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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編
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●最奥の地で、姿を表す『氷龍』

 エリア【E】とエリア【F】を繋ぐ分かれ道は、それまで最大8本あったのに比べ、2本に減っていた。
 すると考えられるのは、これまで出現してこなかった、魔物や獣の類の存在である。8本の時はもしかしたら遭遇しないまま過ぎ去っていたかもしれないが――調査が済んだ今では、どうやら入ってきた獣も、元々いた獣もいなかったようであった――、2本になれば片方、あるいは両方共に強大な魔物が潜んでいる可能性が高い。
 【殿】として入ってきた生徒たちには、必然、そういった敵との対処を求められることになる。他にも、魔物が起こす洞穴への影響を最小限に食い止め、生徒たちが安全に洞穴を脱出出来るよう、配慮する必要があった。

「よし、ここまで着いたか。後はあの2本の道を使って最奥まで進軍……となると、この2本の道は俺たちにとって絶対守るべき場所ということになるな」
 【殿】を務めた生徒たちの中で最も後方について、背後から侵入を試みる可能性のある存在――それは獣しかり、敵意を持った人間しかり――を警戒していた閃崎 静麻(せんざき・しずま)の率いる一行が、さしたる戦闘を行うことなくエリア【E】に到達する。普段は一行の中で最前衛を担うはずのレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が静麻の命を受けてイナテミスの復興作業に回っていることで、静麻が急遽前衛の役割を担っていたが、それもひとまず終りを迎えそうで、静麻は安堵したように息をつく。
「ま、休んでもいられないがな。魅音、クリュティ、付いて来い。リオは……そこであったまっているといい。なんなら他の奴等が暖まれるようにしてやってくれ」
「そうさせてもらうわー。寒くなったらついでにあっためてあげるわよー」
 寒そうにしながら、自ら呼び寄せた炎で暖を取る神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)に見送られて、静麻、クリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)閃崎 魅音(せんざき・みおん)が分かれ道の入り口付近に立つ。入り口はこれまでのと比べると比較的広くなっているが、あちこちにヒビが入っており、所々からは冷気も吹き出している。奥に行くに従って頻発している地響きを受ければ、天井から氷が崩れ落ちてくることだってあるかもしれない。
「俺はこいつで、そこの邪魔な氷塊を壊しちまおう。それを使ってでもいいし、術を使ってもいい、魅音は天井の脆くなっている部分を固め直してくれ。クリュティ、魅音を載せられるか」
「お任せください。さあ魅音様、背中にどうぞ」
「うん! じゃあお兄ちゃん、頑張ってね!」
 ふよふよと浮かび上がる二人を尻目に、静麻が持ち込んだ道具を駆使して氷塊を砕くための爆薬を作り、設置する。設置された爆薬は見事爆発し、周囲に衝撃を与えることなく氷塊だけを粉々に砕いた。
「じゃあこれを使って……それー!」
 魅音が、欠片になった氷を利用して、天井の細かな隙間を埋めていく。やはり、元々の物質があった方が、無から生み出すよりも負担は少ない。また、クリュティの飛行能力は速度こそ出ないものの、その分持続力と積載力に優れていたこともあり、氷と魅音を積んでも何ら動じることなく、安定に上空を浮遊していた。
 
 そうやって一方で的確に作業をこなしている、反対側の分かれ道の前では対照的に、一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)が火に当たりながら、これからどうしようかを考えていた。
「あ〜さむいわぁ……そうよ、そもそも私は食料調達のために来たはずなのよ。それなのにいつの間にかこんなに奥まで……ま、ちゃんと調査はしたし、この奥は危険な香りがプンプンするし。あ〜、焼き鳥食べたいわね。帰ったら焼き鳥にしよう。鳥でもいないかしら……」
「こんなところにいるわけないよ! ていうかいっそ月見が焼き鳥になればいいよ!!」
 背後から、リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)の振り下ろしたうさぎのぬいぐるみが月実を襲うが、次の瞬間にはがきん、と音がして、缶の蓋なら軽々と切れるくらいの刃が氷に受け止められる。
「氷ね……かき氷くらいにしかならないんじゃない? そもそもカロリーが全くないじゃない。最近はカロリーオフな商品ばっかりで困るわよ。あれ味気ないのよね」
「話を脱線させるなぁ! 脱線した方向に全速力で駆け出すなぁ!!」
 その後もリズリットの、彼女の中では愛があると思っている、傍から見れば殺る気まんまんのツッコミを、月実が氷で的確に避けていく。
「……で、何の話だったっけ。……うん、動いたからお腹空いたわ。やっぱりカロメちゃんは偉大だと思うわ。どうしてこんな細身の身体に400キロカロリーも詰まっているの? つくづく不思議だわ」
「月実の方がよっぽど不思議だよ……ていうかカロメちゃんって何だよ……」
 ツッコミ疲れしたリズリットが溜息をついた直後、月実の絶望に満ちた声が響く。
「……な、ない、ないわ……私のカロメちゃんが残らず攫われてるわ!!」
 月実のリュックからは、持ち込んだカロメちゃん4箱が、器用に中身だけ抜き取られていた。しめて1600キロカロリー、金額以上に月実にとっては大損害である。
「誰よ私のカロメちゃん食べたの!! 許さないわ、ええ、絶対に許さない!!」
「お、落ち着いてよ月実。ほら、月実精霊と仲良くしたいとか言ってたじゃない。だから精霊が交流の印に持っていったとか」
「だったら一言言ってからにしなさいよ!」
「……一言言ったらよかったんだ」
「やっぱり良くない! ……はぁ、叫んだら余計にお腹が空いたわ。もうここでじっとしてよう……」
「月実、絶対最初の目的忘れてるよね……」
 呟きながら、隣に座ったリズリットも、月実と一緒に暖を取っていた。

「あっちゃー、助かったーって思ってお腹空いたーってなって、いい匂いがしたから全部持って来ちゃったけど、これ勝手に持って来ちゃまずかったわよねー。どうしよっかなー、呼びかけても反応無さそうだし……うーんうーん……」
 二人のやり取りを聞きながら、『クリスタリアの氷結の精霊』キリエが手にしたカロメちゃんを困った顔で見つめる。
「……それにしてもいい香りねー。一本だけ食べちゃってもいいかしら……?」
 キリエがカロメちゃんをパクリ、と口にすると――。

「……あ! ちょっと月実、ねえ月実! ……寝るなー!!」
「……んあ? ちょっとどうしたのよ、まるで私が雪山で遭難したような――」
 リズリットに叩かれ、目を覚ました月実が振り返ると、愛しのカロメちゃんを咥えてこっちを見ている、青い髪に青い羽が綺麗な少女の姿が目に入る。
「あーーー!! 私のカロメちゃん! ……そう、あなたが盗ったのね……」
「ふえ!? も、もしかしてあたしが見えてるとか? まさかこの棒みたいなものにそんな効果があったなんて――」
「棒みたいなものじゃなくてカロメちゃんよっ!!」
「月実……ツッコむところ違うよ……」

 そんなこんなありつつ。

「ふぅん……洞穴にいたら柱に閉じ込められて、柱が倒れたから脱出出来たけどお腹空いて、私のカロメちゃん食べたら見えるようになった……ってわけね」
「すごい、あたしの説明を一度で理解した! 人間って頭いいんだー」
(……ヤバいよ、全然付いていけないよ……もしかして月実が二人?)
 キリエと名乗った精霊と月実とが頷き合い、一人取り残されたリズリットが人生って何だろうと考え始めた矢先、奥の分かれ道で衝撃と爆音が発生した。

 氷の地面に亀裂が生まれ、そこから鋭く尖った氷の柱が幾本も突き出す。バックステップで避けるクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)を追うように、さらに柱が生み出される。
「……ふっ!!」
 後ろに預けていた体重を前に移動させ、滑らないよう慎重に足に力を入れて、クルードが前方へ身体を進める。手にした二本の刀から繰り出される乱撃で、突き出していた氷の柱がその先端を吹き飛ばされる。
「……ここからなら……狙える!」
 クルードの後方から、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)が手にした銃を直接氷の柱へ向けるのではなく、天井へ向けて放つ。天井で屈折した弾丸は、クルードが切り飛ばしたことで面積の広くなった先端部分から氷の柱を垂直方向に貫き、崩壊させる。
「……! クルード、上!」
 天井に注意を向けていたアシャンテの忠告より一瞬遅れて、走った亀裂から先程のよりは小型の氷の柱が降り注ぐ。クルードは上を振り向かず、研ぎ澄ました気配だけでそれらを避けていく。やがて、洞穴内に静寂が戻った時には、天井と地面は亀裂で覆われ、辺りには突き出した氷の柱や砕かれて欠片になった氷が散乱していた。
「大丈夫!? あっ、怪我してるよ!」
「……かすり傷だ」
 自衛のために出していた光条兵器を仕舞って、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)がクルードに駆け寄り、肩に負った傷を癒していく。
「はい、これでもう大丈夫。……それにしても、いきなり氷が襲ってくるなんて……」
 呟いた繭螺が、前方に続く道の先へ視線を向ける。
「……あれ? ねえ、あれ何かな?」
 繭螺が示した先、砕けた氷の柱の傍に、淡く水色に光る何かがあるように見えた。
「……俺が行こう」
 クルードがいつでも剣を振るえるように警戒しながら、ゆっくりと光のところへと近づいていく。周囲に危険のないのを確認して、クルードが光の正体を拾い上げ、アシャンテと繭螺にもそれを見せる。
「わぁ、中で氷がキラキラってしてる〜。綺麗ね」
「……これは何でしょうか」
 二つあった【四角い水色の直方体】を、一つはアシャンテ、一つはクルードが持ち、それを仕舞って、改めて前方を見据える。
「……この奥に『何か』がいるのは間違いないでしょう」
 奥に行くに従って強くなる、何者かの殺気。それを隠すことなく、何者かは生徒たちを待ち受けているのだろうか。
「うぅ……行かなくちゃ、だよね? 怖いけど、このままずっと寒いのも嫌だし……」
「……そうだ……脅威は、全て消し去る……」
 静かに息をついたクルードの胸中に、彼を慕い、そしてまた彼も慕う者たちの姿が思い起こされる。
(……ユニ……今度は俺が護る……今の俺にできることは、それだけだ……)
 この奥に如何なる障害が立ち塞がろうとも、叩き伏せるのみ。
 決意を固めた一行は、洞穴の最奥地、エリア【F】を目指して歩き始める。……一方、壁に挟まれた反対側の道でも、同様の事態が起こっていた。
「う、動けないですー。あっ、こら、それ以上せり上がるなです、見えちゃいます」
 突如地面からせり上がってきた氷柱に取り囲まれ、ケテル・マルクト(けてる・まるくと)が身動きが取れずにいた。冷気自体は彼女にさほどのダメージを与えていないものの、別の意味で――主に下半身に関する問題で――ピンチであった。
「寒いなどとは言っていられませんわね。……これでもお受けなさい!」
 詠唱を完了したユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)の掌から生み出された炎が、嵐となって氷を融かし、無数の亀裂を刻んだ氷柱が崩れ去る。
「あつかったりさむかったりでよく分からなくなってきましたぁ」
 一旦は解放されたケテルだが、再び生じる氷柱にまたも閉じ込められ、ユズの魔法で助け出される。氷の次は炎、また氷、炎……とまるでサウナの後の水風呂を何回も受け、流石にケテルも精神的に限界である。下半身のことなど気にできないくらいに疲弊していた。
「一旦下がって体勢を整えたいけど、テルちゃんを放っておけない……!」
 自身も果敢に剣を振るいながら、遠鳴 真希(とおなり・まき)が表情険しく前方を見据える。氷の出現は衰えることなく、これ以上戦い続けるのは厳しいように思われた。
「この場はお任せください。あの方は私達がお救いします」
 真希の隣に立った牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が微笑みかけ、背中にクロスするように携えていた二本の槍を片手ずつに持ち、凛とした表情で告げる。
「ナコちゃん、火力支援を」
「イエス、マイロード。立ち塞がる障害はわたくしの炎で撃ち払ってみせますわ」
 アルコリアの右隣に立ったナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)の掌に、激しく燃え盛る炎が浮かぶ。
「シーマちゃん、しっかり守ってね」
「ボクに任せておくがいい。何であろうと通しはしない」
 アルコリアの左隣に立ったシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が、重装甲の身体を前へ進める。
「まぁやちゃん、可愛さ振りまいて」
「うんっ! どこかのロリコンさんによろこんでもらえるようにがんばるよ〜」
 樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)の可愛さ溢れる仕草に、『どこかのロリコンさん』も元気になった、かもしれない。
「……参りますわ!」
 アルコリアの号令で、ナコトがまずは牽制とばかりに炎の嵐を見舞い、絶え間なく発生する氷柱を崩していく。新たな敵の存在に気付いたような振る舞いを見せ、氷の柱がそちらへ向かおうとするのを、シーマが身体を張って止める。
「二千ケルビンの炎に抱かれて溶けなさい……冬はいつまでも続くものではありませんわ」
 両方の槍が紅い光を発し、そしてアルコリアが腕を引いた姿勢から全体重を乗せるようにして前方の氷の柱へ振るう。飛び出すように空間を走り抜けた爆炎は、新たな亀裂を作り氷の柱を根元から崩壊させる。……二千ケルビンの炎だとそもそも槍が溶けるとかツッコンではいけない。
「凄い……! あたしも引っ込んでられない!」
 アルコリアたちの戦いに勇気をもらった真希が、ユズの爆炎の援護を受けて氷の柱の群れに突っ込み、へろへろになっていたケテルを回収して戻る。戦況の不利を悟ったのか、はたまた単に打ち止めなのか、氷の柱はそれ以上出現することなく、現存していた全てはアルコリアと真希によって粉砕され、物言わぬ氷塊と化す。
「……終りましたわね。此度の戦場も相応の絶景でしたわ」
 槍を元の位置に戻したアルコリアのところに、それぞれの戦いを終えた者たちが集結する。
「テルちゃん、大丈夫!?」
「は〜、だ、だいじょうぶですー。……あっ、真希さん、こんなものを見つけたのですが、これは一体何でしょうか?」
 そう言ってケテルが胸の谷間から取り出したのは、二つの【四角い水色の直方体】だった。
「……氷の魔力的な力を感じますわ。場所的に、この先でわたくしたちの力になってくれそうですわね」
「そっか。テルちゃん偉いっ!」
「えへへ〜、ケテルがんばりましたぁ」
 その後、一つを真希が、もう一つをアルコリアが持つことに決まり、そして一行はこの先で待ち構えているであろう強大な『敵』に対抗するべく準備を整え、足を進めるのであった――。