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リアクション
「開店を待ちかねておったぞ!」
ドラキュラ風の黒いマントを羽織り、猫耳をつけたセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は、いそいそと店内に入って来た。店内を見渡すと、
「そこのキジトラ少年、確かテオとか申したか? お久しぶりなのじゃー! またもふらせてもらっていいかのう?」
前回のにゃんこカフェでつきあってくれた少年を引っ張って席につく。そして、
「はー、相変わらず良い手触りじゃのう……」
注文もそこそこに、少年に頬ずりを始めた。その間にも、ぞろぞろとお客が店に入って来る。
(ううううう、ばれませんように……)
パートナーの剣の花嫁麻上 翼(まがみ・つばさ)に半分引きずられるようにして、月島 悠(つきしま・ゆう)は店の中に入って来た。服装は、二人お揃いの黒いワンピースに猫耳、猫しっぽの黒猫風だ。ワンピースは肩が出るデザインでミニスカート、足元は黒のニーハイソックスにファーつきのブーツ、と普段教導団の制服や男物の服を着ていると露出しない場所の肌が出ていて、悠はどうにもこうにも心もとない思いをしていた。仮装をしないとお菓子をもらえないから、と翼に説得されて、しぶしぶこんな格好をして来たのだが、
(仮装しなくても、パンプキンパイ一個とコーヒー一杯分の無料サービスがなくなるだけじゃないか……)
店の中に貼られたポスターを見て、自分にこんな格好をさせた翼を睨む。えへへ、と翼が舌を出したその時、
「……あれ?」
少し離れた場所から、聞き覚えのある声がした。
「月……島? 麻上、それ月島なの?」
既に席に座っていた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)とレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)、そして佐野 亮司(さの・りょうじ)と一緒にこちらを見ている。
「なに、月島、女装して来たんだ?」
黄土色のロングコートに9本の尻尾をつけて『九尾の狐』の仮装をしている祥子は、立ち上がって尻尾を揺らしながら悠に近付き、顔をのぞき込む。
「あはは、すげー似合ってるぜ? なあイリー……ナうぁ?」
悠が本当は女子だと知っているレイディスは、同じく悠の本当の性別を知っているイリーナを巻き込んで悠をからかおうとしたが、いきなり腰の横あたりを揉まれて奇声を上げてしまった。
「……すまない、ウェイトレスさんをもふっていたつもりが、夢中になっていたらうっかりレイまでもふってしまったようだ」
レイディスとの間にミャオル族の少女を侍らせてもふもふと撫でながら、ウサギの耳つきシルクハットをかぶったイリーナが言う。レイディスがペルシャ猫をイメージしてつけているふさふさの白い尻尾が椅子の上に伸びていたのを、ミャオル族の体の一部だと思ってもふもふやっているうちに、うっかり腰に誤爆してしまったらしい。
「ああ、すっごい可愛い……」
「ありがとうニャ! おねーちゃんもそのお耳、かわいいニャ!」
イリーナはとろけそうな表情で、ミャオル族の少女の頭を撫で回す。
「いやまあ、ウェイトレスさんが可愛いのには同意するけどさ、そうじゃなくて月島の仮装!」
レイはイリーナの耳(ウサギ耳ではなく本物の耳の方)を引っ張って叫ぶ。
「うん?」
イリーナは首を傾げて悠を見た。
「おお、可愛いじゃないか。でも、ちょっと色っぽいかも。その肩のあたりとか、絶対領域とか」
「ぜ、ぜったい……」
スカートの裾を押さえて絶句する悠の胸に、悠が女子であることを知らない祥子が手を伸ばしてきた。
「この偽乳良くできてるわね。中に何が入ってるの?」
「ぎゃーっ!」
胸を掴まれそうになって、悠は身を翻して逃げ出そうとした。が、後ろに居た翼と、椅子との間をすり抜けようとして失敗し、椅子の足に思い切りつまずいた。
「危ないっ!」
倒れ込んだ悠を後ろから抱きかかえて助けようとした祥子は、うっかり悠の胸を鷲掴みにしてしまった。
「あれ、この乳、偽乳じゃなくて本物っぽい……??」
「いやーっ、お願い、揉まないでーっ! そんなことしちゃらめぇ!」
片肌脱げかかった状態で、涙目で悲鳴を上げる悠を見て、レイディスは真っ赤になって顔を背けた。
「祥子、そのくらいにしとけよ」
さすがに、亮司が止めに入る。
「ごめん。でも、月島が女の子……気がつかなかった……」
祥子は素直に謝った。亮司は、ここへ来る前に『お揃いの仮装だけど、佐野はお兄ちゃんだからマントね』と言われてイリーナに着せられたマントを悠にかけてやった。
「服、直して来いよ」
「……帰って、着替えてくる」
回れ右をして、店を出て行こうとする悠に、亮司は言った。
「可愛いのに、着替えて来るなんてもったいない。普段からそういう格好してたら、きっとずっとモテるぞ」
「………………」
悠は微妙な顔で硬直した後、
「……じゃ、直してくるね」
呟くように言って、化粧室へ向かった。
「……佐野、一言余計……」
戻って来た祥子とレイディス、そしてミャオル族たちも一緒に記念写真を撮ってもらっていたイリーナが呟く。
「まあ、あんまり他人が首突っ込むことでもないんじゃないか? あとは本人に任せて、俺たちはもふもふを堪能しよう」
ミャオル族にうっとりと抱きつきながら、レイディスが言った。
「……青春だな」
ミャオル族たちからの差し入れである、オアシスの水棲昆虫の唐揚げをつまみながら、悠たちの様子を見ていた鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は呟いた。
ちなみにこの水棲昆虫、地上で忌避される黒光りする不快害虫を二回りほど大きくしたような外見をしており、それがさらに油で揚げられているものだから、特に虫が嫌いでなくても手を出すのがためらわれるような見てくれなのだが、真一郎の食べ物に対する基準は、「おいしいかおいしくないか」ではなく「食べられるか食べられないか」であるため、彼は平気な顔をして、虫の唐揚げを食べていた。
「私が知っているのとはちょっと味が違いますけど、美味しいと思うのですが……。なぎさんは食べないのね」
エヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)が首を傾げる。
「おねえちゃんがそう言うなら、ちょっとだけ挑戦してみるですぅ」
柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)は、おそるおそる唐揚げをつまみ上げて、はじっこをちょっぴりだけ齧ってみた。
「……海老さん……?」
海老の類を殻のまま唐揚げにしたような食感で、確かに食べられなくもまずくもない、ないのだが。
「この形は、やっぱりなぎさんは苦手ですぅ」
「じゃあ、残りはおねえちゃんが食べてあげるわね」
「お願いですぅ」
なぎこは、食べかけの唐揚げをエヴァに渡し、やっぱりこっちがいいですぅ、とパンプキンパイに手を伸ばす。
(ああ……いい光景だなあ……にゃんこも沢山だし、なぎさんもエヴァも幸せそうだし)
二人のパートナーである東條 カガチ(とうじょう・かがち)は、唐揚げをつまみながら、しみじみと幸せを噛み締めていた。