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リアクション
「……じゃあ、『カノープス』。これでどうだ?」
そう言ったのは、セルマ・アリス(せるま・ありす)だった。
それは、蒼空学園のサーバーがウイルステロに遭った時、アクリトが解除の為に設定していたパスワードだ。
その言葉の意味は、『パルメーラ』。
ピピッ、と、パスワードを受け付ける音が鳴った。
「アガスティアモード、起動します」
音声と共に、床に置かれた魔道書から、パルメーラの立体映像が浮かび上がる。
「パルメーラ……!」
思わず呟いたラルクに、パルメーラはにこりと笑いかけた。
「久しぶり……。来てくれて、ありがとう」
そして、セルマの方を向く。
「君の知りたいことは何?」
自分のパスワードが正解だったことに少し驚きつつも、セルマは頭の中を整理する。
(必要な情報は何だ……?
知らなきゃいけないこと……)
思い出すのは、聖剣に関することだ。
此処に来る前に、都築中佐達が行方不明になったことを聞いていた。
彼等は以前、パラミタの世界樹の探索に参加し、聖剣を持ち帰った。
そう、その探索も、そもそもの目的は世界樹の活性化だった筈。
それなら、と、セルマは顔を上げた。
「沢山あるけど、これに絞る。
『パラミタの世界樹達を活性化させる為に、聖剣アトリムパスをどのように使うべきか?』
……例えば、何か詠唱が必要だとか、世界樹に影響を与える為に決まった場所があるとか、その辺りの具体的な条件が知りたい」
「詠唱の必要な呪文はないよ」
聖剣アトリムパス。そう口の中で呟いてから、パルメーラは答えた。
「それぞれの世界樹の、核の部分に聖剣を差し込めば、活性化は成せるよ。
核っていうのは、人間でいうと、心臓の部分かな。
核が何処にあるのかは、その世界樹によって違う。
……でもきっと、君達に必要なのはこんな情報じゃないよね。
聖剣は今、『コーラルワールド』に在るんだし」
「コーラルワールド?」
「そこは、パラミタにある全部の世界樹と繋がってるから。
繋がってるポイントがあって、その“スポット”に、聖剣を差し込めば、その力を全ての世界樹達に送ることができるよ」
「それは、解りやすいものなのか?」
「多分、解るよ。光ってるし、暖かいから」
そう言ってから、パルメーラは目を閉じた。
「アガスティアモードを終了します。パルメーラモードにシフト」
固唾を呑んで様子を見守っていたラルク達が、その言葉に反応する。
再び目を開けたパルメーラが、ラルク達を見て微笑み、それを見て、ラルクはようやくパルメーラに話しかけることができた。
「よお……その何だ……大体三年ぶりか? 元気そうで何よりだぜ」
立体映像のようなパルメーラの、それでも元気そうな姿に、ラルクはほっと安堵した。
「うん。ラルクくんも」
パルメーラが微笑む。
「まだ、そこから出られねえのか?」
「うん……」
「パルメーラ君がいなくなった後、こっちでも色々あったのよ。本当に、色々」
一言では語りきれない。
リカインはそう言うと、【夢想の宴】による幻を作り出した。
幻の登場人物達に演じさせて、その後のシャンバラ、ニルヴァーナのことまでも、再現して見せる。
それはただのパフォーマンスではなく、パルメーラへの癒しを含めた効果を狙っていた。
パルメーラの復活を、少しでも促進するものになればと思った。
その長い演目の間に、やがて遅れていた柊真司や柚木桂輔らも合流する。
「なあ、パルメーラ自身がソッコ戻ってこれる手段とかはないのか? その予言の力でさ」
リカインの夢想の宴を横目に、唯斗がパルメーラに訊ねた。
「自分の意思で予言の力は使えない、ってーなことを言っていたらしいが、それくらいしても良いんじゃねーか。
アレから時間も経ってるし、何だかんだで状況も変わってるしな。
つーか、ぶっちゃけジャージグリーンが辛気臭ぇ」
だからさっさと戻って来てくれたらいいな、と思うわけだが。
「時間が経っているとか、状況が変わっているとか、そんなことは問題じゃない」
旭が、厳しい口調で言った。
パルメーラは、じっと旭を見る。
パルメーラに好意的な者ばかりではない。今此処に居ない者にも、パルメーラを今も許せないと思っている者はいる。
それを伝えなくてはならないと、旭は思っていた。
「反省したからといって万人が許すとは思うな。
当時、俺もパルメーラのことを説得しようと考えたこともある。
しかし、あの時、説得できて反省したからと言って、やったことを許す気はなかった。
それに今でも恨んでる奴はいると思う。
東西に分かれたシャンバラで混乱が激化し、命を落とした者がいるのも、お前が遠因と考える者もいるだろう。
ウゲンに唆されていたから自分は悪くない等といった責任逃れはするな。
パラミタに帰っても監視の目もあれば、針の筵の毎日だと思え」
「おいっ」
ラルクが遮ろうとするが、構わずそう言い放ってから、旭は一呼吸置いた。
「それでもパラミタに戻る意思が変わらないなら、それに向けて努力することには、肯定する」
「テメェ……何も知らねえ癖してナマ言ってんじゃねえ」
ラルクが、ドスの低い声で言った。
「俺が、何も知らない?
それこそ、何も知らない癖にと返すぞ」
旭は引かない。
「こいつは罪の意識を感じてる!
元々は誰かに頼られたくて、そんな寂しい感情から来た奴だった。
確かにこいつは取り返しのつかねぇことをした……だがよ、やり直したいって言ってくれた。
俺もアクリトも、こいつが必要なんだよ!
こいつもアクリト同様、普通の生活を送るべきなんだよ!」
間違えない者はいない。
その間違いによって、取り返しのつかない失敗をすることも、きっと普通にあるだろう。
此処に至るまでにも、彼等は一人の龍騎士を犠牲にして来たのだ。
「ありがとう、ラルクくん」
パルメーラが口を開いた。
その落ち着いた声に、ラルクも旭も、他の者達もパルメーラを見た。
パルメーラはにこっと笑う。
「ごめんね」
「……何が、ごめんねなんだよ?」
「わたし、反省してるよ。
ウゲンくんに利用されて、馬鹿だったって思う。とても悪いことをしてしまったな、って、思ってる」
でもね、と、それでも、まっすぐにラルクを見て。
「後悔は、してないの」
ラルクも、そして旭も、その言葉に目を見張る。
だって、ウゲンくんのことを、わたしは、友達だと思っていたから。
そう、パルメーラは、迷い無く言った。
「わたしは、友達の為に、何かをすることを悪いことだと思わなかった。
……今も、そう思ってる。
もしも、ラルクくんが、此処にいる人達が全員死んでしまえばいいって思ってたら、わたしは、きっとそれに力を貸すよ」
「俺は、そんなことは思わねえ」
「うん。だから、ラルクくんと、友達になれてよかった」
友人の力になりたい。
寂しいパルメーラは、その思いに付け込まれて利用された。
利用された自分を、馬鹿だと反省している。
利用されて、殺すべきでない人を殺してしまったことを反省していた。
けれど、もしもまた、「友人」の力になれるなら、きっと同じことを繰り返す。
そう思うのだ。
「そんなこと、絶対にさせねえよ!」
自分が友人である限り。
ラルクはそう断言する。
「帰ろう、パルメーラ、アクリトの元へ。お前もそろそろ社会復帰して普通の生活に戻るんだ。俺もついてる……これからは皆に頼られる存在になってかねえとな」
差し出された手を見て、パルメーラは、嬉しそうに笑った。
自分を思ってくれる友人。
自分を利用しない友人。
彼等がいる限り、自分は二度と、間違えることはないだろう。
「うん。
まだ今は、もう少し、無理だけど、パラミタに帰ったら、きっと一番最初にラルクくんに会いに行くね」
パルメーラは、そう言って、そこにいる面々を見渡す。
「あの時は、本当に、ごめんなさい」
「そっちの用は終わった?」
リカインの、夢想の宴による演目も終わり、壁際に立って、黙って事の成り行きを見ていたトゥレンが、口を開いた。
「訊きたいことがある」
パルメーラに歩み寄るトゥレンの代わりに、周りの者達は、息を呑むようにして一歩後じさる。
彼女の前に立つトゥレンに、最初の頃のきさくさはなく、むしろ近づきがたい雰囲気があった。
「コーラルワールドに行く方法を知りたい」
パルメーラは頷いて、トゥレンの背後にいる面々を見渡す。
「皆も、一緒でいいの?」
「いや、俺一人で行く。あと俺の龍と」
「えっ……」
思わず声を上げたのはセルマだ。
「あんたらの用事は、此処で終わりだろ。
俺の用事はここから先。仲間を回収しに行く。だから行くのは俺だけでいい」
そういうことではない。セルマ達は顔を見合わせる。
ここでトゥレンと別れるのは命取りだった。
圧倒的に戦力不足な自分達だけでは、確実に、パラミタに戻る復路を無事に乗り切ることはできないからだ。
「待て、コーラルワールドには、俺達も用がある。
そこが、聖剣を使う為に必要な場所なら」
「それに、君、もうそろそろ、限界でしょ」
セルマの言葉に、パルメーラがそう続けた。その言葉には、にゃん子もはっとする。
カサンドロスを失った後、トゥレンはほぼ休みなく、ひたすら艦外で戦っていた。
長い時は丸三日も艦に戻らず、戻っても、格納庫で短い仮眠をとった後でまたすぐに出て行く。
戻ったタイミングを見てにゃん子が食事を運んでも、横たわったトゥレンの上で、龍が威嚇して近づくことも出来ず、トゥレンは十日以上、殆ど寝ていないし、水しか口にしていなかった。
激化するナラカの魔物達との戦いで、それは彼等にとっては戦力的にとても助かったのだが。
「この程度で限界になんてならないよ」
「でも、ここはパラミタじゃなくて、ナラカだから」
ナラカにおいて、デスプルーフリングすら必要としないエリュシオンの龍騎士でも、パラミタで活動するのと全く同じようには行かない。
彼も、ナラカの住民ではないのだから。
「コーラルワールドはね、世界樹アガスティアの中にあるの」
パルメーラは、トゥレンを含めた彼等に両手を広げた。
「大丈夫。助ける方法は、あるよ」
トゥレンにそう言った、パルメーラの姿がぼやける。
いや、パルメーラだけではなく、視界の全てが。
――そして、気がつくと、彼等は深い森の中にいた。
呆然と周囲を見渡すトゥレン達は、遠くの方で手を振るパルメーラに気付く。立体映像ではない。
遠くの方を指差して、パルメーラの口が動いた。
そして、森の中に走って、その姿は見えなくなる。
それきり、パルメーラは姿を現さなかった。
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