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リアクション
「アーデルハイト先生から聞きました。フリッカさん、生徒会の会長に推薦されたそうですね。おめでとうございます」
やって来たフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)に祝福されて、書類から目を上げたフレデリカ・ベレッタ(ふれでりか・べれった)が笑顔を浮かべた。
「ありがと、フィル君。EMU議員立候補はまだ先だし、これがベストの展開だと思うわ。
大ババ様からも『地球の方まで手が回らないからお前が頼りじゃ』って言われたんだもの、頑張らなくちゃ!」
グッ、と拳を握ってやる気を露わにするフレデリカに、フィリップはあれ、と疑問符を浮かべた。視線をルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)に向けると、「せっかくフレデリカがやる気になっているんだし」と言いたげな視線を返される。それでおおよその事情を把握したフィリップは、この件に関しては黙っておくことにした。
「それで早速なんだけど、イルミンスールとEMUの関係改善を図るために、まずは現状の把握をちゃんとやっておきたいと思うの。
報告書はここに持ってきたから、フィル君も協力してくれる?」
フレデリカの申し出にフィリップは分かりました、と頷いて、フレデリカの向かいに腰を下ろすと書類に目を通し始めた。
「……思っていたより、事態は深刻ね。EMUに要望書類を持っていく際に感じていたことが、現実になっちゃってる」
ルイーザが淹れてくれた飲み物に口をつけて、フレデリカが険しい表情で呟いた。
現状、EMU内の対立はほぼ収まり、EMUはミスティルテイン騎士団の下に、一つになったと言っていいだろう。
しかし『ホーリーアスティン騎士団』に始まる一連の騒動の結果、イルミンスールとの関係は弱まってしまった。そして問題なのは、『EMUとの関係を再び繋ぎ直す必要があるのだろうか』という考えがイルミンスール側に少なからずある点だった。最初期から居る者――エリザベートやアーデルハイトを始めとする、もちろん生徒も含む――やフィリップ、ルーレンはともかく、世代の入れ替わりが進んだ事でEMU? ナニソレという者が増えている事も影響していた。これはパラミタ側と地球側の繋がりが弱くなっているとも言えるかもしれない。パラミタ大陸開発が盛んだった頃に比べて、パラミタというものに魅力を感じなくなっている点ももしかしたら影響しているかもしれない。
「今後はミスティルテイン騎士団や、EMUのことをオープンに伝えていく必要がありそうですね」
「そうね……その意味でも、生徒会が発足されるのはいい機会だわ。まずは生徒に、ミスティルテイン騎士団とEMUの事を知ってもらわないと。
後は、EMUがどれだけこちらの意図に応じてくれるかよね。ノルベルトさんに頼めば大丈夫かな……」
「大丈夫だと思いますよ。ノルベルトさん、フリッカさんのことを信頼していますし」
フィリップのこの言葉は彼の憶測だけではなく、フレデリカはノルベルトやミスティルテイン騎士団所属のEMU議員を交えての討論会に何度か参加している。それはゆくゆくはフレデリカをEMU議員にとの思惑があっての事だが、そうだとしても一定の信頼がなければこのような真似はしないだろう。
「フィル君がそう言ってくれるなら、大丈夫ね! 早速連絡を取ってみるわ!」
フレデリカが目を輝かせてフィリップへ頷いた。自分に自信がある方ではないフィリップは、フレデリカの反応が大げさではないかと常々思っているものの、それで彼女が能力を十分に発揮できるのならいいかな、と思っていた。
「フリッカ、あまり気負い過ぎては、疲れてしまいますよ」
ルイーザが横から、フレデリカを落ち着かせる。しばしば暴走しがちなフレデリカをなだめるのは、今でもルイーザが一枚上手だ。
「はーい。……あっ、もうこんな時間。
じゃあ、今日はこれでおしまいにしよっか。帰ろっ、フィル君」
「ええ、そうしましょうか、フリッカさん」
荷物をまとめ、二人並んで帰る様は、実に初々しいものだった。
「……生徒に知らせるためには、少しくらい強引な手段を取るのもアリだと思うのよ」
「確かにそうかもしれませんけど、過度な広告はイルミンスールの空気に合いません。百に対して十の割合でいいと考え、興味を持った生徒が離れてしまわないようにケアすることが大切だと思います」
明くる日、フレデリカとフィリップはイルミンスールとEMUの関係改善について、互いの持論を戦わせていた。今でも気弱な面を多分に持つフィリップだが、こと論戦においては相手に押し切られる事無く、言うべき時にはきっちりと意見を挟んでいた。
(……今の彼を見ていると、あぁ、フレデリカを任せてよかったな、と思えますね)
二人の様子を、ルイーザが嬉しさと、一抹の寂しさを滲ませた表情で見守っていた。……ただし今日においては、少々事情が異なっていたのである。
「……ふぅ」
話が一段落ついた所で、フレデリカが背もたれに寄りかかるようにして息を吐く。先程まで喋り通しだったのを考慮しても、気分が優れないようにフィリップには映った。
「フリッカさん、大丈夫ですか?」
「……え? あ、うぅん、大丈夫。ちょっと喋りすぎちゃったみたい。少し休めば――」
健気に笑ってみせたのも束の間、まるで身体の内側からせり上がるような感覚にフレデリカの笑顔が崩れた。
「ゴメン、ちょっと」
言葉少なく席を立ち、部屋を後にするフレデリカ。心配そうにその背中を見つめていたフィリップへ、ルイーザがやって来て「私が見てきます」と告げてフレデリカの後を追う。
「お願いします」
頭を下げてルイーザを見送り、椅子に腰を下ろす。深く息を吐いて、二人の帰りを待つ――。
しばらく待っていると、ルイーザが一人で戻ってきた。慌てて席を立つフィリップへ、ルイーザは心配しないで、と言うような微笑をたたえて口を開く。
「今日の所は一足先に帰らせました。……それと、これは私の女の勘、ですけど、近い内にいい知らせがあると思いますよ」
ふふ、とウィンクしてみせるルイーザに、フィリップははぁ、と頷くしか無かった。
そして、それから数日が経ち。
「……えっと、ね、フィル君。お話……聞いてくれる?」
部屋に入ってすぐ、フレデリカがそわそわとした様子でフィリップにそう告げた。フィリップはその時が来たか、と緊張感を胸に、フレデリカに向き直る。
「あっ、別に困ったこととかじゃないから、安心して。
その……ね。この前私が体調不良で先に帰っちゃったでしょ? あの後医者に診てもらって、それで……」
しばらく言い淀んで、意を決してフレデリカが次の言葉を告げた。
「……できた、みたいなの。フィル君と私の…………子供」
「……………………あ」
言葉が頭に入ってから、理解するまでにかなりの時間を要して、フィリップが嬉しさと、それをどう表現していいか分からないといった顔になった。
「あ、え、えっと……おめでとうございます」
「あ、ありがと……って、他人行儀だよフィル君。二人の子供なんだよ?」
「あはは、そ、そうですよね、ははは……」
指摘されて、まだどうしていいか分からない顔をしていたフィリップも、時間が経ってようやく事態を受け入れた様子で、脇に控えていたルイーザへ身体を向けた。
「ルイーザさんがあの時言っていたのは、これだったんですね。ルイーザさんの言う通り、僕たちにとってとてもいい知らせでした」
そう口にしたフィリップは、ほんの一瞬だったかもしれないけれど、とても頼もしく映った。これから彼は『父』になり、『母』となるフレデリカを支えていくのだろう。
――今までフリッカを見守ってくれて、ありがとうな――
(……え? 今の、は……)
ふと聞こえた声は、今になっても胸に残り続けている懐かしいもの。『彼』がきっと微笑みながらかけてくれたであろう声は、ルイーザの胸を瞬時に満たしていった。
「……おめでとう、フリッカ……フィリップも」
思わず涙しそうになるのを抑え、ルイーザが祝いの言葉を二人へ送った。
「ねえ、男の子かな、女の子かな? 男の子だったらフィル君みたいなカッコイイ子がいい」
「僕みたいは、うーん……女の子ならきっとフリッカさんみたいに素敵な子に育ってほしいですね」
生まれてくる子の事ではしゃぐ二人を、気が早いと責めることは誰にも出来ないだろう。それほど、今の二人は幸せオーラに満ちていた。
(……セディ……私は私の役目にやっと、区切りをつけられた気がするわ)
そんな二人を暖かく見守るルイーザもまた、大仕事をやり遂げたような満足した顔を浮かべていた――。
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