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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
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「お願いします!
 大工として、ここで働かせてください!」

 
 その、唯乃と牙竜が仕事を頼もうとしていた大工の家では、前回の騒動の際に借りた服を返しに来た神野 永太(じんの・えいた)が、その時と同じ強い意思のこもった声を上げて、大工に自分を雇って欲しいと頼み込む。
 永太から服を受け取った大工は、一瞬考え込むように目を閉じ、そしてフッ、と微笑む。
「ったく、そんな顔見せられて、止められるかっての。……だが、あえて言わせてもらうぜ」
 永太の瞳を射抜くように鋭い視線を浴びせ、大工が口を開く。
「この仕事は決して楽じゃねぇ。少しでも気を抜けばそこに住む人も、自分自身も危険に晒すことになる。大工は自分の生活と、家を建てようとする人の生活まで守らなきゃなんねえんだ。兄ちゃんにその覚悟はあるか!?」
「私は大工さんを手伝い、イナテミスの発展の一助となりたい。容易な仕事ではないとは思うし、どれほど厳しいのかの実感も掴めていない。でも、やり抜く覚悟は出来ています」
 大工の視線から目を逸らすことなく、永太がはっきりとした言葉で告げる。長い沈黙の後、大工がくるりと背を向けて呟く。
「明日から、ビシビシ鍛えてくからな。……あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はダン・ヘイン。好きに呼んでくれて構わねぇぜ」
「……あ、ありがとうございます、親方!」
 深々と、永太が頭を下げた。

 ダンの勧めで、永太は燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)ミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)と共に、町長のいる建物へと足を運ぶ。イナテミスに移住するためにはそこで手続きを済ませ、イナテミスの住人として認められた後に住処を決める必要があることなどを説明される。
「兄ちゃんなら、土地だけもらって後は兄ちゃんの手で住む家を建てるのもアリだな。今なら十分広い土地がもらえるみたいだぜ」
 ダンに言われたことを思い返していた永太の傍に、ミニスがやって来て声をかける。
「えーたが考え込んでたのって、このことだったの?」
「ああ……どんなに理由をつけたところで、イナテミスで大工として働くことは私の我侭だろう。その我侭に巻き込まれる結果になったザインは迷惑に思うかもしれないが――」
「……私は、迷惑だなんて思っていません。今の私には……永太と共に在りたいと望む私には、永太の意思を否定する判断など下せません」
 それまで無言を貫いていたザイエンデの放たれた言葉に、永太が立ち止まって振り返る。
「ザイン……我侭かもしれないけど、でも、これが、やりたいことが見付からず、平凡な日々を繰り返し、将来のことなんて考えてなかった私に浮かんだ、今の私の本当にやりたいことだから……許して欲しい」
「許すなんて……私は永太の全てを受け入れるつもりですから」
 互いの顔に微笑が生まれ、そして二人の視線が重なり合う。
「……あーはいはい、こんなとこでイチャつかない! 何よ、これで家でも持った日には、新婚さんそのものじゃない!」
 二人の間に割って入ったミニスのつい口走った言葉に、永太とザインが同時に想像に至って顔を背ける。おそらく二人の脳内では、帰って来た永太とそれを出迎えるザインの光景から始まる新婚生活が浮かんだ……かもしれない。
「もー! ほらえーた、チャチャっと手続き済ませちゃうよ!」
 自らの発言が事態をより悪化? させたことに気づいたミニスが、永太を無理矢理押していく。
 二人を見守るザイエンデが、それに続いた。

 翌日、建築の依頼を受けて現地へ向かうダン率いる一派の中に、永太の姿があった。
「依頼主は、イルミンスール魔法学校と蒼空学園の生徒だ。永太、聞き覚えあんだろ」
 ダンの言葉に、永太が驚きの表情と共にはい、と答える。知ってるも何も、名に挙がった学校は永太の元所属と現所属である。
「あの、何を建てるんでしょうか」
「話によりゃあ、宿屋と一戸建て、宿屋の方は2階建てに屋上付き、一戸建ての方は同様で屋根裏部屋付き、双方に地下室希望、ってとこだな。ま、俺ら職人は依頼主の希望以上の物を仕上げるのが仕事だ。永太、それを肝に銘じとけ」
「はい、親方!」
 そして一行は、指定のあった場所へと向かっていく。

「あれ? いつの間にか私、手伝わされてる? どうして?」
「正悟さん、これはどういうことですかー?」
「ま、これもパラミタじゃ日常茶飯事ってことで」(……そういうことか、牙竜)
「大工さん、今日からよろしくお願いします」
「よろしくね。私たちも手伝えることがあったら手伝うつもりよ」
 依頼主である唯乃と牙竜の指示で、ダン一派は用意された物資を材料に作業を開始する。
「ケケ、ルル、トト、行きますよ」
 エラノールが使役するスケルトンに指示して、作業を手伝わせる。彼らは普通の人間が届かないところでも、自らの骨を組み合わせて到達することが出来るため、なかなか有難られていた。……たまに強風が吹いて、バラバラになってしまうのが玉にキズだったが。
「ああ、出来るだけ頑丈な造りで頼む。追加の経費については……この程度だろうか」
 牙竜が、ダン一派の者と資金のことも考慮に入れた計画の細かな修正を行い、それに基づいて各々が作業に駆り出されていく。
(彼らにも、ここで何かを果たそうとする目的があってのこと……私にも、その手伝いが出来れば……)
 ダン一派の一員として、永太も自らの役割を果たそうと奔放する。
 そうして少しずつ、しかし確実に、建物は完成へと近付いていった――。

「田中が何やってんのかなーって付けてみたら、何か凄いことやってんじゃん。……ここにこれ放ったらどうなるかな? ま、大丈夫よねー、田中だしねー」
 その様子を、少し離れた所から夕月 綾夜(ゆづき・あや)と共に窺っていたルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)が、持っていた容器の蓋を開けると、中から紫色の何かが流れ落ち、やがてそれは人型を取って動き始めた。
「大鍋でコトコト煮込んで試行錯誤して完成した、その名も『ネオでろーん』! さて、こいつをばらまいて、と……」
 ふふふ、と愉快そうな笑みを浮かべながら、ルナティエールが計8つの容器からネオでろーんを撒き、様子を見る。放たれたネオでろーんは順に人の姿を取り、やがて作業の指示を取っていた田中こと牙竜を見つけた途端、物凄い勢いで集まり始めた。
「お、おい、何だありゃあ!?」
「くっ、またデローン丼か!? しかし様子が違う、改良型か!?」
 最初に気付いた大工の一人の声に、駆けつけた牙竜が顔を歪めて戦闘態勢を整える。
「うんうん、ここまではスペック通り。……さて、このままでも性能に問題はないけど、合体の時につなぎがあった方が強力になるな。……ということで、そろそろ来るはずだけど――」
「おーい、ルナー。お前が来いっていうから来たけど、何の用だよ? また何か企んで――」
「……グッドタイミーング!」
 ルナティエールが笑みを大きくして、やって来たセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)を自らの前に誘導した途端、背中をピンヒールで思い切り蹴り出す。
「え?! ぎゃあぁぁぁぁ!!」
 直後、ネオでろーんはセシルを核として取り込み、全長10メートルほどのネオでろーん――ルナティエール命名『キングでろーん』――に合体を遂げる。
「あははははは! すげーすげー、ホントに合体したー!」
 満足そうに笑うルナティエールの前では、キングでろーんと牙竜たちの壮絶な戦いが繰り広げられていた。
「我が姫、ここにいたか」
 そこへ、ようやく見つけたとばかりにセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)が声をかける。
「あれ、セディ、仕事で来れないんじゃなかったのー?」
「我が姫のため、早く切り上げてきた。よければこれから一緒に祭を見て回ろう」
 セディの言葉に、それまでの笑みとは違った雰囲気の笑みを浮かべて、ルナティエールが頷いて隣に立つ。
「じゃ、行くか」
「……我が姫、背後のアレはどのように?」
「田中たち? ほっといても死にゃしないだろ」
 そんなことを言いつつ、二人がイナテミス中央部へと向かっていく。背後では、懸命の戦いを続けた牙竜と唯乃、急遽剣を取った永太の活躍で、キングでろーんを消滅させたところであった。
「やるなぁ、新入り!」
「助かったぜ、新入り!」
 ダン一派の者たちが、汗を拭った永太に労いと感謝の言葉を次々と投げかける。
「あ、いえ、そんな――」
「そうだ、このくらいで調子に乗るな、永太。……よくやった、これからも頼むぜ」
「あ……は、はい!」
 労ったダンに、永太が深々と頭を下げる。
「力を貸してくれてありがとう。今度は俺たちが力を貸す番だな」
「ま、人が多い方がそれだけいいものが出来るわよね。というわけだから、一緒に頑張りましょ!」
 永太の下に牙竜と唯乃がやって来て、言葉をかける。パートナーたちも協力者たちも、程度の差はあれど皆、その気になっていた。
「……ああ!」
 永太が頷き、三者の手が重なり合う――。

 そして、皆の努力の結果、宿屋【しゅねゑしゅたぁん】と2軒の一戸建てが完成する。
 【しゅねゑしゅたぁん】は、ザンスカールにある姉妹店【しゅねゑしゅてるん】とほぼ構造が同じで地下室付き、一つの一戸建てには『田中』と表札が掲げられ、そしてもう一つには『神野』と表札が掲げられていた。