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のぞき部あついぶー!

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のぞき部あついぶー!
のぞき部あついぶー! のぞき部あついぶー!

リアクション


第5章 スローモーション


「はーい! みんな! 着替えはこっちじゃないよ。隣のテントでお願いね!」
 クイーンヴァンガードの制服を着たサフィが、本テントの前で女子を偽テントに誘導している。
「あれえ。サフィさん、何やってるの?」
 朝野3姉妹の朝野 未沙(あさの・みさ)が、次女の朝野 未那(あさの・みな)と一緒にやってきた。
「サフィ様。こんにちはぁ」
 いきなり知り合いに会って、サフィは動揺が隠せない。
「こここ、こんにちは。あたし、のぞき部じゃないよ。ほらほら。クイーンヴァンガードとして活動してる感じ? はい。巫女さんの衣装をどうぞ」
 未沙は特に気にしてないようで、巫女装束を受け取った。
「寒いのに、ご苦労さま。ところでクライスさんは――」
「ああっと! あはふへほ! あああのもう1人はどうしたのかなあ!?」
「今日はお休み。自己診断プログラムを作動させてるんだ」
 そのとき、見回りしているパンダ隊、菅野葉月とミーナの姿がサフィの視界に入った。
「わ。やばい……! じゃあ君たち。悪いけど、これ……全部そっちのテントに運んどいてくれる? 頼むよ!」
 未沙と未那に持てるだけの巫女装束をドサドサッと持たせると、背中を押して偽テントに押し込んだ。
 そしてわざとらしく口笛を吹いてやり過ごそうとするが、やはり副部長のパートナーなのでバレバレだった。
「何やってるんですか? ……女子のぞき部のサフィさん!」
「ふっ。よく見破ったわね!」
 バサバサッ!
 サフィはヴァンガードの制服を派手に脱ぐ。
「そう! あたしこそのぞき十二精華の1人。エロース座のサフィ!」
 そう言いながらもこっそり逃げるサフィを葉月が背中から掴まえて羽交い締めにすると、ニタニタと笑い出す。
「ふっふふ。ミーナ。ようやく修学旅行のリベンジをする時が来ましたね……」
 ミーナはあのとき、怒りにまかせて風呂場で雷術を使って集団感電を起こすという失態を演じていた。
「ああ、このときをどれだけ待ったことか……」
「ミーナ、ここは池からも離れています。今度こそ正しい雷術の使いどきですよっ!」
 しかし、そのとき……
 のぞき部の鹿次郎がバケツいっぱいに入れた水を持って、ぽかーんと見ていた。
 これには、重度の巫女フェチであるドスケベ策士の大きな戦略が隠されていた。
 彼は、パンダ隊だろうがあつい部だろうがとにかく無差別に水をばらまいて着替えが必要な状況に追い込み、しかし着替えは巫女装束しかないわけだから、当然神社には無数の巫女さんでうっはうは! という、まさに“みこみこパラダイス”を作ろうとしていたのだ。
 その作戦を実行するべく、バケツに水を入れて運んでいたところ、仲間のピンチに遭遇したというわけだ。
「困ったでござる。早く“みこみこパラダイス”を作りたいが、仲間を見捨てるわけにもいかないでござるな……」
 そして、バケツを担いで走り出した。
 ミーナが力を溜める両の手には、既に稲妻がバチバチと漲っている。
「カミナリ様を食らいやがれえ! うおりゃあああ!!!!」
 と、そこで葉月は鹿次郎に気がついた。
「ミーナ! ま、待ってーーーっ!!!」
 が、放たれた稲妻は引っ込まなかった。
 バリバリバリバリバリ!
 と同時に、水がばっしゃーーーん!
 ビリビリビリビリビリビリビリ……葉月、ミーナ、サフィの3人は感電し、脳みそがトコロテンになってしまった。
「んぱーんぱー」
「面目ない。救えなかったでござる……。だが、おぬしの分も拙者がのぞいて来るでござる」
 ぴぴぴぴぴ。
「お。やっとメールが返ってきたでござる。ふむふむ。ふむふむふむ」
「鹿次郎さん。巫女さんだからって気合い入りすぎだぜー。行動が早いのなんのって」
 部長の総司がバケツに水を入れてやってきた。
 すぐ後ろには、ケイも来ていた。
「おーい! どうすんだ、このバケツ?」
「もう必要ないでござる。社務所には……巫女さんがいっぱいいるでござるよっ!」
「でもあんた、どうやってのぞくんだよ?」
「拙者、今回ばかりは命かけてます故、既に下見は十分。お任せくだされ!」
 これには、部長も感心しきり。
「さすがはドスケベ策士だな」
「部長殿。ケイ殿。ともに参られるか?」
「もちろんだぜ!」
「持つべき者は、ドスケベ仲間に限るな!」
 3人は、何故かテントを離れて境内へと向かった。何を狙っているのだろうか……。

 庭園でサフィの敗北を見ていたクライスには、本日最高の奇跡が起きていた。
 突然辺りの空気がどんよりと曇ると、すっかり煙幕に包まれた。
「うっ! なんだ! キリン……いや、まさかあつい部か?」
 なんとか目を開けると、目の前にはぼわーんと浮かぶドクロがひとつ。
「ひっ! な、なんだ!」
 煙幕の中、熱いお茶をこぼしてうろたえるクライスに、ドクロがおどろおどろしい声で話しかけてくる。
「我は……のぞきの神」
「のぞきの……?」
「うむ……のぞきの神じゃ……」
「のぞきの神……ほ、ほんとにのぞきの神様なんですか!」
「ここを……どこだと……思っている……」
「す、すみません!! のぞき神社です!!!」
「……いいか……よく聞け……のぞきに失敗したら……オシオキじゃ……のぞけない者に……目はいらぬ……両の目に……のぞき穴をあけてやろう……ひーっひっひ……」
「神様あああああ!!!」
 そして、ピチャっとクライスの額に何かが一滴垂れて……消えた。
 煙は晴れたが、興奮冷めやらぬクライスがそっと額に垂れた何かを指に取る……。
「ひっ、血っ……!!!」
 だが、これは血でなく、トマトだ。
 トマティーナを投げつけられていた終夏が、箒に乗って去っていった。
「あー。面白かった。あんなにあっさり信じちゃうなんて、のぞき部ってなんなんだろうね。また後でやってみるかな……」
 終夏はまた、ふらふらと上空を飛んでまわった。
 恐怖に震えるクライスは、ついに脳みそがトコロテンになってしまった。
「んぱーんぱー」

 本テントの前には、のぞき部の新入部員ハーポクラテスが立っていた。やってきた女子を偽テントに誘導する役だ。
「こっちはやめた方がいいよ。さっき、のぞき部だっけ? 楽しそうに何かやってたよ」
 お人形のような容姿はコンプレックスだったが、そのせいか今まで人に疑われたことはない。今は、その特徴を生かすときだ。みんな、まさか彼がのぞき部なんて思いもせず、なんの疑いもなしに偽テントに入っていった。
 ただ、1人だけ本テントに入ろうとする女子がいて、ハーポクラテスは慌てて止めた。
「あら? どういたしました?」
「テントはこっちだよ。こっちこっち!」
「おかしいですわね? さっきは反対でしたけど……」
 御神酒を混ぜた、というよりほとんど御神酒でできた甘酒を大量に持った佐倉留美が首を傾げた。
 すると、ハーポクラテスは本テントに貼ってある一枚の紙を指差す。
『注意! このテントは、のぞき部が建てた偽物です。……by薔薇の星☆』
 自分で書いた貼り紙だが、世間知らずの留美には効果覿面だった。
「本当ですね。さっきは気がつきませんでしたわ。でも……よかった。着付け方のポスターも、もう一枚持ってましたわ」
 結局、似たもの同士である。
 留美は、納得して偽テントに入っていった。
 こうして、のぞき部としての活動に手応えを感じ始めたとき、ハーポクラテスは新入部員ならではのミスを犯してしまった。声をかけてはいけない人にかけてしまったのだ。
「テントはこっちだよ! こっちこっち!」
「おかしいですー。こんな貼り紙まで用意して……もしかして、のぞき部の新入部員ですねー」
 声をかけたのは、よりによってパンダ隊の副隊長ファイリアだった。
「違うよ。のぞき部じゃないよ」
「怪しいですー」
 くんくんくん。
 ファイリアはハーポクラテスの周りのニオイをくんくん嗅いだ。
「ひ……ひ……ひ……ひっくしゅん!」
 彼女は猫アレルギーならぬ、のぞきアレルギー。通称ノゾルギー持ちなのだ。
 隣でウィノナが頷く。
「間違いないね。……のぞき部だわ!」
「わ。バレた! ご、ごめんねごめんね!」
 ハーポクラテスは、泣きながら森に向かって逃げ始めた。
「ごめんねー! ばいばーい!」
「あわわわー! 待ちなさいですーっ!」
 走って逃げるハーポクラテスをファイリアとウィノナが必死に追いかけるが、なかなか追いつかない。
 ハーポクラテスはファイリアたちを避け、森の中へと入っていった。
 森の中、別の位置から見ていたのぞき部エースの陽太はすぐに気がついた。
「パンダ隊のあの動き……おかしい。やる気がない? いや、追いつく気がないような……はっ! これは、罠だ!」
 その通り、ファイリアたちは追いつく必要がなかったのだ。
 森で罠を張って待ち構える仲間のところに追い込むように、走っていたのだ。
 しかし、こんなときに立ち上がってこそ、エースの中のエース。
「……新入部員のためです。こうなったら俺が囮になるしか……ないっ! ハーポクラテス君。生き残って……俺の屍、越えてくださいっ!」
 ババーンッ!
 陽太はハーポクラテスから気を逸らすために、派手に森から飛び出した。
「俺の名は、影野陽太。のぞき部には、ロマンがある!」
「え?」
 ファイリアとウィノナが思わず足を止めた。
「パンダ隊副隊長! 止められるものなら……止めてみて下さい! 俺は、のぞきまーすっ!!!」
 そして、陽太が一気に偽テントに向かって走り出す。
 一方、ハーポクラテスは陽太に感謝しながら森を逃げていた。
 陽太がファイリアたちの足を止めたおかげで、じっくりパンダ隊の仕掛けた罠を避けながら逃げることができた。
「助かったよ……あ。これも罠だな。落ち着いてればわかるよ」
 と罠を避けた瞬間――
 ガランガランガランガラン!!!
 ハーポクラテスは、足を取られて木に逆さに吊されていた。
 木陰から超ミニスカートをひらひらさせながら出てきたのは、ミニスカパンダこと小鳥遊美羽だ。
「かかったね! 我が隊長考案のダブルトラップ! そして、副隊長じきじきの追い込み! ……カーンペキッ!!」
 美羽は、ファイリアにかわいく手を振ってはしゃいでいる。
「ファイちゃーん! ナイス追い込み〜!」
 ファイリアが、そしてまた別の方角には薫を掴まえた理沙とチェルシーが手を振って応えていた。
「これが負けたということか……」
 ハーポクラテスは逆さ吊りにされてもなお冷静だった。
 美羽はハーポクラテスの顔をまじまじと見つめる。
「きれいな顔してもったいないなあ。なんでのぞき部なんかに入ったの?」
「なんだか楽しそうで……」
「しょうがないなあ。じゃあ、今からそのくっだらない煩悩を取り除いてあげるからね! そーれ!」
 ボッコーッ!
 いくら男でのぞき部とはいえ、ハーポクラテスは新人だし、なんといっても美しい顔だ。美羽はジャンプして、腹を殴った。
「煩悩退散!」
 ボッコーッ!
「煩悩どっかいけっ!」
 ボッコーッ!
 美羽は108回は可哀想だと思っていたが、いくら殴っても音を上げないハーポクラテスに次第にイライラしてきて、やっぱり108回殴った。
「むうーん。のぞき部め。……なんか私が負けた気分だぞ。くやしいっ!」

 陽太は偽テントに到達していた。
「勝った! ついに勝った!」
 陽太は周があけたのぞき穴から中を……
 のぞいた!!!
 すると……女性だ! 女性の着替えが見える! 今、コートを脱いだ!!
 陽太はのぞきがバレないように、声にならない声で大きく叫ぶ。
「うおおおおお! のぞきの神様あああ! 俺は正直言って自信がありませんでした。部のみんなにエースと言われても、自信がありませんでした。でも、今、俺は本物のエースになりましたっ! 神様ありがとうございますっ!!」
 しかし、不思議なことがひとつ。
 ファイリアとウィノナが、のぞきをを止めようとしないのだ。
 スケベブラッドをドバドバ飛ばして真っ白な横幕を赤く染めている陽太は、冷静さの欠片もないためそのことに気がつくわけがなかった。
 気がついたのは、のぞかれてる女性が上着を脱ぎながらこちらを見た瞬間だった。
 ――脱ぎかけの手を止めたその女性は……鬼崎朔。
 朔は、陽太に向かって話しかける。
「命、かけてんのか? のぞかれる乙女に敬意を表し、命かけてんのか?」
「え? 命……ですか?」
「友情、スリル、青春、絆、ロマン……そういうくだらねえこと言ってんじゃねえのか? のぞきをするなら、命かけてみろ! 真ののぞきソウルを持ってるなら、命かけて挑んでこい! 私の名は……」
 と、ここで朔の顔がぶよーんと歪んだ。
「なんだ、これは?」
 陽太の額からは、冷や汗がだらり。
 ファイリアとウィノナは、テントから離れて様子を見ながら現実を教えてやった。
「パンダ隊には、あつい部という強い味方ができたですー」
 朔の顔がぐにょんぐにょんに歪んだかと思うと、ついに目の前がカラーバーでいっぱいになってしまった。
 何故ならそれは、パートナーのスカサハがメモリープロジェクターで映写している映像だったからだ。
「うっ! こ、これは、何かヤバい!」
 陽太が慌てて偽テントから飛び退いた瞬間――
 ドッガアン!!!
 偽テントは爆発し、陽太は吹っ飛んだ。
 しかし、爆発したのに偽テントはきれいに残っている。
「な、なぜ……?」
「ふっふっふ……教えてあげようか」
 朔の声が聞こえる。
 仕組みは簡単。――「偽テント」の手前にもう1つ「偽偽テント」の一部を置いて、そこに映像を見るためののぞき穴と破壊工作をかけていたのだ。
「ち、ちくしょう……!」
 そして、陽太が顔を上げると銀色の蝶マスクを被った朔が立っていた!!!
「私の名は、あつい部のダークヒーローにして、愛と情熱とのぞきの使者! ……月光蝶仮面ッ!!!」
「え? のぞきの使者なら仲間なんじゃ……?」
 疑問に思ったのは陽太だけではない。
 お任せして見守っていたファイリアも、急に心配になってきた。
「まさか……第2のぞき部?」
「私は、あつい部だーーーっ! ファイファーーーーーッ!!!」
 あついっ!
 のぞきの使者だかなんだかわからないが、とにかくあついっ!!
「おおおお! これがあつい部の本領発揮かっ!」
 大和の魂サーモメーターは振り切って……ついに壊れてしまった。
 そして……タタタタタッ。
 隣にはアゲハ柄のマスクを被ったスカサハ、いや、揚羽蝶仮面がやってきてポーズをとる。
「揚羽蝶仮面であります!! ふぁいふぁーーーっ!!!」
 しかし、2人のチョウチョウ仮面は、初めてのあつい部の活動であつくなりすぎていた。
 あついポーズをとるのに夢中で、陽太を見失っていたのだ。
「のぞき部には……ロマンがある! ロマンとは、命と引き替えにでも追うべきものですっ!!」
 陽太は、チョウチョウ仮面を置き去りに改めて偽テントに向かって走っていった。
 その言葉を聞いて、月光蝶仮面が陽太の背中に叫んだ!
「そうよ! それが真ののぞきソウル! 忘れないでっ!!!」
 もう何がなんだかわからないが、陽太はとにかく偽テントののぞき穴を目指して走るだけだ!
「うおおおおおお!!!」
 そして、ついに偽テントに辿りついた。
 中には、かわいい女子がいっぱいいて、着替えたり倒錯したりしてるに決まっている!!!
 陽太の目は、のぞき穴まであと10センチ!!!
 あと9センチ!
 あと8センチ!
 あと7センチ!
 あと6センチ!


 そう、これは映画であり、ここは空京座なのだ。
「プロジェクトN」お馴染みのスローモーションに空京座の観客は一気にヒートアップ!!!
「早く見せろ!!!」
「ふざけんなコラア!!!」
 だが、あつくなる観客の中、あつい部のエヴァルトだけは1人クールにニヤリと笑って呟いた。
「ここでスローモーションか。監督、わかってるじゃねえか……!」
 あのとき、エヴァルトは偽テントの側に隠れ身を使って潜んでいたのだ。
 そして、のぞき部に「のぞけるかも!」と思わせておいて、ギッリギリまで引きつけておいて……阻む。というあつーいことをしていたのだ。
「ふっ。前回の映像も見たぜえ。たしかここからスーパーミラクル超絶スローモーションとやらになるんだろう?」
 と楽しみに待っている……が。
 ヒュンッ!
 スクリーンでは、エヴァルトの放ったスナイパーライフルの弾が陽太の額を捉えた瞬間を飛ばして、画面はもう次のシーンに移ってしまった。
「な、なぜ……! 俺の見せ場を返せっ!!!」
 残念。「プロジェクトN」制作チームは、今回優秀なディレクターが不在だったのだ。
 そもそも、プロデューサーの大和は慣れないカメラ操作にあたふたしていて、貴重な瞬間も逃がしていた。
「いやいや、カメラは難しいですね」
 劇場の隅で見ていた大和は頭をポリポリしながら、誰かにメールしていた。
『今夜、会える?』
「大和は、いつかモテない男に刺されそうじゃな」
 隣で、忍が苦笑いしていた。
 エヴァルトは、ポケットから1枚の写真を取りだすと、慰みにじっと見つめた。
 そこには、巫女姿のパートナー、ミュリエルが写っていた。
「なんの写真や、それ?」
 隣に座っていたあつい部の社がチラリとのぞいてきた。
「あっつくなれる写真かあっ? そやろそやろ!」
「バカ、見んなよ。大した写真じゃねえよ」
 と隠そうとするエヴァルトだが、遅かった。
 社の目から出た炎が飛び散り、じゅうううう〜。写真はあつーく燃えた。
「そ、そんな馬鹿な……!!!」
「おお、ほんますまんかったの。でも大した写真じゃないんやろ。助かったなあ」
「あ、ああ……助かったぜえ……」
 エヴァルトは、目をつむった。
 あとはもう記憶だけが頼りなのだ。

 あのとき……
 偽テントから恥ずかしそうに出てきたミュリエルは、「着ない」と言っていたのに巫女装束をまとっていた。
「だって……なんか今日はお兄ちゃんが変なテンションですし……それに中で……」
「中でどうしたんだ?」
「なんか、みなさんが……なんでもないですっ」
 顔をふるふるして、行ってしまった。
「ミュリエル……」

 と、現実のエヴァルトがそこで目を開けた。
「中で、何があったんだ! この映画、めっちゃあついぞっ!!」
 思わず立ち上がった。
「立つんじゃねえ! 見えねえだろうがッ!!!」
 後ろの席の月光蝶仮面こと鬼崎朔に怒られた。
 彼女は自分がのぞき部に入るべきなのか、この映画を見て見極めようと思っていて、真剣なのだ。
「す、すんませーん……!」
 
 さて、偽テントの中で何があったのだろうか……。