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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第1回/全2回)
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「ねぇロビン、クリフォトに住めたりしないの? ていうかこれってクリフォトの一部って聞いたけど、本物の方と繋がってたりするの?」
「さぁ、どうでしょうねぇ。クリフォトは確か、魔王様の居城を兼ねていると聞いたような気がしましたが」
 その頃のぞみは、フィオーレに着替えやら日用品やらを詰めたトランクを載せ、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)にクリフォトの案内をさせていた。『イルミンスールに住んでるみたいに、クリフォトにも住んでみれば、もっとザナドゥのことがわかるかも』というのぞみの思いつきに、ロビンは半ば振り回されているのだった。
(そんなことより、ザナドゥ側に付くと言ってくれれば楽なんですがねぇ。……というかもう、騙して連れていけばいいのかな?
 僕の力でも、ここからザナドゥへ行くことはできそうですし。……あぁでも、簡単に通してくれるとも思えませんねぇ。ザナドゥに敵対する悪魔とその契約者まで通すことになりますから)
 悪魔としての本能的なもので、ロビンは地上に出ているクリフォトとその本体とでも言うべき存在とは地理的に繋がっていないこと、しかし悪魔であれば(契約者がいれば契約者も)行き来出来ること、しかし今は簡単には通れないだろうことを察知する。
「きゃっ! な、何!?」
 突如、樹全体が振動するように震え、のぞみが足を止める。フィオーレが低い唸り声をあげ、主に危険を知らせんとする。
(これは……どうしましょうねぇ。速やかに逃げるように言うことが、友人としての僕のすることなのでしょうけど……)
 しばし考え、そしてロビンが振り向き、微笑を浮かべてのぞみに告げる。
「もしかしたら、クリフォトに住めるようになるかもしれませんよ。今後次第ですけど」
「……それ、ウソじゃないでしょうね」
 訝しみつつも、のぞみはそれ以上追求するのを止め、揺れが収まるのを待つ。
(まぁ、悪魔ですからね。悪魔が魂を欲しがるのは、それは摂理というものです)
 悪気も悪意もなく、ただ、そうであると心に呟いて、ロビンが事態の推移を見守る――。


 アーデルハイトから迸る魔力は、そこにいた契約者たちに危機感を感じさせるのに十分なものであった。
 しかし……そんな状況にあっても動揺せず、自身の、あるいは仲間と計画した目的を果たさんとする者たちがいた。
「これはこれは、生徒の行いがミセス・ワルプルギスの機嫌を損ねてしまったようで。
 どうか怒りを鎮めていただきたい、ミセス・ワルプルギス。折角の機会を、このような形で閉じることになってはそれこそ興醒め。
 私は一度、お茶を飲みたいと思っていたのです」
 蝶の大群の中から現れる芸当をやってみせつつ、それを何でもない事のように坂上 来栖(さかがみ・くるす)が、今の状況を鑑みればおおよそ有り得ない物言いと態度で、アーデルハイトにお茶会への参加を持ちかける。
「……そのお茶会とやらに、我が加わる意味があるとでもいうのか?」
 しかし、アーデルハイトの魔力の増大が、ピタリと止む。乗って来たな、そう思いながら来栖が言葉を続ける。
「ミセス・ワルプルギスは失礼ながら、私達のことを“知らない”と見えます。
「敵が“見えて”いれば、私達より個体差において優のある魔族のことです、今よりずっと楽に侵攻を進められるでしょう。知らずにいたからこそ、先の戦いでは苦戦したのではないですか?」
 既に来栖の中ではある程度、目の前の人物がエリザベートのパートナーであるアーデルハイトとは別人であるという見当がついていた。そしてその人物はどうも、契約者や地上の様子にそれほど詳しくないことが感じ取れた。
「確かに貴様の言う通りだが、敵を知らぬのは貴様らも同じこと。
 そのような理由で我がテーブルにつくことは有り得――」
 ない、そう発されかけたのかもしれない言葉は、苦しむような呻きに取って代わる。何事かと契約者が騒ぎ出す頃、平静を取り戻したアーデルハイトが不敵な表情を作り、告げる。
「……よかろう。貴様らの余興に、付き合ってくれる」
「……ありがとうございます。折角ですし、皆さんもご一緒にいかがですか」
 一瞬見せた“異変”の原因を推測しながら、来栖が場の準備を進める――。

(ったく……敵の大将交えて茶会なんて、こいつら馬鹿なんじゃねぇか……?
 なんか考えてんだろうけどよ、どうにも嫌な予感しかしねぇんだが……)
 しばらくして、席についたアーデルハイトと来栖、真言、ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)クリームヒルト・ブルグント(くりーむひると・ぶるぐんと)相田 なぶら(あいだ・なぶら)を見、給仕を務めることになったカレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)が心に呟く。
「ほらよ、茶だ。冷めねぇ内に飲めよ」
「ああカレンさん、折角なんですからもっと愛想振りまいて。ホラ笑顔笑顔」
「なっ!? で、出来るかんなこと!」
 来栖にツッコまれて、カレンが声を荒げたりもしながら、各人の前にお茶とお菓子を並べていく。
「では……このような場に巡り合わせたことに感謝して」
 来栖がカップを持ち上げ、一口つける。他の者たちも同じように口をつけ、一息ついたところで、なぶらがおもむろに口を開く。
「俺は俺で、超ババ様がイルミンから出て行ったと聞いて、心配してたんですよ。その理由も、イルミンから造反が出た所為だと聞いたので。
 俺も、先の戦争ではエリュシオン側として戦っていたので、気になっていたんです」
 シャンバラとエリュシオンの間で勃発した戦争では、様々な理由からエリュシオン側について戦う契約者が少なからずいた。カナン内戦の際にもやはり、ネルガル側について戦う契約者がいた。
「ただそれは、俺が俺自身の信念の下に決めた選択です。そしてこれからも、相手が誰であろうと、俺自身が戦うべきと思った相手と俺は戦います。
 ……そう、それが例え貴方でも」
 言葉、そして視線を向けられたアーデルハイトが、フッ、と笑みを浮かべる。軽く見ているのか、それとも別の思いを抱いているのか、掴めない表情をひとまずそのままにして、なぶらは言葉を続ける。
「戦争が終結したから直ぐイルミンの味方、と言うのも都合が良すぎるかもしれません。それでも、俺にとってイルミンは大切な場所で、その危機を黙って見てるなんてできません。貴方がイルミンに牙を剥くと言うのなら、俺は貴方と戦います。
 ただ、貴方が元の超ババ様に戻る方法があるのなら、それに賭けてみたいとも思います。そしてその方法は此処、クリフォトにあるんじゃないかと思い、今回此方に赴きました。
 俺はしばらくの間、クリフォトの近くで超ババ様を見守りつつ、元に戻す方法を探したいんです」
「くく……はは、ははははは……」
 そこまで言ったところで、アーデルハイトが堪え切れなくなったように身体を震わせ、その後に笑い声をあげる。ひとしきり笑い終えたアーデルハイトが、居住まいを正して茶会の参加者に告げる。
「貴様らは狂っておるよ。信ずるもののためと言い、同胞や恩師に剣を向け、敵対する者に与しようとする。これほど同族の中で衝突し合う者たちが、どうして一大勢力を築けるのか、まったく理解に苦しむ」
「フッ、そうだろう。魔族である貴方には分からぬだろうな。
 確かに、人間は人間同士で衝突を繰り返す愚かな生き物だ。だが、そうして衝突し合った結果、統一した見解に辿り着いた人間の力は凄まじい。
 どれほど馬鹿げたものであっても実行に移し、そして叶えてきた人間たちを、俺は幾度と無く見てきた」
 ジークフリートが答え、口をつけたカップを置いて、アーデルハイトに高らかに宣言する。
「ここで貴方に、俺達は勝負を挑む。俺達が勝負に勝てば、俺達の言うことを聞いてもらおう。
 俺達が勝負に負ければ、俺となぶら、二人の魂を貴方に捧げよう」
 言葉を聞いて、少し離れた所にいたカレンは、自分の嫌な予感が的中したことを悟る。視線を向けた先に座るなぶらが、覚悟を固めた表情を浮かべているのを見て、どうすりゃいいんだよと頭を抱える。
「ああまったく理解に苦しむ。貴様らの戯言に付き合う価値もない……とするべき所だが、一旦着いた席だ、一度は付き合おうぞ。
 して、貴様は我に、何の勝負を挑む?」
 相手が勝負のテーブルに乗ってきたことを歓迎しながら、ジークフリートが勝負の内容を告げる。
「俺は今から貴方に、『誰一人として見たことがないもの』を提供しよう。
 提供することが出来れば俺達の勝ち、出来なければ負けだ。貴方は見ているだけでいい、楽なものだろう?」
「なるほど、その勝負は興味深い。是非とも私も加わらせてほしい。
 私は『二人が勝つ』に私の命をベットします。負ければ無論、私の魂もミセス・ワルプルギスのもの。もし勝ったとしたら、その時は私の御願も聞いて下さい」
 来栖も勝負に乗ることを表明し、三人の視線を受けたアーデルハイトが一言、「よかろう」と口にすると、ジークフリートはスッ、と片腕を上げる。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャ〜ン、メフィスト三世ですっ」
 その手に、“召喚”されたメフィストフェレス・ゲオルク(めふぃすとふぇれす・げおるく)が卵を置き、事前にジークフリートに頼まれた調理器具を手早くテーブルに並べていく。
「この卵の黄身と白身は、これまで誰一人として見たことがないものであることは間違いなかろう?」
 そう言って、ジークフリートが卵を割り、ボウルの中で砂糖と混ぜ合わせる。そこに牛乳、少量のバニラエッセンスを加え再度混ぜ合わせ、泡立った所へ砕いた氷の詰まったグラスへ注ぎ、最後にアーデルハイトの大好物であるシャンバラ山羊のミルクアイスを載せ、アーデルハイトの前に置く。
「『これまで誰一人として見たことがない黄身と白身』で作ったミルクセーキ、いかがかな?」
 置かれたミルクセーキを、アーデルハイトが口にしてふむ、と頷く。それ以上の言葉、反論がないのを見、ジークフリートが口を開く。
「俺からは……そうだな、クリフォトのことを教えてほしい。もう一つは……クリームヒルト、頼む」
 ジークフリートに話を振られたクリームヒルトが、自らの考えのもと導き出された提案を口にする。
「アーデルハイト……いや、ザナドゥ最高の魔王、と呼べばいいだろうか。
 どうかな、我らを獅子身中の虫として側に置いてみないか? ……なに、貴方ほどの実力者、いざとなれば我らをあっさり殺すことも出来よう。
 物語に盛り上がりを用意するのも、紡ぎ手たる貴方の務めであると思うぞ?」
 我らは貴方が信頼できる敵となりたい、クリームヒルトはそう締めくくる。
「私からの御願は、クリフォトへの観察・干渉をお許しいただくことです。
 その代わり私は番犬になりましょう。貴女に刃を向ける者いれば、勇み噛みつき追い払います。
 ですがくれぐれも褒美をお忘れなきよう、飼い主に手を噛まれる愚行は避けますよう。私は、貴女の信用ならない僕です、“ミスター”」
「……見守る者として、一つ忠告を。
 貴方は皆を『存在するに値しない者』と評価しましたが、余り嘗めない方が良い。
 嘗めたまま戦って、手痛いしっぺ返しを食らわないよう、精々気をつけてください」
 来栖、なぶらの言葉を聞いたアーデルハイトが、空にしたグラスを置く。

「……貴様らの言葉は聞き留めた。
 その上で我は貴様らを、このように扱おうぞ」

 直後、魔力の発生が確認されたかと思うと、アーデルハイトと契約者一行が囲んでいたテーブルごと、クリフォトの枝が大きく歪み、それらをまるで飲み込むように吸い込んでしまう。
「おっ、おい、なぶら――え、うわ――」
「真言――って、俺らもかよ――」
「マスター、マーリン殿――」
 彼らとは離れた場所にいたカレン、マーリンと隆寛も、やはりクリフォトの枝に開いた穴に飲み込まれてしまう。僅か一瞬の間に4組の契約者がクリフォトに飲み込まれ、そして後に残された契約者たちを、クリフォトの枝葉がうねり、今にも襲いかからんとしていた。
「おい、こいつはマズイだろ。このままここにいたら、クリフォトの養分になっちまう気がするぜ。
 ……ザカコ、おい、聞いてんのか、ザカコ!」
「……あ、ああ。……そうですね、悔しいですがここは一旦、撤退しましょう」
 ヘルに急かされながら、ザカコは『アーデルハイトに自我が残っているか』を考えていた。
(お茶会の誘いを受けた時、一瞬苦しむような仕草を見せたのは、大ババ様が中で大魔王に抵抗した結果ではないだろうか。
 賭けのテーブルに乗らせ、少しでも事態を大魔王の予想と異なるものにさせるために……)
 推測ではあるが、それが一番筋が通っているように感じられた。
「……大ババ様。もう一度、必ず助けに行きます。待っていて下さい」
 自身を奮い立たせるように口にして、ザカコがヘルと共にクリフォトを離脱する。他の契約者たちも、目的を果たす果たさないに関わらず、ひとまずクリフォトから離れようとする。
「結局、交渉は成功したのか失敗したのか、判断がつきかねますわね」
 HCを通じて、話の一部始終がイルミンスールに届いていることを確認したノートが、クリフォトから離れがてら望に話しかける。
 今のアーデルハイトはザナドゥの大魔王に操られている、はほぼ確信を得たと言っていい。4組の契約者が連れ去られたのは、まあ、彼らも思惑があってのことだろう。
(貴女は、私が敬愛し、お慕いし、師事したアーデルハイト様ではない。イルミンスールを愛し、イルミンスールの為に奔走したアーデルハイト様ではない。
 ……私は、アーデルハイト様からイルミンスールを護るように仰せつかっています。故に、次お会いした時には、杖を向けさせていただきますので)


 再び襲う揺れに、のぞみは同じように枝葉にしがみつく。その一方でロビンは、この揺れが先程のとは違うことを悟る。
(おや、今なら行けそうですねぇ。のぞみも行くことを望んでいるでしょうし、友人の望みを叶えるということで)
 そう結論付けたロビンが、のぞみを振り返り告げる。
「のぞみ、今ならクリフォトの本体まで行けますよ。どうしますか?」
 言うが早いか、ロビンが幹に手を触れると、人一人が入れそうな隙間が開く。
(……ここまで来たら、行っちゃうしかないよね!?)
 踏み込もうとして、のぞみは背後のフィオーレを振り向く。あの身体ではどうやったって、隙間をくぐれない。
「竜まではちょっと、保証できませんねぇ」
 行けるけど(隙間はどういう原理かくぐれるらしい)空気が合うか分からないと言われれば、流石に連れていくのは憚られる。しかし問題は、フィオーレを置いていくと、自分が黙ってこっそり出てきたことがバレてしまうのではないだろうか。
(でも、他に手段ないし……)
 結局悩んで、フィオーレにはイルミンスールに居てもらうことにして、のぞみはトランクを手に、ロビンの開けた隙間へ飛び込む――。