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梅琳教官の戦闘訓練

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第四章 防衛システム撤退戦

 外周コースを進む先頭集団のやや後方。
 クリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)は、一機の防衛システムの方を見ていた。
 それから、集団の前方の方へと視線を返して、己の位置を測る。
 全体の中間辺りをキープしていくつもりが、結構な前に来てしまっている。
 余裕は、ある。
 頷いて、クリスフォーリルは集団から防衛システムの方へと進行方向を変えた。
「うん?」
 ブリュンスタッド・シリュウ(ぶりゅんすたっど・しりゅう)は、集団から抜けて防衛システムの方へと向かうクリスフォーリルに気付いて、彼女の方へと足を向けた。
 そして、彼女の隣に歩を並べて、顔を覗き込むように首を傾げる。
「防衛システムに手を出すつもり?」
 クリスフォーリルは、防衛システムに向けていた視線をチラリとブリュンスタッドに向け。
「一撃くらいは……入れてみようかと」
 言う。
 ブリュンスタッドは「やっぱり」と頷き、クリスフォーリルの横を、そのまま歩き続けた。
 クリスフォーリルが首を傾げる。
 そちらに目を遣って、ブリュンスタッドは無邪気に笑った。
「あたしも、ちょうどそう思ってたとこなのよ」

 そんなわけで。
 二人は防衛システムの前に居た。
 ブリュンスタッドが防衛システムの射程に踏み込もうとする。
 と、即座にシステムの両腕に装備されたマシンガンがブリュンスタッドの足元の地面を線引くように抉った。
「――っ!」
 ブリュンスタッドは寸での所で身を引いて、それを逃れる。
「補足……狙い撃ちますです……」
 クリスフォーリルが、その隙に射程へと僅かに踏み込みながら引き金を引いた。
 撃ち出された弾は、防衛システムの装甲に命中した――が。
 想像以上に与えられたダメージは少なかった。
 次いで、チュィンと薄く響いたのは、防衛システムの脚部モーターの起動音。
 クリスフォーリルとブリュンスタッドは互いに顔を見合わせ、頷き合う。


 ◇


 そして。
 遠くに遺跡の発掘現場が見えるコースの外れにて。
「平和だ……」
 アシュ・ハーネス(あしゅ・はーねす)は、その光景を眺めながら、しみじみと零した。
 彼はエレーネが辿るコースから離れ、軍用バイクを駆って、単独、とことんまでに敵を回避しながら進んでいた。
 そこそこ遠回りにはなったが、そんな事はいい。
 普段、何故か何かと苦労の多いアシュは、この一時の平和を求めていたのだ。
 このままの調子で行く事が出来れば、平穏無事にゴールまで辿り付ける。
 その筈だった。
 まず、聞こえたのは不穏な銃声。次いで、地を削るタイヤの音。バイクのものとは違う。
 アシュは目を閉じて、深く、息を付いた。
「いつもの事だろ?」
 自分に言い聞かせて瞼を開いた先。
 教導団の生徒二人と、彼女らを追っている防衛システムが、ドッパーンと姿を現す。
「……さよなら、平和」
 アシュは心の底から名残り惜しさを覚えつつ呟いた。


 ◇


 外周コースを進む全体の中程にて。
 グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は、コース外で交戦中の三人に気付いた。
「あれは……追われているのか?」
「防衛システムに手を出したみたいですね」
 グレンのパートナーのソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が眉根を寄せながら視線を巡らせて続ける。
「あのままだと……敗走中のゴブリンの残党達と挟み撃ちにされます」
「チッ……戦るしかないか……行くぞ、ソニア……!」
 グレンが銃を構え、そちらの方へと地を蹴る。
「はい、グレン!」
 連れ立って援護に向かった二人を見遣り、福崎 隆広(ふくさき・たかひろ)はウンと片目を細めた。
「追われてる仲間の救出、か……」
 試せる事があるかもしれない。
 そう踏んで、隆広はグレン達の後を追った。


「この先、高台に囲まれた場所があります」
 アサルトカービンでゴブリンの残党を撃ち飛ばしながら言ったのはアルファルド・ベザリウス(あるふぁるど・べざりうす)
 彼は、先にアシュ達の危機に勘付いて救出に動いていたのだ。
「そこから一斉射撃で足止めをし、その隙に逃げてもらいましょう」
「それがいい……防衛システムの破壊は困難らしいからな……」
 グレンも群れの方へと引き金を引いていく。
 その銃撃音を背に、隆広とソニアはゴブリン達へと距離を詰めていた。
「その前にこいつらをどうにかしなきゃな――間に合うか?」
「間に合わせます!」
 グレン達、襲撃者の数が少ない事に気付いたゴブリン達は、やる気を取り戻していた。
 雄叫びを上げて、グレンらの方へ嬉々と向かおうとする。
 そこへ、ソニアが体勢低く踏み込むと同時にゴブリンを斬り上げた。
「グレンには近付けさせません!」
 そして。
「とにかく、散らせりゃいいんだよな」
 隆広が勢いのままに槍でゴブリンを貫き飛ばし、アルファルドのアサルトカービンが的確にとどめを刺す。
「しかし、数が多い」
 このペースでは、追われた連中がここへ到達するまでに対処し切れない。
 と――。
「さぁ、行きましょうか、クロ」
「あぁ、往こうか、匡」
 黒崎 匡(くろさき・きょう)クロード・ライリッシュ(くろーど・らいりっしゅ)がゴブリンの群れの中へと身を翻した。
 匡は、足裏を地面に滑らせて身を低くしながら、ゴブリンの喉元にデリンジャーの銃口を擦り付け、引き金を引く。
 ゴブリンが空に吊り上げられるように吹き飛ぶ。
 それを他所に、匡は身を翻して、もう一匹へと銃口を振った。
 その匡の背へ襲い掛かろうとしたゴブリンをクロードの剣がザンと薙ぎ捨てる。
 と、同時に鳴る匡の銃声。
 掠める、匡とクロードの背中と背中。
「さっさと片付けてしまいましょう」
 匡が微笑む。
 隆広は軽く口笛を鳴らした。
「息がぴったりだな」
「信頼している」
 クロードが静かな笑みを顔にたたえる。
 と、空気を切って飛来する幾本かの矢。
「――クッ!?」
 その内の一本がソニアの肩を掠めて地面に突き刺さった。
 矢が飛んできた方を見れば、少し離れた場所にある高台。
 そこに弓矢を持ったゴブリン数匹が居た。
「……目障りだな……」
 グレンがすぐにそちらを狙うが、高台の影に身を潜められてしまうために牽制程度にしかならない。
 が、次の瞬間には、高台のゴブリンの一匹が空へと吹き飛ばされて、こちら側へ落ちてくるのが見えた。


 高台。
「むぅ、久々の戦闘じゃから加減が分からぬのぉ」
 皆瀬 秀治(みなせ・しゅうじ)のパートナーのクゥ・ランヤード(くぅ・らんやーど)が、振り抜いた剣の動きを止めず、次の獲物へと振るいながら呻く。
 更に、秀治の射撃が弓ゴブリンを撃ち倒し、高台は彼らによってすぐに制圧された。
「さぁ、形勢逆転だ。クゥも彼らの手助けを」
 今度は秀治が高台から、隆広達が戦っているゴブリン達を狙い撃ち始める。
「了解じゃ。マスター」
 クゥは言い残して、高台の斜面に足裏を擦り、砂煙をあげながら下っていた。
「だから……呼び捨てでもいいんだけどなぁ」
 秀治は、ゴブリンを狙う目をそのままに、口元にやんわりとした苦笑を浮かべて一人ごちた。


 後方に聞こえるのは、防衛システムの車輪が地を駆る音。
 アシュは軍用バイクを操り、防衛システムの射程外と射程内を行き来しながら、アサルトカービンで牽制していた。
「しかし……なんつぅ頑丈さだ」
 さっきから何発か当たってはいるが、まるで手応えを感じない。
「それに、しつこい!」
 ブリュンスタッドは負傷した腕を押さえながら、必死に地を駆けていた。
 アシュと同じように時折り、相手の射程内に入って攻撃を分散させる。
 クリスフォーリルが同じように駆け逃げる形で牽制の一撃を放って、口元の血を拭う。
「まさか……これほどまでとは」
 と、上方からの撃ち出された銃撃が防衛システムの装甲を叩いた。
 撃ち手はアルファルド、グレン、秀治。
 アルファルドが攻撃の手を止めずに叫ぶ。
「私たちが足止めをします! 今の内に!」
「助かる!」
「皆――ありがとう!!」
 防衛システムが僅かながらに足止めをされている間に、三人は各々、防衛システムの攻撃範囲から離脱して行く。


 そうして。
「助けてくれてありがとう、本当に助かったわ」
 ようやくシステムの脅威から解放されたブリュンスタッドは皆に礼を言っていた。
 離れた場所でシステムは迎撃活動を停止している。
 クリスフォーリルが頷き。
「この礼はきっといつか……」
「いえ、恩や借りは無しです。仲間が無事だった、それだけでいい」
 言って、アルファルドは笑む。
「まあ、そういう事です。ねえ、クロ」
 匡がクロードに視線を送る。
「ああ、結果的に俺や匡、皆が欠ける事なくゴールに辿り着ければ、それで十分だ」
 クロードは朗らかに笑った。
「しかし、二人とも傷だらけじゃな」
 クゥが二人の傷の様子を見やって、むぅと眉根を寄せる。
 その隣で秀治が頷く。
「この先、まだ進むつもりなら治療を受けてきた方が良いだろうね」
 そして、秀治は顔を巡らし。
「衛生小隊ならさっき見かけたなぁ」
 後方へと目を細めた。