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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


・その理由を


「これでよし、と」
 エルフリーデ・ロンメル(えるふりーで・ろんめる)はクーデターの報せを受けると、すぐに行動に移った。
 ホワイストノー博士がプラヴァーのサポートシステムを開発する際に参考にもした、ダークウィスパー間のデータ共有システムであるレプンカムイの開発機材を機密保持のため、消去する。
 海京で不穏な事件が起こり始めた年度末から、何か起こったときに備えてそのための準備は済ませてある。
 固定電話の受信をトリガーとして、一度目の受信で室内へのガスを充填させる装置を作動させ、二度目の受信で発火装置を起動、ガス爆発を起こすものだ。二つは別々の回線になっている。
 高度な情報ネットワークが敷かれている海京で、あえて固定回線網を使うことによって監視の目を逃れることも狙いの一つだ。
 ガスの充填を始めてから一定時間が経つと、機材のあるビルのフロアから管理責任者にガス漏れの一報が入るようになっている。音声も事前に録音済みだ。
 クーデター首謀者も要求を出した手前、答えを聞くまでは民間人を守る必要がある。無論、抵抗すれば取り押さえられはするだろう。基本的に一般人では、強化人間一人を相手にするのだって厳しい。
 ここで、原因不明の爆発事故が起これば、それを特定するために人手が割かれることになるだろう。また、首謀者は手始めにビルを一つ爆破している。エルフリーデが仕込んだものを、海京の人は首謀者の仕業だと考えても不思議ではない。PASDから海京に送られた契約者達が行動を起こすための時間稼ぎ程度にはなるはずだ。
『しかし、平然とレプンカムイ開発のために借りていたビルのフロアを丸ごと吹き飛ばすとは、このおなごやりおるなぁ』
 我がパートナーながら、末恐ろしい娘よ、と【戦術情報知性体】 死海のジャンゴ(せんじゅつじょうほうちせいたい・しかいのじゃんご)が感心していた。
 なお、レプンカムイのデータそのものは彼の中に記録されている。記録媒体であるがゆえの所業だ。
『娘といえば、情報・データを捕食し生きるわれにとってあのナイチンゲールというおなご達も興味深い』
 ああ、齧ってみたい。齧れば二人にどういう違いがあるのか分かるやも知れぬ。少しだけでいいから齧らせてくれぬだろうか。
 などと、心の呟きが文字列となってパソコンの画面を弾幕のように流れていく。これもまた彼が化身を持たない存在であり、情報機器を通して姿を見せているせいだろう。あまり融通が利かないらしい。
 が、当のナイチンゲールは生産ラインと輸送ルートの調整を行っているらしく、ここには出てこられないようだ。
「そういえば、あのビルを借りる際にうちの社員に何事かバラバラに指示を出してたけど、あれってサイコメトリ対策だったりするのか?」
 リーリヤ・サヴォスチヤノフ(りーりや・さう゛ぉすちやのふ)がエルフリーデに尋ねる。
「一部の指示はあたし経由で出させたり、他の用事ついでみたいな感じでやらせたこともあっただろ。借りた場所も、北地区と西地区の境目辺りであまりアクセスが良くないし、全部こういうことに備えてだったのか?」
「そうですよ。敵は外にいるとは限りませんからね。あえて古典的な手段ばかりとったのも、海京のネットワークが敵の手に落ちてしまった場合に備えてです。オフィスではなく外でやり取りをしたのは、サイコメトリ対策です。あえて西地区の外れにしたのも、国軍の駐屯地が近いからですよ。有事の際は唯一風紀委員に対抗出来る人達ですからね」
 大部分が一般人である海京警察では、特に戦闘能力において力不足だ。
「さておき、対F.R.A.Gの戦術を考えますか」
 解析作業に戻る。
 データ上のシミュレーションではあるが、ダークウィスパーの仲間の戦闘データと他の小隊のデータを比較しながら、検討していく。
「単純な性能だけなら、クルキアータよりネクストの方が上。しかし、クルキアータがベースと思われる四機のカスタム機は別格ですね」
 F.R.A.G.では『七つの大罪』と呼ばれているカスタム機の分析を進める。魔法らしき力を使う機体の原理はまだ分からないまでも、確認されている他の三機はいずれもエナジーウィングやエネルギーシールドを破れるだけの近接実体兵装を持っている。そしてパイロットの高い技量だ。カミロは言うまでもなく、F.R.A.G.第一部隊長は、データを見ると五月田教官やパイロット科長と同格であることが分かる。
 もう一機、女性的な白のクルキアータに関しては異常だ。戦闘データにそれが現れている。
(BMI、あるいはそれと同系統の技術が使われてそうですね。それを搭載せずにこの反応速度と機動をやっているのだとしたら、もはや人間業ではありません)
 単機ではまず勝てそうにない。
 他の二機に関しては、連携を密にすることで対応出来そうだが、魔法を使う機体とこの白のクルキアータへの有効な戦術はなかなか見出せそうにない。
 そこへ、ホワイトスノー博士が戻ってきた。
「そういえば、博士」
 一度、戦術の模索から離れ、気になっていたことを尋ねる。
「ブルースロートの兵装に関してエネルギーロスが問題なら、実弾系兵装や実体剣を装備させるわけにはいかないんでしょうか? 機晶カートリッジで稼働時間の延長も可能では?」
「エネルギーの問題というよりは、機能の問題だ。ブルースロートはネクストについていけるくらいの速度こそあるものの、運動性能は高くない。ビームライフルは装備しているが、あくまで自機が孤立したときの防衛手段だ」
 やろうと思えば実装は出来る。が、元々攻撃向きではないために装備を固定していたのだ。
「まあ、元となった【ナイチンゲール】が一切武器を持たない機体だ。戦闘での優位性よりも、調律者の意向――機体の存在意義を歪めないために制限しているのが実情だ」
 彼女を納得させるだけの理由と覚悟がなければ、ブルースロートの兵装を変えるのは難しいだろう。
「あと、ネクストに関しても従来の兵装の流用が出来そうですが……」
「それは可能だ。第一世代機で使えるものは、ネクストでも問題なく使える」
 固定装備というわけではなく、あくまでイーグリット・ネクストの基本形態として新式プラズマライフルと新式ビームサーベルは装備されているだけとのことだ。
 それらを元に、戦術を再考し始めた。

* * *


「さて、調整も大分終わってきたな。あとは、修正した仕様に合わせて基本的な整備を行うくらいか。どのみち、出撃する前に天沼矛での最終確認は必要になるのだからな」
 第二世代機の調整もいよいよ大詰めとなった。
「ホワイトスノー博士、調律者、話がある」
 雨月 晴人(うづき・はると)は二人に申し出た。
「世界に分断の危機が訪れ、仏像のような『アイリスのイコン』を見たとき、オレは、あれにイコンの真の力の一端を感じた」
「それで?」
 人形の少女は、試すような目で晴人を見上げていた。
「天学イコンの覚醒さえ、まだ本当の力を引き出せていないと思う。イコンはただのロボット兵器じゃなく、神や悪魔の代理だというならアイリスのイコンは『神獣』か『破壊神』とでも呼ぶのが相応しい。イコンの真の力の前には、世代の違いなど些細なものでしかないとオレは思う」
「で、何が言いたいの?」
「『覚醒』を誰もが使えるようにして欲しい。いたずらに力を求めるつもりはないが、このままじゃ世界は分断され、全ての契約者は死に絶える。それはシャンバラどころか、人類そのものの滅亡を呼びかねない。オレ達の仲間と、オレ達のフロンティアを守れる力が必要なんだ」
 コリマ校長は、「来るべき戦いに備える」と言っていた。それは今ではないように彼は感じていた。
「技術者は、自分の仕事に最後まで責任を持つもの。オレはそう思ってる。もし覚醒が悪用されるようなことがあれば、オレと仲間達が必ず止めるぜ。オーダー13なんてものを見せられた後だ。オレの大切な相棒も強化人間だし、その技術をあんな風に使う奴らは許せない。オレももう『イコン開発者の卵』じゃない。博士達と同じ、一人の開発者としての自負はあるさ」
 彼の訴えに対し、調律者は蔑みの目で応えた。
「貴方は何も理解していない。聖像をただの「力」としてしか見ていない人間には、決して認めさせるわけにはいかないわ」
「でも、このままだと世界が――」
「だったら滅んでしまえばいい。その程度で滅ぶ世界なら、それまでよ。それに、論理を飛躍し過ぎ。なんで世界が分断されたら全ての契約者が死ぬって分かるの? なんで契約者が死んだら人類の滅亡に繋がるの? 貴方の考えは、『契約者』が地球人、パラミタ人の双方より優れているという傲慢から来るものでしかない」
 晴人にとって問題だったのは、イコンのルーツを一切知らずに全てを知った気になっていたことだ。そんな人間がイコン開発者の自負があるなどとは、思い上がりも甚だしい。実のところ、彼はスタート地点に立ったまま動いていなかったのである。
「なぜ、わたし達が造った聖像が武器を内蔵していないのか。それは、兵器として使うことを想定していなかったからよ。効率だけ考えれば、聖像内部に武器を仕込んでおいた方がよっぽどいいわ。ほとんどが手持ち式、あるいは外装にマウントする形式になっているのもそのため。未だに『ロボット兵器』という言葉が口から出ているだけで、貴方には資格がない。それに、貴方が言う『神獣』だか『破壊神』だとか言うものは、そもそもわたし達が造ったものとは根本的に違うわ。あれやゾディアックは、初めから強力な聖像を造るという考えの元に造られている」
 サロゲート・エイコーンという存在を晴人は一括りで考えていた。だが、それを造った人の「想い」を理解しようとはしていなかった。
「そんなに力が欲しければ、自力で何とかしなさい。頑張って造ればいいわ。『破壊神』とやらを。一人の開発者としての自負があるのでしょう?」
 そして、静かに言葉を続ける。
「本当に守りたいものを守ろうとする人は、自分からそのための方法を見つけるものよ。わたしが造った聖像達の本当の力を解放しようとしたときのことを、思い出してみるといいわ」
 ただ求めるだけでは、足りない。口ではいくらだって奇麗ごとを並べることは出来る。
「恥を知りなさい、小僧」
 冷たく吐き捨て、調律者は制御室の方へと向かっていった。
「アイツは、史実においてイコンが強大な力を持つ兵器として使われ続けたことに対して、やるせない気持ちを抱えている。力が欲しい、と言ったところで無駄だ。そして私も、強大な力が人を歪めることを知っている。パートナーとして、イコンに対する想いは尊重したい」
 ホワイトスノー博士が調律者が向かった方角へ目を遣った。
「ただ、『覚醒』については教えてやる。イコンの動力炉から生成される機晶エネルギーは、本来相当大きいものだ。だが、罪の調律者はそれを兵器として使われることを恐れた。そのため、力を抑制したのが天御柱学院のイコンだ。『覚醒』とは、その動力炉が生成出来るエネルギーを、100%解放することだ。これは、天御柱学院系列の機体でしか出来ない。例えば、教導団のイコンはエネルギーを100%解放すると機体がその出力に耐え切れないため、ある程度抑制されている。アルマインや鬼鎧については、そういう力があるのかもしれないが、まだ解明されていない」
 天御柱学院のイコンに携わる多くの人は、当然の知識として知っているものだが、改めて博士の口から伝えられる。
「博士、提案」
 今度はアンジェラ・クラウディ(あんじぇら・くらうでぃ)が博士に意見を言う。
「プラヴァーは、初心者でも扱い易く高性能な第二世代機。でも『天学以外の熟練パイロット』は、乗り換えたくないんだと思う。彼らはきっと、思い入れのある機体で戦い続けたいと思ってる」
「別に、今の機体でいいなら乗り換えなければいい話だ。本当に二人揃って思い込みが激しいな」
 博士が息を漏らした。
「各学校専用のイコンに、第二世代機の開発で得られた技術で、アップデートを施すことも必要。何とかならない?」
「さっきも言ったように、イコンの技術は全部同じだというわけではない。アップデートが出来るとしたら、同じ技術を使っているものだけだ」
 それを理解しろ、とホワイトスノーは告げた。

* * *


「さて、いよいよ整備の時間ね」
 荒井 雅香(あらい・もとか)は新たにこのプラントで修正されたデータを元に、第二世代機の実機の整備に入る。
 シャンバラ電気のノートパソコンに、仕様書が送られてきた。無論、それ以外にも先のF.R.A.G.戦での戦闘データも持っている。そのときに次世代機に乗ったパイロットは、おそらく今後も搭乗することだろう。
 そのため、誰がどの機体に乗ったのか、機体ナンバーとパイロットデータを照らし合わしておく。
(控えておかないとね。あと、もし乗らないのなら設定のリセットをかけてすぐにパラメーター調整が出来るようにしておかないと)
 プラントには、F.R.A.G.との戦闘後に運ばれてきた十五機と、天沼矛にあった五機の未調整予備機、そして完成したばかりの十機がある。
 関節駆動部への負担を減らすことが求められているため、送られてきたデータを元に機体を直す。
(反動に対する衝撃を緩和する必要があるわね。そのためには……)
 ちゃんと整備方法も記載されている。特に、射撃をメインで行うパイロットがいる場合は、ここを特に念入りに調整しておかなければならない。
(内部の各種制御系、トリニティ・システム、共に問題なし、と)
 イーグリット・ネクストはただでさえ高い技量が要求される機体だ。内部のシステム系統に異常があったら、パイロットの命を脅かすことになる。そんなことは絶対に避けなければならない。
(ベルイマン科長や教官長だって、きっと向こうで戦ってる。だから、私はここで自分に出来ることを)
 やはり不安を感じてしまうが、その素振りを決して人には見せない。
『格納庫で作業中の皆様へご連絡差し上げます。機体の輸送準備が整いました。整備が完了した機体は搬出エリアまでお運び致しますので、お申し付け下さい』
 プラント内に、ナイチンゲールからのアナウンスが入る。
 あとは、海京が無事に解放されるのを祈るばかりだ。