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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

リアクション


(・黒き翼に抗う者達)


 イコンハンガー、レイヴンブロック。
「どうなさいましたか、天司君?」
「突然すいません、風間先生」
 天司 御空(あまつかさ・みそら)は強化人間管理課の課長であり、レイヴンの運用担当者でもある風間に会いに来た。
 この日はちょうど、風間がレイヴンの視察に来ていたのも幸いしていた。
「ウクライナでのレイヴンの暴走を間近で見て以来、色々と考えていました。その中で、ある仮説を立てました」
 御空の仮説。
 それは、ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)で制御すべきはイコンではなく、パイロット自身であるというものだ。
 レイヴンに積まれているBMIは、文字通り思念と連結いて運用されるものである。そしてイコンに自意識がない以上、イコンの意思にパイロットが影響されることは有り得ない。
 イコンにも意思があるのでは、と考えている者はいる。しかし、御空がパイロットとしてそれらしきものを感じたことはない。
 その一方で、覚醒に見受けられるように、イコンにはパイロットの精神状態を感知する機能はあるように思える。
 しかし、果たしてそうだろうか。
 発想を転換して考えてみる。
 イコンはパイロットの意識を感知しているのではなく、パイロットの意識に同調しているのだとしたらどうか。BMIはパイロットの意思を機械にフィードバックする機構だが、イコン自体がパイロットと同調しているのだとすると、パイロットはBMIによってデフォルメされた感情を、イコンに発信する際同調している自分自身へも発信していることになる。
 これが正しければ、パイロットの感情はイコンから影響を受けているのではなく、相乗増幅され単純に倍加しているに過ぎない、というわけだ。
「と、考えてみたんですが、これを証明するためにはリスクを負う必要があるんですよね。そこで、出来れば風間先生にご協力願えたらな、と」
 風間ならこの提案を受け入れるだろう。
 暴走の一件もあり、その原因を知りたいと考えているのは恐らく彼のはずだから。
「具体的には、何をするつもりですか?」
「ホークウィンドに、AIを積んでみたいんです」
「AI……ですか」
「幸い、と言いますか、俺達にはナイチンゲールがいます」
 ニュクス・ナイチンゲール。原初のイコンの制御者でもある存在。
「流石にあそこまでの精度のAIは無理にしても、彼女らに協力を要請すれば、劣化コピー位ならイコン用の人工知能も構築可能なのではないかと思ったんですが、いかがでしょう?」
「なかなか面白いですね」
 しかし、風間が首を横に振る。
「ですが、AIの導入にはいささか問題があるとホワイトスノー博士が仰っていました。それに、本当に『リスクを負う覚悟』があるなら、もっといい方法がありますよ」
「どんな方法ですか?」
「烏丸君が暴走したときの状況を再現する。もちろん、私の監視の下で、ですが。シンクロ率のリミッターを解除すれば、感情が『自分自身』にもフィードバックされているのを感じられるはずです。君の仮説が正しければ」
 風間が御空の目を直視してくる。
「それに私も、暴走の原因を解明したいのですよ。あまり貴重なパイロットを危険な目に遭わせたくはないのですが、君達ならば大丈夫でしょう。どうしますか?」
 その際、風間も仮説を御空に伝えてくれた。
 ブレイン・マシン・インターフェイスによって、機械と脳の間で情報のやり取りが行われる。イコンが人間の脳の思考パターンを認識し、人工知能として覚醒した可能性があると。
「とはいえ、厳密にはAIと呼べるほど『意識的』ではありません。パイロットの持つ強い感情のみに支配された――いわば、本能的な部分のみが現れたものでしょう。そして、イコンは一種の『力』として運用されています。そこには他者に対する攻撃行動が含まれる。その攻撃性のみをイコンが読み取ったとしたらどうなるでしょうか?」
 戦場において成すべきことを端的に言ってしまえば、「敵を倒す」ことだ。BMIによってフィードバックされたパイロットの思考により、イコンは他のイコンを倒すべき敵と認識する。しかし、味方の存在は認識出来ない。結果、自分のイコンは全て敵であるとして攻撃する。
「裏を返せば、パイロットにそういった強い感情や、攻撃性がなければ暴走することはない、とも言えます」
 今の御空は万全とは言えない。それでも、大人しく制限に従って操縦しているだけではBMIの本質に迫ることは出来ないと悟っていた。
「リミッターを外して下さい。やってみます」
 そしてレイヴンTYPE―Cへの搭乗準備を始めた。

「貴様が生きようが死のうが構わんが、犬死だけはしてくれるなよ。それをされては奏音が困ることになる」
 レイヴンの機体に向かうとき、クラウディア・ウスキアス(くらうでぃあ・うすきあす)が冷たく御空に言い放った。
「……分かってるよ」
 睨むようにクラウディアを一瞥し、コックピットに乗り込もうとする。
「天司君、零号……いえ、白滝さんの姿が見えませんが?」
「今回は俺一人だけです」
 白滝 奏音(しらたき・かのん)は、今ここに来れる状態ではない。そのため、イコンでの実戦訓練を御空は休んでいる状態だった。
「単身でのレイヴン搭乗は、何が起きるか分かりません。パイロットが一人な分、リミッターを解除したらそれこそイコンが感知する情報がダイレクトに君の中に流れ込むことになります」
「はい……承知しています」
 風間が一時的にリミッターを解除する。
「では、始めます」
 コックピットでBMIを通じて、自分と機体をリンクさせる。
「く……ああ……」
 激しい頭痛が御空を襲う。
 シンクロ率上昇に伴い、自分の中に何かが入り込んでくるのが分かる。
 これは、記憶か?
 それは入ってきているのではなく、外に出るために意識に浮かび上がってきたものだと、まだこのときは気付かない。
 そこで警報が響く。
「システム緊急停止!」
 BMIの接続が切れ、御空の意識が鮮明になっていく。
(あと少しで、飲まれるところだったのか……?)
 強制終了がかかる前に見たもの、それは『自分自身の姿』だった。
 コックピットから降りたところで、御空の記憶はぷつりと切れた。

「御空はどうなった?」
「脳を酷使し過ぎたため、意識を保てなくなったのです。続けていたら、確実に廃人になっているでしょう」
 レイヴンが実用段階に入る前には、無理がたたって後遺症を負った者だっている。
「……呆れたものだ」
 風間はすぐにデータをチェックする。脳波の乱れが40%から大きくなり、50%で強制終了となった。
(なるほど。天司君の仮説も的を射ているようですね。しかしこうなると、例えパイロットが万全な状態であっても、50%を超えると『増幅された感情』がパイロット本来の思考、感情を凌駕する。その逆転が、『飲まれる』という表現に結びつくということでしょうか。あるいは送られてくる情報量が、その者の処理能力を超えてしまったことによる副作用……)
 推測し、風間は不敵に笑った。
(これは非常に興味深い。利用しがいがありますね)

* * *


 御空達と入れ替わるようにして、茅野 茉莉(ちの・まつり)達がレイヴンTYPE―Eの前にやって来た。
「しかし、本当にやるのか?」
「所詮はデータでしかないシミュレーターで訓練して、何になるのよ。あたしはこの子じゃないとやーよ? この子と強くならないとね」
 不安そうにしているレオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)の言葉を歯牙にもかけず、レイヴンに乗り込む。
「整備と調整、頼むわよ」
 茉莉の指示を受け、レオナルドが調整を行う。
 今回のBMIのテストには、彼女に起こっている異常性の原因を検証するという意図がある。
 もっとも、茉莉にはその自覚がないが。
 ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)と共にコックピットに入り、BMIと自身を接続したら調整開始だ。
『ブレイン・マシン・インターフェイス、起動』
 脳波とシンクロ率の相関を注視しつつ、機体の各パラメーターを茉莉達に合わせて、レオナルドが調整していく。
 機体とのシンクロ率を上昇させる中、茉莉は自分自身に問いかけた。
(なぜ、イコンに乗るの?)
(なぜって、青いヤツを墜とすためよ)
 20%。
(本当に? 魔術を認めさせるためじゃなかった?)
(魔術……そうよ、科学よりも魔術の方が優れてるって、みんなに分からせるためだったわ。それは……今でも変わらないわ。今は魔術は使えないけど)
 もう一人の自分の声が、段々と鮮明になっていく。
 30%。
(使えない魔術をどうやって認めさせるというの? あたしは科学に負けた)
(違う!)
(だけど、適性があった。あたしに任せてくれれば、誰よりも強くなれる)
 40%。
 これ以上上げると危険だ。
 レオナルドがそこでリミッターをかけたらしく、それ以上は上がらない。
 だが、声は依然として彼女の耳に響いてくる。
(……強くなってどうするの?)
(力があれば、あの青いヤツにも勝てるわ。倒したいんでしょ?)
(もちろんよ。もう、二度とあんな思いはしたくない、仲間が死ぬのを見るのはもうたくさんよ……。たとえ、それが望まれなくても)
 心の奥底に眠るもう一人の自分がそれをあざ笑う。
(それだけじゃないでしょ? あたしは復讐したがっている。それは青いヤツだけじゃない。自分から魔術を奪ったこの学院のことも、心から憎んでいる。イコンの存在そのものに対しても激しい憎悪を抱いている)
(そんなことはない! 学院のみんなはあたしの仲間よ!)
(いいのよ、無理しなくて。それに、この前は楽しかったでしょ? 目の前で寺院のイコンがバラバラになっていくのが気持ちよくて、自分が強くなったと実感出来た。あたしに任せてくれれば、気に入らないものは全て消し去ってあげるわ)
(それは、たくさんの敵を殺すということ?)
(それが望みなんでしょ?)
(違う! こ、殺したいわけないじゃないっ!)
(嘘つき。教官と仲間を殺した相手を殺したくない、なんて思えるわけなんてない。徹底的に苦しめた上で、嬲り殺してやりたい。そのために強くなりたい、力が欲しい)
 もうやめて。
 調整を始めるまでは、力を手に入れるためには自分がどうなってもいいと思っていた。
 だが、茉莉は気づいた。
 このまま、この感情に全てを委ねてしまっては、もう戻ってこれなくなると。
(なんで抵抗するの? 答えはもう出ているのに)
(あたしはもう誰にも負けたくないのよ。たとえそれが……自分自身であっても。それに、あたしは一人だけで戦っているわけじゃない)
 もしこれが切羽詰った戦闘時ならば、彼女は完全に侵食されてしまっていただろう。
 この自問自答の意識は、ダミアンにも流れていた。
(三位一体にならないと全てを発揮することが出来ないと聞いておる。ならば我も力を貸そう)
 茉莉をこれ以上暴走させないために、彼女も意識を集中する。
(自分を御せぬようでは、ただの獣も同然だ。『飲まれる』なよ)
(ええ、もう負けないわ)
 そして、もう頭の中でささやくもう一人の自分に言い放つ。
(従うのはあなたの方よ)
(なぜ、これ以上苦しもうとするのよ?)
(あんたがあたしを強く出来るっていうなら、そんなあんたを屈服させれば、あたしはあたしのままでもっと強くなれる。そうでしょ!)
 覚醒、起動。
 次の瞬間、モニターからシンクロ率のパーセンテージの表示が消失する。
「これは……」
 覚醒は、BMIを使わずとも機体と一体化したような感覚を得るものだ。そのため、BMIによるシンクロ率の再計算が行われる。覚醒状態を考慮しなければ、シンクロ率が異常値を示してしまうからだ。
 数値が表示される。
 ――35.7%。
 そして、覚醒が解除されてもその数値は変化しない。
「頭痛が……やんだ?」
 BMIのシンクロ率は、上限を設定した場合、基本的にそれを超えることはない。しかし、パイロットの精神状態によって、わずかに振れ幅が生じる。
 しかし、今は35.7%のままぶれることがない。その数値が、茉莉、ダミアンとレイヴンにおける、今現在の最適性値であるということだろう。
 これで、レイヴンは完全に彼女に合わせて調整された、ということになる。これが機体に備わっている自動調整機能と連結し、彼女の状態に合わせてシンクロ率も自動的に変化するようになるだろう。
 それは模擬戦にしろ、実戦にしろ、一度実機を駆れば分かるはずだ。