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リアクション
一〇
オウェン、高峰 結和、クローラ・テレスコピウム、セリオス・ヒューレーの四人は、カタルを追っていた。
御前試合の出場後、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)はパートナーであり主人でもあるベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)と合流し、ようやく彼らに追いついた。
「最悪じゃねぇか……」
ベルクはオウェンを睨んだ。
「ったく、中途半端に育てっからこんなことになるんだっつの。もーちょいガキらしく育てりゃよかったものの……」
「かもしれん。だがあの時は、これが最良だと思われたのだ。あの子が泣くたびに飼っている鶏が死ぬんだ。他にどうしようがあった?」
ベルクは苛々と舌打ちし、オウェンから視線を外した。
「で? 止める方法は? あるんだろ?」
「いくつかある。が、容量がいっぱいになるまで生命エネルギーを吸い込ませる方法は、既に失敗した。続けてもいいが――」
オウェンは、カタルが進む方向に目をやった。その先には、ミシャグジを封じた洞窟がある。
「事ここに至っては、恰好の餌となる。万一、そのエネルギーをミシャグジに取られては元も子もない」
「……で?」
オウェンは己の目を指差した。
「抉る」
「なっ!?」
ベルクは唖然とした。傍らで聞いていた結和も顔色を変える。
「馬鹿言うな! 他に方法はねぇのか!?」
「後は、――」
「いや、いい。それ以上は言うな」
それ以外に方法があるとすれば、おそらくは一つだ。聞きたくもなかった。
「何の解決にもなってねぇじゃねぇかよ……責任、取るんじゃなかったのか?」
「取るさ。全て、終わったらな」
「他に、あるはずだ。何か」
「あるなら、教えてくれ」
「『風靡』だ。あれなら……」
オウェンはかぶりを振った。
「手元にない物を当てには出来ない」
「誰かが、持ってきてくれるかもしれねぇだろう」
「それを待つのか?」
「もう少しだけ。俺が、時間を稼ぐ」
「マスター?」
ベルクは、武器と防具を一つ一つ、外していった。
「フレイは危ねぇから待ってろ」
「マスター、あまり無理はなさらないでください。倒れられたら、家臣の私の立場が御座いません。それでその……」
フレンディスはマフラーを外し、白い首筋を露わにした。
「一つお願いが御座います。私の血を吸って、少しでも体力を回復して下さいませぬか?」
生命エネルギーを吸い取られた後では、それも出来ぬと聞かされ、フレンディスはせめて今の内にと懇願した。
ベルクはごくり、と唾を飲み込み、慌ててマフラーを巻き直させた。人前で肌蹴るのはよせと言いたいが、どうせフレンディスには通じない。
「大丈夫だ。俺には【リジェネレーション】があるからな」
それもどれほどの効果があるか分からないが、せめてそう言っておけば、フレンディスの憂いも軽減されるだろう。
ベルクは、特別に何かするつもりはなかった。全力で【リジェネレーション】を自身にかけ続け、カタルを後ろから羽交い絞めにした。
カタルは自分を止めるものが何か、理解できないようだった。何度か前へ進もうともがくが、無理矢理、何かをするわけでもなかった。
ベルクは自分の中から、力という力が急激に失われていくのを実感した。
「ちったぁ……大人しく……」
奪われる体力を【リジェネレーション】で補う。だがそれ以上に、抜けていく。傍から見れば、オーラのようなものがカタルの「眼」に吸い取られているのだろうか、とベルクはちらり考えた。
「何てことだ……」
カタルの暴走が始まったとき、傍にいた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)と龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)は、真っ先に生命エネルギーを吸い取られた。
その時は「眼」がうまく機能していなかったらしく、しばらく休んだことで再び動けるようになっていた。だが、その間に事態は、
「悪い方向に行ってますね……」
「灯!」
「はい!」
「いくぜ、変身! ケンリュウガー、剛臨!」
「カード・インストール!」
灯がたちまち牙竜の鎧へと変化する。
「どうする気だ?」
と、オウェン。
「説得する」
「無駄だ。言葉は通じん」
「俺は心理学と説得が特技の一つなんだ」
オウェンは目を丸くした。しかし、牙竜は至って大真面目だ。
「心を込めれば、きっと通じる」
「待て!」
牙竜はオウェンの制止を振り切った。
ちょうどベルクから離れていくところだった。フレンディスが主人をかき抱くのが見えた。牙竜は、二人から十分距離を取り、カタルの前に立ちはだかった。
カタルの目を真っ直ぐに見つめる。少年の瞳は、何も映していなかった。右目は空洞で、左目には光がない。
そして牙竜は、おもむろにカタルを抱き締めた。
「カタル、落ち着け、力に飲み込まれるな! 大丈夫だ、お前は悪くない、だから――」
それはカタルの父、トサクの最期の言葉だった。今となっては、彼が何を言おうとしたのかは分からない。だが牙竜は、その続きを自分の言葉で紡ごうと思った。
「――だから、その力から……いや、周り全てから目を逸らすな……。たった一人、絶望の底にいるように思うだろうが、誰かがカタルを支えてくれている……誰かがカタルを愛してくれている……だから、一言『助けて!』と……その一言が光となり絶望からお前を救ってくれ――る――」
装備した破壊のプリズムが、太陽の光を牙竜の生命力へと変えてくれていた。だが、それも長く続かなかった。どさりと音がして、灯が裸体を晒していた。
「灯……」
返事はない。呼びかける牙竜の声も、力がない。
膝に力が入らない。ふわふわし始めた。だが、倒れるわけにはいかなかった。カタルが目覚めたときに自分が倒れていたら、少年はまた絶望へと叩き込まれる。
腕の中から、カタルが抜け出す。それを止めることは、もはや牙竜には出来なかった。
――カタル……オマエは一人じゃないぜ……。カタルを救うために集まった人々の心こそ、絶望を払う光だ!
「……見事だ」
オウェンは唸った。
カタルは歩き続ける。
だが、牙竜は大地に足を踏み締めていた。意識を失くしても、尚。目を見開き、拳を握り。
それはヒーローとしての意地であり、誇りであった。
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