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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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●『煉獄の牢』中層部と下層部の間

(中層は現時点では異変なく調査が進んでいるようだな。調査員の配分も均等に行われているようだ。これならしばらく放っておいても問題はないだろう。……問題は、こちらの方だな)
 強襲偵察形態のブラックバード、そのコクピット内で佐野 和輝(さの・かずき)が現状を確認し、下層の現状を嘆く。
『うん、やっぱり複数の人の気配があるよ〜。生身は危ないって言われてたのに、どうしてなんだろうね〜』
 同じく搭乗するアニス・パラス(あにす・ぱらす)の声が響く。『ブラックバード』は下層に向かったイコンの管制機的役割を担うべくこの地に滞空していたのだが、イコンの他に生身の契約者の気配が複数感知されたのであった。
「下層部の調査対象は2箇所、【下層A】と【下層B】。
 生身の契約者は【下層B】へ向かったのが多く、反対にイコンの方は【下層A】へ向かったのが多い、か」
 それぞれの行き先をチェックした和輝が呟く。ちなみに当初は下層A:下層B=7:2という圧倒的差があったのを、和輝の指示により5:4にならした経緯があった。それでも、下層Bの調査に関しては不安定性が伴う。数の上ではバランスが取れているかもしれないが、何が起きるか分からない、事前に危険と言われている場所に生身で向かえば、むしろマイナス戦力となりかねない。
「一組だけ、心配しなくてもよさそうな面子がいるがな」
『や、やめて! 耳にするだけでも怖いんだからっ』
 生身の契約者のうちの一組のことを話題にした和輝へ、アニスの非難が飛ぶ。……そう、その一組とは、各所で力を見せつけている(別に本人としては見せつけているつもりはないのかもしれないが、結果として)面々であった。
「あくまでも俺達の役割は、管制機。
 『マグマフィーチャー』と命名された障害の戦闘データ収集・及び解析による対応策の考案。
 周辺地形の調査を元にした、各機の調査の効率化支援。
 各機が収集したデータの解析担当と、リンク先との情報共有。これが俺達の役割だ。味方がどれほどの目に遭おうとも、関係ない」
『和輝、言い方キツイよ〜。言ってることは分かるけど』
 抗議の声をあげるアニスに、鷹揚に頷く和輝。何が目的かは分からないが、危険を覚悟して下層に生身で突入した以上、命の責任は自分達で取ってもらいたい。こちらが介入して余計な損害を生むことだけは、避けねばならない。
「……そろそろ、仲間の各機が十分奥に侵入した頃だ。何かしらの情報が入ってくるだろう」
 注意しておけ、とアニスに言って、和輝は並ぶ計器やモニターを注視する――。


 和輝の言葉の中に出てきた、『マグマフィーチャー』。
 『煉獄の牢』下層部を流れる溶岩の中より出現する、大きいもので数メートルにもなる、トカゲのような姿をした彼ら。中層部に住み着く獣とは比較にならぬほど凶暴で、目に付くものを燃やし尽くすべく、自らの身体と炎で攻撃してくる難敵。
 彼らへの対処は生身では厳しく、イコンの力が必要かもしれない……はずだったのだが。

「なまみはあぶない、っていってたから、なまみできたよー。
 カヤノちゃんのパンツではらごしらえしてきた!」
『説明しよう、『カヤノチャンノパンツ』とはハムとチーズをパンで挟んでフライパンで焼いた物だよ。
 今日のラズンは支援強化鎧なのだ。溶岩地帯、地獄の様な地獄だね。花畑も何も等しく地獄だけど、きゃはは☆』

 ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)を纏った牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の眼前に、溶岩の河からその『マグマフィーチャー』が姿を現す。ようじょの姿になったアルコリアの、数倍はゆうにある身体を灼熱に燃やし、浮遊する。
「あれは……マグマフィーチャーですわ!」
「知っているのかナコト」
「…………。シーマ、こんな時にネタですの?」
「いや、そんなつもりで言ったわけでは――」
 呆れた様子でため息をつくナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が弁解の言葉を発そうとした所で、マグマフィーチャーが炎に包まれた岩を吐き出す。二人の間を分断した溶岩が爆ぜると、個々に分かれた溶岩も蠢き、体当たりを見舞う。
「焔よ……退け!」
 まるで誘導する炎を、全て回避し切るのは困難と判断したシーマが、炎を防ぐ障壁を張って受け切る。
「天使を呼んで差し上げますわ」
 ナコトが『蒼い天使』の異名を取る杖を振りかざせば、周囲を冷気、そして電撃が包み込む。雷の一つ一つに貫かれた溶岩が再び爆ぜ、今度はただの岩となって地面に落ち、動かなくなる。
「ナコト、さっきのは冗談で言ったのではないからな」
「ええ、分かっていますわよ。シーマが知るはずないですものね」
 微笑み、ナコトが前方のアルコリアへ、魔力強化の聖霊を召喚する。
「軽くバカにされたような気がするが……まぁいい。敵は一体、ならばこいつを試してくれよう」
 穂先に無数のルーンが刻まれた槍を抜き、シーマが槍投げの要領で投擲すれば、動き回るマグマフィーチャーの尻尾にあたる箇所を貫いて吹き飛ばし、ブーメランのように戻ってくる。
「多少の効果はあるようだな。……もっとも、二度投げる必要はないが」
 戻ってきた槍をキャッチしたシーマの目は、詠唱を完了しつつあるアルコリアを捉えていた。
「ひらけー、めーかいのもんっ!ならくのせかいにいだかれろ〜」
 アルコリアの足元から生じた暗黒の凍気が、瞬く間にマグマフィーチャーを包み込み、その位置に凍結させてしまう。
「じゃくてんはっけ〜ん、ねらいをつけて……それー!」
 掲げた掌に槍のような氷塊を生じさせ、嬉々としてアルコリアが振り抜けば、飛び荒んだ槍はマグマフィーチャーの眉間を貫き、一瞬の後に無数の氷塊として砕けさせる。
「かみさまのぞうにだいりをさせない、かよわいわたしたちでごめんねー。おわびに“てごま”としてつかってあげるー」
 死者を操る術を行使するアルコリア、しかし岩となったマグマフィーチャーは、ピクリとも動かない。どうやら彼らは『生者・死者』の概念から外れた存在のようだ。
「むむ、ざんねん〜。ばらばらにしなければあやつれるかな? つぎためしてみよう。さあさあ、たんさくたんさくぅ」
 別段気にしていない様子で、アルコリアが頭のアホ毛をぴこぴこと動かし、周囲の探索へと移行する。
「では、わたくしもマイロードの補佐を……あら? シーマ、どうしましたの? まさかこの期に及んで、探索の術を持ち得ていないなどとは言いませんわよね?」
「ぐぬぬ……ナコト、分かった上であえて言ってるだろう」
「ええ、もちろんですわ。あなたのように何も分からないまま言ってるのとは違いますの」
 反論したいのをぐっ、とこらえるシーマ。主を守る術ばかりに囚われ過ぎたことは決して間違いではなく、そこを指摘されれば反省せざるを得ない。
『ラズンですらアルコリアに力貸す為に身に付けてきたのになぁ? シーマは戦闘狂だなぁ……きゃはっ☆」
「…………」
 お前が言うな、という言葉をすんでのところで留め、シーマが歩き出す。横でナコトが残念そうな顔をして続く。
 ……『煉獄の牢』の難敵であったはずのマグマフィーチャーも、彼らの前では蜥蜴に過ぎなかった。


 溶岩が流れ、時に噴き上がり、さらにはマグマフィーチャーが浮遊する下層部。ただ進むだけでも一苦労しそうな場所を、そのイコン――絶影は苦もなく進んでいく。まるで“忍者”のように影に潜みマグマフィーチャーをやり過ごし、高い跳躍能力を存分に駆使して複雑な地形を越えていく。

『流石は炎龍の住処、といった所か。機体の冷却に想像以上の力が食われとる。
 満足に動けるのはせいぜい十分、と覚えておけ』
「分かった。……地図はほぼ完成しつつある、初回はそれで十分だろう」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)から機体の情報を知らされた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、計器の一つに目をやる。これまで『絶影』が踏破してきた地形と周辺情報が書き込まれた地図は、完成率80パーセントといった所だった。
(この地図があれば、後からやって来る機体の探索がしやすくなる。無駄な調査を減らせる分、稼働時間も長くなるだろう。
 ……中の人が暑さに耐えられれば、の話だがな)
 冗談交じりに心に呟く唯斗の額から、汗が流れ落ちる。魔法薬をもらい、機体内部を冷やしていてもこの有様では、外の気温は相当なことになっているだろう。生身は危険だと言われていたことは、確からしいように思われた。
(……だが情報の中には、生身の契約者の存在が確認されている。一体何を考えている?)
 自らに課した試練のつもりか、それにしては危険が伴い過ぎる。
『気にせずおけ……と言い切るのも非情であるな。いざとなれば彼らを連れて離脱するだけの推力は確保しておこう』
 唯斗の懸念を感じ取ったか、エクスがその者たちに配慮した措置を行なう。所属は異なれど、この場に集まった者は皆、仲間である。自分の手が届く限り、仲間は守るつもりでいた。
「……よし、ここで最後だ。……なんだ、ここは」
 最後のポイントに到達した唯斗が、周囲の異様な様子に目を見張る。溶岩の池の直上を、イコン一機が乗れる程度の岩が浮遊していた。しかしとても飛び乗ることは出来ないだろう、何故なら浮遊する岩は漏れなく激しい炎を噴き上がらせていたからだ。
「……ここには、何かがあるな。後続の者にはこの地点を最優先調査ポイントとして伝えておこう」
 直感で、ここに『炎龍』に繋がる鍵が隠されていると判断した唯斗が、ポイントを強調して地図に書き込み、一旦その場を後にする。『絶影』が去った後で、溶岩からはマグマフィーチャーが首だけを出して、『獲物』を待ち構えていた――。