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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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リアクション

8.タシガン<5>


 ゲートの制圧は、まだ完了してはいなかった。
 周囲を彷徨うモンスターそのものは減少しているが、瘴気を垂れ流すゲートは未だ健在であり、そこから新たなモンスター湧き出してくる限り終わりはない。
「ろくに言葉も通じないんだから、まいったなぁ」
 堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)がそうぼやく。
 できるなら、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)と同じく、モンスターを捕獲してなんらかの情報をひきだしたかったのだが、幽鬼や化け物の類いばかりで、喋れないばかりか、やみくもに攻撃してくる以外の意志はそこにない様子だ。
 こいつらを操る『影』のような存在が姿を表したらしい、とは本部から伝えられていたが、まだ一寿の前にはそれこそ影も形も存在しない。
 ――「彼らには手出しするな」とも同時に警告されたが、それでも、なんらかの情報を得ることはできたろうに。
 とは、いえ。
 まだ所員の最後の一人は見つかっていない上、これらのゲートをこれ以上放置していてよいわけもない。
 一寿は、パートナーたちとともに、不気味に口を開いた空間の破壊を試み続けていた。
「【バニッシュ】!」
 ランダム・ビアンコ(らんだむ・びあんこ)が気合とともに浄化の光を放つ。黒い靄が一時的に薄まり、幽鬼たちが絹を裂くような悲鳴とともに薄く消え去るが、これもすでに何度目かはわからない。
 だが、ランダムは疲れを知らぬように、激しい眼差しで魔物に対峙し続けている。
 消えた幽鬼のかわりに、モンスターがランダムに襲いかかるが、それをパワースーツではねのける間に、後方からビリー・ザ・キッド(びりー・ざきっど)ヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)が【火術】と【弾幕援護】でもって、モンスターの足止めをしつつ焼き払っていった。
 雷雨のように激しい銃撃音と、燃えさかる炎が視覚と聴覚を埋め尽くす。どこかその光景は、『狂乱』という言葉がふさわしくもあった。
「基本的には光が弱点。形がある奴には炎と物理も有効……ってとこか」
 戦闘の状況と、得られた情報から、ビリーがそう呟く。
「けど、肝心のゲートの弱点はまだわからないねぇ」
「ま、残念だが、そういうこった」
 一寿の言葉に、ビリーは肩を軽く肩をすくめて、手早くアーミーショットガンをリロードした。
「とはいえ、ここでこうして見守っていても仕方のないことでしょう」
 静かに、しかしその手の操る炎のような熱をこめて、ヴォルフラムが言う。そして、炎の前に立つランダムに向かって叫んだ。
「壊せ! これ以上に、この世界に穢れたものが入りこむのを阻むために! 世界の調和を崩す者は、許されぬ!」
「……ウワアアアア!!」
 ヴォルフラムの声に、はじかれたようにランダムは雄叫びをあげた。そしてそのまま、炎にまかれたモンスターを蹴散らし、虚無が口を開けるゲート前へと突き進む。
「……一寿に逆らうモノ、許さない。この世にあってはならないオマエ!」
 もはや、ランダムの全身が光り輝き、パワードスーツに包まれた両腕ががしりとゲートを掴んだ。
 黒い靄と幽鬼が、ランダムの全身にまとわりつくように現れては、光に浄化され、呪詛とともに消えていく。
「消えろ、消えろ、消えろ、キエロ……! キエロキエロキエロキエロキエロッ!!!」 半狂乱で、ランダムは光を発し続ける。その金色の瞳は、すでにどこか焦点が怪しいものだった。
 だが、しかし。
 無情なまでに、ゲートはただ、その光を吸い込み続けていくだけだ。
「グアァァ……」
 うめき声をあげ、泥濘のようなモンスターの手がランダムに伸びる。それを迷うことなくバスタードソードで切断し、ヴォルフラムは「穢れたものよ、去れ!」とさらに容赦なく剣を振るう。その口元には、微かに笑みが浮かんでいるようにも見えた。
 日頃、音楽を愛し、穏やかな姿からは想像もつかない。ヴォルフラムの、予想外の横顔だった。
「どうすんだ、一寿。このまんまじゃ、ゲートの前にランダムが壊れっちまうぞ!」
「けど、とにかく、ここは制圧しないとねぇ……」
 ここまで肉薄して、諦めるわけにはいかない。
 ゲートという供給源を断つのが、もっとも効果的なのだから。
 けれども、ビリーの言うとおり、効果の薄い攻撃を続けていてもいずれはじり貧になるのは目に見えている。
「せめて、閉じることができればいいんだよねぇ。破壊はできなくても、塞げれば……」
「……塞ぐか」
 一寿は何気なく口にしただけだったが、ビリーにはなにやら案が思いついたようだ。
「ランダム、ひけ!」
 そうビリーはランダムに呼びかけるが、半狂乱になっているランダムには、ビリーの声は届かない。ちっと舌打ちするビリーに、「僕が行くよ」と一寿は自らゲートの前に飛び込んでいった。
「一寿!」
 一目散にランダムにかけよる一寿を、ヴォルフラムが幽鬼たちから庇う。
「ランダム、落ち着いて!」
 発光の眩しさに目を細めながらも、一寿は暴れ回るランダムの肩に両手をまわし、背後から抱き締めた。
「ランダム!!」
「ア…ぁ………」
 もう一度強く呼びかけると、びくん、とランダムの顎が跳ねように動き、次第にその光が収まっていく。同時に、ランダムの瞳にも、落ち着きが戻ってきた。
「一寿……ここは、危ないよ」
「おまえら、そこをどけぇぇ!」
 ビリーが叫ぶ。咄嗟に、ランダムは一寿を抱きかかえて、横へと跳ねるようにして飛んだ。
 ビリーは渾身の力を集め、『氷術』でゲートの周囲を巨大な氷で覆った。空間そのものは凍らせることはできなくても、その周囲であれば可能だ。
 黒い靄は内側でとどまり、流出は止まった。
「俺一人の力じゃこんなもんだが、かけ続ければもっと堅い壁になるんじゃねぇか?」
 ふぅ、とビリーは息をつき、にやりと笑ってショットガンを肩に担いだ。
「そうだねぇ。本部に連絡して、氷術が得意な人に協力してもらおう。……ランダムは、大丈夫?」
「大丈夫よ。……ごめん、一寿」
 一寿を守るためにしたことだったが、結果としては一寿も危険にさらしてしまったようで、ランダムは俯いてしまう。
「謝ることなんか、ないよ。さ、ルドルフ校長に連絡しなくっちゃね」
 一寿はそう言うと、作戦前に支給されたHCに手を伸ばした。