薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

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ウツクシクナレール!?

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ウツクシクナレール!?

リアクション

「かったりーな」
 とんとん、と靴の先で地を蹴りながら、北条 御影(ほうじょう・みかげ)はやれやれとばかりに呟いた。彼の視界には、未だ大分離れた位置ながら着実に学舎へ迫る無数の紅白タコの姿がある。
 御影は最も学舎へ侵入しやすいであろう校門に位置取ると、辺りの地面へ罠を仕掛け始めた。さも面倒とばかりに愚痴を零す口振りとは裏腹に、手際良く次々と罠を設置していく。
「じゃ、頑張ってアル〜」
 そんな彼の傍らで両手を振りながら声援を飛ばしていたマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)は、その言葉を最後にもそもそと布の影へ隠れた。光学迷彩の布が彼の姿を覆い隠し、まるでその場から掻き消えたかのようなマルクスを見失った御影は声を上げる。
「おい! ったく、あいつは……」
 肩を竦めて再び作業に戻る御影の背後で、マルクスはにやにやと笑みを浮かべた。しかし、不意にその腕ががしりと掴まれる。
「ここにおりましたぞ!」
 マルクスの片腕を掴み上げた豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)は、ぶんぶんと反対の腕を振って御影へ呼び掛ける。依然として罠の設置を続けていた御影は面倒そうにその様子を一瞥し、「そいつは放っとけ」と一言を返すに留まった。
「ほーら、さっさと放すアル」
「喧しい! 元はと言えば……」
 その場で言い争いを始めたパートナー二人の姿に、御影はもう一度呆れたように肩を竦めた。


 その頃、洞窟付近では既に戦端が開かれていた。
「学舎には行かせません!」
 薔薇学防衛の助力を求める知人に呼び出され、小型の飛空艇で駆け付けたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、早速とばかりに一組のタコを薙ぎ払う。翻した刃の先端で己に迫る足を突き刺し、刃と共に振り上げたそれでもう一体のタコを纏めて吹き飛ばすと、アリアはふう、と一息を吐き出した。
「もう一匹……あ、あれ?」
 剣を構え直したアリアは、そこで驚愕の声を上げた。剣を握る腕を覆っている筈の制服の袖がどろどろと溶け始めている。振り上げた際に飛散したタコの粘液によるその効果を、直接ビラを目にしていないアリアは知らなかった。
「う、嘘!? 制服が溶けて……きゃっ!」
 動揺したアリアへ一匹の赤タコがぴょんと跳ねて飛びかかり、慌ててそれを振り払ったアリアは無残に溶けた制服の胸元に目を見開く。辛うじて下着こそ無事だったものの、所々覗く肌に頬を上気させた彼女は、咄嗟に状況も忘れて両手で胸を庇った。
「あ、ちょ、ちょっと、来ないで!」
 武器を手放した彼女へこれ幸いとタコが集まる。興味なさげな白タコとは対照的に迫る赤タコの群れから、アリアは恐る恐る後ずさった。しかし、その足がぐにょりとしたものを踏み締める。堪らず背中から地面へ倒れ込んだ彼女へ、うねうねとタコが迫る。
「しまっ……あっ、いやっ、放し……っ」
 しかし未だに武器を取ることにまで頭が回らない彼女の脚にタコが絡み、靴下の隙間から白くほっそりとした脚が覗いた。ぺたぺたと吸い付く吸盤の感触に一層混乱を煽られたアリアが手を伸ばして隠そうとしても、その腕すらタコに捕らわれる。
「どうしてっ、いつもこんな……や、ぁっ、いやああああ!!」
「アリアおねえちゃん!」
 アリアが悲鳴を上げたのとほぼ同時に、彼女を覆うタコの群れが弾け飛ぶ。涙の滲む双眸を呆然と瞬かせるアリアの元に、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が慌てて駆け寄っていく。
「デビルフィッシュ! 近寄らせませんわ!」
 体勢を整え動き出したタコたちに、セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)の放ったサンダーブラストが降り注ぐ。奇声を上げて悶えるタコを余所に、ヴァーナーはあちこち制服の溶かされたアリアへ心配そうに寄り添った。
「大丈夫です?」
「あ……ありがとう!」
 ひしっとヴァーナーへ抱き付いたアリアの頭に、ばさりとタオルが降る。追いうちのようにばさばさと降ってきたタオルに埋もれたアリアが見上げると、白いセントバーナードに乗ったクレシダ・ビトツェフ(くれしだ・びとつぇふ)が見下ろしている。
「タオルよ。……バフバフ、次はあっち」
 ぽんぽん、と長い毛に覆われたセントバーナードの首筋を叩いて呼び掛け、クレシダは次の戦場へと向かっていく。礼を述べるタイミングを逃したアリアは、ぽかんとその後ろ姿を見送った。
「な……何かこれ、わいに寄ってきますわ!」
 やや歪な言葉遣いで声を上げたセツカへヴァーナーが目を移すと、そこには無数の白タコに囲まれる彼女の姿があった。雷術や火術であしらうには、流石に数が多い。
「どうして? 私のことは見もしなかったのに……」
「白いのは吸血鬼を狙ってるみたいだよぉ」
 不思議そうに呟くアリアの背後から、不意にのんびりとした声が響いた。ひょい、と顔を出した清泉 北都(いずみ・ほくと)は、「ちょっと遠くまで来すぎちゃったねぇ」などと言いながら背後のパートナーを振り返る。
「はーい、行ってらっしゃーい」
「おい、惚れ薬がどうとかって話はどうした!」
 不満げに声を荒げたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、しかし早くも狙いを定めてにじり寄るタコの群れに眉を顰めた。雷術や火術で巧みに追い払うソーマに、北都は一歩引いたところからのほほんと告げる。
「タコを倒せば手に入るんだってさぁ」
「ちっ……しょうがねぇな、協力してやるよ」
 自身に迫るタコを薙ぎ払い、時に吸血し返して、ソーマは次々とタコを片付けていく。体勢を整えたセツカも迎撃に加わり、周囲に転がり始めたタコの亡骸を北都はせっせと回収し始めた。
「……どうするんです?」
「食べるみたいだよぉ」
 疑問気なヴァーナーの言葉を受けて北都が指差した方向では、即席の調理場らしきものが作られていた。


 とんとんとんとん。
 軽快な包丁の音が響き、届けられたばかりのタコを切り終えた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は額の汗を拭った。傍らには山と積まれたタコの切り身がある。小林 翔太(こばやし・しょうた)によって届けられる大量のタコを、彼は調理しようとしていた。
 隣には、それぞれピンクと白のストライプ、水色と白のストライプと色違いのお揃いのエプロンを身に付けた真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)水神 樹(みなかみ・いつき)の姿もあった。弥十郎が薔薇学より手配した簡易テント二つとテーブル三つ、それと調理用の機材、ガスコンロを利用した即席の屋台の中で、彼らは作業を進めている。
 手際良くタコ焼きの生地を作り、焼き器にセットする樹の後姿を、弥十郎はボウルを片手にふと眺めた。流れるような彼女の作業には迷いがなく、乱れ無く注がれた生地が音を立てて焼け始める。隣の西園寺と楽しげに会話しながら淀みなく行われる作業に、弥十郎は微笑ましげに目元を緩めた。いつかこの風景を日常のものとして見られる日が来れば良いのに、そう思った直後気恥ずかしげに首を振って妄想を払う。
「何かありましたか?」
 そんな弥十郎の仕草を目に留めた樹が、疑問気な視線を向けた。もしや失敗でもあっただろうかと不安げに瞳を揺らす姿すら可愛いと、思ったところで慌てて弥十郎は視線を彷徨わせる。
「いや……焼き上がったから、君に一番に食べてもらいたいと思ってねぇ」
 困ったように笑いながら丁度出来上がった自作のタコ焼きに目を留めた弥十郎は、自然な仕草でそのうちの一つを串に刺した。軽く冷ますように息を吹きかけた後に樹の口元へ差し出すと、樹はそれをやや控え目に口に含んだ。
「……! 美味しいです」
 咀嚼した後に口元に手を当てて破顔した樹に、弥十郎もにこにこと嬉しげな笑顔を返した。その直後、注がれる西園寺の視線に気付くと「じ、準備をしてくるねぇ」と逃げるようにその場を後にする。
「……ねぇ、佐々木のどこが好きなの?」
 その背中が遠ざかるのを暫し見送ってから、待ってましたとばかりに悪戯な笑みを浮かべた西園寺は、幸せそうに調理へ戻る樹へと問い掛ける。
「ええと……最初は優しそうな人だと思い、気がついたら目で追っていました。そのうちに、照れ屋で、少しヘタレが入っている部分も愛おしいと思い始めて……」
 スプレーショットで一掃したタコを両脇に抱え、翔太は少し離れた位置で超感覚を発動させた。ひょこりと生えた猫耳をぴくぴくと動かし、調理場付近の様子を探る。
「やっぱり、もうちょっと集めてから行こうかな」
 近寄りがたい雰囲気を察知した翔太は、立ち昇り始めた良い匂いに鼻をひくひくと動かしながらも辛うじてそう呟いた。光学迷彩で姿を隠した彼の横を、両腕でタコを抱え込んだ北都が通り過ぎていく。
「これじゃあタコ売れそうにないアルねぇ……」
 そんな頃、同じくふわふわの腕にタコを抱え込んだマルクスが困ったように呟いた。丁度調理場へ戻ろうとしていた弥十郎がそれを聞き留め、穏やかな笑みを浮かべる。
「それなら、タコ焼きと交換でタコをくれないかい?」
「む。しょうがない、それで手を打つアル」
 流石にタコを抱え歩くのにも疲れ始めていたマルクスは、漂う香りに誘われるまま、尊大な態度を繕って頷いた。