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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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●開かれていく道、しかし深まる謎


エリア(7四)

「さあ、遺跡とくれば私の出番です。お宝目指してずんずん行きましょう」
 赤羽 美央(あかばね・みお)を先頭に、一行がエリア(4四)を目指して一本道を進んでいく。
 しかし、しばらくも行かぬ内に天井から、そして床から伸びる蔦が手を取り合うように絡み付き、一行の進軍を阻む。
「私の邪魔をするとは、恐れ知らずですね。ジョセフ、焼き払いなさい」
「美央、遺跡は破壊するものだと勘違いしてまセンカー? 迂闊に攻撃するのも危ないと思いマース」
 呼び出されたジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)が意見を発するものの、美央は変わらず目で「焼き払いなさい」と訴える。
「オゥ……分かりマシタ、焼き払いマース! タニアさん、協力お願いしマース」
「あなたも苦労してるのね。いいわ、手伝ってあげる」
 ジョセフが放った炎が蔦に着弾する直前、タニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)の起こした風が炎を延焼させ、蔦は炎に焼かれて炭となり、地面に崩れ落ちる。
「さあ、行きましょう……って、次は壁ですか」
 美央が手にした槍でつんつん、と壁状に絡み合った蔦を突付く。槍に伝わる感触から、それほど頑丈ではないことを感じ取った美央が、槍を構え突進の一撃を繰り出す。
 衝撃は壁全体に伝わり、一部が根こそぎ吹き飛んでいった。
「……美央、やっぱり勘違いしてマース。そもそも今の壁は壊す必要ありまセーン」
 ジョセフが言う通り、少し迂回したところに先に進める道が続いていた。
「そうね、襲ってくる分には仕方ないけど、それ以外ではあまり無闇に傷つけないでほしいわ」
「む……そうですか、分かりました」
 槍を仕舞って、美央がタニアの言葉に頷く。
「オゥ……タニアさんの言葉は聞くのに、どうしてミーの言葉はスルーなのデスカ?」
「ホント苦労してるのね」
 ジョセフの呟きに、タニアが同情するような言葉を返す。彼は彼なりに努力しているようだが、性格故かはたまた運の悪さか失敗が多いのが今の境遇を決定づけていた。


エリア(6四)

 その後も、進軍を阻む蔦を焼き払い、壁は壊……そうとしたところをタニアに引き止められて思い止まり、左右に続く厚い壁のように広がる蔦へ辿り着く。
「……これは、ちょっとやそっとでは貫けなそうですね」
 槍で蔦を突付いた美央が呟く。試しに突進の一撃を見舞ってみるものの、衝撃がもろに伝わる結果となり、今美央はまるで足が痺れた人のように全身を硬直させていた。
「先に空間があるのは分かっています。ジョセフ、焼き払いなさい」
「……モウ反論するのも疲れまシター。タニアさん、また協力お願い――」
「……いえ、ちょっと待って。これは……」
 タニアが進み出て、他とは少し色の違う蔦に触れ、何かを感じ取ったような表情で振り向く。
「どこからかこの蔦に流れる力を感じるの。力を絶てば、先に進めるようになるかもしれない」
「そうですか。では、その力の元とやらを絶ちに行きましょう」
 タニアの情報を共有できるように書き残して、そして一行は次のエリアへと足を踏み入れていく。


エリア(5三)

 時折天井を爆音が揺らし、蔦を伝って弱いながら電撃が走り、衝撃で舞い上がる風がどこかピリピリとした感覚を引き起こす。
(風吹く遺跡、さぞや爽快な場所であろうと思っておったのだが……今ではこの有様、進むだけでも一苦労だ。本来の姿を見たいものよな)
 それら、生徒たちを阻む障害を、冒険者としての精神力と雷電の加護を受けた指輪の力で防ぎ、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が地理情報を銃型HCに登録していく。銃型HCには遺跡の地理情報の他、後にクイーン・ヴァンガードの一員として提供を予定している情報も含まれていた。
(樹木と蔦に覆われた遺跡……学んだ知識が役に立てばよいのですが)
 精神力からくる加護の力に守られながら、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が絡み合い脈動する蔦を注意深く観察し、取ることの出来る対策を考える。
(こんなに傷ついて……きっと樹木の精霊も苦しんでいるでしょう)
 【ドライアドの友】たるジーナの耳には、今回の異変を受けて苦しみの声をあげる樹木の精霊の声が、精霊の声を聞くことが出来る耳あてなしに聞こえてくるようであった。
(待ってて……今、アインストの皆が異変を解決しようと頑張ってる。私も頑張るから……もう少し、我慢して」
 一部が変色した蔦を心配そうな表情で見遣りながら、ジーナの掌がその傷跡に触れる。

『ありがとう……優しいあなた。あなたならきっと、わたしたちとお友達になれそう』

「……えっ?」
 耳にはっきりと聞こえてきた声にジーナが振り向くが、声はすれど姿は見えず、ただ鬱蒼と垂れ下がる蔦が見えるのみである。
「あっ……」
 否、蔦に引っ掛かるようにして、周囲とは明らかに違う木の枝がジーナの視界に入った。
「どうした、ジーナ?」
「今、声が……それに、この枝……」
 近づいてきたガイアスに答えながら、ジーナが目の前の木の枝に触れる。すると枝が仄かな光を放ち、それに照らされるように一人の少女の姿が浮かび上がる。
「わたしは『ウィンドリィの樹木の精霊』ユイリ……こうしてあなたと出会えたのも、何かのお導きかもしれませんね」
 微笑んで、ユイリと名乗った精霊が、すっ、と手を差し伸べる。


エリア(5五)

「リンネさん、他校生でもアインストに所属する事ってできるんですか? ああいえ、所属できなくても協力する気ですが」
「うん、どんとこい、だよ〜。リンネちゃんには学校間の何かモヤモヤした感情とか分かんないもん。冒険に協力してくれる仲間に、学校の違いなんてないよ〜。あ、でも、悪いこと考えちゃうような人はダメだよっ。参加するみんなで楽しく仲良くね!」

「セリシアさん、サティナさん。上空にあれだけ雷雲が集まっているって事は、遺跡内部にもその影響が出てるって可能性はあります? 例えば、壁や蔦が帯電していたり、とか」
「そうですね、その可能性は高いと思います。吹く風にも、伸びる樹木にも、弾けるような痛みを感じます」
『思わぬところから電撃が飛んでくるやも知れぬの。くれぐれも用心するのだぞ』

「事前に話が聞けてよかった。でなければ今頃感電死だ」
 三方を壁のような蔦に囲まれた空間の中で、風森 巽(かぜもり・たつみ)が時折走る電撃に注意しながら探索に当たっていた。
 今は(4一)から中に入っているであろうリンネ、そして(4七)から進入を試みているセリシアサティナからの情報は、彼らの行動に有益をもたらしていた。
「ここと、ここのエリアは埋まり、っと。地図が埋まっていくのを見ると、遣り甲斐が有るよね〜」
 銃型HCを操作しているティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)、その首には五色に光る耳あてがかけられていた。
「ティア、その耳あては?」
「ん? こうしてれば、精霊さんの声が聞こえてこないかなーって。……べ、別に、こっちの調査にカヤノが参加してなくて、寂しいとかなんて思ってないよ? 本当だからねっ!?」
「そこまで聞いてないよ……」
 何やら自爆した感のあるティアに笑って答えて、巽が蔦で覆われた、ちょうど籠をひっくり返したような形の物の前に立つ。
「これは、何かな? トラップなら今のうちに解除を――」
「……うーん? 何だろ、さっきからこう、すー、すーって音が聞こえるんだよねー」
 ブレードを構えた巽の耳に、ティアの首を傾げながらの呟きが聞こえてくる。
(音が聞こえる? まさか……)
 ティアの首元を見遣って、目の前の物を見遣って、一つの可能性を思い至った巽が、ブレードを振るい地面とくっついている蔦を切り離していく。
 切断されたことによって持ち上げることが可能になったその中には、身体を丸めてすやすやと寝息を立てる少女の姿があった。
「うわ、女の子だ! あそっか、さっきから聞こえてきたのはこの子の寝息だったんだね!」
「今気付いたのか……」
 ぽん、と手を打ったティアに巽の溜息が返される。衣を身に纏い耳が隠れるかくらいの深緑の髪の少女は、ううん、と唸りっそしてうっすらと目を開ける。
「あっ、起きた! ねえねえ、キミって精霊? 名前はなんていうの?」
 ティアの問いに、焦点の定まらない瞳を向けて、少女がぽつり、と呟く。
「ん……ルピス…………すぅ…………」
 『ウィンドリィの樹木の精霊』ルピスと名乗った少女は、よほど疲れたのかまた眠りについてしまう。
「どうするの?」
「まさかこのままにしておくわけにもいかないだろう。でも背負っていくと大変だから……」
 再び何かを思いついた巽が、籠のような物に簡単な加工を加え、即席の籠にしてしまう。とりあえずティアが背負うことにして、その少女を籠に収める。
「カヤノもこんなふうに大人しく寝ててくれたら……いや、それは絶対ない、有り得ないっ」
 ぶんぶんと首を振るティア、今頃カヤノはくしゃみをしているかもしれない。


エリア(6三)

「サティナさん、ここで庇われた借りを、返させてください!」
『おお、そういえばそんなこともあったのう。フフ、頼もしい限りじゃ。そうじゃな、ただ守る他にも、何か役に立ちそうなアイテムを探してみてはどうじゃ? お主、お宝に興味を惹かれておるようじゃし、そうすれば一石二鳥ではないのかの?』
「あ……バレてました?」

「やっぱり精霊さんが心を読むのに長けてるのって、本当なんだね。……よ〜し、絶対お宝ゲットして、サティナさんにもらった借りを返さなくっちゃ!」
 遺跡に入る前にサティナと交わした言葉を思い出し、遠野 歌菜(とおの・かな)が意気込む。
「スパーク、お宝を見逃しちゃダメだからねっ」
「一人で勝手に熱くなるなよ。……ったく、しょうがねぇ、付き合ってやるよ」
 歌菜の様子に溜息をつくスパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)だが、心の中では遺跡の中で暴かれるのを待っている宝を見つけてやろうという思いに溢れていた。
「歌菜、スパーク、行くぞ。東方向には人の姿があった、俺たちは西方向へ行こう」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)がクールに一行をまとめて先導する、彼もまたしかしながら、何か面白いものが隠されていないか興味を惹かれていた。


エリア(7三)

「……よし、敵意は感じられねえ。待ってろよお宝、必ず俺が探し出してやる!」
 先行して足を踏み入れたスパークが、周囲に敵意のないのを確認して、隠された宝や仕掛けを暴くべく感覚を研ぎ澄ませ、自らに流れる盗賊のセンスを駆使して探索を開始する。
「スパーク、張り切ってるねー。これならお宝ゲット出来るかな?」
「言ってることとやってることが違うところが、どこか子供っぽいな……」
 歌菜がわくわくとした様子で、羽純がスパークの様子を見遣って呟きながら、それぞれ自らのセンスに基づいた探索を行う。
「……ん? 空気の流れが……」
 最初にそれに気付いたのは、羽純だった。身体に感じる風の流れが、その場所に立った時に違って感じた。
「下、か?」
 注意深く観察した羽純は、足元の蔦が茂る先に空間が広がっているのに気付く。
「こいつで切ってみるか」
 羽純が右手の掌から光条兵器である槍を取り出し、足元の蔦を払う。少しもしない内に、地下へと続く道が開けた。
「わ、羽純くんがこれ見つけたの? すご〜い!」
「……ま、羽純さんじゃしょうがないか」
 それぞれの声に答えて、羽純がその道へと降りていく。


エリア(7三)地下

「今度こそ俺がお宝を探し出してやる!」
 先を越されたのがやはり悔しかったのか、スパークが光精の指輪で灯りを呼び出して、ここでも先行して探索に当たる。
「暗くて、ジメジメしてて、何かヤだな〜。羽純くん、私の傍を離れないでねっ」
「おい、そんなにくっつくな、余計に湿るだろう」
 いかにも爬虫類が好みそうな環境なのを察してか、歌菜が羽純にぴったりと身を寄せ、羽純が鬱陶しそうに呟く。
「おぉ!! いかにもお宝そうなのはっけーん!」
 スパークの嬉しそうな声が響き、そして満面の笑みで歌菜に差し出したのは、中で電撃がパチパチと爆ぜている黄緑色の球体だった。
「わ〜、綺麗だね〜」
 目を輝かせてそれを見つめる歌菜、どうだと言わんばかりのスパークの顔は、埃ですっかり汚れていた。
「とにかく、ここから出よう。スパーク、後で埃を払え」
 羽純に言われて、歌菜は【丸い黄緑色の球体】を丁寧に仕舞い、先に出て行ったスパークの後を追った。