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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【オルクス・ナッシング】




 港を中心に栄えるオケアノスの市街地は、大帝の喪に服しているためか、華やかさは身を潜め、観光客の姿こそまばらにはなっていたものの、日々を営む人々の賑やかさは変わらない。皇帝の椅子は空座となってはいるが、その代理を務めるものがしっかりいることや、ここオケアノスの選帝神は揺ぎ無く健在であることも、理由の一つだろう。

 そんな中、ラヴェルデ邸を後にした早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)を伴ってグランツ教の教会近くまで出ていた。
「オルクス……か、面白い名を貰ったな」
 その隣では、呼雪が呼び出した、先日秘密結社オリュンポスと共にあったはずのナッシング……オルクス・ナッシングと名付けられた男が、相変わらず不気味な佇まいで小さく頷いていた。
「名は……個の証、だ……我が……個と、為ること、が……可能、なら…………興味、深い」
 その言葉に、最初に出会った時と徐々に印象の変わり始めているのを感じて、呼雪は思わず口元に笑みを浮かべた。
「グランツ教のマグスのひとりは『以前銃で撃たれた』から『銃弾を目前で止めるられるようになった』のだという……つまりはそういう事なのだろう」
「そういうこと、って。呼雪ってばだいたーん」
 何かを吸収するように学び取り、変化を続けているナッシングという存在の不可思議さを称するのに、ヘルが大げさに茶化すのを無視し、呼雪の手が数時間前の戦いで傷ついたオルクスの傷にそっと触れた。淡い金の光が傷を癒していったのに、戸惑いとも取れる一瞬の沈黙の後「感謝、する」とオルクスは小さく言った。
「奇妙な……もの、だ……感覚、と……言う、もの、か……お前、達……は、本当に、興味、深い」
 姿こそ不気味だが、その好奇心の芽生え方は、まるで新しい何かを発見したばかりの子供のようだ。名の無い他のナッシングと同じように、空っぽで虚ろだった存在は、触れることの出来る何か、に変化を始めているのかもしれない。
「興味深い……か」
 そんなオルクスの様子に、呼雪は思わずと言った様子で笑みと共に目を細めた。
「お前が『ナッシング以外の自分』を見付け始めているのなら、俺も面白い」
「あっ、ずるいずるい。ナッちゃんばっかり見てないで、こっちも見てよ……ねッ」
 そうやってオルクスとばかり会話していたのに妬いたのか、むすうっと口を尖らせたヘルは、呼雪の顔を掴むと、ぐりんと半ば強引に自分の方を向かせた。抗議をしようとした呼雪だったが、強引に向けられた方向に見えた人影に、口をつぐんだ。白いローブに身を包んだ小柄な少女が、教会から出て行こうとしていたのだ。
「あれ、例の女の子、かな?」
「特に、何かを運んでいる気配は無いようだが……」
 潜めた声で答えたものの、するりと足音を立てない身のこなしと、何よりオルクスを一瞥していった瞬間の目線といい、ただの信者、ではなさそうだ。
「……あの少女のことを知っているか?」
 例えば、ジェルジンスクで見なかったか。そんな呼雪の問いには、オルクスはあっさりと頷いた。
「我、が……目、と手……数多なのと……同じ、だ……手、足、その一つ……」
 どこに属しているのかは兎も角、その中でもいくらでも替えのいる種類の存在、ということだろう。問題なのは、ジェルジンスクでテロリストとして姿を現したその少女が、グランツ教の教会から、信者の格好で出てきた、と言うことだ。それもここ、オケアノスで。点と点が繋がっていくのに呼雪が眉を寄せていると、不意にオルクスが「ただ」と呟いた。
「あれ……は足、の中……でも、神出鬼没……だ」
「お前には言われたくないだろうな」
 確かに、距離から考えれば少女の移動速度は相当なものだと言えるだろうが、どこにでも沸くように現れ、唐突に消える影のような存在であるナッシングの方こそ、まさに神出鬼没だ。呼雪が笑うのに、オルクスは意味が違う、と首を振った。
「我……は、存在……の性質、だ……あれ、は……唯人、が、影響……下、にある、だけ……だ」
「影響下……?」
 訝しげに首を傾げた呼雪に、オルクスは少女の去った背中を追うように、ゆるりとその指先を伸ばした。

「あれ、の、預かる、武器……性質……のひとつ……ただ人に、は……神、は殺せ……ない、からな」