三者である少年の言葉に、ロザリィヌはなるほど、と思うのだった。
 目で捕らえた情報が全てではない。
 歩き回り、探って訊ねて。情報を得ていかねばならないと、改めて思う。
「それでは、頑張ってご自分達の宿舎を作ってくださいませ。おーっほっほっほっ!」
 何も情報を持っていないと判断すると、ロザリィヌは少年達の下を離れて、パトロールに戻ることにした。

○    ○    ○    ○


 解体された別荘があった場所は、片付けられ瓦礫は既になくなっていたが、地下は埋め立てられることなく、ぽっかりと口をあけたままになっていた。
 ルリマーレン家を訪問したマリルが事情を説明し、そのままにしておいてもらったのだ。
 マリルとマリザはふわりと飛び下り、共に訪れた一行は縄梯子を利用して地下へと下りた。
「子供達には昨日配ったんだけれど、これ」
 真っ先に下りたエル・ウィンド(える・うぃんど)が、マリザにキーホルダーを差し出した。
「何これ?」
「防犯ブザーだ。これを押せば【正義の味方】が助けに来ますよ」
 そう言って、エルはウィンクをする。
 途端、マリザは吹き出し、マリルもくすくすと笑う。
 そしてマリザは悪戯気にこう訊ねる。
「マリザにだけ?」
「っとああ、ごめん。マリルにもあとでプレゼントするよ」
「正義の味方さんは、何で私達を助けてくれるのかしら〜」
 言いながら、マリザは地下の奥へと歩いていく。
 エルは早足で追いつき、共に歩きながら思いを語っていく。
「キミが妖精の子供達を大切にしてるのは見ていて分かる。ボクもその気持ちを大切にしたいと思った。護りたいという気持ちがあるから」
 マリザはマリルと目を合わせた後、不思議そうな目でエルを見る。
「最近、誘拐事件が多発しているという。ボクが危惧しているのは、百合園の生徒やここの子供達が攫われることだ。そんな時には迷わず正義の味方を呼んで欲しい」
「……うん。可愛いでしょ、子供達。私達だけじゃ護りきれないと思うから……。こうしてすべきこともあるし。何かの時にはお願いね」
「助かります」
 マリザがエルに微笑みかけ、マリルも笑みを浮かべるのだった。

「静香さま、お気をつけて」
 静香より先に地下に下りた真口 悠希(まぐち・ゆき)は、続いて下りてくる静香を受け止めることが出来るような姿勢で、縄梯子の下で待機していた。
「ありがと。大丈夫だよ」
 静香は揺れる梯子に苦戦しながらも、何とか下りきった。
 ほっと息をついて、静香は悠希と並んでマリル達の後を追う。
「あの静香さま……」
 悠希が静香に目を向けると、静香も優しい瞳を悠希に向ける。
「この間の会議の時、命に代えてもお守りする、なんて言ってしまった事……その気持ちは嘘ではありませんが、でも……静香さまが心を痛めてしまう事に気づけませんでした。ごめんなさい……」
「悠希さんはホント優しいなぁ」
 静香は柔らかな笑みを浮かべた。
「静香さま……以前、ボク達に男性だって勇気を出し打ち明けて下さった事……それに今回も囮役として志願した事……危なっかしい所はありますけど、でも……静香さまらしく素晴らしいです」
「いや、皆の決意や戦場で戦っている人達に比べたら」
 静香の言葉に、悠希は強く首を左右に振る。
「ボクもそんな静香さまに近づきたくて、まだたった一人ですけど信頼できる……七瀬歩さまに、男の子だって……打ち明けましたっ……!」
「えっ!? 信頼できる友達ならいいけど、僕はともかく悠希さんや一般の生徒のその……性別について生徒達に広まったら、大変なことになると思うから、気をつけてね」
 心配気に自分を見る静香に、悠希は大丈夫というように力強く頷いた。
 そして、身につけていたハートの機晶石ペンダント2つのうち、1つを外して静香に渡すのだった。
「これは恋人同士……いえっ」
 赤くなりながら、悠希は言葉を続ける。
「心から信頼し合える者同士で持っていれば、どんな遠く離れていても心を通じ合わせる事ができるそうです。今のボクでは、まだそこまでの域には達していないと思いますけど……どうか持っていてください」
 恋人同士にしか効果のないペンダントだけれど。今は効果がなくても、いつかは心を通じ合わせることが出来る日が来ると、信じて。
「ありがとう」
 静香はペンダントを喜んで受け取り、首につけたのだった。
「この先どんな危険があるか分かりません……。でも……例え何があっても、遠くに離れてしまっても、ボクがあなたを守ります……心は……いつも一緒にありたいですっ!」
 悠希の真剣な想いに、静香も表情は柔らかながらも、真剣な瞳で答える。
「いつも本当にありがと。そんな風に、悠希さんに思ってもらえる人物に相応しいおと……いや、校長になれるように、僕も頑張るから」
「今のところ何事もありませんが、油断しないで下さいね」
 声が掛けられて、目を向ければ冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が静香の反対側の隣に立っていた。
 背後にも、前にも、静香を護衛する百合園生、他校生が取り巻いている。
「ありがとうございます、小夜子さま。油断、しません。静香さまのお傍から離れません」
 悠希は静香の隣のポジションを守りながら、共にマリザとマリルの方へと歩く。
「このあたりには人影もなく、別荘周辺にも異変はありません」
 最後に下りてきたエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が、静香と鈴子にそう報告をする。
「他の団員の話も聞きましたが、異常も争いごとも全くないようです。パラ実生の中にちょっと変わった方はいるみたいですけれど……その程度のようよ」
 最後はパートナーの小夜子の方を見て言う。
「お疲れ様、引き続きお願いいたします」
「了解」
 小夜子がそう答えると、頷いてエノンは皆と少し距離をとり、地上の様子に気を配る。
「何事もなく、終わるといいのですけれど」
 小夜子も軽く周囲に目を向ける。
 囮でもある為、控え目に武器を携えてはいるが、皆鎧は着込んでいない。
 マリルとマリザは自分の身を守ることくらいできるだろう。
 殺気看破を何度か使ってみたが、怪しい気配も全く感じられなかった。
「まだ今回の活動、始まったばかりですから。楽しかったと報告できるよう最後まで油断せずにいきましょうね。百合園に帰るまでが遠足ですから」
 小夜子の言葉に、静香はうんうんと2度頷いた。
「楽しみながら、気をつけなきゃね」
「私も防犯グッズ用意してきました」
 橘 舞(たちばな・まい)が静香の前に飛び出して、手の上の乗せた防犯アラームを見せる。
「猫ちゃんと、ワンちゃん、どっちになさいます?」
 舞が用意したのは、子供用の動物のマスコット型防犯アラームだ。
「両方可愛いね。猫ちゃんの方、貰おうかなぁ」
「はい、どうぞお使い下さい。いえ、使うことがない方がいいのですけれど。あと、カラーボールも用意してあるんです。何かの際には微力ながら、お役に立ちたいと思います」
 舞は純粋な瞳で、静香に言うのだった。
「ありがとう、よろしくね。でも、絶対無理はしないでね。深追いとかもしたらダメだよ」
「大丈夫です。お優しいお言葉、ありがとうございます」
 舞は感激しながら、頭を下げる。
(悪い人たちの注意を引く為に校長自ら身の危険も省みず囮を買って出る。何て自己犠牲の精神に溢れた気高い行為なのでしょう!)
 舞の心の中で静香の株は急上昇中だった。
「自己犠牲というか、単にそれぐらいにしか役立たないだけでしょう。校長と言っても単なるお飾りで実権持ってるのはラズィーヤだし」
 そんな舞の考えを聞いていたブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が現実的なことを背後で呟く。
「まあ、確かにそうなのかもしれませんが……身も蓋もないです」
 スターシークス・アルヴィン(すたぁしぃくす・あるう゛ぃん)が苦笑しながら、ブリジットの呟きに答える。
「その点を考えれば、静香個人が狙われる危険は低いわね。もっとも身柄と引き換えに離宮の情報を要求するという可能性も排除はできないから、絶対にないとは言わないけど」
 頷いた後、スターシークスも自分の意見を言う。
「相手が離宮の情報を狙っていればですけれど。相手は人身売買などを手がけている組織のようですから、校長はともかく、百合園生は狙ってくるかもしれませんね。となると、自分自身というより、校長が生徒を囮にしているとも言えてしまうような……」
「なるほどね。となると舞が巻き込まれてややこしいことになっても困るし、ついて回るしかないか」
 ブリジットはバットで自分の手をポンと叩く。舞が持っているカラーボール、叩きやすそうだなぁ、などと思いながら。何も起こらない方がいいのに、何か起こって欲しいような気もする。
 といっても、周囲を見回せば平和そのもので、事件が発生するような雰囲気はまるでなかった。
「魔法陣が彫られてるな。触れて呪文を唱えると術が発動するタイプかな?」
 マリルとマリザに続いていた芳樹が壁の魔法陣に目を留める。
「この先、空洞になってますよね?」
 アメリアが壁を叩いて訊ねると、マリルが首を縦に振って壁に近付いた。
「物凄い衝撃でもなければ破ることはできないわ。……その物凄い衝撃があったせいで反対側の壁は崩れてるけどね」
 以前ルリマーレン家の別荘地下室があった方向の壁は物凄い量の瓦礫の落下により、崩れたのだった。
 マリルが魔法陣の中央に手を当てる。
「盟約の時来たれり――解」
 キーワードを呟くと、魔法陣が一瞬光を放ち、彼女の腕が壁の中に入っていく。
 体の半分を壁の中に入り込ませて、マリルは壁の先にある空洞から、手の平サイズのオレンジ色に輝く玉を取り出した。
「はい。よろしくね」
「なんか複雑な気分ね……」
 玉を受け取ったマリザが言葉どおり複雑そうな表情を浮かべる。
「不測の事態が発生したとしても、全力で対処するから」
 と、芳樹がマリザの傍に立ち、声をかけた。
「ブザー押さずとも、今は正義の味方、ここにいるし」
 エルはマリザに微笑みかけた。
 ふっと息をついて、マリザも微笑んだ。
「鏖殺寺院との戦いは終結していて、離宮の問題だけ解決すればいいような……そんな平和な世界になってから目覚めたかったのに。あ、子供達の為に、ね」
 そう言った後、マリザは軽く目を閉じた。
 精神を集中する彼女の体に力がみなぎっていく。
 溢れる力を手に集中していき、一気に放出する。
 パン
 大きな音を立てて、玉は砕け散った。
 直後、マリザがふらりと倒れかかる。
 エルが手を伸ばして、子供のように軽い彼女の体を支える。
「ありが、と……」
 力なく笑って、マリザは意識を失った。
「大丈夫、すぐに回復するから。……離宮の封印と共に、封じ込めていた力も彼女の中に戻るはずよ」
 マリルが微笑する。
 玉の欠片はまだ空を舞っていた。
 オレンジ色の破片はちらちらと瞬いて、空気に溶けるように消えていく。