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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第3回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第3回/全3回)
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リアクション

 
「私の……私のせいでディートさんが……!」
 入り口で以上の光景が展開されているのを横目に、病室の一室では、怪我人としてベッドに伏せるディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)の姿を目の当たりにして、伊礼 悠(いらい・ゆう)が涙を零しつつ介抱をしようとする。
「おねーちゃん!」「悠さん!」
 そこに、悠から連絡を受ける形で、マリア・伊礼(まりあ・いらい)著者不明 『或る争いの記録』(ちょしゃふめい・あるあらそいのきろく)が駆け込んでくる。
 悠が涙を流している姿にマリアがショックを受けた様子でたじろぎ、ルアラは極力平静を保って、事態の把握に努める。
「悠……私が傷ついたのは貴女のせいではない……。
 貴女を守る事、それが私の存在する理由……だからこそ、この身を投げ出す覚悟はいつでも出来ているのだ」
 ベッドから懸命に腕を伸ばし、ディートハルトが悠の頬に触れ、その涙を拭う。
(どうして……どうしてそんなにしてまで守ろうとするの!? そのせいでおねーちゃんが泣いてんのに……!)
 ディートハルトの言葉が、態度が理解出来ないとばかりに、マリアが苛立ちから唇を噛み締める。
 背後に控えるルアラは、二人の関係に心の中で苦笑しつつも、パートナーとしての務めを果たすべく、悠に問いかけるように口を開く。
「悠さん、貴方は何故そんなに焦っているのですか? 貴方は自分が焦っている事に、気付いていますか?」
「…………」
 その言葉を聞いて、悠はもう焦ってない、とは言えなかった。
 ディートハルトにもそれは言われたことだし、結果としてディートハルトを傷つける形になってしまった悠に、否定はできなかった。
「……焦って、いたのかもしれません……。何も出来ない自分に」
 ――自分の責務を果たそうとしている生徒たちの中で、自分は何が出来るのだろう――。
「貴方は貴方です。他の誰でもありません」
 ルアラの言葉に、悠がハッとしたように顔を上げる。それを見て、ルアラがもう一度、口を開く。
「貴方が今、出来る事は、何ですか?」
「私が、今、出来る事……」
 繰り返すように呟いて、しばらく考えて、そして悠が出した答えは。
「私、イルミンスールを、大切な仲間や友人を守りたい。
 たとえどんなに非力でも……どんなに小さい事でも、自分に出来る事をしたい……!」
 悠の口をついて出た意思に、まずルアラが答える。
「私は悠のパートナー、悠が決めたことであれば、それを実行に移せるよう力を尽くしましょう」
 次に、ディートハルトが答える。
「私はここで見守ることしか出来ぬが……必ず戻ってくると、信じているぞ」
 一人、マリアだけが黙ったまま。
「マリアちゃん……」
「……ああもう! そんな目で見ないでよ! 分かったわよ、行けばいいんでしょ!?
 おねーちゃんが行くって望んでるんだもん、そうしないわけにいかないじゃない!」
「うん……ごめんね、マリアちゃん。ごめんなさい、ルアラさん、ディートさん……」
 最後にもう一度、皆に謝罪するように頭を下げ、再び頭を上げる。
 そこに、悲しみの感情は消え去っていた。
 
 そして悠、マリア、ルアラの三名は、イナテミスを発ち、ニーズヘッグの下へと向かう――。
 
 『こども達の家』では、セレスティアがほんわかとした表情で、子供たちの世話をしていた。
「……あら?」
 建物が揺れているのに気付いたセレスティアへ、子供たちが一様に不安そうな表情を浮かべ始める。
「大丈夫、私が傍にいます」
 そんな子供たちを集め、不安を取り除くように、そしていつでも子供たちを守れるように身構えていたセレスティアの前で、地震が止み、やがて扉が開かれる。
「ニック!」
「……ママ? ママーっ!!」
 名前を呼びながら入ってきた女性の下へ、一人の子供がたたーっ、と駆けていき、女性の胸に飛び込む。
 その後、次々と女性や男性が入ってきて自分の子供の名前を呼び、そこへ子供たちが飛び込む光景が展開される。
(はは、何だかこっちまで嬉しくなっちまうぜ。……よかったな、おまえたち)
 自然と笑みを浮かべる和希の下へ、子供を抱いた母親が近付いてくる。
「ありがとう、おねえちゃん。ボクもおっきくなったら、おねえちゃんみたいにこのまちをまもるんだ!」
「……ああ、おまえならきっと出来るぜ!」
 ニックと呼ばれた少年の頭を、和希がくしゃくしゃ、と撫でると、ニックは満面の笑みを浮かべてうん、と頷いた。
「お、おい、何だありゃ?」
「鏡に……何か映ってる?」
 その時、中からざわめきが聞こえ始める。気になった和希が中に入り、目についたセレスティアに声をかける。
「どうした、何があった!?」
「えっと、鏡に何か映ってるみたいなんです。凄く大きな、翼を持ってる生き物と、あと何かが」
 セレスティアの指す方角を、和希も見つめる。
 人の間に、セレスティアの言うように大きな竜と、それについて説明するような言葉がいくつか、鏡に映し出されていた。
 
『皆、いきなりのことで済まない。
 今皆の家の鏡に映し出されているのは、ここイナテミスからでも見えるであろう竜、ニーズヘッグについての情報だ。
 皆、色々と思うことはあるだろうが、まずは目を通してほしい』

 
 精霊塔を介して、ケイオースの声が街中に響く。
 説明を受けた住民たちは、訝しげな表情を浮かべつつも、ひとまず映し出された映像に視線を向ける。
(ニーズヘッグ……俺にはおまえのことはよく分からねぇ。
 だけどよ、おまえも話が出来て、考える頭も持ってるんだろ?
 だったら、こうして無関係な親子を巻き込むことがよくないって、分かるだろ?)
 今も空にいるであろうニーズヘッグへ、和希が問いかけるように呟く――。
 
「よし、着いたぞ。……って、ここも大分一杯だな。全員は厳しいかぁ?」
 『イナテミス市民学校』に避難民と共に辿り着いたセシルが、人の多さに呟きを漏らす。
 そこに、彼らの姿を認めて、中からメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が姿を見せる。
「……ええ、流石にこの人数は厳しいと思います。
 ここの他にも、『イナテミス文化協会』と『イルミンスール武術イナテミス道場』が避難場所として機能しています。
 名簿がありますので、もし知り合いの方がいらっしゃいましたら、合流して行動された方がいいかもしれませんね」
 メイベルがまとめていた、各教室に誰が避難しているかを記した名簿を、避難民たちが代わる代わる覗き見、知り合いの名前を探す。
 それを繰り返して、やがて教室内で人の入れ替えが行われ、校庭にはいくつかの集団が、別の避難場所への移動を享受していた。
「フィリッパ、ヘリシャ、聞こえますか?」
『はい、メイベルさん、どうしましたか?』
 メイベルが、イナテミス文化協会及びイルミンスール武術イナテミス道場の収容状況を知るべく、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)に連絡を取る。
『えっと……はい、その人数であれば問題ないです。それでは、お待ちしています。……あっ』
「?」
 収容可能であることをヘリシャが伝え、それを聞いたメイベルが通話を切ろうとしたところで、ヘリシャの声にもう一度携帯を耳に当てる。
『すぐに終わりますよね、この戦い』
「……ええ、必ず」
 頷くように呟いて、メイベルが携帯を仕舞う。事情をセシルとエフェメリスに伝え、誘導をお願いする。
「任せておけ。……精霊の住む聖地をこのように荒らすなど許せぬ」
 セシルが言う前にエフェメリスが答え、そしてメイベルが礼をして去っていく。
「なんだ、いつも無感動なお前が熱いじゃねぇか。
 ……そっか、お前も地祇……精霊だもんな。精霊の住む土地を荒らされるのは我慢ならないか」
 にかっ、と笑ったセシルに、エフェメリスのツッコミが炸裂する。
「細かいことをぬかすでない。……一人も死なせるでないぞ、セシル」
「ってて……もちろんだ、絶対誰も死なせない! 全員無事に避難させるぞ!」
 そして、セシルとエフェメリスは、目的の場所へと避難民を誘導に当たる――。
 
(終わりの無い夜は無いように、この戦いにも必ず終わりが来るでしょう。
 ……ヘリシャさんもそう思いたいからこそ、メイベル様にあのように言ったのでしょうね)
 携帯を仕舞ったヘリシャの背中を、フィリッパが見守るように見つめる。
「さあ、私たちも受け入れる準備をしましょう。フィリッパさん、手伝っていただけますか?」
「ええ、もちろんですわ」
 ヘリシャの言葉に、フィリッパが頷いて答える。
 この戦いは必ず終わる、それも良い結果に。
 そう、思ってもらえるように誓いながら。
 
「あの、作ってくださったご飯、とても美味しかったです! よければ今度レシピを教えてもらえませんか?」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいな。うん、機会があったら、その時に」
 食事の感想を言いに来た精霊の女性に家の場所を教えてもらったりしながら、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が避難してきた住民たちと会話を交わす。
「おねーちゃーん、あそぼー」
 と、子供の一人が、セシリアの服の裾を引っ張ってねだる。
 よくセシリアはこうして、子供に懐かれる。本人は子供の相手が苦手で、いつもなら理由をつけて避けていたのだが、
「……うん、じゃあ、何して遊ぼっか?」
 今回ばかりは勝手が違った。
(きっと、この子達も不安を抱えていると思うし。遊ぶことで、不安を紛らわせられるならね。見て見ぬ振り、は出来ないから)
 たちまち子供たちに囲まれ、その輪の中でセシリアが笑みを浮かべる――。