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リアクション
【洞窟――その奥へ】
オケアノス山岳部、中腹にある遺跡――とされている洞窟。
灯りは無く、何らかの建造物として整えられた形跡も無い、自然に出来たと思われるその洞窟を、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)の従者、ラビドリーハウンドと調律機晶兵に先行させながら進むこと暫く。捜索のために先んじて洞窟を探索して回っている宵一の式神やエルデネストのフラワシのおかげで、行き止まりや分岐に捕まってロスを生むことも無く、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)やカーリアによってトラップを解除しつつと、順調にその歩を進めていた。
(アイツならこの状況……仕掛けるにしても多分『切り札』を手に入れる事を求めるでしょうね)
清泉 北都(いずみ・ほくと)やザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)の光精の指輪の光に照らされる道を行きながら、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)は思考の海に半ば沈んでいた。ついに裏方から前へと足を踏み出したアイツ、こと天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)がどう出るか、どうするか。ここへ到るまでも散々考えていたのだが、結局あれこれと予想の数ばかりが増えていくのに、鈿女は自らを戒めるように首を振った。
(止め。考えすぎて逆に嵌るのは御免だって、ここまで来たんじゃないの)
幸い、冷たく澄んだ洞窟の空気は、熱しかかった頭をよい塩梅に覚ましてくれる。鈿女はもう一度、自分が下した結論を反芻する。
(既に後手に回ってる以上、アイツの選択肢を潰すのが追い詰める鍵になるはず。だとすれば今考えるべきなのは、『敵に利用されると面倒なもの』……)
考えられるのは、スカーレッドが持つスキル封印の解除が可能な特殊なアイテム。そして、攫われた留学生と契約者、或いは敵と思われる相手と因縁があるらしい氏無大尉だ。特に後者は人質として使うか、死体を操るか、或いは他の使い道があるかは判らないが、少なくともわざわざ攫ったからには敵にとって必要な何かがあるからだと推測できる。
(とは言え……『敵』が氏無大尉と浚われた人質を、一箇所にまとめるとは考え辛い)
氏無は十六凪が警戒を示すような相手だ。自分なら、わざわざ錠前と鍵を一緒にしたりはしない。とすれば考えられるのは、もう一つの「現場」だが、そちらはたった一人を探し当てるための手段が無い。ならばまず優先すべきは、誘拐された人間の救出だ。何か目的があって誘拐されたと思われる以上、それを果たされる前に奪還する必要がある。その考えに基づいてここまで来たのだが、もう一つ、やれることがあると、鈿女はラブ・リトル(らぶ・りとる)をそっと手招いた。
「ちょっと頼まれて欲しいんだけど――いい? 」
そうやって、鈿女が再度思考を固め直し、ラブへ指示をしていた横で、注意深く洞窟の様子を観察していた北都は、分岐点に目印のように描かれた文字や、良く見れば擦り切れがちながら壁面を装飾していたと思われる紋様の特徴に、軽く目を見開いた。同じく、遺跡に何かしらの痕跡が無いかと注視していた清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)もそれに気付いて、相当古くに彫られたらしい文字をそっとなぞった。意味や年代は判らないが、明らかに現代のそれとは違うそれに、青白磁は「こりゃあ」と目を瞬かせる。
「もしかして……古代文字、かいの?」
「うん……ポセイドンにあったのと、良く……似てる」
青白磁が首を傾げるのに、北都は呟くようにして頷いた。
「読めるんか?」
その問いに、北都は残念そうに首を振った。
今となっては読み解く力は失ってしまったが、ペルムの海中都市で目にしたものと殆ど同じだと言うことが判る。同じ国内の遺跡同士、当然と思う反面、不思議な感動を覚えながら、北都は判別できる限りの文字を拾って、海中都市でのデータと照らし合わせた。
「……祈り……加護、器。ううん、誘拐した子達を、生け贄にでも使うつもりだったのかな、でもそれにしては……」
「どういう事です?」
呟きを拾った白竜に、北都は「ここは所謂儀式場なんだよ」と歩みは止めないまま岩壁をなぞった。
「あの子……ナナシちゃんは、ここにいた神へ捧げる魂を集める器だって言ってたよね。何かの祈願とか、加護をもらおうとか、そう言う目的であの子を器にして魂を溜め込んでから、捧げるための、装置みたいなものかな」
この洞窟の守護神か、それとも土地神のようなものかは判らないが、『敵』はそういったものとして祀られていた神の力を利用しようとしていたのかもしれない。少女の器の中に、留学生達の恐怖等の負の感情を押し込んでから生贄にする……無くはない話だが、少女が手に入らなかった以上、それは叶わない話だ。となれば、この場所に固執するより、人質としてでも使う方が、目的には有意義だろう。
「クローディスさんとあの子じゃ、魂の大きさが違いすぎる。代わりにはならないはずだし……それでも尚この場所に留まってるってことは、本命はこの遺跡の方、ってことなのかな、とも思ったんだけど……儀式場なんて、せいぜい魂の加工をする程度の役割しかないはずだし……」
そうして首を捻って、いた、その時だ。
「…………来るッ!」
「正面です!」
突如膨れ上がった殺気に、祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)とセルフィーナが警戒の声を上げ、一同が身構えた次の瞬間。
「行くでふよ!」
先制したのは、先頭にいたリィムのラビドリーハウンドだ。強化され、機晶開放された調律機晶兵が同時に飛び出して、大柄なローブ姿の男の一撃を二体がかり受け止める。そして、その激突に視線が集まっている隙をついて、音も立てずに小柄の男がスカーレッドを狙って頭上から降ってきたのには、閃いた羽純の剣の舞が初激を防ぎ、僅かに動きが止まった間で、スカーレッドを庇うようにその体を割り込ませたコアが、その拳を胴めがけて振りぬいていた。
「……っ」
ぶんっと風を生む勢いで横殴りにぶつけられた拳だったが、激突の瞬間、舞う剣を蹴るようにして軌道の方向へと飛んだことで衝撃を逃がしたらしい。空中でくるりと小さく体を畳むようにして回転すると、羽純が展開したアブソリュート・ゼロの更に向こうまで大きく間合いを取り、バキンッと抜刀一閃氷を砕いた小柄の女がその半歩前へ出、逆に一歩引いた大柄の男がそれに並んだ。
そうして、先日イルミンスールを襲ったローブ姿の四人が、行く手を阻むように並ぶのに、一同もまた構えを取り直して向き合う。
「………………」
互いが互いの動くのを計るように、睨み合うこと一瞬。
混戦となる前の先手必勝とばかり攻撃を繰り出したのは、同田貫義弘――武器形態の宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)を構えた祥子だ。乱れ撃たれたソニックブレードが、狭い洞窟内を蹂躙する中、小柄の男はその隙間を縫って飛び、小柄な女がその剣速でそれを相殺する。
が、勿論それはあくまでそれぞれに応対させるための一撃だ。騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の撃ち出したエンドレスファイアが――不規則に前方で弾けた跳弾が、応撃してきた細身の男のワイヤーの接近を阻む間の、そのほんの僅かな間で、続けざまドラゴン・アイによる牽制で接近を阻んだ祥子は、契約者達がそれぞれの狙う相手へと意識と体制を切り替えたのを見極めると「行くわよ!」と合図一声、彼らが飛び出したタイミングを見計らって、アブソリュート・ゼロが洞窟を迷宮のように細かく区切った。
勿論、それは一瞬のことだが、契約者にとってはそれで十分。それぞれがが四人の間に生まれた隙間に飛び込んで、その合流を阻もうとしたのだ。四人一組で連携するチームから、一人ずつ四名の敵となるのは大きな違いだ。
その危険は当然、誰より彼ら自身が良く判っているのだろう、まず動いたのはやはり、最も速度の抜きん出た小柄の女だ。自分達を分断させる手段を持った祥子を危険と判断したようで、囲まれるより前に駆け出しその間合いへと飛び込んできた。が、勿論こちらも狙って来るのは想定内だ。飛び込んだ瞬間に狙いを定めた抜刀術『青龍』が、女の一撃に激突して相殺された。その瞬間、同じく攻撃を読んでいた新風 颯馬(にいかぜ・そうま)の枷かけの銃がその足を狙った。
「……、これは」
血液中に特殊な魔力を流し込む魔弾がこめられた銃だ。続く祥子の一刀はかわしたものの、一瞬、足への違和感へか動きが乱れたところへ、祥子と入れ替わりに間合いへ飛び込んだのはフレンディスだ。
「――先日のようには参りませぬ」
一撃、二撃、白く輝く刀身が閃く。スピードではやや女の方が上のようだったが、珍しく獣人姿のポチの助が、二人が離れた瞬間にグラビティコントロールでその動きを鈍らせ、更にはその発動より早く飛び込もうとすれば、ショクウェーブでそれを阻んだ。
「そこの下等悪魔には負けていられませんからねっ」
そんな交互の応酬に併せて、颯馬の星祭りの銃から光が降り注いでくる。それを、光属性の耐性があるらしいローブを翻すことでまとめて弾きながらも、流石に多勢に無勢を感じたのか、女が囲まれるのを避けるため、距離を取るべく地面を蹴った、その時だ。エルデネストのアブソリュート・ゼロが退路を断たせたかと思うと、そこへ滅焼術『朱雀』が襲い掛かる。
「飛んで火に入る夏の虫……ってね」
炎への耐性はあっても、完全に断てる代物というわけでもないのだろう。壁を蹴って更に飛び離れたようとした女に、祥子はポイントシフトで追撃した。そこへ、フレンディスが飛び込んで刀の激突する高い音が、洞窟へ響く。
その音に、細身の女性の不利を感じ取ってか、今まで飛び回りながら契約者達の視界から逃れていた、小柄の男が動いた。が。
「させんッ!」
一声と共にオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)の神の目による強い光が、影を縫うように死角に入ろうとした小柄な男の姿を捉えた。ちっと舌打ちして壁を蹴り、また別の死角へ入ろうとするのを、ドラゴン特有の怪力、ドラゴンアーツがその視界になる岩陰そのものを砕いて防いだ。飛び離れる男を看破のメガネごしにじっと見やり、カーリアが「あの男、軽すぎるのが逆に弱点でもあるんだわ」と口を開いた。
「軽すぎて、力がないのよ。当たりさえすれば、大体の攻撃で吹き飛ばされるはず。ただ痛覚はないから……行動不能にするのは難しいけど」
「それと、あのローブか」
青白磁の言葉に、カーリアは頷いた。四人が着ているローブは、アンデッドの弱点である炎と光への強い耐性があるのだ。青白磁は「そういうことなら」とぱん、と自らの拳を叩いた。
「あれをぴらっとめくってしまやぁ、ええんじゃないかのう」
その手のひらでひゅう、と風が動くの意図を察して、前へ出たのは宵一だ。次々に飛び回る男へ向かって、挑発的に肩を竦めて見せる。
「なあ、そんな逃げ回ってても、俺らは倒せねえぜ?」
そうして剣を肩に置いて首を傾げ、あからさまな隙を見せてやると、流石に看過できなかったのか、男は天井を蹴ると一気にその間合いに「降って」来た。予想外の速度に、撒き散るように投げられたナイフの幾つかが肩口へと突き刺さる中、何とかその剣の腹で本命を受け止めきると、その隙に強い風が男に向かって吹き荒れた。
「……!」
ぶわりとローブが風を受けて煽られたところに、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)の真空斬りが更に追撃してローブを切り裂かんばかりに巻き上げると、そこへリィムの機晶兵が飛び掛った。それは直ぐに、空中で身を翻す男の動作で振り払われたが、その瞬間。死角へ回りこんだリィムが新生のアイオーンより黒い刃を放ちと終焉のアイオーンの引き金を引いた。だが、一撃目こそその身体を抉ったものの、その衝撃で吹き飛ばされようとする身体を更に捻って、続く銃弾の軌道を逸らすと、再び壁を蹴って飛びずさろうとした、が。局所戦闘に長けたエリシアはその後を追うと同時に、抜刀一閃。振り向きざま投げつけられた短刀の痛みも無視して振りぬくと、男はたまらず更に壁を蹴って逃げを打った。疾風怒濤の勢いで、そこへ飛び込んできたのはオットーだ。体当たりの勢いで激突され、よけ切れなかった小柄の男が岩壁に激突する。
「――ッ」
痛覚はなくとも、衝撃に身体がダメージを負えば、それだけ動きは鈍くなる。ほんの僅か、男が死角に潜り込むのが、乱れた。瞬間、追い討ちをかけけようとした宵一を阻んだのは、細身の男の放ったワイヤーだ。分断されていようと、その届く範囲は随分と広いようで、そのワイヤーは狭い洞窟に網を張るように動いて追撃を阻もうとする、が。
「させないですよぅ〜!」
一声と共に吹き荒れたのは、フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)の生み出した小規模な嵐だ。他の仲間たちにぶつからないように加減はされているものの、動き一つにも繊細さを要求されるワイヤーはその軌道が大きく乱され、他のローブの仲間への援護を難しくさせていた。
「こぉんなに吹きすさぶ嵐の中で、それでも上手く動かせるというならやってみやがれですぅ」
不敵に言ったフェーンは、更にアンデッドへは致命的ともなる天使のレクイエムを響かせたが、流石にそれは警戒されていたのか、大きなダメージを与えられた様子はなかった。だが、それで留まるフィーアではない。
「じゃあ……こんなのはどうですかぁ?」
不敵な調子を崩さず、次に放ったのはイビルインカーテーションだ。声によって紡ぎ出された力有る言葉が、文字を縄のように繋いで男へ向かって伸ばされる。それに囚われまいと、自身の前へワイヤーを束ねて接近を阻んだが、そこへ飛び込んだのは馬 超(ば・ちょう)だ。
「我が我が槍術……とくと受けよ!」
ほんの僅かに動きを止めたその身体に、超の槍が一気に突撃してくる。束ねたワイヤーで直撃は避けたものの、大きく後退したその身体へ、更に追撃しようとした超を阻んだのは、大柄の男の拳だった。咄嗟に飛び離れて直撃は避けたものの、この拳は地面を抉り、砕けた石礫が周囲に撒き散らされて契約者達に一歩たたらを踏ませる。ただの一撃で戦況を覆す威力の拳だが、それを見やって北都は目を細めた。
(……けど、その一撃がこそが弱点だね)
大きな一撃ほど、その前後に出来る隙は大きいのだ。アイコンタクトによる意思疎通で、頷いたクナイ・アヤシ(くない・あやし)が、次の一撃が振るわれた瞬間に前へと飛び出した。真正面から、魔剣ディルヴィングを翳してその攻撃を受けたが、流石に重い。受け止めきれず、剣を斜めにずらすことでなんとか受け流すと、その返す刃に冷気を纏わせたてその肩口へと振り抜いた。アンデッドの弱点である、炎と光はローブによって耐性が合っても、冷気についてはそうではない。冷やされた部分が動きを鈍らせる間に、ザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)の指輪――偽罪の御徴生み出した黒い光が、男の顔目掛けて撃ち出さると、それが更に動きを鈍らせている間に、ヘルハウンドの群れを襲い掛からせるのと同時、それに紛れるようにザーフィアは大剣をもって懐へ飛び込んだ。
だが、痛覚がない身体で有る上に、頑丈な身体をした男だ。ヘルハウンドに噛み付かれているのにも構わず、その腕が飛び込んだザーフィア目掛けて横なぎに振り払われた。
「……ッ!」
直撃こそ避けはしたが、岩壁を抉った一撃によって、再び激しく石礫が周囲へと巻き散らされて、契約者達の攻撃の流れを一瞬乱す。
そうして――戦闘が激化し、長期化すると思われた中。
「行ってください!」
叫んだのはクナイだ。最優先すべきは、誘拐された留学生と、契約者達の救出――それも、無事に、だ。そのためには、此処で足止めを食らうことで致命的な何かが起こる前に、誰でもいいから先へ行かせるべきだと判断したためだ。
それに応じて、北都が放った目晦ましの光の中を飛び込んだのは、フレンディスとアウレウス、そしてララサーズデイだ。そのまま深い洞窟の影の中を渡ってフレンディスはポチの助と共に戦線を抜け、その後ろを自身が傷つくのも構わず直進するアウレウスを盾代わりに、エルデネストとウルディカが続く。彼らの中にあるのは、ただひたすら自身の大切な人間達のことだ。その意思が躊躇わずに地面を蹴る。
「先に参ります!」
見送るように頷く契約者もまた、思いは同じだ。
「――行かせると、お思いですか?」
小柄な男が、すぐさまその背中を狙おうとしたが、振り返ったエルデネストのグラビティコントロールが足を鈍らせ、彼と祥子のアブソリュート・ゼロが行く手を阻む。
「それはこちらの台詞ですよ。追わせると思いますか?」
祥子の挑戦的な声に応じるように、残る契約者達の「追わせない」と言う強い意思が、今度は四人の方を阻む形で激突する。足止めされる側から足止めする側への変化。焦りが消えて、目的が明確になった分だけ、契約者達の動きは目に見えて鋭くなる。
「ハーティオン! 鈿女! スカーレッド大尉の防衛に注力しろ! 私は次の行動に移る!」
そんな中を、更に強引に槍で割り込みながら、超が声を上げた。そうして、一人あわあわと右往左往しているラブへ「行くぞ!」と叱咤するように声をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってよー!!」
置いていかれてはたまらない、とばかりにラブが追う更に後ろを、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が、一拍を置いて南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)と詩穂、そしてそのパートナーたちが追従する。
「頼んだぞ…………」
その背中を見送りながら、共に追いたい気持ちをぐっと抑えると、ハーティオンは仲間へと思いを託したのだった。
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