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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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●第四試合 メインパイロットエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)サブパイロットリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)VSメインパイロット榊 孝明(さかき・たかあき)サブパイロット益田 椿(ますだ・つばき)

『第四試合。イコン、シパーヒーと、イーグリットによる対戦です』
 侘助はそう、対戦者たちを紹介する。
 しかし、実際には、エメのサブパイロットは片倉 蒼(かたくら・そう)が搭乗していた。しかしこれは、当事者以外には、ディヤーブや、警備にあたっている樹月 刀真(きづき・とうま)といった数名しか知らぬことだ。
「エメ様、準備はよろしいですか」
「ええ」
 蒼の言葉に頷くと、エメは常に着用している白手袋を、きゅっとはめなおした。

「シパーヒーか……見たところ、スピードに関しては五分か、やや有利というところかな」
「そうみたいだね」
 先ほどまでの試合を思い返しつつ、孝明は脳内で相手の動きをシミュレートしてみる。さて、相手はどうでるだろうか。
 先ほどまで、ムスリムの人々の心情を考慮してつけていた面布を外すと、椿はじっと対峙するシパーヒーを見つめた。
「どうかした?」
「別に。……あの変態が相手じゃなくてよかった、ってだけ」
 かつて、変熊仮面が彼女に与えた衝撃は、それほど大きかったらしい。孝明は、うっすら苦笑した。そんな孝明を軽く睨んでから、椿は再び正面を見据え、口を開く。
「たぶんこっちのほうが、操縦技術は上だろうけど……油断はできないね」
「ああ。手加減するのも申し訳ないだろう。全力で競わせてもらう!」

 濃紫と白銀の機体が、静かに一礼する。そして。
『試合、開始!』

 軽量かつ、高速という点において、イーグリットとシパーヒーの性質は近い。
 機体のサイズも、ほぼ同じくらいだ。
 こちらは、先ほどの試合とは違い、地上での剣戟がメインとなった。
 シパーヒーのサーベルと、イーグリットのビームサーベルが、鈍い音をたてて交錯する。
 もとが剣士であるエメは、蒼の手助けも借り、いかに自身の動きをシパーヒーにトレースさせるかが問題だった。
 限りなく優雅に。まさに蝶のように舞い、蜂のように刺す。そんな戦い方である。
「なるほど、こうくるか」
 一方の孝明と椿は、イコンの操作・制御能力に関しては、エメより一日の長がある。イーグリットは、もはや手足も同じことだ。しかし、フェンシング的な剣術に関しては不慣れであることは、もとより自覚していた。
(剣術勝負は、かえって不利だ)
 鋭い突きを最小限の動きで回避しつつ、孝明はそう判断する。
「椿、……ちょっと粗っぽくいくから」
「了解」
 ルールを違反しなければ良いのだから、なにも完全に相手と同じ土俵で戦う必要はない。
 孝明はビームサーベルの出力をあえて押さえ、強く手に握りしめる。
(……?)
 エメは一瞬、意図が読めずに戸惑った。その間に。
「ハッ!」
 かけ声とともに、イーグリットは素早い動きで、シパーヒーを飛び越えると、その背後に回る。そして、そのまま一気に後ろから機体を羽交い締めにすると、足払いをかけてその場になぎ倒したのだ。
『シェンノート選手、倒れた! イーグリット、そのままシパーヒーの手を後方へとねじあげている! なお、相手を倒す、絞め技を使うといったことは、ルール違反ではありません!』
「な……!」
 地響きをたて、砂塵が巻き起こる。孝明と椿の連携により、シパーヒーは完全に一種の寝技をかけられ、身動きがとれなくなった。
「なるほど、そうきますか……」
 武器を手放してはいないが、エメと蒼は容易に反撃することもままならない。もとより、こういった攻撃をされることは慣れていないのだ。
 駆動音をたて、ぎしぎしと機体が軋んだ音をたてる。
 そこで、ラドゥの手があがった。
「勝負あったな」

『勝者、益田孝明!』

 剣舞とはまた違う、ダイナミックな戦闘に、観客からは再び歓声があがった。
「やったね、孝明」
 椿がそう笑いかける。
「ちょっと、力業ではあったけどな」
 孝明はそう答え、シパーヒーの腕を取ると、立ち上がるのに手を貸した。

 拍手の中、両者はソーマの誘導で競技場の端に下がる。エメは息をつくと、コックピットから離脱した。
「エメ」
 その際に、リュミエールがさりげなく合流する。……先ほどまで身につけていたブラックコートは、腕にかけた。
「惜しかったけど、まぁ仕方がないよ」
「そうですね。今後、良い課題もできました」
「ああ。そうだ、なにか冷たいものでも飲んだほうがいい。暑かったからね」
 そうエメをねぎらいながら、リュミエールは彼の肩を抱き寄せ、さも最初から二人で乗り込んでいた風に装った。……蒼が機体に留まっていることに、気づかれぬように。
「…………」
 コックピットの蒼は、イコンの高い視点を利用し、そのまま周囲の監視に入る。ここならば、多少離れた箇所の異変にも気づくことができるだろう。念のため、有事の際にはすぐさま警戒情報をメールにて送信できるように、設定もしている。
 砂漠の眩しい日差しに緑の目を眇めつつ、蒼は気配を殺し、監視を続けた。