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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

リアクション


(・フリージア)


 明け方。
 南シナ海上空を、一機の小型飛行機が飛んでいた。
「大佐、間もなくベトナムへ上陸します」
 モロゾフ中尉が告げる。
「いよいよか」
 ホワイトスノーは何かを思いつめたような顔をしている。
「ねーねー、イワンさん」
 突如後ろから声を掛けられたことで、モロゾフがびくっと震えた。
「ちょっと、何をしてますの、ミルト!」
 ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)だ。こっそりと息を潜めていたが、ここにきてひょっこりと顔を出したのである。
「……全員撒いたと思っていたのだが」
 博士は呆れているようだった。
「い、いやあ気付きませんでしたよ」
 モロゾフは苦笑している。
「気になったんだけど、イワンさんって普段はどんなお仕事してるの? 僕はタンカー護衛のとき船にはいなかったから、よく知らなくて。気になっちゃうなっ」
 ニコニコと笑顔で質問する。
「雑用だ」
 ホワイトスノーが即答する。
「そんな……いえ、間違っていませんが。大佐の書類整理を手伝ったり、多忙な大佐に代わって偉い人と打ち合わせしたり、あと……昔は掃除と洗濯もよくやってましたね」
 苦笑しながらモロゾフが答えた。
「タンカーって言えば、コリマ校長ってたくさんパートナーがいて全員の話を聞いててちゃんと全部を聞き分けられるってすごいよね。僕から見たらカミサマみたいな人だなぁ」
「ファーストは、確かに恐るべき力を持っている。だが、人間だ。パラミタは『神』を定義しているが、ドージェ・カイラスだろうと御神楽 環菜だろうと、それは狭義な『神』であって、広義な概念としての『神』ではない」
 淡々と感情を込めることなくホワイトスノーが言う。
「あ、そういえば、この間のゴーストイコンと戦ったときに変な声聞いたんだよ。可愛い感じの声だったんだけど、なんだか冷たい感じで頭の中に直接声が聞こえた気がしたんだけど……精神感応じゃどこにいるかよく分からなかったから、超能力じゃないのかなぁ」
 一瞬だが、ホワイトスノーの表情が変わった。
「大佐……」
 モロゾフが不安げにホワイトスノーを見遣った。
「どうしたの?」
「いや、思い出しただけだ。昔のことをな」
 そこに、モロゾフが口を挟んだ。
「昔、今みたいに超能力が広まってなかった頃、博士や僕が一人の子供の世話をしていた時期があるんですよ。生まれながらの、純粋に超能力を扱える子でした」
「中尉、余計なことを言うな」
 大佐の鋭い一言で、そこで話は終わる。
「その子はどうなったの?」
「…………」
 二人とも、目を伏せて答えなかった。そのことから、事態を察した。
「う、なんか……ごめんなさい」
 そこで一旦話を打ち切り、こっそりとモロゾフに耳打ちする。
(白雪女王……白雪姫さまって若くてとっても美人だよねっ。イワンさんは一緒にいてドキドキしたりしないの? 僕はペルラと一緒だといつも嬉しくてドキドキしちゃうんだけど)
「ちょっと、ミルト! 何を言ってますの!?」
 咄嗟にペルラが彼の口を押さえようとする。
(はは、初めて会ったときは、本当に驚いたものでしたよ。こんなきれいなお姉さんが世界的な権威の一人だなんて、と。しかし……いえ、なんでもありません)
 ミルトにだけ聞こえるようにこっそりと言った。
「今、目標地点までどれくらいだ?」
 ホワイトスノーがパイロット――佐那に尋ねる。
「ええと……三十分くらいです」
「よし、降りるぞ」
 今、何と言ったのか。
「では、パラシュートの準備を」
 飛行機のドアを開ける。
「お前達の分は勘定に入っていないから、パラシュートはない。死にたくなければ捕まっていろ」
 そのまま、パラシュートを背負って、森の中へ向かって飛び降りた。
 高度1000メートルから――

* * *


 無人になった飛行機は、そのまま目標であるベトナムの寺院基地へ向かって突っ込んでいった。
 もちろん敵の領域に入った瞬間に攻撃され、爆散した。
「顔を出しておいてよかったな。でなければ、お前達はああなっていた」
 もし、ミルト達が「到着予定地」まで隠れたまま行こうとしたら、一緒に空に散っていただろう。
 無事に地上に着陸したが、それを考えると恐ろしいものがある。
「だが、想定外だ。自分の身は自分で守れるな?」
 ホワイトスノー達は、知人に会いに行くということだった。それは、こういうことだったのだ。
 どうやらその知人とやらは敵側の人間らしい。
「中尉、パイロットは……見たところ素人のようだが、ちゃんと指示通りの人材を手配したんだろうな?」
「ええ。フランス外人部隊、それも第二外人落下傘連隊の経験ありで、これまでに特殊任務もこなしてきた契約者なので、条件には合っています。まさか女性だとは思いませんでしたが」
 ただ博士の動向を探るために正規のパイロットに成り代わった佐那であったが、どうやらとんでもないところに来てしまったらしい。
「まあいい。行こう」
 森の中を、敵の基地に向けて進んでいく。
「そろそろ敵が出てきますね」
「どちらに行くのですか?」
 佐那がモロゾフに声を掛ける。
「少々、『服』を取ってきます」
 そう言って、森の奥に消えていった。
 ほどなくして、戻ってくる。
「三人分持ってきました。血がついてますが、お気になさらずに」
 それは、黒い装甲服――プラント攻防戦の敵兵が着ていたものだ。
「下手に動かなければ誤魔化せるだろう」
 博士とモロゾフの分はない。
「お二人こそ、着るべきだと思いますが」
「いえ、僕達は必要ないんですよ。特に、僕なんかは存在が希薄なので、そう簡単には気付かれないんです」
 と、モロゾフは呟いて単身基地に向かっていった。囮になるつもりらしい。
「……一体彼は何者ですか?」
 佐那が尋ねる。
「ロシア軍が十年以上の歳月をかけて完成させた、秘密兵器だ。中尉にとって、身の回りのものは全て凶器となる。おそらく、対契約者における最強の非契約者だろう」
 曰く、モロゾフは「身体を凶器として使う→日用品を凶器として使う→武器を使う」という手順で会得してきたらしい。
「普通の人間は、身体能力ではどうやっても契約者には及ばない。弱者は知恵を使うものだ」
 どうやら、モロゾフが敵を上手く撹乱しているらしい。
「さて、私は堂々と正面玄関から挨拶させてもらうとしよう」

* * *


(状況はどう?)
(駄目、全然情報が見つからない)
 ローザマリアは、海京にいるメルセデス・カレン・フォード(めるせですかれん・ふぉーど)と連絡を取り合っている。
 内部に侵入して、コンピューター類を操作したが、無駄に終わった。
(これだけ広大で、人も兵器もある施設なのに、一切の機密がないということはありえないわ)
 寺院とベトナムの繋がりだけでも入手出来ればいい。
 だが、基地内には「鏖殺寺院」という単語さえ存在しないのだ。
 部屋を一つずつ、巡回している兵士のフリをしながら、ローザマリア達は調べていった。


「段々、強くなってきてる。こっち」
 椿が精神感応の反応が強くなっている場所を指し示し、彼女に追従して孝明、景勝、ニーバーが中を進んでいく。
「兵士が来ないのは、妙だな」
 途中までは、巡回している装甲服を見かけたが、今は見当たらない。
 曲がり角が見えてきた。
「ん、足音……」
 警戒しながら、角を覗き込む、景勝。
「きゃっ!」
 走ってきた人物にぶつかった。
「いてて……」
 勢いよく倒れそうになる、景勝。
「まさか、青いイコンのパイロットか?」
 孝明がその人物を警戒しながら見遣った。たとえどんな姿をしていようと、惑わされないように気を引き締めている。
 それは、気を抜くと惑わされる容姿をしているからだ。
「あら、黒い服の方では……ありませんのね」
 どこか、彼らの姿に安心したようだった。
 ブロンドの髪に、澄んだ青い瞳をした美女だった。
「確かに、こっちから感じた。だけど……」
 この人なのだろうか。
「景勝さん、まだ危険な感じは抜けてないんですよ。いつまで抱き合ってるんですか」
 ニーバーが景勝を叱咤する。
「ん、ああ、ゴメン……え」
 謎の女性と目が合う。
(すげぇ美人。どうしよ……)
 だが、とりあえずは何者かを確かめる必要がある。
「えーと、あんたは?」
 椿が先に声を発した。彼女が「青いイコン」のパイロットなのか、違うのかを判断するために。
 精神感応による強い反応は、未だに消えていないからだ。
「わたくし、メアリー・フリージアと申しますわ。あの……」
 メアリーと名乗った女性が懇願してきた。
「助けて下さい!」
 直後、通路の奥からまた別の人影が現れた。
 これまでの黒い装甲服ではなく、紺色の装甲服だ。顔はヘルメットで覆われており、分からない。
「……アイツだ!」
 そこで、椿はようやくそれが本当の青いイコンのパイロットだと気付く。
「話は……出来そうにないか」
 状況を判断する。
 助けてくれとすがる女性。
 強化人間らしき姿。
 おそらく、彼女は追われている。
 だが、その紺色の装甲服へ攻撃を仕掛ける者がいた。
「やめろ!」
 咄嗟に誰かが叫ぶ。青いイコンのパイロットは危険だが、殺していいとはまだ思っていない。
「何!?」
 不意打ちを仕掛けたライザの攻撃を、予測していたかのように避ける。その避けた箇所に向かって、ローザマリアが強化光条兵器を投擲した。
 サイコキネシスで誘導するも、咽喉を貫くことは出来ない。
 だが、その攻撃はヘルメットを割った。
 そして、その中から現れた素顔は――

「ぁぁああああ!!!」
 突如、椿が叫びを上げた。
「な、なんだ、これは……!!」
 今度は何も強化人間ばかりではない。孝明までも、あまりの思念の強さに苦しみ始める。
「どういう、こと……!」
 無論、それは精神感応を持つ全員にいえることだ。ローザマリアもまた、膝をつく。
「おい、みんな! 大丈夫か!?」
 景勝は無事だった。
 すぐに、視線を紺色の装甲服に向けた。
 そこには、青い髪をなびかせた色白の女が立っている。まるで、ガラス細工の人形のようであった。
 感情が一切こもっていない、どこまでも冷たい瞳で彼らを見据えている。
 直後、壁面にあった計器類、さらには通路の照明が全て破壊された。
「……なんつー力だよ」
 しかも、精神感応をモロに受けた者達は、まともに動けない。
「あ、何も、ない? あたしの中が、覗かれ……」
 思念を受け、椿が感じたのは「無」だ。
 精神感応によってパートナーと話せるのは、そこで情報のやり取りが行われるからである。
 相手側には強力な思念があるが、その中には情報がない。そして、感応を起こしたために、椿の思念にある情報が敵の中に一方的に流れていくのだ。
「やめろ、見るな!」
 孝明が呻く吐き気がこみ上げてくる。自分の記憶が吸い出され、相手の思念に投影される。過去のトラウマも何もかもを含めて。
「景勝さん、ここは早く離れましょう!」
 目の前の青い髪の女性から離れるため、景勝は孝明とメアリーを、ニーバーは椿を支え、駆け出す。
 目指すはイコンハンガーだ。
 途中の通路には、何人もの黒い装甲服が倒れていた。
「みんな、あの子の精神波を受けたのか……」
 走りながら、景勝は呟いた。
 段々と、孝明達は落ち着きを取り戻していく。
「どうして、まだ実戦投入されていないのか、分かった……強すぎるからだ」
 青い髪の女性のヘルメットは、拘束具だったのだろう。
 あの力をフルに使える状態で青いイコンに乗ったら、敵味方関係なく蹂躙し尽すだろう。
「あの、助けて下さってありがとうございますわ」
 そんな中、謎の女性、メアリーが口を開いた。
「どうして、ここにいたんだ?」
「実は、この施設の方から、資金提供の依頼を受けまして。兵器のために出資は出来ませんと断ったら、無理矢理連れて来られてしまいましたの。隙を見て、逃げたのはいいのですが、途中であの方に見つかり……」
 それでもなんとか振り切ろうとしたところで、景勝にぶつかったということだ。
「出資? それだけの資産を持っているのか?」
 孝明が問う。
「ええ。女優をしていたときの収入と、今経営しているブランドの利益がありますわ」
 メアリー・フリージア。
 三年前に二十歳で突然モデル・女優を引退し、今は世界的にも有名なファッションブランドのオーナー兼デザイナーとなった、世界でも有数の資産家。
 まだ、彼らはどれほどの大物を助けたのかということを知らないままだった。