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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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交信


 その頃ヨシオは、先輩の竜司に言われた通り自分のすべきことのために、孫権に預けた分とは別に部隊を整えていた。何の作戦もないが、何かせずにはいられなかったのだ。
 そこに、支倉 遥(はせくら・はるか)がやって来てピラミッドのてっぺんに金色の十字架を立てないかと持ちかけてきた。
 見れば、伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)が十字架を高く担いでいた。ケルト十字によく似た形状をしているのだが、ヨシオには『オプションがついた十字架』と認識された。
「何故十字架を?」
「十字架……それはラブ&ピースですよ」
 どこか含みのある笑みを見せ、遥は説明を始めた。
「例えばこうです。朝、目覚めると朝日を浴びて燦然とこの十字架がピラミッドの頂上で輝いているのです。もちろん、その傍らにはあなた様の想い人が。素敵な話ではございませんか?」
 それに見合うよう、純金製です。
 と、さらに遥は付け加えた。
 純金製という言葉に、ヨシオの喉がゴクリと鳴る。
(輝く十字架の横に、るるさん……)
 ヨシオの中に神々しいるるができあがった。
「……許そう」
「ありがとうございます」
「気をつけて作業をしろ」
 遥は礼をすると正宗を連れてピラミッドのほうへ向かった。
 しばらくしてから遥が言った。それは悪戯が成功した時の子供のような顔だ。
「うまく説得できましたね」
「何が説得だよ」
 クッ、と喉の奥で笑う正宗。
 彼が担いでいるのはケルト十字によく似た携帯用アンテナである。当然純金なわけもなくメッキだ。
 遥かコンロンのドージェと繋がるようにと開発したもので、携帯のほうは友人が届けに行っている。
 二人がピラミッドの前に着くと、巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)が歓喜に震えていた。周りでは波羅蜜多ビジネス新書 ネクロノミコン(ぱらみたびじねすしんしょ・ねくろのみこん)が不気味な笑みをたたえながら満足そうに頷き、いんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)が建設に力を合わせた町のモヒカン達とバンザイをしている。
 そこで待っていたベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)は困ったように苦笑していた。
「許可は?」
「取れましたよ」
「あちらの方々もヨシオが許すならそれでいいそうだ」
 と、ぽに夫達へ視線を送るベアトリクス。
「ところで、かげゆはどうしました?」
 ベアトリクスと一緒にいると思っていた屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)の姿が見えないことを不審に思った遥へ、彼は肩をすくめて答えた。
「まあ、ごはんまでには戻ってくるでしょう」
 投げやりなように聞こえるが、実際かげゆが食事の時間に遅れたことはないので、遥もそうかと頷きアンテナ設置へ取り掛かることにした。
 巨大なピラミッドを見上げた正宗は、いったん十字架をおろすと気合を入れるように上着を脱ぎ捨てた。
「よぅし、行くぜ!」
 正宗は鋭く息を吐き出すと、頂上を目指して登り始めた。
 その後を、アンテナ設置補助役のベアトリクスと、製作者の遥が追った。

卍卍卍


 遥が言っていた友人──万有 コナン(ばんゆう・こなん)は、サルヴィン川を下りコンロン南端の地を、ドージェ・カイラスが修行をしているという寺院目指して歩いていた。
「ふぅ……まったく。ここは熱くてかなわないわ」
 妙な裏声を出し、ない髪をかきあげる。彼は角刈りだ。
 コナンは小型飛空艇で移動している間はおとなしかったが、降りてしばらくしたらブツブツと文句が絶えなくなった。
 確かに、どこを見ても乾いた岩肌ばかりで空気も埃っぽく、遮るもののない暑い日差しは誰でもうんざりだろう。
 しかし、連れのラウラ・モルゲンシュテルン(らうら・もるげんしゅてるん)は違った。
 彼女にとってこの使いの遂行は憧れの正宗への絶好のアピールであった。
「戦場で見たあの方のお姿は美しかったわ」
 うっとりと明後日の方向を見上げて憧れの君の姿を追うラウラの横で、コナンは興味ないとばかりにタンクトップの首周りでパタパタとあおいで少しでも涼もうとしていた。
 こんなちぐはぐな二人組と同行しているのは、こちらはドージェのパートナーであるマレーナに用がある聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)と、時折頭上すれすれを飛んでいく大きなイナゴを目で追っているキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)
 キャンティはイナゴに興味はなさそうだが、聖は気になっていた。
「シャンバラ大荒野も、ずいぶん前からナラカの侵食を少しずつ受けているのでございましょうか。たとえイリヤ分校の方がどんなにがんばったところで……これを放置したままではいけない気がしますね」
 飛び去っていくイナゴをじっと見て呟いた聖にキャンティが、
「あれは佃煮にしてもおいしくないって話ですわぁ。そんなものより、キャンティとしてはあの金ピカに借りができたことのほうが重要ですぅ」
「メロンかんなちゃんと戦った時のことでございますね」
 むぅ、と唇を尖らせるキャンティ。
「もし金ピカがピンチに陥っていたら、そのうち一度くらいは助けてあげなくもないですぅ」
 拗ねたように言い捨て、キャンティは聖を追い越した。
 聖は素直じゃないパートナーの後頭部を何とはなしに眺めながら、前原 拓海(まえばら・たくみ)からの預かり物を持ち直した。

 一行が寺院前に到着するとマレーナが腰掛けていた岩から立ち上がった。
「何かご用ですか?」
 優雅に微笑むマレーナに、聖も上品な笑みで応えた。
「ドージェ様にお届け物と、マレーナ様にお伺いしたいことがございましてまかりこしました」
「そうですの。こちらの品は、ドージェ様の修行が終わりしだい開くことになりますが、よろしいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
 荒野の中の無骨な寺院前とは思えないような、優美な空間を作り出している二人。
 我関せずとキャンティは飛んできたイナゴを叩き落した。
 先ほど目にしたものよりも大きい。
 体長は一メートルほどありそうだ。
 すぐに飛び立とうとするそれを、踏みつけておとなしくさせた。
 ところで、と聖が話題を変える。
「以前、ドージェ様が弾道弾を破壊された際……薄茶色の髪の少女の持つ槍をご覧になっていらっしゃいましたが、あの槍の元々の持ち主をご存知でしたら教えていただけますでしょうか?」
「さあ……わたくしにはわかりませんわ。お役に立てなくてごめんなさい。ですが、それはあの魔槍のことですわよね? 一年ほど前に教導団が開発して配備したもの、ということは耳にしております」
「そうですか。いえ、ありがとうございます」
 まるで貴族のアフタヌーンティの空間の少し離れたところで、コナンは預かった携帯が繋がるか試していた。
「うぅん……?」
 実験として遥の番号を押してみたが何の反応も出ない。
 この携帯もアンテナ同様、遥がちょっと手を加えたものであったが……。
 コナンは携帯を振ってみたり軽く突付いてみたりしたが、残念ながら結果は変わらなかった。
「うまくいかなかったのか……?」
 どうしたものかとため息をついた時、遠慮がちに声をかけてくる者がいた。
 顔を上げれば、黒い髪の少年がマレーナに話しかけているのが見えた。
「無理は承知で来たんだ。でも、今にも潰されそうなミツエを助けたくて……ドージェに力を貸してほしいんだ」
「そのことに関しては、もうドージェ様はお返事をしておりますわ。申し訳ありませんが……」
 はるばるやって来た少年を労わるように言うマレーナ。
 少年はうつむき、握り締めていた手の中の紙片に目を落とした。
 そこに何が書かれているのかはわからなかったが、ダメだとわかっていて来たのにやはりダメだったことに酷く落胆しているように見えた。
 聖もコナンも、何とも言えない顔で少年を見ていた。
 ──の、だが。
 瞬きの後には少年は、さざれ石の短刀でマレーナに切りかかり、マレーナは淡く光るバリアのようなものでその凶刃を防いでいた。
 何が起こったのかわからず、思わず顔を見合すキャンティとラウラ。
 小さな舌打ちはうなだれていた少年──よく見たらマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)だった──から漏れた。
 マレーナは聖達に見せていたものとはまったく種類の違う微笑みをマッシュに向けた。
「分不相応という言葉を知ったほうが良いですわ」
 その威圧感はドージェと同等のものだった。
 反射的に距離をとるマッシュ。
「あんたの石像をミツエにプレゼントしてやろうと思ったのに……」
 この話をマッシュに持ちかけたのはシャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)だった。
 より確実に実現させるために、忘却の槍でわざわざマッシュの記憶まで消したのだ。いつもの彼で会っても警戒されるだけだと思って。手の中の紙片は、説得に失敗した時に本来の目的を思い出させるためにシャノンが持たせたものだった。
 普通の相手ならうまくいっていただろう。
 マッシュがじりじりと隙を窺っていると、寺院入口に巨大な影が立った。
 そこから出てくるものなど決まっている。
 これ以上は無理だ、とマッシュは退却を決めた。
 マレーナが何者かの攻撃を受けていることを感じたドージェが出てきた時、マッシュは小型飛空艇ですでに飛び去った後だった。
「中断させてしまいましたね」
 と、申し訳なさそうに眉を下げたマレーナに、ドージェは気にしていない素振りを見せた。
 それからマレーナは聖に渡された拓海からの小包をドージェに差し出す。
 包みの中身は新しい携帯と手紙だった。

『ドージェ・カイラス様

 仲春の候、いかがお過ごしでしょうか。
 今もどこかで修行中でしょうか。
 私の手紙が届きましたなら、お返事は結構ですので、ただ心の片隅に留め置かれたく候。
 このシャンバラ大荒野には貴殿を慕う者が多いと聞いております。
 ただ、悲しいかな。彼らの中には認識を誤った者も多く、今も交戦中と聞き及んでおります』
 静かに熱い胸の内を吐露する手紙は、こんな書き出しだった。
 ドージェは続きを読んでいく。
『たった独りで祖国を解放したという貴殿の武勇に、今さらですがこの胸を熱くしております。
 私は一日本人として当時の貴殿の勇気に、そして今もなお戦っておられるであろうその覚悟に甚く感銘を受けまして候。
 同時に、亜細亜に住む民としてこの身を不甲斐なく情けなく思います。
 私も立たねばなりません。真の大東亜共栄圏、そしてシャンバラ復興を実現する為に』
 手紙の最後に、拓海のメールアドレスが書かれていた。
 元のように折りたたんで封に戻したドージェは、ここにはいない手紙の送り主に答えるように呟いた。
「……戦いたかっただけだ」
 照れ隠しのような調子にも聞こえたが、本心はその表情からは読み取れなかった。

卍卍卍


 コンロンでもヨシオタウンでもないここ、かつての戦地牙攻裏塞島。
 荒廃、としか表現のしようのないこの地に四条 輪廻(しじょう・りんね)は訪れていた。
 足元を見ても、周囲を見渡しても、生き物の気配はない。
「本当に何もないのか……?」
 輪廻はさらに足を進め、一際荒れている土の上に立った。
 ひび割れている地面に、生命の息遣いはやはり感じない。
 輪廻の中にふつふつと怒りがわいてくる。
 そして、それに逆らわず叫んだ。
「これが、戦争の爪痕か……。天下に覇を唱える人間であれば、争い、滅ぼしながらも常に政を意識していなければならんはず。──だが、この現状はどうだ!」
 応えるように埃っぽい風が吹く。
「すでに枯れ果てた大地には、誰一人見向きもしない!」
 再び、風が輪廻の髪を撫でていく。
 思いを吐き出したことで幾分気持ちが落ち着いたのか、輪廻は土の調査のための準備を始めた。
 風除けのために張った布の内側で、輪廻はため息をつく。
 誅殺槍の副作用という話だったが、魔法的な呪いはかけられていないようだ。
 手持ちの調査道具で調べられる限りでわかったのは、土にあるべき養分がまるでないということだった。
 これでは、いくら水をやっても日光を当ててもパラミタトウモロコシでさえ育たないだろう。
「回復するのにどれだけの年月を要するか……いや、回復するのか?」
 地球での荒れ果てた森林が回復するまでの年月を思い出し、輪廻は目を閉じた。