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フューチャー・ファインダーズ(第1回/全3回)

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フューチャー・ファインダーズ(第1回/全3回)

リアクション


【3】


 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は本屋で情報を集めてた。
 グランツミレニアムという都市は知らなかったが、ただ、グランツ……その名を聞くだけで、海京の混乱が頭をよぎり、舞花の胸はざわめいた。
「敵の懐に潜り込んだと思うべきか、それとも、敵の腹の中に潜り込んだと思うべきか……。どちらにせよ、落ち着きません……」
「クルセイダーはこっちには来なさそうだよ」
 ノーンは雑誌から少し目を出して、外の動向に目を光らせる。
「ここはどこなのでしょうね。仮想空間、あるいは異世界の類の可能性もありますが……」
 舞花は、歴史と地理、観光の本を集め、頭に情報を詰め込み始めた。
 それから、手に刻まれた謎の数字だ。科学か、それとも魔術によるものなのか、記憶術を使って、なんとか手がかりを探す。
「ん?」
 ふと横を見ると、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が本を塔のように積み上げて、床に座り、熟読していた。
 読んでいるのは、舞花と同じ都市の歴史や地理に関する本。中には町のアングラ情報誌などもあった。
「……お互い考える事は同じようだな」
「……そのようですね」
 グランツミレニアム。大崩壊で沈んだ海京の上に造られた人工島。旧名・新海京。
 その後、勃発したパラミタ・地球間の戦争により、現在、新海京はパラミタ領に。名称を新海京からグランツミレニアムに変更し、教団主導の下、治められている。
 現在、太平洋に複数のメガフロート要塞を配置し、日本と制海権を争うパラミタ側にとって、グランツミレニアムは重要な戦略拠点として機能している。
 中央に、都市の中枢を担う大神殿。その東西南北に都市ブロックが広がる。上空からの写真では、都市は、花弁のような形状をしているようだ。
「……”大崩壊で沈んだ海京”!?」
「そんな! 先の海京の騒動で、教団の目的は阻止したはずです!」
「そのはずだが……いや、待て。問題はそこじゃない。新海京、地球とパラミタの戦争、一体何の話だ?」
「……見て下さい!」
 舞花は、本の奥付を指差した。発行2046年。
「……2046年? 今は2023年だろ?」
「これが事実なら、今は23年後の世界ということに……」
「どうなってるんだ……」
 舞花は、手の甲にある数字に目を落とす。
 一向に数字に関することは思い出せない。この異常事態に、数字が関係しているのは、十中八九間違いないのだが……。
『あいつら、床に座って立ち読み……いや座り読みしやがって……!』
 その時、どこからか声が聞こえた。けれど、声はすれども姿は見えない。
「これだ」
 頭の上に、不可視の封斬糸が張られている。一端は入口のほうに、一端はレジのほうに。糸を伝わる振動を、唯斗は風術で増幅させ、危険にすぐ対応できるよう簡易的な糸電話としているのだ。
 今の声は、レジから聞こえた声のようだ。
「うおっほん! うおっほん!」
 そこに、本屋の店主がわざとらしく咳払いをしながら、近付いてきた。
 本屋にとって立ち読み野郎は、ゴキブリに匹敵する駆除すべき害獣。はたきをバサバサと振り回し、二人の読書を妨害してくる。
「うおっほん! うおっほん!」
「ぐ……!」
「ここは一旦、退くぞ!」

 そのころ、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は、新風 颯馬(にいかぜ・そうま)リューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)とネットカフェ、所謂”ネカフェ”に。ここなら、個室もあるし身を隠すには最適だ。それに、情報収集にも適している。
 二畳ほどの部屋に、それぞれ漫画を持ち寄って黙々と読む。そう書くと本当に漫画を読みに来た人みたいだが、これも立派な情報収集である。多くの人がそうであるように、漫画から学べることもたくさんあるのだ。
 リューグナーは、グランツ教に関係する漫画を読んだ。
 この町に潜伏するためには、作法やしきたりを知る必要がある。特に、宗教都市という特殊な町なので、その必要性は大きい。
「なるほど……。教会式のお祈りはこのようにするのですね」
「教会式……って、広場の奴らがしてたオタ芸みたいのだろ?」
「違いますわ。あれは、若い信者が勝手にやってる……まぁ流行のお祈りみたいなもので、正式なものではありませんわ」
「へえ。じゃあ正式なのは?」
 リューグナーは、胸の前で手を組み、跪いてみせた。
「……地味だな。広場の奴らのほうがいい」
「燕馬。それはやめたほうがいいですわ。古参信者は、あのお祈りを気嫌いしているようなので、ネットで叩かれますわよ」
「……どこの世界でも、新参と古参のいさかいは絶えないな」
 颯馬は、パソコンで先ほど放送で流れた”時空震”という単語を調べていた。
 博識と呼ばれる彼だが、この単語には覚えがなかったのだ。
「……時空震。おお、これだ」
 時空震とは、時間、空間を超越し、物体が出現する際、発生する震動である。ほとんどが微弱なため、発生を感知することは出来ないが、巨大な物体や、複数の物体が同時に出現した場合には、大きな震動が発生するようだ。
「複数の物体が同時に出現した場合……。状況から鑑みて、おそらくクルセイダーが感知した時空震は、わしらの出現の際、起こったものじゃろうな」
「……時空を超えるようなことをした覚えはないぞ?」
「わしにもない。しかし、わしらはいきなりこの町におった。わしらがこの町に突如出現し、それによって時空震が発生したと考えれば、筋は通る」
「なるほど……」
「で、燕馬殿は何を読んでおる?」
「ああ。これか。勧善懲悪モノとかピカレスク系の漫画だ」
 ここはグランツ教の治める都市で、実行部隊たるクルセイダーは体制側の組織。体制側に追われているという事は、自分達は反体制側、即ち”悪”のハズ。この街で、何が悪とされているのかを知れば、自分達がここにいる目的が、わかるかもしれない。
 そう考えたのだが、そこから推し量るのは難しかった。この町の善悪に関する感覚は、燕馬の持っている感覚と、そう大差ないのだ。
 ただ、一点。主人公=善=グランツ教、敵=悪=非グランツ教。その構図は、全ての漫画に見られた。
「つまり、この町で悪ってのは、グランツ教ではない奴ってことか……」
 自分達が、ここにいる目的はわからなかった。
「……荒井と桐ヶ谷は、何か掴んだかな……?」

 荒井 雅香(あらい・もとか)も、ネカフェを拠点に情報収集をする一人だ。
「勇作さんと食事の約束してたのに……どうしてこんなところにいるのかしら」
 天御柱学院教授・大文字勇作(だいもんじ・ゆうさく)を思い浮かべ、雅香は少し幸せな気分、それからすぐに憂鬱な気分になった。
 記憶がなくなる直前まで、彼の傍にいたような気がするのだが、意識が戻った時には彼の姿はなく、一人きりだった。
「ここに勇作さんもいればここでデート出来たのに……って、愚痴ってるひまはないか。私の人生がかかってるんだから、どうにか記憶を取り戻して、この状況をどうにかしないと」
 雅香は、自分のノートパソコンに繋ぎ、得た情報をこちらに保存しながら、グランツミレニアムに関係する情報を集めた。
 その多くは、舞花と唯斗が本屋で知ったものと同じだったが、その中の、小さな記事に彼女の目は止まった。
「勇作さん……?」
 それは”2022年の海京崩壊”に関する記事だった。
 記事によれば、大文字は、海京崩壊の数少ない生存者の一人とされている。海京崩壊の原因究明にあたり、彼は「突然、現れた怪物の仕業」と主張した。当時の調査団は、彼の言葉に従って、海京周辺海域の調査を行った。
 しかしそのような痕跡は見つからなかった。それでも彼は発言を曲げなかったが、それは彼の立場を危うくしてしまった。事件のショックで精神を病んだと思われ、研究者としての立場を失ったのだ。
 その後のことは書かれていない。彼に関する記録を調べてみたが、この記事以降、彼は公には現れていないようだ。
「そんな……。23年前……って、一体何が……。勇作さん……!」
「……どうした?」
 そこに、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)が現れた。
 二人も、ネカフェに身を隠し、打開策を模索する仲間だ。人目につかないよう、信者のローブを纏って一般人のフリをしている。
「……23年後の未来か……」
 雅香の集めた情報を共有し、煉は複雑な表情になった。
「そっちは何か見つかった?」
「俺たちは、グランツ教と超国家神、クルセイダーのことを調べてみた」
「……ただ、空振りだったんだよな」
 これといった情報はなく、耳障りの良い情報ばかり出てきた。超国家神はパラミタに平和をもたらす女神だし、クルセイダーは司教に仕える聖なる戦士だ。彼らの正体に関することや、彼らに対する批判はどこにもなかった。
「おそらく情報統制されてるんだ」
「そう言えば、市民が利用する掲示板に入ってみたけど、教団を賞賛する書き込みはあっても、その逆はどこにもなかったわね」
「教団を貶めるような話は、ここじゃ出来ねえってこったな。息苦しい町だぜ」
 そしてもうひとつ、二人は彼らを襲う”記憶障害”の件を調べた。
「正直、どう調べていいのかわからなかったんだが……颯馬の旦那が時空震が俺たちと関係がある事を調べてくれたんで、それと関連付けて調べてみたんだ。そうしたら、一個気になる話が出てきた」
 それは、時空移動に伴う人体への影響に関する一説だった。時空移動の事は、ほとんど解明されていないが、この説では、時空移動の際、対象者が記憶障害を発症する危険性があると説いている。
 対象者に流れる時間と、移動先に流れる時間の齟齬が、一時的な混乱を引き起こし、記憶に悪影響を与える、と。特に、移動の前後の記憶は、薄弱となる確率が高く、なんらかの対策が必要とあった。
「つまり、時空移動の所為で、私たちの記憶が欠落してしまったと?」
「ああ。記憶障害の件は、この説が有力だと思う」