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インベーダー・フロム・XXX(第2回/全3回)

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インベーダー・フロム・XXX(第2回/全3回)
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【1】 CHURCH【1】


「こんにちはー、”大樹の木漏れ日亭”でーす」
 教会の門に五月葉 終夏(さつきば・おりが)の声が木霊した。
 オルガンの調律業者に成りすました彼女は、黒色のベストにブラウスにネクタイ、黒色のズボンと、パートナーのアニューラス・シンフォニア(あにゅーらす・しんふぉにあ)と同じ服を着ている。
 門番をしているのは2人の”テンプルナイツ”だった。
 彼らは教団に仕える神殿騎士。神官の法衣に、剣と盾を携え、教会を守護する存在だ。
「どのような御用でしょう?」
「オルガンの調律に来ました」
 アニューラスは言った。
「礼拝堂のパイプオルガンの調律でしょうか? お約束は取り付けていらっしゃいますか?」
「午前中、電話をしたんですけど……」
「電話、そうですか。確認いたします」
 しばらくして神官が現れた。
「大樹の木漏れ日亭さんですね。お電話は頂いておりますが、当教会では営業はお断りしています。電話でもそう申し上げたはずですが……」
「そこをなんとか! 最初の一度は無償で行っています! ご迷惑でなければ少し見させて頂く事は出来ないでしょうか?」
「しかし……」
「良いではありまセンカ」
 不意に聞こえたその声は、人里離れた清流のように透きとおり、霧深い森に住む鳥のさえずりのように美しかった。
 柔らかな桃色の髪に、青い瞳は宝石のよう、西洋人形を思わせる整った顔をした声の持ち主に、神官とナイツは姿勢を正した。
「司教様……」
 彼の名は”メルキオール”
 教団海京支部を統括するグランツ教の幹部だ。
 思いのほか若い司教に、終夏もアニューラスもほぅと息を飲んだ。
(すごく奇麗な人……)
(こら、油断しちゃだめよ)
 終夏の脇をアニューラスは突ついた。
「調律師サンも朝早くから大変デスネ。ご苦労様デス」
「うちは食堂なので、昼と夜の食事時がメインなんです。なので時間が空いた時に調律のサービスも始めてみたんですよ」
「そうデスカ。仕事に熱心なのは良いことデス。随分、オルガンの調律はしていマセンし、これも何かのご縁デス。調律をお願いしまショウ」
「ありがとうございます!」
 それから2人はメルキオールに礼拝堂に案内された。
 礼拝堂はまだ開放されていないため、人の気配はなく、荘厳な空気が堂全体に積もっていた。
 調律に来たと言うのは、中に入るための方便だが、とは言え言ったからには仕事はする。2人は聖堂の奥に座するパイプオルガンの調律を始めた。
「……それにしても、立派な教会です。さぞ歴史のある教団なのでしょうね」
 さりげなく終夏は尋ねた。
「グランツ教は新しい宗教なので、歴史はまだ”15年”ほどデス。パラミタとニルヴァーナを世界統一国家神……”超国家神”サマが統一された時より始まった宗派なのデス」
「パラミタとニルヴァーナって統一されてましたっけ……?」
「我々のいた世界ではされているのデス」
「……ふ、複雑なんですねぇ。ちなみに、海京以外にも支部はあるんですか?」
「ええ、勿論デス。現在、シャンバラ各都市に支部を置かせて頂いておりマス。もっともっとワタシ達の活動を皆サマに知って頂くため、支部もたくさん作っていかなければなりマセン」
 メルキオールは懐中時計を見た。
「もうしばらくで礼拝堂を解放する時間になりマス。大変でしょうケド、調律はそれまでにお願いしマスネ」
「あの」
 踵を返した彼を呼び止めた。
「……なんデショウ?」
「今の世の中をどう思いますか?」
 メルキオールは尋ねた終夏の目をまじまじと覗き込んだ。
「……今の世には、人々を脅かす不安の種がたくさんありマス。ワタシは皆サマが安心して暮らせる世界を作りたいと思ってイマス」
 そして微笑むと、彼は礼拝堂から出て行った。
「……なんだか悪い人じゃないみたい」
「確かに。嘘を言っているようには見えなかったわね……」

 ・
 ・
 ・

 教会の西側に礼拝堂、東側に宿舎、中央には庭園がある。
 礼拝堂が開放されるまでの間、メルキオールは庭園に咲く花の薫りを楽しみながら、しばしの余暇を過ごす。毎日行う、彼の習慣のひとつだが、今日は普段とは様子が違った。
 ローブを纏いフードを目深に下げた2人の信者が庭園にいるのだ。
「申し訳ありマセン。こちらは神官以外の立ち入りを禁じておりマス」
「……俺だ」
「?」
 佐野 和輝(さの・かずき)は顔を見せた。
 隣りにいるのはパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。
「質と量は低めだが、途中経過として渡しておく」
 メルキオールは渡された紙の束に目を落とした。そこには、天御柱学院がグランツ教の内偵に動いている事。それから、グランツ教とクルセイダーの関係が疑われている事が記載されていた。
「随分と落ち着いているな、やはりこの程度は想定済みか?」
「スミマセン。よくわからないのデスガ、どういうご用件でショウカ?」
「自分から依頼をしておいてとぼけるのはナシだ」
「はぁ、あの?」
「教団から依頼を受けて、お前らの素性を探ってる連中を調べてきたんだ。ふざけた態度はやめてもらおう」
 グランツ教が彼に依頼をした事実はない。和輝はカマをかけていた。
 話に乗ってくるなら良し。でなくとも、この情報を受けて、彼らが隠蔽工作に動くようなら、教会内に入り込んでいる天学の内偵班が尻尾を掴み易くなるだろう。隙を見逃すほど、内偵班は甘くはない。
(……さて、どう動く?)
「……アナタのおっしゃることは、ワタシには少しむずかしいようデスネ。きっとドナタかとお間違えになっているのでショウ」
「まだ続けるのか。もうその芝居はいい。それより次の手を打ったほうがいいんじゃないのか?」
「そうおっしゃいましても、ワタシどもは人様に迷惑をかけるような活動はしていマセンし……。その、クルセイダー……デスか? このような人たちとも関わりがありマセン」
 その時、アニスの元に放った機晶妖精が戻ってきた。
 何か大きな機械が稼働している気配はないか探らせたのだが、妖精達の行ける範囲には見つからなかったようだ。
(見つからなかったみたい……)
(そうか)
(……あ、誰かこっちにくる!)
(なに?)
 アニスが気配に気付き振り返ると、テンプルナイツが立っていた。
「司教様、こちらの方は?」
「迷い込んでしまった市民の方のようデス。出口までご案内してあげてクダサイ」
「かしこまりました」
「待て、まだ話は終わっていない」
「申し訳ありマセン。そろそろ礼拝堂が解放される時間デスので」
 メルキオールは、テンプルナイツに拘束された2人に一礼をすると、その場を後にした。