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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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第1章 契約

 古代シャンバラ時代に、離宮を守護していた6人の騎士の1人、ソフィア・フリークスは、本隊の転送を終えた後、倒れこんでしまった。
 百合園女学院の保健室のベッドで休んでいる彼女を桐生 円(きりゅう・まどか)と、春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)が交代で世話をしていた。
 アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)や地上に残っている白百合団員もまた、交代で彼女の警護に当たっている。
 そんな中、円と真菜華がそろってソフィアの食事を手伝おうとした時、ソフィアは2人を見回して、こう言ったのだった。
「考えてみたのですが、できれば……私と契約してはいただけませんか? お2人共、思い切ったことも出来そうな方に見えますし、私に良くしてくださいますし……。契約をすれば、転送などの力の行使ももっと楽になると思うんです」
 契約をするつもりはないと、先日まで言っていたソフィアだが、転送の負担が思ったよりも大きかったことと、円と真菜華が自分を気遣い、甲斐甲斐しく世話をしてくれることから、考えを変えたようだ。
「次に離宮に人や物資を転送する際、私も離宮に向おうと思います。回復が遅ければ離宮に留まる時間が増えてしまうでしょう。……といいますか、先ほど戴いた連絡によると離宮に明かりが灯ったそうです。離宮を直接見れば、私の記憶ももう少し戻るかもしれません。その際には、転送を担当するより共に戦った方が力になれるかもしれません」
 つまり、場合によっては戦いが終わるまで、戻ってこない可能性もあるようだ。
「お2人が無理なら、作戦総指揮官の神楽崎優子さんに相談してみようかと思います」
 そう言って、ソフィアは保健室の入り口に立って警備をしている優子のパートナーのアレナにちらりと目を向けた。
「いいよ、契約しよう。転送の術とか興味あるし、習えたら分担できるかもしれない」
 先に声を上げたのは、円だった。淡い笑みを浮かべている。
「待って待って! そんな重要なコトすぐ決めちゃマズいよ!」
 円の言葉を聞いて、真菜華は慌てだす。
「真菜華だって契約いいと思うけど、本部長のラズィーヤさんに相談しなきゃ!」
 2人の間に入って、真菜華は携帯電話で急いでラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に電話をかける。
「即答してもらえるとは思いませんでした。……どうして?」
 ソフィアが円に尋ねた。
「悪い人じゃないと思うし。信じてもいいかなとも。あ、信じるっていっても、一緒に行動したり、話をしてみて、自分が正しいと思っている行動を取る人だなと」
 ソフィアは真剣な目で首を縦に振る。
 円も頷き、言葉を続ける。
「頑固で融通が利かなくて。自分で物事を抱え込む真面目なタイプで……自分では正しいと思ってることをしているタイプだよね。嫌いじゃないし」
 ソフィアが何か隠し事をしていることに、円は気付いている。
 だが、根は悪い人ではないと円は判断した。
「何より、面白い人だと思うしね」
「待って待ってってばー! ラズィーヤさんは学校にいないみたい。本部の人が来てくれるみたいだから、ちょっと待ってね!」
 電話を切って、真菜華はそう言った。
 真菜華の声に、警備をしていたアレナも気付き、戸惑いの目を向けていた。

 数分後、保健室を訪れたのは副本部長の神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)だった。パートナー達も一緒だ。
 真菜華は思わず眉を顰める。
「ソフィアさん、契約を決意されたそうでなによりですわ。それはつまり地球人や百合園をはじめとした学校、ヴァイシャリー家に対し本気でお付き合いなさることをお決めになったということですもの。ですから私も、改めてソフィアさんと本気でぶつからせていただきますわ」
「はい」
 エレンの言葉に、ソフィアは疲れた顔に微笑みを浮かべる。
 プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)と、フィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)が椅子を用意して、皆で腰掛けて、話を始めることにする。
「程々の世界。望む理想に向かって少しずつそれぞれが前へと進める世界。愛する者達、親しい方々、守りたい人々がそれぞれに『生きる』世界で、私ものんびりと楽しく『生きたい』のですわ」
 エレンのその言葉に頷いた後、ソフィアはこう言う。
「叶うといいですね。といいますか、貴方は叶えるために努力をされていますね」
「ありがとうございます。でも、あなたの思いは教えて下さらないのですか?」
 エレンがそう問うと、ソフィアは曖昧な笑みを見せた。
「未来のことは、現在の問題を解決してから考えます」
 その答えに、エレンは首を軽く左右に振った。
「ソフィアさん、私は情報がほしいのです。正確な過去の記憶という意味ではなく、貴方が抱えていらっしゃるその『思い』の情報がほしいのです。どのような駆け引きも、どのような信頼も、まずはその思いを知ることから始まるのですから」
 隠している思いが彼女にもあるはずだとエレンは考え、言葉を続けていく。
「ソフィアさん、シャンバラの騎士としてではなく、貴方ご自身が目指しておられるもの、貴方だけの個人としての目的、望みはなに?」
「私自身の目的といわれても……。平和を望んでいるとでもお答えすればよろしいでしょうか? 契約を結んでくださった方とは、親しんでいきたいと思いますけれど、人の感情は言葉で簡単に説明が出来る者ではありませんから。特に今は、記憶がまだ混乱していて覚えている責任感だけで動いているようなものですから」
 その返信に少しだけ沈黙した後、エレンは微笑みを浮かべる。
「例え敵である者とであっても、個人としての目的、『思い』で折り合う事が出来るなら、私は手を取り合えると考えますわ」
「……そう……あなたはやっぱり、私を疑っているのね」
「ソフィアさん、これを機会に私ともお付き合いくださいね」
「ええ」
 と、ソフィアは力のない笑みを見せた。
「契約は力と同時に弱点を持つって事じゃ。弱点を補うだけの信頼をもったのじゃな。相手に対しても、周りに対しても……」
 フィーリアが円と真菜華に目を向けた後、ソフィアにそう言った。
「補い合える存在になりたいです」
 ソフィアの返答に頷いて、フィーリアはこう続ける。
「組織の目的というものと個人の目的というものは必ずしも同じではない。個人は単に自分の目指すもの、目的を果たすために、それらを達成するのに適した組織に属するというだけじゃ。逆に言えば今属する所でなくとも個人の目的の達成がより果たせるならばそちらを取るということもありじゃからのぅ」
「……何が仰りたいのかわかりません」
「そうか」
 そう答えた後、フィーリアは表情を緩めて話題を変える。
「離宮には本当は何があるのかのぅ。わらわには、ただ鏖殺寺院の兵器群の封印というだけではないように思えるのじゃがの。そこにあるものが本当は何であるのか、非常に興味が湧くのぅ」
「封印した理由は、説明した通りですが、王家の方が何か離宮に隠し持っていたのでしたら、残っている可能性はありますね」
「ラズィーヤさんから聞いた限りでは、文献には何も記されていないようですわ」
 そう言った後、エレンは立ち上がる。
「ご無理をさせるわけにはいきませんから、そろそろ仕事にもどりますわね。どうかお大事に」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「それじゃあの」
 エレンに続いてフィーリアも椅子を片付けて保健室から出て行く。
 円と真菜華も食事の片付けをするために、エレン達と共に廊下へと向っていく。
 その後に続こうとしたプロクルだが。振り返ったかと思うと、突如ソフィアの方へと歩み寄り、間近で語り始める。
「……エレンは必要なことであればそれがどんなに辛いことでもやってしまうのである。愛する者であれ親友であれ犠牲にしなければならないときには躊躇わず手を下す……もしプロクルが世界を滅ぼす機械になったら躊躇なく壊してくれると約束もしてくれたのである」
 黙って、ソフィアは話を聞いている。
「でも情が深いのだ。本当に深いのだ。エレンは自分にそんな犠牲を払わせるようにし向けたヤツを決して許さない。例えどんな手を使ってでも、そいつの思惑を潰し、屈辱にまみれさせるまで徹底的にやるのである」
 ソフィアの目に鋭さが宿る。
「エレンはその姓の通りの性なのである。燃え上がれば自らも含め全てを焼き尽くしてしまう炎、冷たく焼き尽くす炎なのである……」
「覚えておきます」
 低い声で、そうとだけソフィアは答えた。
 プロクルは頷いた後、保健室を後にする。