リアクション
(カノンちゃんだけど、意識は戻ったよ。また眠っちゃったけど) * * * 「くそっ、一体どこに消えたんだ……!」 天司 御空(あまつかさ・みそら)は焦っていた。 何の前触れもなく、白滝 奏音(しらたき・かのん)がいなくなった。精神感応で呼びかけても、まったく応じてくれない。 選択肢は二つだ。自分の意志で彼の声を無視しているか、応えることが出来なくなっているか。 どちらにせよ、何かトラブルに巻き込まれたとしか思えない。 「不覚、姫にもしものことがあれば悔いても悔い切れん!」 クラウディア・ウスキアス(くらうでぃあ・うすきあす)も御空と同じ心境のようだ。彼が従えているシボラのジャガーの嗅覚を頼りに、奏音の足取りを追う。 「そんなに慌ててどうしたんだ、御空?」 振り向くと、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の姿があった。 これからトゥーレに向かうところだったのか、パートナーのヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)とリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)も一緒だ。 「丁度良かった先輩! 奏音が行方不明になって……ちょっと一緒に来て下さい!」 「待て。まずは事情を聞かせてくれ」 困惑する真司に、奏音が行方不明になっていることを告げた。 「今度出撃するときのことも話していたのに……」 分からない悔しさで、奥歯を強く噛み締めた。 「事情は分かった。協力しよう」 ほんの少しだけ考える素振りを見せた後、真司が快諾してくれた。 「しかし……嫌な予感がする」 それには同意だ。一刻も早く、奏音を見つけなければ。 「御空、こっちだ」 クラウディアのジャガーが察知したらしく、案内するように駆け出した。 南地区を出て、西地区に入る。 すると今度は、和葉、ルアークと遭遇した。 「や、先輩達。ボクも一緒に行ってもいいかな?」 どうやら自分達の切羽詰った様子を見て悟ったらしい。 「構いません。むしろ、助かるくらいですよ」 万が一のときに備え、人手が多いに越したことはない。 このときはそう思っていた。 「でも、どうして?」 「ちょっと調べてることがあってね。そしたら先輩達にばったり、ってとこだよ」 和葉が近くの看板に触れた。サイコメトリを行っているようだ。 「この人は……風間っ!? でも、風間って死んだんじゃなかった? え、姿が変わって……これは一体?」 風間。 その名前を聞いて耳を疑ったが、奏音がいなくなったこの状況を考えると、納得がいく。それが本人にしろ別の誰かにしろ、そいつのせいで奏音がいなくなったに違いない。 「向こうだ」 クラウディアのジャガーの行く方向にあったのは、建設途中のビルだ。 その一番下のフロアに、奏音と風間がいた。 「奏音!」 二人の姿を確認すると同時に、御空が風間に向けて躊躇うことなく灼光のカーマインの引鉄を引いた。 「姫、御無事でしたか!」 クラウディアが彼女の元に走り寄ろうとする。 「来ないで!」 奏音が叫んだ。風間が何かこの場に仕掛けているのだろうか。 「風間課長。死んだって聞きましたけど」 風間が不敵に微笑んだ。 「死んだのは、私に成りすました天住君ですよ。私を生かしていたのは、クーデターの全てを私のせいにするためです」 「信じると思うのか?」 真司は、風間に向かって言い放った。 「……当然の反応でしょうね。証拠はあるのか、と言われればありません。ですが、私は諦めません。クーデターで死んでいった強化人間達のためにも、無実を証明し、研究を続けなければならないのですよ」 その語り口調は、まさにあの風間のものだった。 真司はそこまで多く面識があるわけではない。だが、レイヴンのテストパイロットになるにあたり、話したことはある。人当たりはよかったが、時折ヴェルリアへの視線が、まるで実験動物を見ているかのような感じだった。それに気付いたため、どうにもいい印象は持っていない。 「奏音、何してる、早くこっちへ!」 御空が叫ぶが、奏音はこちら側をキッと睨み、魔道銃を構えた。 「例え御空でも……先生の邪魔は許さない」 先生は無実だ。この人が――自分を認め、憎まれ役を演じてきた人があんなことをするわけはない。 口には出していないが、そういった奏音の思いが直接伝わってくるかのようだった。 だが、御空も銃を下ろさない。このまま膠着したままでは不味いと考えたのか、ロケットシューズで地面を蹴り、一気に加速してサイドワインダーで風間を撃ち抜こうとする。 しかし、奏音が何の躊躇いもなく御空を撃ったため、失敗した。 「馬鹿、何考えてるんだ奏音! その男が言ってることは全部――」 「記憶も名前もない人間の気持ちなんか、あなたには分からないッ!」 その一言が、御空の胸を貫いたようだ。 「奏音……」 そんな御空の前に、クラウディアが立ち塞がる。 「女子供に銃口を向けるなど、正気か貴様? 正義気取りの凶漢が、恥を知れ!」 レプリカ・クラウソラスを構えた。 彼はどんな理由があるにせよ、奏音を護り通すつもりらしい。 真司は気付いた。 対立し合うパートナー同士の様子を実に楽しそうに眺めている風間の表情に。 「あなた達が戦う必要はありません。御空さん、すいませんが……私達に任せて下さい」 ヴェルリアが戦闘態勢に入った。 「リーラ、頼む」 「分かったわ」 リーラが魔鎧として真司に纏われる。戦い難い相手だが、やむを得ない。 「――いつまで『演じている』つもりですか?」 風間からヴェルリアに向けて放たれた言葉に、彼女がびくっと身体を震わせた。 いつの間にか、風間の姿が彼女の目と鼻の先にあった。奏音や御空に気を取られていて気付かなかったのだろうか。 「周囲に合わせて、自分を抑え付ける必要はないのですよ。今、『解放』してあげましょう」 風間の手がヴェルリアの頭に触れた。 それが離れた瞬間、彼女が声を出して笑い始めた。 「ふふ、ようやく出てこれたわ。もう、邪魔される心配はない。あの人形は完全に消えたわ」 次の瞬間、真司達に向かってパイロキネシスを放ってきた。 「まさか……!」 ヴェルリアの瞳の色が赤くなっていた。前に一度、そうなったことがある。 記憶を失う前の、彼女本来の人格。それが風間の手によって完全に目覚めてしまったのだ。 「気分はどうですか?」 「最高ね。とっても清々しいわ」 髪を掻き分け、毅然とした様子で堂々と立っている彼女から、普段の面影は一切感じられない。 「さて、では二人とも頼みますよ。後でまた合流しましょう」 だが、そこへもう一つの影が突如として現れた。 「カノンちゃん!」 和葉が声を上げた。 「もう回復したのですか。やっぱり、あのときちゃんと処分しておくべきでしたね」 「設楽……カノンッ!」 彼女が来たことで、奏音が激しい敵愾心をむき出しにした。 「零号、ちょうどいい機会です。第一号の処分は君に任せます。今の君は、もう彼女を超えているはずですよ」 その言葉を受けて、カノンを護るために和葉とルアークの二人が彼女を挟み込むような形になる。 「約束したからね。絶対に護り抜くって」 そして、カノンが風間に向かって静かに告げた。 「あなたをこのまま見逃すわけにはいきません。風間課長、いえ――黒川君」 黒川。彼もまた、死んだはずの人間だ。 「教えてもらいました。眠っているときに『黒のバカ張った倒して来い。頼むわ、お姫様』って、ブラウ君から。でも、そんなことはどうでもいい」 風間を睨みつけた。 「あたしを利用して涼司君を弄んだ男の顔したヤツが目の前にいる。あなたをぶっ倒す理由なんてそれだけで十分よ!」 やはりそれが一番のようだ。 次の瞬間、風間に向かって御空の銃弾が放たれた。しかし、風間に当たると同時に彼の姿が消滅した。 『残念ですが、もうそこにはいませんよ。一体いつから、私がそこを動いていないと思い込んでいたのですか?』 まったく気付かなかった。 幻影。それは、管区長である黒川が得意とするものだ。あの男はやはり風間ではなく、黒川なのだろう。 「先生の元には……いかせない!」 「解放してもらったし、少し手伝ってあげるわ」 仲間であるはずの二人の強化人間が、立ちはだかった。 |
||