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リアクション
【華やかな宴の中で 3】
そんな会場の一画。
国賓として囲まれているティアラを見守るように、一歩離れた位置に佇んでいる龍騎士ディルムッドの姿を見つけて、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)はエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)を伴って足を向けた。
それを気配で察したらしく、振り返ったディルムッドの方も、かつみを覚えていたらしい。ああ、と呟くと僅かにその生真面目そうな顔を弛ませた。
「交流試合では世話になったな」
そうディルムッドから声を掛けられ、かつみは僅かに肩から力を抜いた。
「こちらこそ、勝手に添うと言うか混ざると言うかな形になってしまって。邪魔になってないか、気になってたんだ」
問題なかったか? とかつみが首を傾げるのに、ディルムッドは「謙遜するな」と少し笑う。
「邪魔になど。寧ろ礼を言わねばなるまいよ」
と、意味深に目を細めるのに、パートナーが隠れて行っていた留学生達へのフォローはお見通しだったらしい、とかつみは軽く頭をかいた。そんなかつみに、ディルムッドはその視線を会場で互いの戦いの話題や、契約者達との話題に盛り上がる、若い従騎士達へと向けると、まだどこか幼さも覗かせる彼らの楽しげな横顔に目を細めた。
「一の実戦は百の訓練に勝る。留学している者達はまだまだ未熟だ。君らとの共闘は良い刺激になるだろう」
君らには物足りなかったかもしれないが、と肩を竦めるディルムッドに、かつみは「いや」と首を振った。
「そんな事無い、って言うより、言葉が悪いかもだけど、わくわくした」
首を傾げるディルムッドに、その時の感覚を思い出しながら続ける。
「なんて言うか、違う戦い方する相手とでも、やり方次第で一緒に戦うことが出来るんだなって」
シャンバラの契約者達はその一人一人が実力者揃いであるが、その分各々戦い方も個性的な者が多く、そのため、協力はしても実質は個々での戦いだ。交流試合での事件のように、誰かの指揮に合わせたり、陣形を意識したりする団体ならではな戦い方は滅多に出来る経験ではない。
「また交流試合とか出来たらいいんだけど」
「それは是非とも願いたいところだな」
そんなかつみの言葉に、唐突に口を挟んだのは別の龍騎士だ。かつみは驚いて振り返ったが、知らない男である。留学生達とは違い、此方はどうも本職の龍騎士のようだ。軽く戸惑っていると「あら」とまた別の方向から声が掛かった。
「貴方も此方に来ていたんですの?」
そう言って近付いて来たのはノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。どうやら顔見知りらしく、龍騎士の方も「貴公か」と軽く目を瞬かせた。帝都ユグドラシルを訪れた際に手合わせしたその痩身の騎士との意外な場所での再会にノートは頬を緩めたがお互いその際とは打って変わって貴族然とした姿が物珍しいのか、龍騎士のほうは黙ったままだ。ノートは笑みを更に深めながら口を開いた。
「少々込み入った事情がありましたので、交流戦には参加できませんでしたけども、そちらは参加されていたんですの?」
「いや……己れは第三龍騎士団として、ユグドラシル守護の勤めがあるのでな」
それに、学生達で構成されたチームに本職が混ざるのはお互いに取って良くないだろう、と続けるのにノートは肩を竦めた。どうやらここに来ているのは、セルウスの護衛もまたある意味でユグドラシルそのものの警護であるから、といった理由であるからのようだ。
「あら、それは残念。折角の剣をあわせる良い機会でしたのに」
ノートは溜息をつくように、本当に残念そうに口にした。彼はどうやら今回の事件そのものについてはあまり詳しくは無さそうだったので、込み入った事情については触れなかったが、この式典の意義は互いの認識に違いはない。痩身の騎士もノートとの再戦の叶わなかったことを惜しむ様子なのに「まあでも、嘆くほどのことではありませんわね」とノートは明るく言った。
「両国間の平和は、それを維持する為にも互いの国が協力的である事を示さねばなりませんもの。親善試合、それとも神前試合? 何にせよ、またの機会はそう遠くないはないはずですわ」
セルウスたちの努力次第では、案外それは直ぐにやって来るかもしれない。その言葉に納得したように「成る程」と頷く龍騎士に、ノートは好戦的な笑みを浮かべてすっと手を伸ばした。
「では、決着はいずれまた、その時にでも」
そう言って笑みと握手を交わし、すっかり意気投合した様子の二人に、置いてきぼりになっていたかつみとディルムッドはふと顔を見合わせると、思わず笑いを溢した。
「俺も……もし次があるなら、また参加したいと思ってる」
言いながら、勿論戦いだけではなく、別の形でも、とかつみは続ける。
「前にユグドラシルに行った時に教えてもらった樹隷の事とか……あと過去の遺跡とか、まだまだ知りたいことたくさんあるし」
そんなかつみに、思わずといった様子でエドゥアルトはくすりと笑みを漏らした。かつみが『過去の遺跡』と言う単語で口ごもったその理由を知っているからだろう。
「最初の目的はどうあれ、知りたいと思う気持ちは本物なんだし。憚る必要ないのにね」
そう、ひそひそとからかうエドゥアルトの脇をひじでつつき、こほんと軽く咳払いして気を取り直し、かつみはディルムッドへと向き直った。
「だから、ええと……これからも、よろしく」
外交と言うにはあまりに率直なかつみの伸ばしたその手に、ディルムッドは少し笑い。こちらこと、という言葉の代わりにその手を取って、固く握手を交わしたのだった。
そうやって、互いの歩み寄りが細々と、しかし確実に行われていく中。
パーティの全体を見渡せる位置をゆっくりと移動しながら、霜月は会場の警備に勤しんでいた。とはいっても、当然警備はシャンバラの中でも群を抜いて厳しい場所だ。滅多な事は起こりようはずがないから、本当にただ念のためであり、殆ど性分のようなもので、実際視線は並んだパーティ料理の方に目が行きがちだ。
そこへ、キリアナと話が済んだらしいクコが戻ってくると、二人で巡回を兼ねてテーブルを回っていると清泉 北都(いずみ・ほくと)とクナイ・アヤシ(くない・あやし)、そして陽一が偶々同じテーブルへ揃っているところへ通りがかった。聞き耳を立てていたわけではなかったが、不意にその単語が耳に入って霜月はその足を止めた。
「漬物、ですか?」
パーティ会場で見かけるものとしてはかなり珍しいものに思ったが、どうやら陽一が齧っていたエリュシオン漬けのことらしい。
「結構、美味しいんだよ、コレ」
誰の好みで用意されたのかは知らないが、恐らくどこかの地域の特産品のうちの一つなのだろう。霜月が興味深そうにしているのに、いつもの習慣で北都はそっと皿を霜月へ差し出した。
「どうぞ」
「あ、北都」
その、気を利かせたというよりは殆ど接客中の執事のような態度に、クナイが軽く眉を寄せた。
「今日はお客様なのですから、そういうのは止めてくださいとあれほど……」
そのまま説教に入りそうなクナイに北都は肩を竦め、それを見て霜月とクコはくすりと思わず笑みを溢しながら、夫婦揃って差し出された皿に箸を伸ばし、こり、という良い音を響かせると、思わず顔を見合わせた。
「あ、本当だ、これおいしい」
「そうね。それに意外だわ……結構上品な味よね」
そんな二人の評価に、陽一も頷いた。
「豪華な料理に混ざって置いてあるの見た時には何で? って思ったけど、合うんだよな」
特にお酒に、と付け加えるのに霜月も頷いてもう一切れと手を伸ばし、味を確かめるように噛み砕いた。
「うーん、かなり色々な味が混ざってますね、これ」
大体の下味はわかるが、完璧に材料を推測するのは難しそうだ。他の料理もあわせて「レシピ聞こうかな?」と呟く霜月に「海に面しているところもあれば、寒い地域や山もあるから、食材も豊富なんだろうね」と北都はしみじみと言った。北国の出身である北都は、特に寒い地域の造詣が深いためもあってか、並んだ料理の中でも特に、そういった地域からの食材で作られた料理に関心があるようだ。霜月と共に、テーブルに並んだ料理を食べながら意見を出し合いながら、最終的にお酒の方に話題が移る。
「雪中貯蔵のお酒はまろやかになるって話だよ。実際に売ってるし」
その言葉に過ぎるのは、この一連の事件の中ですっかり覚えてしまったジェルジンスクの温泉だ。
「お酒に温泉って最高の組み合わせだと思わない?」
「良いですね」
「ついでにこの漬物も、セットで」
北都の言葉に霜月が頷く中、陽一が何枚目か既に不明となった漬物を齧りながら言うのに、一同は同意と共に笑みを溢すのだった。
そんな話でひとしきり盛り上がったところで、ああそうだ、と思い出したように北都は「あっちのテーブルのも、美味しそうだったよ」と、向かいのテーブルを示しながら、北都は少し笑った。
「……ただ、僕らが行く前に残ってれば、だけど」
そんな彼らの視線の先では、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がその食欲魔人っぷりを披露しているところだった。
会場に並んでいる料理を片っ端から攻略せんばかりの勢いで、一つ一つの皿を平らげては次、とその食欲は衰えることがない。それも、がつがつと下品に食べ散らかすのではなく、マナーは守った上であくまで美味しそうに、何よりも幸せそうに顔を綻ばせながら食べるのだ。セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は相変わらずの恋人の食欲に感心しきりだったが、通りすがった者達には更に驚きをもって迎えられ、気がつくと見物人が出来ている始末だ。
「……ちょっと、控えたら? 何だか凄く見られてるわよ」
セレアナがそっとそれを気にして声をかけたが「何でよ?」とセレンフィリティは何処吹く風だ。
「折角珍しい料理のオンパレードなのに、全部味わいつくさないと勿体無いじゃない!」
まさに食欲魔人ならではの物言いに、周囲からささやかながら賞賛の拍手が沸いた。こうなると最早、セレンフィリティの大食いショーである。
それから暫しそのショーは続いたが、不意に観客達の間でざわめきが起き始めた。その見事な食べっぷりもそうだが、どうやら観客達が気にしているのはその見た目のようだ。彼女が着ている正装は、ぴったりと体にあわせて作ってあるため余分がない。だというのに、彼女の均整の取れた肢体が少しも損なわれる風がないためである。勿論、流石に少しは胃の周りが膨らんでいるが、それより更に大きな胸元のせいで判りづらい、というのも要因の一つのようだ。
その疑問は、セレアナにとっても同じだったようだ。
「そんなに大量のカロリー、どうやって消費してるのよ?」
暗にどうやってその体型を維持しているのか、という女性ならではの疑問に、淑女達も耳をそばだてている中で「決まってるじゃないの!」とセレンフィリティはにやりと笑って見せた。
「今夜も心行くまでセレアナをおいしくいただいて、それでカロリーを軽く消費して見せるんだから」
その言葉の意味は明白で、周囲にどよめきが走り、続いてその視線はセレアナへと移った。
あっけらかんと堂々と宣言されてしまった上、観客達の好奇の視線が軒並み集まってきてしまったのである。セレアナは真っ赤になって俯いてしまったが、彼女の受難はそれで終わりではなかった。その態度が可愛いから、と、セレンフィリティがその頬へと、ちゅっと軽くではあったが口付けを落としたからだ。
観客達から歓声が上がる中、セレアナは湯気でも噴き上げんばかりに、全身を真っ赤にするのだった。
そうして、それぞれが思い思いに過ごし、霜月たちも再び夫婦揃って警備へと戻っていく中、北都は賑やかさからやや逃れるように、夜風に当たりにバルコニーに出た。華やいだ空気が嫌いなわけではないが、人の多い場所は苦手なのだ。
ふうっと漸く身体から力が抜ける北都に、クナイがそっと寄り添う。が、気のせいか寄り添うというより、伸びた手が肩に落ち、そのままぴったりと体がくっ付いて来るのに、北都は目を瞬かせた。普段はそういう真似を積極的にする方ではないクナイの行動に、はた、と気付いて北都は疑わしげにその顔を見上げる。
「えと、クナイ酔ってない?」
問いの形はしていたが、殆ど確信だ。本人はジュースしか飲んでいない、と首を傾げているが、ほんのりと赤みの差した頬は疑いようがない。どうやら、間違えてカクテルを飲んだようだ。とはいえ、大量に飲んだのではない様子で、まだ伸びてくる手は控えめなので、北都はふ、と小さく息を漏らした。流石にこんな場所で押し倒されそうになるのは勘弁願いたいが、皆が楽しんでいるパーティの最中だ。余り無粋な事は言うものではないか、と表情を和らげる北都に、クナイもほんの少し大胆に顔を近づけると、その耳元に「少しぐらい、ご褒美を頂いても良いですよね?」と声を落とすのに、北都の表情は更にまた少し笑みに綻び、いいよ、と、そっと囁く。
「一緒に頑張ってもらったからね」
多少照れ臭そうにして降りた北都の許可に、クナイは嬉しげに微笑を溢すと、人目を憚るようにしてそっと手を引いて腰を寄せると、ふわりと風に煽られた分厚いカーテンが、他の人の視界を遮る中、そっと顔を寄せて互いの目を覗き込むと、そのまま唇を近付ける。
そうして、ゆっくりと――二人分の影が人知れず重なったのだった。
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