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地球に帰らせていただきますっ!

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 過去に会う路地 
 
 
 実家に向かっていた途中、佐伯 梓(さえき・あずさ)はふと思い立ってカデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)に尋ねた。
「ちょっと寄り道してもいいかな?」
 空京から上野まで新幹線で来て、ここからヨーロッパ行きの飛行機に乗る予定だったけれど、その前に日本で行っておきたいところを思いついたのだ。
 梓の親族への報告も兼ねて里帰りに同行しているカデシュは、時計に目を走らせた。時間は十分ある。寄り道をしても余裕だろう。
「あまり遅くならないのなら構いませんが、どこにですか?」
「日本には子供の頃に住んでいた家があるんだー」
 確かこっち、と梓は子供の頃のあやふやな記憶を頼りに、昔住んでいた家を捜す。
「それにしても、どうしてその家に行こうと思ったのですか?」
 不思議に思ったカデシュが尋ねると、梓は違うんだと首を振った。
「行きたいのは家じゃなくてね、その向かい側にある和菓子屋さんなんだー。そこのばーちゃんに子供の頃、お世話になったから会いに行ってみようかなって」
「和菓子ですか。お土産にも良さそうですね。この季節なら水羊羹やわらび餅でしょうか」
 カデシュの言葉に梓は目を輝かせる。お世話になったおばあちゃんだけでなく、和菓子まで手に入るかもしれないとなれば甘い物好きの梓にはたまらない。
 俄然張り切って、ついに前の家が建っていた場所にたどり着いた……けれど。
「あー、空き地になったのかー」
 住んでいた家はもう取り壊されて、空き地になっていた。向かい側の和菓子屋もシャッターが閉まっている上に看板も無くなっていた。
「うーん潰れちゃったのかな」
 なんだか寂しいなと梓は呟いた。
 梓に魔法の素質があると分かってから、両親はこれまでの生活を捨てて外国に行くぞと言い出して、その時に梓は色々なものを捨ててしまった。これだけはと死守したヘッドホンだけは今もまだ梓の頭にあるけれど、それ以外のものは本当になくなってしまったのだと思い知らされる気分だ。
 ついしんみりする梓だったが、その背に声がかけられた。
「あず……梓か?」
 聞き覚えがあるようなないような声に振り向くと、そこにいたのは身体のがっしりした男性だった。カデシュと同じくらいか少し下か。知らない顔のはずなのに、懐かしいような……けれど身がすくむような……。
「あっ、もしかして兄ちゃん?」
 思い出すのに時間がかかった梓に、兄ちゃん……和賀 正志はふと鼻で笑った。
「ああ。梓は全然変わってないな。突然いなくなったから、気になってたんだ」
「ごめん。挨拶もせずに引っ越しちゃったもんねー」
 正志に言ったあと、梓はカデシュを振り返る。
「兄ちゃんは和菓子屋のばーちゃんの孫なんだー。小学生の頃、俺、よく虐められたんだよねー」
「アズサは虐められっ子だったのですか」
「うん。よく泣かされて、ばーちゃんが和菓子くれたりして慰めてくれたんだよ」
「今も泣き虫ですからね、アズサは」
「うぐー」
「泣き虫、ですよね」
 事実だからとカデシュは泣き虫と繰り返す。
「虐めたのは悪かった」
 正志に謝られ、梓は昔のことだからと笑った。そして気になっていたことを聞いてみる。
「和菓子屋、閉めちゃったんだー」
「ああ……去年、な。ばーさんが死んで、他に継げるのもいなかったからそれをきっかけに」
「ええっ? そ、そうなんだ……」
 がっくり、と梓は肩を落とした。今日は落胆の連続だ。もっと早くに訪ねていれば良かった。そんな後悔も湧きあがる。そんな梓の気分を変えようとしてか、正志は別の話題を口に出した。
「それで? 梓は今何してるんだ」
「俺? 俺は契約者になってパラミタで学生してて……勉強嫌だけど魔法の勉強してるんだー。こっちのカデシュはパートナー」
「そうか。楽しいか?」
「まぁ、それなりに〜」
 のほほんと笑顔で答える梓を、正志は相変わらずだなと笑った。
 正志との会話は梓に昔、ここで暮らしていた日々を蘇らせてくれた。
 おばあちゃんにはもう会えないけれど、懐かしい人と話すことが出来た。
 しばらくぶりに会う虐めっ子は、それほど虐めっ子ではなくなっていて、ちょっと不思議な気分だったけれど。
 正志と昔話に花を咲かせる梓を眺め、カデシュは呟く。
「アズサが甘い物好きな理由が、なんとなく分かった気がします」
 と。
 
 それは、今はもう手の届かない過去。
 いじめっ子と、泣き虫くんと、おばあちゃん。
 甘い和菓子に彩られた……大切な記憶。