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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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『『ポイント32』を巡る攻防戦の行方等』

●『ポイント32』

 龍族の『ヴェルディーノ作戦』の最重要目標とされている、鉄族の観測所『ポイント32』。
 普段は無人での運用がなされているが、今日ここには『疾風族』配下の一族が防衛のため配備されていた。

「これは……設計図?」
 観測所の臨時の所長、“飛翔”が届けられた図面に目を通す。これを届けてきた者の話では、ここにあるのはある契約者が運用していた飛空艇で、他国との戦争において活躍し、今は解体されているのだという。
「凄いな……それにこの、自動航行機能。もし機体に応用が可能ならば、我々は機体を失わずとも帰還することが出来るようになる」
 現状、被弾した鉄族は“灼陽”に辿り着けなければ、機体を失ってしまう可能性が高い。鉄族としては予備の身体に移り変わる事で完全な死亡を免れるが、そうなればもう二度と空を飛ぶ事は叶わない。それが嫌で自ら死を選ぶ者も少なくない中、この機能は鉄族の生存率を高め、長期的には戦力の増大に繋がる。
「既に“灼陽”様の元で設計図の解析が行われています。また、自動航行機能のみを搭載した機器の提供も受けましたが、いかがいたしましょう」
 部下の問いに、“飛翔”は思案する。未解明のテクノロジーに生死を委ねる事への不安は確かにあるが、そもそもが被弾して帰還出来なければ“死”という状況下、その可能性がいくらかでも小さくなるのであれば、搭載しておいて損はない。自分たちの任務が『本隊が『龍の眼』を占領するまでの、可能な限りの防衛』であり、被弾を極力避ける方向で戦う方針とした事も、採用を後押しした。
「よし、族の者に積み込ませろ。そろそろ龍族の本隊が来る、急げよ」
「ハッ!」
 部下が一礼し、部屋を後にする。
(……龍族との戦いが、加速させられているような気がする。デュプリケーター、そして、契約者。
 我々は一体、何処に向かおうとしているのだろうか)


(こうして部下を率いるのも、何時以来だろうか)
 背後に続く龍の群れを思いながら、緑の龍、『執行部隊』隊長、ケレヌスが前方を見据える。すぐ後方に控える青の龍、ヴァランティの情報では、そろそろ『ポイント32』が見えてくるはずだ。
『間もなく目標である『ポイント32』に近付く! 我々龍族はダイオーティガ様を喪って以降、防戦一方に立たされてきた。
 だが、今日は我々が、ただ耐え忍ぶだけの者ではない事を教える時だ! 諸君は日頃の訓練の成果を存分に発揮し、この作戦を龍族の勝利に導いてほしい!』
『おぉぉぉぉ!!』
 ケレヌスの訓示に、部下が啼き声で答える。
『前方、『ポイント32』を確認。同時に十数機の鉄族、それよりやや手前上空で待機しています』
 ヴァランティからの報告がもたらされ、ケレヌスも目視で状況が相違ない事を確認する。
『団体行動を乱すな! 必ず4騎編成で相手をしろ!』
 直後、鉄族の激しい出迎えの挨拶が飛んでくる。ケレヌスの指示に従い、龍族は4騎編成でそれぞれ分かれ、鉄族の守る『ポイント32』を多方向から攻めかかる。
(……“紫電”と“大河”の姿が見えん。やはり彼らは『龍の眼』を狙っているか。
 そちらには契約者からの防御設備が設置されたという報告を聞いた。『龍の眼』が守られている間に『ポイント32』を奪取し、次の攻勢に備える。それが最善か……)
 思案しながら、しかし不安材料も同時に検討する。既に鉄族にも契約者が接触、技術の提供や戦力の増強に寄与しているならば、『龍の眼』は早々に落とされてしまうかもしれない。その事が知れ渡れば当然こちらの士気は下がり、あちらの士気は上がる。
(こちらにも契約者は居ないわけではないが……)
 ケレヌスが視線を向けるその先には――。


(どちらかが有利にならないようにしたい。理想は龍族、鉄族とも目標にしていた場所を占拠し損ねる事だろうけど……)
 シェリダンの背で、鷹野 栗(たかの・まろん)がここでの戦いの展開を想像する。ここ、『ポイント32』での戦闘の他、龍族の観測所である『龍の眼』でも戦闘が行われている。そちらでもし龍族が鉄族の侵攻を避け切れば、こちらでは龍族が『ポイント32』を取り損ねるのが理想だし、万が一龍族が撤退することになれば、こちらも『ポイント32』を取らないといけない。
(最初は様子見。龍族がやられないように、そして私も龍族と鉄族の事を知る必要がある)
 この前の探索の時、ソールという龍族の若者を助けた事で『龍の耳』の所長、ホルムズと知り合い、龍族について知ることは出来た。また鉄族についても、どうやら龍族と同じような境遇であったという情報は聞いている。
(……それでもまだ私は、お互いの事を知らない。知らなければ分かり合うことも、友達になることも出来ない)
 心に呟いた、『友達』という言葉を、栗は深く噛み締める。
(友達……なれるかな。なれたらいい、な。
 いまはまだ理想でしかない、けれどいつか龍族、鉄族、どちらとも分かり合えたら――)
 上空で、ある龍族と鉄族のドッグファイトが始まる。複数での行動を重視していた龍族が単独で行動している事は、異例。それに鉄族に追われている事から龍族の不利と判断した栗が、意識を切り替え鉄族への攻撃を決心する。
(今、戦わないという選択肢はない。……せめてこの戦いが、これからのお互いの和解の為の礎になれば……!)
 『シェリダン』の手綱を引き、低空から鉄族の後を追う。普通戦闘機同士の戦いでは上を取った方が重力の関係上有利だが、栗はその定石をあえて逆手に取り、低空から急上昇による不意の一撃を見舞わんとしていた。
(この子はこんな時でも、私を試そうとしている。
 そうであるならば、私も付き合いましょう。龍の友であるために)
 『シェリダン』は距離を空けて攻撃が出来るブレスでの攻撃を認めず、自身の脚での攻撃のみを許可していた。それは栗が常に、自分よりも立場的に上である事を求めているようにも思える。要は主に立派であり続けてほしいのか、それならとんだツンデレさんだなと栗は心の中で苦笑した。
「シェリダン、上へ!」
 頃合いを見計らい、栗が『シェリダン』に上昇からの攻撃を指示する。『シェリダン』は指示に従い急上昇、今まさに前方の龍へ攻撃を仕掛けようとしていた戦闘機の翼を砕き、横っ腹に鋭い爪の一撃を残す。
『“仁淀”がやられたぞ!』
『やったのはあの龍だ!』
 高度を下げる機体の代わりに、別方向から敵討ちとばかりに鉄族の機体が迫るのを、天空から生じた雷が制する。その間に『シェリダン』と栗は低空に逃げ、他の龍族も戦線に加わる。
(ミンティ、助かったよ。ありがとね)
 栗が、直前の雷を喚び出したパートナー、ミンティ・ウインドリィ(みんてぃ・ういんどりぃ)に礼を言って、戦場を低空から見守る。

「ふぅ〜。危ない所だったね、栗」
 一息吐いて、ミンティが前方の戦場を見つめる。今の所デュプリケーターの姿はなく、戦況は投入された規模の違いから龍族有利だが、鉄族もよく守っている。一説には『攻撃側は3倍の攻撃力がなければ守備側を打ち破れない』というのもある、それに鉄族は攻撃は強くとも守りは弱いのかと思いきや、一概にそうとは言えない様子であった。
(指揮官がよく状況が見えてる? それとも契約者の誰かが力を貸している?
 色々考えられるけど……鉄族がただ喧嘩っ早いだけでないのなら、手強くはあるけどその分、話も分かってくれそうな気がする。
 栗もあたしも、鉄族の人とも上手くやっていけたらいいと思ってる)
 その思いがミンティを、完全な龍族側での参戦を留まらせた理由でもある。龍族が危機に陥った場合は手助けするが、それまでは戦況を見守る。もちろん、デュプリケーターが横槍を挟むようならその時は積極的に参戦する。
(デュプリケーターも、気にはなるけどね。好奇心なんとかを殺すって言うし)
 とりあえず外部からの情報等で戦況が変化するまでは、今のままの方針でいようと思うミンティであった。


●『龍の耳』

「戦いが、始まってしまいましたか……」
 流れる噂話を耳にし、沢渡 真言(さわたり・まこと)が嘆息する。『ヴェルディーノ作戦』の概要を聞き、フリムファクシとやっては来たものの、龍族の本隊と足並み揃えて出撃する事は出来なかった。
「主……迷ってるの? 何を思っているの?」
 隣にグラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)がやって来て、真言を心配するような目で見上げてくる。
「…………、迷っていると言えるかもしれませんし、思うことも色々あります」
 どうにか笑顔らしきものを浮かべた真言が、向こうの空、おそらく龍族と鉄族が対峙している戦場を見つめて口を開く。
「今回の争いを止めるに当たり、アーデルハイト様の提示した方針で行く。これは私も了承しています。既に別の仲間の方が、ダイオーティ様に面会の場で契約者の方針を提示したという話も聞きました。……それでも、彼らの戦いをただ邪魔しては彼らとて反発して、我々契約者全てを敵とみなすかもしれません」
 それは考えられる限り、最悪の展開であった。龍族と鉄族が結託し、互いよりもデュプリケーターよりも先にまず、契約者を排してしまおう……それによってもたらされる結果は、龍族と鉄族、契約者の多大なる被害と、デュプリケーターによる一人勝ちの構図である。
「争いは、止めなくてはいけない。けれども、この戦いを止める為には互いだけでは無理でしょう。大切なものを奪われた者たちの悲しみと怒りをぶつける場所が必要です」
 アーデルハイトが契約者の意見を取り入れて修正した方針には、その役割をデュプリケーターに担わせる意図が含まれていた。龍族と鉄族が持つ、これまでの戦いの中で生まれた悲しみや怒りの感情をデュプリケーター討伐へ振り向ける。……そうした所で互いの感情は収まらないかもしれないが、少なくともそうしなければ感情の吐出口がない。
「……イルミンスールが彼らをこの世界に送ったのは……彼らが元の世界で他人から奪い、二度と失わぬよう守り、譲れない『富』のために多くのものを犠牲にしてきた過程があったからかもしれません」
 彼らの背景は大分明らかになっていたが、最終的にどのような判断の元龍族と鉄族が天秤世界へ送られたのかは、知る由もない。分かるのは、否、分かったとしても認めたくないのは、どの世界でも平等な世界なんてなくて、『富』という実はひどく曖昧なものの為に多くの争いが起きているという現実。
「……もしもの話、この世界がこれからも存続するとして、そこに私達が落ちてくるとするならば、イルミンスールはどうするのでしょう」
 真言が呟く、それにグランも、他の誰も答えることは出来ない。『起きうる』かどうかと尋ねられれば『起きない』とは言い切れない。可能性はゼロではない。自分たちだって見方を変えれば、譲れない『富』の為に多くのものを犠牲にしてきたかもしれないから。
「よく分からないけど……龍族さんも、多分鉄族さんも、きっと私達も……生きることが大事」
 グランの発言に、真言はもう一つ、もしかしたらそうなのかもしれないけれど認めたくない事実を思い浮かべる。
 ――生きている限り、争いは無くならないのではないか――