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君を待ってる~剣を掲げて~(第2回/全3回)

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君を待ってる~剣を掲げて~(第2回/全3回)

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第11章 影の中の(深淵)
「イチかバチかはあまり好きではないのですが……ふむ、何とかなるものですな」
「風天おぬし、もう少し驚いた方が人……いやも、可愛げがあるというものぞ」
 九条 風天(くじょう・ふうてん)白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)の指摘に微かに首を傾げた。
 深淵の穴に、かくたるプランや確信もなく飛び込んだ。
 それでもこうして、何とか降りられたのだから、それで良いと思うのだが。
「……かわいげとは、どのように身につけるものでしょうか?」
「………………うむ、まぁそうか、風天にはまだハードルが高いな」
 シュ、傍らを過ぎった風……否、風天の獲物たる野分の軌跡と共に、蠢いた闇が散らされる。
 まとわりつく瘴気は息をするだけでもノドを焼き。
 蠢く闇は足を踏み入れたモノを取り込もうと引きずりこもうと、その魔手を伸ばし。
 だがやはり風天に怯えた様子はない。
「こんな所で怯えているようでは困るがな」
「そうですね……ただ、ここはどこか懐かしい気がします」
 野分を振るいながらの風天に、セレナは気付かれぬよう目を見張った。
『どうした? 一緒に来るか?』
 脳裏によみがえる声。
 闇の中、深い深い闇の中に居た少女。
 家族を殺された挙句、連れ去られたテロリストの暗殺者養成所にいた、かつての風天。
 感情の無い幼い暗殺者は、確かに闇の中に居た。
『どうした? 一緒に来るか?』
 それでもあの日、風天は選んだ。
 圧倒的な力で養成所を潰したセレナの手を取る事を。
 闇から、踏み出す事を。
「といっても、いつまでもグズグズとはしていられません。時間はそう残されていないはずですし、地上に残してきた皆さんも気に掛かります」
 だから、続けられた風天の言葉にセレナの口元は自然と笑みを刻む。
「そうか……風天も敵を倒すだけでは無く、他人の心配までするようになったのか」
それはとてもとても、感慨深い。
「まったく、昔の無感情な姿からは想像もできんな。ま、私の教えの賜物だな、うん」
「……白姉? どうかしましたか?」
「……ん? いやなんでも無いぞ、進むとしようか」
 微笑むセレナと、野分を振るいつつ先を進む風天と。
 その周囲に小さく小さく、光が灯る。
「強い意志が光となる、といった所ですか」
 御凪真人はその光に目を細めた。
「では、あの光は何でしょうね……俺達を誘っているような、あの光は」
 真人達が目指しているのは、光。
「まるでパンドラの箱ですね。あの光がこの状況を何とかできる希望であることを願いますよ」
 闇の中、微かに瞬く光を見つめ、真人は祈った。

「だから、しつこい!」
まとわりつく闇を、理沙は斬った。
 上も下も闇・闇・闇。
 進んでいるのかいないのか、どのくらいの時間が経ったのか、全ては闇の中。
 時折光が瞬くが、それもまた距離を掴むのが難しい。
 焦りや苛立ちが起こらないといったら、嘘になってしまう。
 それにこうしている間にも、雛子は……。
「落ち着け……といっても無理だろうが」
 言って、カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)は理沙の一歩前に出た。
 シュン、理沙に向かった闇からの攻撃を、弾く。
「とにかく今はやるしかないだろ?」
「……そうね」
 息を整える理沙に、カイルも内心息を付く。
 終わりが……先が見えない空間は、人を疲弊させる。
 それでも理沙は先を目指す事を、友達を救う事を止めないだろう。
カイルの歩みもまた、止まる事は無い。
「……何があっても俺は彼女を守ると決めたからな」
 仲間を護る為、その盾となるべく。
 カイルは理沙と共に闇を切り裂き進む。
「さすがにヤバイ状況みたいだし、何とかしねーとなぁ」
 理沙を護るべく共に降り立ったミユ・ローレイン(みゆ・ろーれいん)は小さく呟いてから、
「まぁ、仕方ないですね。決着はこの状況を何とかしてからにしましょう」
猫かぶり全開で、宿敵チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)に微笑んだ。
「正直、すんごく気持ち悪いですし気味が悪いのですけど……同感ですわ」
 嫌な顔をしながら、それでもチェルシーが同意したのは、やはりこの事態を重く見ているから。
 雛子を助けたい。
 その思いで先陣切る理沙を護るには、言い争っている場合ではないのだ。
「全ての力を使って、わたくしは大切な人を守りますわ……っ!」
 理沙の正面。
 闇を魔法で吹き飛ばしつつ、チェルシーはミユと肩を並べた。
「はいはいはい、何があるか分からないってのに皆、元気だよな」
 引率の先生よろしく、周囲に気を配りつつ馨。
「マスターも気を抜かないで下さいね」
「分かってるって。いざという時は……生徒達は守るさ」
「クリス、大丈夫?」
「はい、まだまだ行けます」
 瘴気を【光術】や【破邪の刃】で払い、綺人とクリスは皆を守っていた。
 共に補い合い励まし合いながら、ふとクリスの思いが零れた。
「……アヤを失えば、私は生きる意味を失うのです」
 怖いのはこんな暗闇ではない、こんな瘴気ではない、影龍でもなかった。
 本当に怖いのは、傍らの大切な愛しい人を失う事。
「私が守りたいのは、アヤと共に生きていく世界なのですから」
「……うん」
 綺人が思い出したのは、過去の自分。
 ただ『在る』だけだった、あの頃。
 多分あれは生きているとは言えなかった……それはクリス達と出会ってから、知った。
 『生きる』という事。
 その、楽しさを。
「僕も、守りたい。『生きる』楽しさを与えてくれた、あの場所を守りたいんだ」
 その、時。
 柔らかな光が生まれた。
 綺人とクリスを中心に。
 周囲を照らす、温かな光。
 そうして、浮かび上がる。
 足元の闇の中……悠然と横たわる、巨大な影が。


「これが基点ですか……?」
 浅葱翡翠は小首を傾げ、しげしげと足元の『もの』を見た。
 闇の中、仄かな光に照らされて確かに何かが居た。
 一見すると確かに、龍に似た姿をしている。
 但しよく観察すると、左後ろ後と左前足とが形を失くしている。
 そこだけ、影か闇が周囲と一体化しているようだ。
「白乃 自由帳からの連絡によれば、形を失くしている箇所は、光の柱が破壊された部分ですね」
 だがそれだと少し話がおかしいと、思考する。
 光の柱は影龍を封じていたはずで。
「そうすると、この真下のものは影龍ではないのでしょうか?」
「……あれ?」
 巨大な影龍を見下ろし、ふと理沙は青ざめた。
「影龍・魔剣と契約って事は、これ倒しちゃったら雛子に反動が行くって事……?」
普通のパートナー契約と同じだとそういうことになる。
 ヘタをしたらそれはそのまま、雛子の死に直結してしまうだろう。
「だけど、これが影龍ですか? 確かに大きいですが……」
 本郷翔は眉根を寄せた。
 確かに大きいがそれでも、かつて学園に姿を現したモノよりずっと、小さかった。

『ヤレ、主ラハ本当ニ無謀ダノ。コンナ所マデ来ルトハノ』

 と、『声』がした。
 空間を振るわせる、頭に直接響くような『声』。
「あなた様は一体……?」

『我ハ影龍ノ……ソウサノ、心トイウトコロカノ』

「影龍の……心?」

『サヨウ。神子ヤ主ラニヨリ生ミ出サレシモノ。世界ニ還ル事ヲ望シ欠片』

 翔の翡翠に流れ込むもの。
 蒼空学園が出来、人に接し、生まれた欠片。
 浄化され世界に還ろうとする心と、全てを破壊しようとする本能と。
 二つに分かれ合い食む、影龍。
 だがそれは、影使いの仕掛けにより、急速にバランスを崩していた。
 勿論、翔達の望まぬ方に。

『アノ娘ガ留メルモ最早限界デアロウ。負ノ闇ノえねるぎーハ我ヲ消シ去リ世ニ溢レルデアロウ』

「どうすればいいのですか?」

『光ヲ持ッテ我ヲ解放スルガ良イ』


 一方。
 大地やアリア達は影龍の尾に刺さった魔剣の元へと、闇を降りていた。
「すごい力を感じるな」
 正悟は表情を引き締め、魔剣を見た。
 一見すると、普通の両刃の剣と変わらない。
 だが、やはり感じる力は相当なものだった。
「まぁ剣にしろ銃にしろ魔導書にしろ、力は力でしかない。要は使う人間次第だよな」
「……魔剣が僕たちに力を貸してくれるだろうか」
 僅かな疑問が、綺人の口をつく。
魔剣が求めているのは雛子……「プリンス・オブ・セイバー」の血を引く者。
だが、雛子は魔剣と契約出来ないという。
まして今は、到底ここにつれてくる事など出来ず。
「……お願い、シャンバラを守る力を貸して」
 綺人はただ、心の底から願った。
「俺の名は樹月刀真と言います、君の名は?」
 刀真の目に映る魔剣は、ひどく寂しそうに見えた。
 寄る辺なく、ただ独り。
 一方的な契約は、雛子に縋りついているよう。
「君は間違っている、『彼』を失った悲しみの大きさは君の彼に対する想いの強さの裏返しで、それを雛子と契約する事で埋めようとするのは君が彼と過ごした時間と共に得たその強い想いを否定する事だ」
だから、刀真は告げた。
「君は彼を失った悲しみを否定しないで乗り越えなきゃいけないんだ、それはとても辛いけど彼の事を忘れず、その想い出を胸に笑顔で過ごす事が彼にとっての何よりも嬉しい事だと思うから」
 魔剣の為、プリンスの為、雛子の為に。
「雛子への契約をやめて下さい、彼女は君に応えられません……そして彼がそれを望んでません、このままでは死んでしまいます。そうなったら君はずっと後悔しますよ」
 カタ、と魔剣が微かに動いた。
 それを聞きながら。
「雛子ちゃんへの負荷を考えれば、魔剣との契約を断つのが良いのかも知れない。……だけど、雛子ちゃんがプリンスオブセイバーの血を引いているなら、魔剣との契約はきっと、大切な血の絆」
 アリアはずっと考えていた。
その絆を切ってしまって良いのか、と。
 そして、答えを出した。
「その剣が雛子ちゃんの細い腕には重いのなら、2人で持てばいい」
と。
「2人で足りなければ3人で。それでも足りなければ皆で……その手を重ねて」
せめて影龍を浄化するまでの間だけでも、雛子への負荷を減らす為に。
「魔剣よ、私と契約を結んで」
アリアは祈りを込めて、手を差し伸べた。
 魔剣は暫し迷うように刀身を震わせてから。
 その身をアリアへとさらした。
『言っておくが、主として認めたわけではないぞ』
 剣はそう言うと、変化した。
 キアに似た、女性の姿に。
「だが、我を皆で持てばよいと言う意見は気に入った」
 厳しい表情がをその時だけ僅かに、緩め。
『我を手に取るが良い。お主の手から、我の力は浄化を望む者達へと広がるだろう』
 魔剣は再び剣へとその姿を変え。
「影龍を浄化するまで、共に在ろう」
「……はい!」
 そしてアリアは確り頷くと、眼前の魔剣をその手に取るのだった。