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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【オケアノスの裏表 前】






「こっちの経路は使われていないみたいです」

 オケアノスに到着したドミトリエ達は、ジェルジンスクへ向かうリリや裁達と別れた後、教会の前にひとまず街の外周近くに繋がる出口を通って外へ出た布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は、ここ近年で使われた形跡は無かった、と、地下に残って調査を続けている夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)達に告げた。
『こちらも今のところは特に怪しい場所は無いが、使われたらしい形跡は発見した』
『ただ、誰が使用したかまではわかりませんし、他の入り口も調べてみる必要がありますね』
 甚五郎の言葉にブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が続け、すぐにでも飛び出して行きそうなのを気配で感じて「あ、待って」と佳奈子が呼び止めた。
「気をつけてね。教会の近くって、なんだか変な感じだったし……」
『変な感じ?』
 ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)の首を傾げるような声に、佳奈子は続ける。
「オケアノスの街中って、凄く賑やかで活気があるんだけど……教会の周りだけ、人はいるけど変に静かなの」
 遠巻きに見える教会は、街中に関わらずちょっとした緑地帯の中に建っており、地形の問題で岩陰が建物を包んでいる為、妙に近寄りがたい空気があるのだ。そこはこれから調べてくるとして、佳奈子は続ける。
「それから、こっちではカンテミールとかのことは、あんまり話題になってないみたい」
 カンテミールのような一部の場所を除けば、エリュシオンは魔法に寄った文化体系の国である。近隣の地方のことならば兎も角、同じ国内でも遠く離れた地方の情報は、そう直ぐに市民には広がらないのだろう。同じように、セルウスの名は余り知られておらず、ジェルジンスクでテロがあったことは話題になっているが、その主犯の名はあまり知られていないようだ。知名度の低さが幸いしたのかもしれない。
「これなら、こっちで合流してもこっそり隠れていられるかも」
 嬉しげに報告した佳奈子だったが、甚五郎はふと先程から通信に聞こえてこない声に気付いた。
『もう一人はどうした?』
 それが天音のことだと判って、佳奈子はドミトリエと顔を見合わせた。
「あー……えっと、先に教会を調べてくるって」
 何故かほんのり顔の赤い佳奈子が、妙に言い辛げな声なのに、甚五郎が首を傾げている気配を感じて、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は溜息を吐き出した。
「天音のことなら心配はいらない。それよりも……」
 その視線をドミトリエに、正確にはその手に握られる欠片を見やった。その視線と尋ねたいことに気付いて、ドミトリエはタマーラから天音を経由して預かったアルケリウスの欠片を翳すと「そうだな」と呟いた。
「ナッシングへの対抗策として……ってのはまだ、あいつらの調査も出来てないから思いつかないが、ひとつ、考えてることがある」
「考えていること?」
 鸚鵡返しにブルーズが問うと、ドミトリエは頷いた。
「ナッシングも、荒野の王って奴も、狙いは共通してる……セルウスを目覚めさせないことだ。それなら、あいつらへ対抗する手段は”セルウスの力を目覚めさせる”ってことになる」
 そしてその手段として秘宝があったわけだが、必要なのは秘宝そのものではなく、その機能だ。そして、預けられたこの欠片が持つ特性等、機能を代用できるものをかき集められれば、秘宝そのものが無くても覚醒を促せるかもしれない。
「これだけじゃまだ足りないが、エカテリーナの工房を借りれたら……」
 状況を忘れたかのように、ぶつぶつと呟きながら頭を高速回転させているらしきドミトリエに、ブルーズと佳奈子は思わず顔を見合わせたのだった。






「一万年以上前に、ディミトリアスを殺した武器……ね」

 一方の市街地で呟いたのは、女商人ミネコに変装した天音だ。
 ラヴェルデの商才にあやかりに、街を見学に来た、と言う振りでオケアノスの市街地を見て回っていたのだが、ここオケアノスでは、ラヴェルデの保護もあってか、グランツ教に対して肯定的とまでは行かなくとも、強い忌避感も無いようだった。
「さて、その真相は如何なものかしらね」
 面白がるように言って、パンを齧っていた天音は、時計を確認して「おっといけない」と駆け出した。
「『ミサを見学するつもりだったのに、送れちゃう!』」
 と、なんだかお約束のようなセリフと共に角を曲がろうとすると、これもお約束でしょ、とばかり一人の少女とぶつかった。ベタだが王道な展開だが、残念ながらとすんと尻餅をついたのは、スカートのめくれた女子高生ではなく、ローブを纏ったグランツ教の信者で、散らばったのは教科書ではなく、その見目と不釣合いな細い幾つかの剣だった。
「ごめんなさい、大丈夫かしら?」
 慌てた素振りで少女を助け起こそうとした天音は、さりげなく視線を這わせた。
(剣……それから、ダガー、そしてこの、顔……当たり、かな)
 それは、ニキータの念写に写っていた、テロリストの少女の顔だった。その顔を直ぐにローブに隠した少女は、ぱっと立ち上がってそれらをかき集めると「大丈夫デス」とそっけなく言うと、すたすたと歩いて行ってしまう。その進行方向と、来た方向とを見比べ、天音は「ふうん?」と面白そうに呟いた。少女が曲がってきた角の先にあるのは、ラヴェルデ邸の裏口だけだ。天音は隠した口元をうっすらと笑みにすると、教会へと向う様子の少女の後を、静かに追いかけたのだった。




「神官様はお忙しい方ですから、私がご用件を承ります」

 その頃、その教会の中では、神官の代理だという男と面会していた呼雪は、自分の出自を素直に明かした上で「ナッシングという男をご存知ですか」と切り出した。
「俺は、泡沫のごとき彼の出ずるところを求めて、ここに辿り着きました」
 ナッシングの存在を良く知っていないと判らない物言いに、男が探るように目を細める中で、呼雪は淡々と続ける。
「彼は彼で、何かに導かれているようですが、俺もまた彼によってここに導かれました……超国家神様による救済を掲げるグランツ教とここでまみえたのにも、深い縁があると感じています」
 そうやって熱心に語る呼雪に何を感じたのか、男は「判りました」と短く答えると立ち上がり、呼雪達を手招いた。
「我々は教えを乞う者を拒みませんが、いきなり飛び込むのもご不安でしょう。先ずは見学をしていっては如何でしょう?」
 そう行って、他の教徒達が礼拝を行っている礼拝堂へと案内された呼雪は、思わぬ先客に軽く目を瞬いた。紹介状を手に、合流してこっそり懐に忍び込ませているアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)と共に同じく入信にやって来たアキラだ。
「にへへ、よろしく〜」
 そしてその視線の先では、清泉 北都(いずみ・ほくと)が、一般信者たちと一緒にボランティア活動に精を出しているところだ。軽く目線だけかわして、他人行儀にふるまう中「それでー」とアキラが男に説明を求めた。
「“世界統一国家神”を崇めれば、パラミタ大陸は救われる……って聞いたんですけど、具体的にはどーやって救ってくれるんです?」
 何も知らずに来ましたというのが判る、ズバリ切り込んだアキラに嫌な顔をするでもなく、男は淡々と信者に対する説法のように語り始めた。
「超国家神様はおっしゃられました。自身がこの大陸のそのものの国家神となることで、大陸の崩壊は止めることができるのだ、と」
 このままでは、大陸は程なく全てがナラカに沈み、滅びの時を迎えてしまう。それを阻止する為には、今はばらばらになっている国家と国家神を一つに統一されなければならず、グランツ教とはそのために尽力を尽くす為の組織なのだ、と続けるのに、呼雪は「組織、ですか」と呟いた。
「信じるものは救われる、とは行かないわけですね」
「祈りは力です。ですが、ただ座して運命を待つだけでは、愛しきこの大地を守ると言えるでしょうか」
 自身で動き、力を尽くして神の徒となることこそが、大陸に生まれた我々の役目なのです、と、熱っぽく語る男に表向き友好的に相槌を打つ呼雪とアキラだが、男が仕事があるからと奥へ引くと、ふうと息を吐き出した。
「催眠の類ではないみたいだケド、それはそれで問題ネ」
 アキラの懐で、ラヴェルデ邸の氏無に報告を送りながら、こそっとアリスが率直に感想を漏らした。言っている事のいくらかは同意してしまいそうなものではあるが、そもそも前提が問題なのだ。世界を統一する、ということは、現行の国家神たちを退位、あるいは排除する、ということでもある。そこまで考えているかどうかは別にしても、自身の国の神ではないものを、あそこまで信じている存在がある、というのが問題だ。
「……それも、一人二人じゃないからな」
 溜息のように漏らして、呼雪が向けた視線の先では、同じように信じているのであろう「彼ら」が熱心に祈りを捧げているのだった。


「……気が引けたりは、しないものなんですか?」
 礼拝を終え、教会の清掃を始めた信者たちに混じって手伝いながら北都が問うと、「最初はそうだったねえ」と老女はこっそりと笑って答えた。
「エリュシオンには偉大な方がいらっしゃるのに、って思ってましたけど、大帝が崩御されましたでしょ?」
 ひそひそと言う老女に、傍にいた別の女性も「そうそう」と頷いた。
「大陸の状況も悪くなっていく一方だと言いますでしょ。きっと大帝の崩御は運命だったのですわ」
 世界が国家神様によって統一される日が近付いているのだ、と女性の方は、代理だと語った男と同じほどの熱っぽさで熱心に語り、深々と祈りの為に頭をたれた。どうやら信者たちによっても、考え方や捕らえ方は様々なようだが、彼らは共通して、自身の国の神々ではなく、超国家神の存在を頼みにしているのは間違いない。エリュシオンの皇帝がまだ空席であり、選帝の儀もまだ行われそうにないことが不安を寄り一層煽っているのだろう。早く平和な日が来るように自分たちも努力しなければいけませんね、等と適当に話を合わせていると、信者の一人がこんなことを口にした。
「しかし努力するのは良いですが、あのようなことも起こりましたしねえ」
「あんなこと?」
 北都が首を傾げると、その信者は声を潜めた。
「先日ね、信者さんがたが大勢、行方不明になったのよ」
 そして、その行方不明になった彼らは葦原島で狂信者として捕縛されたのだという。ただそれ以上の事情は彼らも知らないらしく、恐いわねえ、やら同じ信者としてああなってはならない、いや、この不安が彼らを狂わせたのだ、などと噂話好きの奥様の井戸端会議のような状況と化した。こうなると、北都は苦笑しつつもなんとかタイミングに合わせて相槌をうつしかない。
「オー……なんとか、って言う人が何かしたんじゃないかって、神官様もおっしゃってたそうだし」
「恐ろしいねえ」
 そして、ふと聞こえた単語を聞き返そうとしたが、やはりそれも、信者たちの次から次へと際限無く沸く世間話に紛れてしまたのだった。