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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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 そうやって侵攻を防ごうとする彼らの盾となるように、超獣の衝撃波の発する瞬間、音の壁を展開させて緩和を続ける白竜は、一方で、美幸が八節に切り分けた地輝星祭の唄を組み替えて、スピーカーと美幸の音波銃を使って、その効果を計っていた。
「さっきより……効いている……?」
 何度目かの実験で、はあ、とつくリンが大きな息を吐き出し、横で肩を上下させるプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)の頭を励ますように撫でた。かれこれ、ずっと歌い続けているのだ。時折役を交代する形で、美幸が音波銃で応戦しているが、それでも負担は免れない。ギャザリングヘクスを手渡す未憂も心配そうな表情を隠せない。
「……ごめんね、無理はしないでって、今は言えないの」
 本当は、疲れたら休んでいて、と未憂も言いたいところだが、今は一人でも多くの力を必要としているのだ。断腸の思いで「頑張って」としか言えない未憂の葛藤に、プリムは首を振って、大丈夫だと示す。
 通信から聞こえてくるその様子に、同じように「休んでいて」と言うことの出来ないフレデリカは、結界を背に、努めて冷静に「大分、効果は出ているわ」と告げた。
「後何か……一つでも、何らかの要素がきっちり流れれば、おそらく有効な武器になるはずよ」
 そう言ったフレデリカに、その隣で、歌の効力を上げるために魔術的な補強を行っていたルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)も頷いた。
「歌は、詩ですから……組み替えられた要素を、更に繋げることができれば」
 恐らくは、呪文と似た効果を発揮するだろう、と、続ける。
「遺跡の調査に向った方々が、その何かを見つけてくださるのに期待しましょう」
 そんなルイーザの言葉に、そうですね、と白竜が頷いた、その時だ。
 結界の設置のために、森を走り回っていたニキータ達から通信が入った。
『はあい。無事?』
 厳しい状況でもそれを表すまいとするようなニキータの明るい声に、白竜が僅かに目を細めた。
「結界の状況は?」
『順調よ』
『土台は八箇所全て完了してる。柱の設置も問題ない』
 敬一からも報告が入り、更には、イルミンスール側の協力もあって、結界の強化も叶うかもしれない、というのに通信を耳にした者たちに僅かに安堵が広がったが、それも一瞬。
『それより、そっちこそ大丈夫なの? ポイント、近づいているわよ』
 前線の波状攻撃によって、超獣の侵攻速度は相当に鈍くさせたはずではあるが、どうやら氏無の立てた計画はもう少しタイトなものだったようだ。
『これって信頼なのかしら? 妙に悪意を感じるわあ』
 冗談めかすニキータに少し笑い。
「それは期待に応えなければならないでしょうね」
 そうやって言葉を交わす中、しかし、とマリーが割り込んだ。
『現実に、あまり余裕はありませんからな。間に合わなければ、本当に焼き払う必要が……』
「いえいえ、まだまだ、ですよ」
 言いかけたところで、口を挟んだのはラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)だ。シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)のダークブレードドラゴンに騎乗し、一気に超獣の頭上に接近すると、その姿を見下ろす。
「しかしグロテスクな外見ですねえ。さて、これを何秒止めていられますかね?」
「何秒、じゃない、何分、じゃろう?」
 ラムズの独り言に、手記がにいっと強気に笑う。
「あれをですか? 無茶を言いますね。まあ、私もイルミンスールの教職員の端くれ。何とかやってみるとしましょうか」
 とは言いながらも、ラムズの目も笑っている。肩を竦めると、きりきりと矢を番えて超獣に狙いを定めた。 

「本日は貴方を射止める雨が降るでしょう。傘ごと射止められないようご注意下さい」

 その言葉に、一瞬何人かが首を傾げたが、それに構わずラムズの手が、矢から離れた。
 瞬間。連続で放たれた矢に重なるように、”弓引くもの”の矢が時空を歪めて射出された。その間も絶え間なく高高度から射出される矢は、地上から見ると矢の雨が降ってくるかのようだ。が。
「きゃ、危な……っ」
 問題は、時空の矢がどこへ着弾するかがわからないと言うことだろうか。木々をすり抜けて落下してきた矢を、羽純が歌菜の腕を引いて避けさせると、着弾した矢の周囲の時間が歪んだ。矢の着弾点を中心に、草も樹も、凍ったように時間を止めたのだ。
「これって……」
 歌菜が思わず息をつく。そんな矢を食らった超獣はどうなったかといえば。
「ほう……流石にむず痒く感じたか? ……クククッ」
 手記が笑って超獣を見下ろす。そこでは、矢を受けた場所が強制的に止められてしまうため、邪魔な手を置き去りにして進むということも阻害されて、まるで苛立ったかのように体を震わす姿があった。そして。
「……とまった?」
 超獣が、その足を止めたかに見えた、その時だ。
 今までは地上へばかり伸ばされていた腕が、背中から一斉に飛び出したかと思うと、上空で旋回するラムズたちに向けて一斉に襲い掛かったのだ。だが。
「そうは、いきませんよ」
 ペガサスに騎乗している源 鉄心(みなもと・てっしん)のイレイザーキャノンが放ったトゥルー・グリットが、噴出した腕の群れを一気になぎ払った。そしてそれが再生を開始する前に、機晶爆弾を放り込んで更に爆砕させて、ティー・ティー(てぃー・てぃー)の操る嵐が、エネルギーを拡散させて再生を阻んだ。
「どうやら、キミの弓は有効なようです。援護しますので、存分に」
「はいはい。ですがあまり期待しないでくださいね」
 応えるラムズが、ドラゴンを駆って旋回し、再び歩みを始めた超獣に向けて矢の雨を降らせていくのに、それを邪魔しないように、タイミングを計りながら再びイレイザーキャノンで、背中から伸びる腕の付け根を撃ち抜いて機晶爆弾を放り込んだ鉄心は、内部爆破を目論むと同時に、ペガサスの手綱をティーに任せると、HCを覗き込んだ。
「何を見ているんですの?」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がそんな鉄心の行動に首を傾げる。
「爆発エネルギーの拡散と、吸収の状態を見ようと思ってね」
 地響きのような音を立てて、眼下で爆発した機晶爆弾の熱が、HCに表示される。爆発の凄まじい熱源が、一度拡散し、すぐに消滅する。その次の瞬間には、破壊された箇所から熱源が発生して、再生をしていく部分へと移っていく様子を見て、鉄心は難しい顔で眉を寄せた。
「どうやら、攻撃エネルギーも取り込んでいるのは間違いないようだな」
 しかし、熱反応で見る限りは、超獣の体内に、取り込まれたといわれている巫女のものと思われる熱源は見つからない。
「もしかしたら、同化した巫女が、この超獣の形を保たせる要になっているかと思ったんだが……」
 エネルギー体である超獣を、あの化け物のような姿にさせた何かは恐らく呪詛だ、と鉄心には確信があった。だとすれば、それを形にする「何か」が中心にあるはずだ、というのだが、その意見にはティーが首を傾げた。
「そんなに、悪いものでしょうか……さんちゃん」
「……?
 首を傾げた鉄心に、ティーは超獣を見やりながらぽつりと呟いた。
「……結構、愛嬌がある見た目だと思うんですけど」
「……」
 通信で耳の端にその言葉を捉えた者たちの、微妙な沈黙が降りた。こほん、と気を取り直して、鉄心が熱源の情報を伝達すると、「ほう」と、超獣を観察しながら、攻撃を行う者の囮として、超獣の足元を飛び回っていた菜織が呟くように応えた。
「同感だ、なかなか愛嬌があるよな、さんちゃんは」
「……」
 こちらもやはり冷たい沈黙が再度訪れていたが、それはするりとスルーして、菜織は目を細めた。
「しかし熱源か……ふむ。それなら、今度はエネルギーの流れを探ってみるか」
 言って、視線を向けた先で、美幸がこくりと頷いて、菜織にエコバックを渡した。
 その中には、氷術で包み、表層エネルギーをマイナスにした戦闘用イコプラが詰め込んである。
「一瞬でいい、少し気を引いてくれないか。さんちゃんの口にこれを放り込む」
『了解』
 応えたのは昴だ。昴の乗る光竜、白夜が、一気に超獣に接近する。そのまま超獣の頭の周囲を飛び回って撹乱し、それに苛立ったのか、超獣が衝撃波を放とうと、口を開いたところで、今度は天地のドラゴンが、その顔面へむけて火炎ブレスを吐き出した。突然の目の前の熱源に、怯んだのではないだろうが、一瞬動きを止めた超獣は、一気にそれを取り込んでしまおうとしたのか、丸呑みにしてしまおうとしたのか、開いた口を更に開いた、瞬間。
「今だ!」
 その隙に距離を詰めた菜織が、その大きな口めがけて、イコプラの詰まったバッグを放り込むと同時に、昴たちと同時に離脱した。ばくん、とそれは直ぐに飲み込まれてしまったが、目的はエネルギーの流れの確認だ。菜織たちはマーキングをつけたイコプラのエネルギーが動くのをHCで観察していると、それは、口の奥へと進んでいくと、体の中央付近へ辿り着いたところで収束し、一瞬後には拡散するように消滅した。
「ふむ……どうやら体の中央あたりに、エネルギーが集約しているようだな」
「ということは、あそこに巫女がいるのかもしれませんね」
 菜織の言葉に美幸が言い、その結果を受けてなるほど、と樹月 刀真(きづき・とうま)が呟いた。
「直接、確かめてみたほうが良さそうだ」
『判りました、援護します』
 応える声に礼を言って、蹂躙飛空艇で上空へ飛ぶと、神降ろしで自身を強化し、護国の聖域によって抵抗力を高めて刀真が準備を済ませた頃、旋回するラムズのドラゴンが、超獣の頭上へと旋回した。
「あれは我らを鬱陶しがっておるようじゃ。恐らく口を開くはず」
 そこを狙え、と手記が言った通り。獣の知覚力でも、自分の時間を狂わせる面倒な相手が認識できたのだろうか。ラムズの乗るドラゴンが近づいた途端、超獣の頭が上を向いたかと思うと、ぐわりとその口を開いた。
「今よ!」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の合図を待つまでもなく、口が開いた瞬間に、刀真の蹂躙飛空艇は一気にその中へめがけて降下した。百戦錬磨の経験が、考えるより先に体を動かして、迎撃する腕をすり抜けて奥を目指していく。落下の加速を追加した飛空艇は、超獣の口の奥へと飛び込むのに成功したのだった。


「……意外に、中は光を通しているみたいだな」
 体内を突き進む刀真は、意外な思いで呟いた。エネルギー体ながら、獣と呼ばれるだけのことはあり、口の中は喉のような空洞がある。とは言え、消化する器官は無いのだ。直ぐに狭まってくる体の中を、音楽プレイヤーの大音量で白竜からの音楽データをかけてなんとか行く道をこじ開けつつ、飛空艇の推進力にあかせて突き進んでいった、その中心に『彼女』はいた。
「……これが、巫女か」
 長い灰色の髪、まるで屍のように血の気の無い白い肌をして、硬く目を閉じたままの美しい女性だ。情報にあった、遺跡で横たわっていた女性の情報と同じである。だが、その巫女に近寄ろうとした刀真はぎくりとして思わず飛空艇を止めた。独特な衣装に身を纏った巫女の体に、まるで何かが根付いているように、びっしりと黒い何かが絡み付いているのだ。それはどうやら、胸の辺りから生えているようだ。そして。
「……なんだ、あの珠は」
 その黒い何かを生やしているのは、胸の中心にある、珠だ。中心で黒く淀んだ気配が渦を巻いているように見えるその珠は、この距離からでも酷く禍々しいものであるのが判る。どうやらそれが、超獣と巫女を同化させているもののようだ。
「ならば、あれを破壊すれば……!」
 刀真が刀を構えたが、その敵意をかぎつけたのか、黒い珠がぶわりとその邪悪な気配を増したかと思うと、ずず、と超獣の内部が刀真を目指すように収縮を始めた。どす黒く染まった色のそれは、恐らくエネルギーを吸収する手と同じものだ。
「く……」
 舌打ちを漏らしたが、ここで倒れれば突入した意味がない。躊躇わず、ワイヤークロー【剛神力】を射出して、外側でそれを月夜が確保したのを見計らって飛空艇を全力で稼動させ、何とか超獣の外へと飛び出した。
「……っは、ハァ……」
 流石に、そこまでが限界だった。月夜の手を借りながら、ローズの待機する救護テントへと向う傍ら、刀真は直ぐに先ほどの光景を報告した。
「……あれが、聞いていた巫女だと思う……」
 そう告げてかくりと膝を落とした刀真に続き、その体からサイコメトリして情報を受け取り、月夜が続ける。
「あの珠から生まれてる何かが、巫女を蝕んでいる感じ……多分、超獣との同化はこの黒い何かによるものだと思う」
 その報告に、それでしたら、と、イコナが鉄心を見た。
「その巫女さんを、こっちに封印しなおしてしまうのは、どうでしょう」
 そうすれば、もしかしたら超獣が中心を失って崩れるかしれません、と言うのに、鉄心は興味深そうに「そうだな」と頷いた。
「やってみる価値は、あるか」
 そうして、イコナが封印呪縛で巫女を封印の魔石に封じようとした、が、流石にそう簡単には行かない。バチンッという激しい音を立てて術は弾かれ、きゃっとイコナが小さく悲鳴をあげた。
「イコナっ」
 鉄心が顔色を変えたが、驚いただけで怪我は無いだしく、大丈夫です、とイコナは首を振った。

「駄目でした……封印が強固過ぎます。というより、二重三重に、何かが影響しあっているようです……」