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リアクション
■第四章 シュタル
会場西側の砂漠、北部――。
チェイアチェレンの会場からは音楽や歓声が聞こえてきていた。
虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は、その賑やかな音を背に、白く佇む砂漠を駆けていた。
その景色の端々では、ポツポツと白い光沢を持ったモンスターが姿を現しており、何体かのモンスターとヨマの青年たちが既に交戦している。
「こいつがそうか。剣が効いてくれるといいんだが……」
「援護します」
隣を駆けていた菅野 葉月(すがの・はづき)が銃を構える。
こちらに気付いたシュタルが、ブゥンと羽音を立てる。
涼はうなづき――
「頼む」
剣を構えながら、シュタルへと距離を詰めた。
追って、トミーガンの銃声。
シュタルが葉月の弾丸を避けて翻った所へと踏み込んで、わずかに飛ぶ。
腰で振り出した切っ先がシュタルの表面を擦って、金属的な音とわずかな火花を散らした。硬い。
「――正攻法では骨が折れそうだな」
目を細める。
ヴゥンン、とシュタルが一度空中に逃れ、刃のような足を振り上げながら、砂漠に着地した涼を狙って降下してくる。
「このっ!」
葉月がそれを銃撃で牽制し、涼は勢いの殺されたシュタルをわずかな動作で避けながら切っ先を巡らせた。
捉えきれず、シュタルが砂中に潜るのを許してしまう。
「チッ――」
油断無く周囲に意識を張り巡らせる。
と――。
「後ろですッ!!」
葉月の声に鋭く身を反転させる。
シュタルが砂を爆ぜる音と、弾丸が空気を切っていく音とを耳に掠める。
そして、涼はシュタルの腹へと剣を突き出した。
会場西側の砂漠、中央――。
砂塵を巻き上げて、シュタルが飛び出す。
「ッッ!?」
ヨマの戦士は、それを避けきれずに剣を弾き飛ばされた。
「兄さんっ!!」
弓を構えたヨマの少女がフォローしようとするが、間に合わない。
丸腰となった青年の前で、シュタルの足が風を切る。
瞬間。
久多 隆光(くた・たかみつ)の放った弾丸が、シュタルを横殴りに吹ッ飛ばした。
「っし、エル!」
「りょーかいっ!」
ガシャン、と隆光がショットガンをリロードする音と共に溢れる光術の光。
「って、なんで何も無い所に撃ってんだ!?」
「もっちろん! 登場シーンはきらびやかにっ!」
自身が放った光術によってゴージャスな輝きを放ちながらエル・ウィンド(える・うぃんど)が白砂の上を駆けていく。
「これで、モテ度アップだぜ!」
「――おいおい」
隆光は若干、肩をこけさせながら銃を構え――気づいた。
「エルッ、もう一匹だ!!」
白砂を切り上げながら、隆光がエル達に迫るもう一体のシュタルの方へと銃口を滑らせて、撃つ。
その声と銃声を聞きながら、エルは目の前のシュタルへと氷術を叩き付けた。
「――っと、思ったほど効果が……」
氷の塊を砕きながら距離を詰めてきたシュタルの足をラウンドシールドで受けながら、エルは「じゃあ――」と小さく言って。
「こっちはどうかな〜!」
ラウンドシールドでシュタルを弾き返すように身を翻しながら、アシッドミストを放つ――産み出された酸に包まれ、シュタルが細こい足をギチギチと蠢かしながら、嫌がって距離を取る。
「ビンゴッ!」
エルがビシィと親指を立てる。
「だーから、もう一匹来ていると言ってるだろう?」
いつの間にか傍に駆けて来ていた隆光が、ひぅと短く息を切りながらエルの前に回り込む。
と同時に、手負いの一体と、迫るもう一体とにスプレーショットを走らせた。
片方のシュタルが半身砕けて動きを止める。
「信じてたっ、隆光にーさん!」
「そりゃどうも」
隆光がガシャンっとリロードする。
もう一体のシュタルは、弾丸に弾かれてクルクルと回転しながらも空中で態勢を整えていた。
そして、こちらに急降下してくるそいつへと、エルがアシッドミストを放って、ひとまずは片付いた。
「ありがとうございました。おかげで命拾いを……」
ヨマの青年が、頭を下げる。
その横でヨマの少女が、ドキドキとした表情でエルを見上げ……。
「あの、さっきの光術は何だったのでしょうか? 何か特殊な狙いが?」
エルが親指をぐっと立てながら、白い歯をきらめかせる。
「輝いてたかいっ?」
「――――は?」
「カッコ良かったかいっっ?」
エルの超笑顔。
「……………え、ええと」
少し身を引いた少女の目には、明らかに「どうしよう」という動揺が浮かんでいた。
と、エルの後頭部へと隆光のチョップが軽く落とされる。
「てっ」
「抜け駆けすんな。ナンパは全部片付いてからって約束だぜ? エル」
と、青年が「あ」と思い出したように問い掛ける。
「ところで、こちらの方に来て頂いて大丈夫だったのでしょうか?」
「ああ。あっちの方は……まあ、なんというか、どうも俺達の出番は無いみたいでなぁ……」
隆光は半分苦笑めきながら、砂漠の向こうへと視線を投げた。
その視線が向けられた先。
「ふっふっふ〜、今こそ修学旅行の決着をつけてやる! なのですよ!」
ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)のツインスラッシュがシュタルへと斬撃を描き――
「望むところだね。まあ、勝つのは僕と決まっているけど」
緒方 章(おがた・あきら)が、シュタルの懐へと潜り込み、その腹をチェインスマイトで殴り飛ばしてから身を翻す。
二人は、倒したシュタルの数を競っていた。
「だぁれが、あんころ餅なんかに負けるかですよ! 林田様! 絶対勝ちますから、今度こそ一緒にお風呂入りましょうね!」
「息巻いたところで所詮はカラクリ娘――露天風呂で待っててね、樹ちゃん!」
メラメラと、目に見えない炎を互いに燃え上がらせながら、ジーナと章が我先にとシュタルへと突撃していく。
「馬鹿が二人……馬鹿が二人……」
林田 樹(はやしだ・いつき)はなんとなく疲れた面持ちで、パートナーの二人を眺めながらぶつぶつと呻いていた。
そして、大きく溜め息をつく。
「……まったく。先行するなと伝えておいたというのに……」
ヒゥ、と銃口を定め、遠く、体勢を崩した章へ斬りかかろうと飛行したシュタルを撃ち飛ばす。
「どうでもいいが、怪我をしてくれるなよ」
零して、ガシャコン、とリロードする。
会場西側の砂漠、南――。
パラミタ虎が白砂を蹴って飛ぶ。
「んふ、暇にあかして祭りなんぞ見に来てみれば――」
パラミタ虎の背にまたがったファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は、白砂混じりの風に薄く目を細めながら火術を練り上げた。
「期せずして楽しませてくれるのぅ」
口元に浮かぶ笑み。
シュタルを狙って虎の大きな前足が砂漠に振り下ろされる。
飛沫を上げた白砂を切って逃れたシュタルを、ファタの火球が吹き飛ばす。
別方向から、空気を震わす羽音。パラミタ虎が、素早くその場から飛び退る。追って、足の切っ先で音を斬ったシュタルが、そのまま砂の中へと潜り込んだ。
更に別方向。空中に浮いたままのファタたちを、砂中から飛び出したシュタルが狙う。
それを高月 芳樹(たかつき・よしき)の弾丸が叩き飛ばす。
虎が着地して、ファタが後方で銃をリロードする芳樹の方へと薄く笑んでから、上空でよろめくシュタルへと火球を放った。
「計三体、か――」
芳樹は、再び砂中から飛び出してファタを狙うシュタルを牽制するように撃ちながら呟いた。
と――芳樹のそばで砂を爆ぜながら、全く計算外のシュタルが飛び出してくる。
「芳樹ッ!」
「――ああ」
身を屈めた芳樹の頭上をアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)のライトブレードが掠めて、シュタルを牽制する。
前方に転がり出た芳樹が、またファタと立ち回るシュタルへと弾丸を撃ち込む。
その背では、剣に炎を走らせたアメリアの剣がシュタルを斬り捨てていた。
「ありがとう助かった」
芳樹が銃をリロードしながら、アメリアの方へと短く笑いかける。
アメリアは「ううん」と微笑みながら軽く首を振ってから、ファタたちの方を見やり、芳樹に問い掛けた。
「そろそろ?」
「ああ――」
芳樹がうなづいてファタに合図を送る。
そして、アメリアは後方に置いていた装置の方向を定めた。
ヨマの民が大道具として持っていた投擲(とうてき)機だ。
ロープを切る。ブォンっと太い音がして、水樽がファタたちの方へと飛ぶ。
それを芳樹の銃撃が砕き、そこらじゅうに水を撒いた。
シュタルたちを一箇所に誘導するように動いていたファタが、砂中に潜り込もうとしたシュタルの先手を打って、砂漠に染み入る前の水を氷術で凍らせる。
氷を砕きながらも砂中に戻れず、シュタルが空に彷徨う。
機を取って、虎を操ったファタがその場から離れる――同時に、アメリアがもう一つの投擲機のロープを切った。
大量の投げ槍がシュタルたちへと降り注ぐ。
◇
会場内の北側に設営されたライブステージには、
「おーほっほっほ!」
ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)の哄笑が響き渡っていた。
「こーんな舞台を用意されたら、この高貴で可憐なわたくしの姿を見せ付けるしかございませんわ! わたくしほどのビボーをもってすれば、芸などチマチマやらずとも皆様をグッとさせることなど造作もないのですわ!」
ロザリィヌが意気揚々とステージに上がっていく。
どうにも一人ミスコン気分らしい。
「さあ、皆様! わたくしロザリィヌ・フォン・メルローゼの美しさに酔いしれると良いですわ!」
ずばんっと、赤い紙製ドレスを翻してステージに立つ。
観客席にちらほらと集まっていた人々が、それを呆然と見上げる。
「おーほっほっほ! 感じますわ! 皆様の気持ちが俄然盛り上がっていらっしゃるのを! スカウトの方、名刺の代わりに契約書を持ってこられても構いませんわよ! おーほっほっほ!」
と、ステージ最前列で警備についていた板東 綾子(ばんどう・りょうこ)が、口元を揺らしながら、人差し指で、つい、つい、とロザリィヌのスカートの端を指し示した。
「あの……燃えて、ますけど?」
「おーほっほっ――へ?」
くるぅり、と首を巡らせて指し示された方を見る。
プスプスと煙の上がっているスカートの端。
おそらく、先ほどかがり火の近くを通った時に火の粉が。
「きゃーーー!」
「あ、あああ、そんな走り回ったら、もっと――」
「熱い! 熱いですわぁーー!?」
燃え上がる紙製ドレス。
徐々にセクシーな姿になりつつ、無意味にステージ上を走り回るロザリィヌ。
ただただ呆然とそれらを眺めることしかできなかった綾子と観衆。
そして、ロザリィヌはそのままステージを飛び出して、走り去ってしまった。
◇
中央の大きなかがり火の周りでは、儀式が続けられていた。
しかし、それを見守るヨマの長老の顔は苦々しげに渋い。
「シュタルの方は大丈夫そうだが……問題はスリ集団、か。赤き熱によって、黄色き欲もまた強く……このままでは――」
と、長老の独白が途切れる。
「……なんだ、あれは?」
長老の視線の先にあったのは、炎だった。
それがみるみる内に近づいて来る。
そして。
「あっついですわぁああーーーーー!」
「のぉおおおおおっっ!?」
絶賛炎上中のロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が長老に衝突し、二人は儀式の真ん中へと転がって仲良く燃え上がった。
「うぉおおいっ、長老が燃えてるぞ!!」
「なんて良い気味なんだ!!」
「って、女の子も一緒じゃないか!? 早く水をッ! くそぅ、どうにかして女の子の方だけ助けられないかなぁ!!」
そんな感じで消火作業が行われていく。
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