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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~

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【四州島記 巻ノニ】 東野藩 ~擾乱編~
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第十一章  印田

「萌黄!聞こえる?奈津だよ!――って、だから声に出してもダメなんだって!」

(何時まで経っても、【テレパシー】を使おうとして声に出しちゃう癖が治らないなぁ……)

 と思いつつ、結城 奈津(ゆうき・なつ)は、もう一度意識を集中する。

(萌黄、萌黄!あたしだよ、奈津だよ!――聞こえる?)
(奈津?どうしたの、何かあった?)

 結城 奈津(ゆうき・なつ)の【テレパシー】での呼びかけに対し、秦野 萌黄(はだの・もえぎ)からはっきりとした返事が返って来た。

(ううん。ただ、萌黄大丈夫かなって思って)
(うん。僕は大丈夫。みんな、良くしてくれるよ)


 萌黄は今、工場を包囲している暴徒たちの中にいる。
 うっかり暴徒たちの密談を盗み見している所を気付かれてしまい、咄嗟に「仲間にしてくれ」と言ってしまったのである。
 萌黄はそれ以来ずっと彼等と行動を共にしており、奈津たちとはもう何日も会っていない。

 奈津は初めのうちこそ「ど、どうしよう師匠!萌黄が暴動に巻き込まれてるよ!」と慌てふためき、師匠のミスター バロン(みすたー・ばろん)に叱責されていたが、最近は随分と落ち着いてきた。


(男の人たちは殺気立ってる人が多いけど、女の人はそうでもない人が多いからね)
(女の人って……そんなに沢山いるの?)

 奈津は、包囲の輪からほど近い大木の上に、【迷彩塗装】で身を隠しながら交信しているが、暴徒の中に女性らしき姿はほとんど見られない。

(女性と子供は、みんな一箇所に集められているんだ――危ないからって)
(子供もいるの!?)
(うん。でも、あんまり数は多くない。やっぱり、みんな子供を連れてくるのは抵抗があるみたいで、預けられる人は預けて来るから。その分みんな、僕のことを自分の子供みたいに可愛がってくれるよ)
(そう、良かったね)

 暴徒の中にいる萌黄が嫌な思いをしていないと知って、奈津はホッとした。

(うーん。それが、そうでもなくて……)
(ど、どうしたの萌黄?やっぱり邪険にされてるとか?)
(違うよ、そうじゃなくて……説得が、上手くいかないんだ)
(説得?)

 萌黄は自分の話を聞いてくれそうな大人に対し、包囲をやめるよう、折に触れて訴えてきた。
 訴えるといっても、直接的にではない。
 あくまで「怖がる子供」という立場から、「こんな事をして後で逮捕されたり、処罰されたりしないだろうか?」とか、
「侍や地球の兵隊たちが来て、殺されてしまうんじゃないだろうか」と言って、彼等の不安を煽っているのである。

(でも、みんな「子供のお前が心配するようなことじゃない」とか、「自分たちの後ろには偉い殿様がついてるんだから、安心しろ」とか言って、聞く耳を持たないんだ)
(その「偉い殿様」ってのが誰かはわからないの?)
(うん。みんな、教えてくれないんだ。いや、というか――)
(というか、何?)
(どうもみんな、知らないみたいなんだ)
(え?知らないの!?)
(いや勿論、この暴動を指揮してるような人は知ってるんだろうけど、僕たちの所までその名前が伝わってこないっていうか……。みんな「殿様」としか読んでなくて……)
(それじゃあさ、その指導者はなんていう名前なの?)
(あぁ、それならわかるよ。確か……そう!遊佐 堂円(ゆさ・どうえんとか言ってた)
(ゆさ、どうえん……?どっかで聞いたコトがあるような……)
(あ、奈津!誰か来たみたいだ。気付かれるとマズイから、また後でね!)
(うん、わかった。気をつけて!)

「うーん……。ゆさどうえん、ゆさどうえん……。何か、昔どっかで聞いたコトがあるような気がするんだけどなー。誰だったかなー」

 萌黄との交信が途絶えた後も、奈津はそればかり考えていた。



 同日同時刻――。

 印田からほど近い、遠野大川の街。
 永倉 八重(ながくら・やえ)高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)は、この街のとある会合に出席していた。

 父の仇三道 六黒(みどう・むくろ)の影を探し求める八重は、彼の一党が、この国の攘夷派の侍たちと接触を図るのでないかと考え、情報収集に当たっていた。
 咲耶は、何か会った時にすぐに兄のドクター・ハデス(どくたー・はです)と連絡が取れるよう、八重と行動を共にしていた。

 攘夷派の侍のフリをして、各地の講演会などに出席している内に、八重は、自分の先祖であり、新選組二番隊隊長として戦った永倉新八と、今の自分を重ね合わせることが多くなっていた。
 勿論、平和的な開国を求める八重の心情に変化がある訳ではないが、講演を聞いている内に、攘夷派の考えにもある程度共感できるようになって来たからかもしれない。
 それに何より、攘夷派の侍たちの持つ「純粋さ」と「ひたむきさ」には、八重も惹かれる所がある。

(でも、純粋でひきむきなだけなら、円華さんだって負けてないよね――侍じゃないけど)

「ねぇ、八重さん?」
「ん?なぁに?」

 咲耶の声に、八重は自分の思いから引き戻された。

『今日講演する人って、本当に六黒さんなんでしょうか?』
『葦原島の開国に反対して、明倫館と戦い続けてきた人だっていう条件は、ピッタリだよ?』
『でも私、あの人が演説する所とか、とても想像つかないんですけど……』
『た、確かに……。でもまぁ講演に来なくても、姿を現すことだったあるだろうし……』

 二人が小声で話し合っている内に、急に場内がシーンとし始めた。間もなく、講演が始まるのだ。
 すぐに侍の格好をした男が、壇上に姿を現した。
 年は30歳になるかかならないかぐらいだろうか。立ち姿が凛としていて、美形といってよい顔立ちをしている。

『やっぱり、六黒さんじゃなかったですね。でも、カッコいい人……』

 咲耶は、ポーッとした顔をしている。

『うん、確かにカッコいいね。けど……』
『どうしたんですか、八重さん?』
『何か、どっかで見たことあるような気がするんだけどな……。気のせいかな……』

 必死に記憶の糸をたぐる八重を他所に、壇上の男は皆に一礼すると、話し始める。

「今宵は、これ程多くの方々にお集まり頂き、感謝の言葉もありません」

 男の涼やかな声が会場内に響き渡る。

『うわ……声までカッコいい……』

 咲耶は、いよいよ食い入るように男を見る。

「私は、遊佐 堂円(ゆさ・どうえん)。志を同じくする勇士たちと共に、金鷲党(きんじゅとう)という組織を作り、葦原島を外国勢力の搾取から守るべく、戦っていました」

『ゆ、遊佐堂円に、金鷲党ですって!?』
『ど、どうしたんですか、八重さん?』

 八重は、思わず叫びだしそうになった。
 金鷲党は、二度に渡って二子島(ふたごじま)に立て篭もり、ハイナや円華たちと戦った攘夷派の武装闘争組織。そして遊佐堂円は、その指導者だった男である。
 「だった」と過去形になっている通り、堂円は二子島の戦いで、既に死亡したはずである。

(その堂円を名乗る人物が現れるとは――)

 八重は、壇上の人物を食い入るように見つめる。
 すると、八重の視線に気づいたのか、堂円を名乗る男も八重を見た。
 男の口元に、ほんの僅かな、よく見ていないと気付かないような、薄い笑みが浮かぶ。

「皆さん、折角こうしてお集まり頂いたのに、残念なご報告をせねばなりません。この会場内に、開国派のスパイがいます――あの女性です!」

 堂円は、まっすぐ八重を指差した。

「あそこにいる二人の女性は、四州開発調査団のメンバー、つまり開国派の尖兵です。早く、捕まえて下さい!」
「うわ、何かバレてますよ、八重さん!」
「逃げるよ、咲耶さん!!」
「は、ハイ!」

 幸い、周りの人間は突然の成り行きにまだ完全に対応できていない。
 八重は咲耶の手を引いて、会場の出口へと殺到する。
 慌てて行く手を塞ごうとする侍を、鞘に入ったままの《大太刀【紅桜】》の一撃で倒すと、八重は咲耶と共に会場を脱出した。

(どうしてまた、堂円が……。いやそれより、この四州にも金鷲党の生き残りが侵入していたなんて……)

 追っ手を避けるため、裏路地の物陰に身を隠しながら、八重は、そのことばかり考えていた。



 東野藩は印田にある、アメリカ企業の工場建設予定地。
 今そこは、建設計画の白紙撤回を求める暴徒たちによって、グルリと取り囲まれている。
 その包囲の輪を見下ろす高台に、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の姿があった。

「皆さん!今日が、我等が『魁!四州塾』の最初の授業です!」

(わずか数日で、ここまで来れるとはな――)

 牙竜は、高らかに開講を宣言しながら、ここまでの道を振り返っていた。


 ――話は、一日前に遡る。

「私塾――ですか?」
「はい。四州の人達が、今の四州に足りない物を日本や米国、シャンバラの人達から学ぶための場所を作りたいんです」

 樹月 刀真(きづき・とうま)からの意外な申し出に、五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)はそうオウム返しに繰り返した。

「一度国を開いてしまったら、今後は東野のみならず四州全体で、今回のような事件が起きるでしょう。そのたびに外国の力を借りていては、いずれ四州は昔のインドや清国のようになってしまうかもしれません。そうならないためには、自分たち自身の手で問題を解決する力を持つしかありません」

 円華の傍らにいる御上 真之介(みかみ・しんのすけ)は、刀真の言葉にじっと耳を傾けている。

「まずは今の四州に足りない物を日本や米国、シャンバラ各地の人達から学び、四州の発展のために役立てる。そして将来的には四州独自の文化や技術を、地球やシャンバラの人達に伝えていくことが出来れば、と考えています」
「『夫れ大事を済すには、必ず人を以って本と為す』――まずは人材の育成が第一と」
「そうです」
 
 御上の言葉に、「我が意を得たり」と頷く刀真。

「スゴイ……!素晴らしいアイデアですよ、刀真さん!!」

 刀真の提案に、目を輝かせて喜ぶ円華。

「あ、有難うございます……」
「あの……、どうかしましたか?刀真さん」

 微妙な顔をしている刀真を見て、不思議そうな顔をする円華。

「いえ……。実は、このアイディアは自分一人で考えた事ではないので、そう手放しに褒められるとバツが悪いというか何というか……」

「誰と、相談して決めたんだい?」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)です」
「武神君か。それで、彼は?」
「早速月夜や灯と、入塾希望者を勧誘しています」

 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は刀真の、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)は牙竜のパートナーである。

「『善は急げ』ですか!皆さん、ヤル気マンマンですね!」

 私塾構想が既に動き出していると聞いて、嬉しそうな顔をする円華。

「はい。牙竜のヤツ、南濘公と話をして色々と思う所があったらしくて――それで、出来れば私塾の開講にあたり、四州に進出している企業に協力をお願いしたいのですが……」
「友好の印――と言う訳だね?」
「はい。四州と地球の人達の『絆』を結ぶにも、役にたつと思います」
「とってもステキなお話です、刀真さん!早速、調査団や企業の方々に提案しましょう!ね、先生!」
「落ち着いて下さい、円華さん。提案しようにも、計画が白紙じゃ企業の方々も話に乗りづらいですよ。私塾の概要や規模を決めて、ある程度の予算なり見積もりなりを出してからでないと」
「そ、そうですね――。すみません、私ったら。刀真さんのお話を聞いたら、居ても立っても居られなくなっちゃって……」

 御上にたしなめられ、顔を紅くして小さくなっている円華。
 そんな円華を、刀真は目を細めて見つめる。

「世界中の人達をつなぐ『絆』をつくりたい」

 その理想の実現のために一途に情熱を燃やし、そしてその情熱故に失敗することもある。
 そんな円華を刀真は、親愛と羨望の念を込めて、『ドジっ子円華ちゃん』と呼んでいる。

「そういう事でしたら、下調べは俺たちの方でしておきますよ。お二人共、忙しいでしょうから」
「いいんですか?」

 刀真は、そう言って笑う。

「わかった。それじゃ、悪いけどよろしく頼むよ」
「すみませんが、お願いします」
「任せて下さい」

 刀真は、二人に請け合った。 


「――樹月君、ちょっと」
「はい?」

 部屋を出たところで、刀真は、御上に声をかけられた。
 そのまま廊下の角へと連れて行かれる。

「今の私塾の話だけど……。円華さんの前ではちょっと言い難かったんだが、多分実現には時間がかかると思う」
「というと?」
「僕もそれほど詳しい訳じゃないんだが、さっき言ったような類の塾を開設するには、たぶん藩主の裁可が必要になると思う」
「裁可――?」
「ああ。子供相手に読み書き算盤を教えるような塾なら問題ないんだけど……。多分に思想的な事を教育する場合には、事前に藩の審査を受け、さらに藩主の許しを得る必要があるらしいんだ」
「藩主って、でも豊雄公は――」
「そう。今豊雄公は、判断を下せるような状態にない」

 実際には、東野藩の現藩主広城豊雄は死んでいるのだが、公には瀕死の重体と言うことになっている。

「でも筆頭家老の重綱殿がいるじゃないですか?」
「筆頭家老が藩主に代わり判断を下すのは、緊急性のある案件のみだよ。私塾の開講が一月位遅れたところで、藩は困らないだろう」
「それは……確かにそうです」
「――まぁとはいえ、一月ただ黙って待っているというのも時間がもったいないからね。今のうちに、生徒の勧誘を始めておいたらどうだい?キミや武神君が個人的に有志を募る分には、藩も文句は言わないだろう」

 一旦は落ち込みかけた刀真だったが、その顔が見る間に明るさを取り戻していく。
 
「は、はい!」
「頼むよ。外国について学びたい人がいないか、僕の方でもそれとなく当たってみるから」
「わかりました!」

 刀真は、御上の言葉に力強く頷いた。


 ――あの後、4人で方々駆けずり回って集めた塾生の数は、10名程。

 まだ形すら無い、しかもただの私塾に身を投じようという者がコレだけいたというのは、牙竜たちにとって嬉しい誤算である。
 塾生は、東野藩の侍あり、商人あり、農民あり、金持ちあり貧乏人ありと、出自も経歴もバラバラだ。
 見る人が見れば何ともまとまりのない集団に見えるだろうが、牙竜は「この混沌の中からこそ、新しい何かが生まれるのでは?」と期待を抱いている。
 と同時に、若干の不安もあった。
 将来的にはともかく、まだ塾としての体裁の整っていない現段階では、生徒たちの教師は、自分が務めなければならない。


「今、あの印田の工場予定地では、アメリカ企業『オーバスクラフト』社の工場建設の差し止めと、土地の返還を求める農民が暴徒となって押し寄せ、警備員と睨み合いが続いています」

 牙竜が眼下を指差す。

「今あそこで、我々四州開発調査団のメンバーである契約者が、何とかしてこの対立を平和裏に解決しようと、活動しています。その一部始終をその眼に焼き付けて下さい!」

 牙竜の言葉に、皆力強く頷く。


「自分を含めた契約者たちが、四州を含めたこのシャンバラ全体の問題の解決に尽力している姿を見てもらおう」

 そう思い立った牙竜が最初の授業に選んだのが、この印田の暴動であった。
 地球とパラミタの繋がりを一番象徴する存在である「契約者」について、まずは知ってもらうというのだ。

「牙竜殿、質問があります。包囲しているだけなら暴徒とは呼ばないのではないでしょうか?それとも彼等は、既に何か暴力行為をしたのでしょうか?」

 早速、生徒の一人が手を挙げる。
 まだ若い、侍の師弟だ。その眼は強い意志の力に溢れ、全身からヤル気が漲っている。

(果たして、俺に教師が務まるのか――)

 開講を決めてから常に心の何処かにあったその迷い。それが、生徒の顔を目の前にして、みるみる消えていく。

(生徒に迷いがないのに、教師である自分が迷っていてどうする――!)

 牙竜はすぅと小さく息を吸い込むと、腹に力を込める。
 これで、腹が据わった。

「はい。残念ながら、彼等は既に暴徒と呼ばざるを得ません。最初に彼らが工場予定地に現れた時、敷地を囲むフェンスを破り、無理やり中に入ろうとしたのです。その時の小競り合いで警備員の何人かが怪我をしたと聞いています。その後、警備員が催涙ガスを使用したために、彼等は突入に失敗。以来ずっと、睨み合いが続いているのです」
 
 自分でも驚くほどスラスラと、言葉が出てくる。

「そうなのですか……。わかりました、有難うございます」

 その生徒は、納得したように頷く。

(よし……!上手くいった!)

 初めての解説をそつなくこなし、手応えをえる牙竜。
 こうして四州塾は、その第一歩を踏み出したのであった。