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【2020春のオリエンテーリング】準備キャンプinバデス台地

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【2020春のオリエンテーリング】準備キャンプinバデス台地

リアクション

 暗黒洞窟内はまだ未踏破の部分が多く、数十年前に調査隊が地下四階の地底湖まで下りたに過ぎなかった。
そのため地殻変動や地震などによる地形への影響などは、ここ数年間ずっと調査されないままだった。
大人数が移動でき、かつ安全なルートを見つけるために洞窟班の蒼空学園セイバーのグラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)と、そのパートナーであるアーガス・シルバ(あーがす・しるば)オウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)は地下三階への道を確認していた。
その彼らの前に突然、洞窟蝙蝠の集団が大きな鳴き声を立てながら飛び出てきた。
「うわ、一体何事でござるか?」
先頭にいたオウガは頭を抱えてしゃがみこんだ。
「アーガス殿!」
「任せろ」
グランとアーガスは瞬時に戦闘態勢で身構え、不測の事態に備えた。
「……ん、何もないようでござるな?」
オウガは顔を上げて周囲を見回したが、すでに蝙蝠たちの気配は消えていた。
戦闘態勢を解いたアーガスがオウガを鼻で笑った。
「よく見ろ、オウガ殿。ただの洞窟蝙蝠であろう」
「どうやら、何かに驚いて飛び出てきたようじゃのう」
グランはアーガスから松明を受け取ると、周囲を照らした。
「ほれ、あたりに糞が落ちているところを見るとここは蝙蝠の巣のようじゃな」
「なんだ、そうでござったか」
「オウガ殿は慌て過ぎなのだよ」
カチンときたオウガは、アーガスに言い返した。
「偉そうに言うが、さっき崖のところで震えていたのはアーガス殿でござったよな」
「何だと?」
掴みあいになりそうな二人を、グランは戒めた。
「やめんか二人とも。それより蝙蝠が飛び出してきた原因を探るのが先じゃろう」

グランの言葉の意味が掴めていない二人に代わって、蒼空学園のローグ虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が答えた。
「じいさん、これを見てくれ」
涼は地面に残ったゴブリンらしき足音を指差した。
「一匹じゃないな、少なくとも三匹以上いる。この足跡からするとオーク、いやゴブリンのサイズだな。じいさんはどう思う?」
遠慮なくじいさんを連呼する涼に、グランはこめかみをピクピクさせて答えた。
「わしはじいさんじゃないぞ、若造」
「は? じいさん、何キレてんだよ」
空気を読まない涼をオウガが止めた。
「じいさんは禁句でござる」
「え、なんで? じいさんはじいさんだろ」
「だからじいさんを言うと怒るので、じいさんは禁句なのでござる。これ以上じいさん、じいさん言うと何があっても」
説得に夢中になり過ぎて、オウガは自分自身が地雷を踏んでいることに気づいてなかった。
「オウガ殿、もうよせ」
涼とアーガスは危険を察知して後ろに下がったが、オウガは一歩遅れた。

「だーれがじいさんじゃ!」

 暗闇にグランの眼光が光ったと同時に、振りおろしたバトルアックスから爆炎波が放たれた。
「のわー、グラン殿が本気でござる!」
「ち、まずい」
涼はバーストダッシュを発動すると、間一髪オウガを抱えて回避に成功した。
「す、すまん。わしとしたことがつい……」
涼は煙に咳き込みながらも、グランに笑いかけた。
「こんな狭いとこで爆炎波なんて勘弁してくれよ。じい……いや、アインシュベルト」
「お、涼殿もやっと分かってきたようじゃな」
「あやうく拙者の寿命がなくなるところでござった」
ようやく和解した四人のもとへ、オハンを先頭にして彩、ヴェルチェ、ウィングも駆けつけてきた。
「何があったの?」
「みんな、無事ですか?」
彩とウィングの矢継ぎ早の問いかけに、グランは苦笑せざるを得なかった。
「いや、まぁちょっとした事故じゃよ……」
「やたら焦げくさいけど、モンスターと戦闘でもしたの?」
ヴェルチェは焦げた匂いを敏感に感じ取って言った。
「それにしては変であろう。血の痕も何もない」
周囲を警戒していたオハンも納得できないようであった。
「まぁ、細かいことはいいだろ。それよりもこれを見てくれ」
話が長くなりそうなので、涼は残されていた足跡をウィングたちにも見せた。
「これはゴブリンですか……でもおかしいですね、ここは彼らの生息域ではないはずです」
冷静なウィングの分析に、誰もが同じ疑問を巡らした。
迷い込んだとは考えにくかった、何か目的があって洞窟の地下まで来たと見るほうが自然だった。



 洞窟班やガイド班を暗黒洞窟の入口まで送り届けた警備班のパトロールB部隊は、そのまま本来の巡回区域であるバデス台地を下った南方にある大湿地帯へと進路をとっていたために暗黒洞窟内での異変をいまだ知らずにいた。
湿地帯は生物が多く、特に昆虫や小魚といったエサを求めて色彩豊かな多くの野鳥が集まっている自然の楽園だ。
「うわぁ、悠希さん、歩さん、見てみて。あの鳥ってフラミンゴの仲間かな」
シャンバラ教導団のメイドである琳 鳳明(りん・ほうめい)は天然の鳥の楽園に魅了されて声を上げた。
「そうですわね、あの色といいきっと地球の種とも関係があるのかも。ね、歩様もそう思いませんか?」
百合園女学院のサムライの真口 悠希(まぐち・ゆき)は、友人である同学院のメイドの七瀬 歩(ななせ・あゆむ)へと話しかけた。
「うん、キレイだね。シャンバラには地球が失った自然がこんなにもあるんだね」
「本当だよね。こういう手つかずの自然をちゃんと残していかなきゃ」
警備に当たるパトロール隊とはいえキレイなものの前では女性らしさも出るもので、三人は警戒を解いてつかの間のおしゃべりに夢中になっていた。
「悠希ちゃん、見て。あんなところにお花が」
水面に自生した立金花の亜種の黄色い花に、歩は近づいて香りを楽しんだ。
「せっかくだから写真撮りましょ。ほら、悠希さんも入って入って」
立金花を背景に並んで立つ歩と悠希を、鳳明がフレームに捉えた瞬間だった。
水中で餌が近寄ってくるのを狙っていた大型の蛇・エビルサーペントが二人に飛びかかった。
「きゃぁ!」
咄嗟に歩を突き飛ばしたので彼女は助かったが、悠希はその分だけ戦闘態勢に入るのが遅れた。
しかし、エビルサーペントが悠希に襲いかかるよりも早く、波羅密多実業高等学校のフェルブレイドのレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)の鋭い剣の一閃が真っ二つに切り裂いた。
「つまらないものを切った」
湿地帯に着くなり殺気看破で周囲の気配を感じ取っていたレイディスは、早くからエビルサーペントを自分の攻撃範囲に捉えていたのだ。
「あんな雑魚では、我を使うまでもないな」
パートナーのダライアス・ヴェルハイム(だらいあす・う゛ぇるはいむ)は相手が物足りなすぎたという様子だ。
「それにしても、もう少し待てば面白いショーになっただろうに」
血を見たりなくて不満げなダライアスに、レイディスは悠希を顎で指し示した。
悠希も寸でのところで抜刀を終えて戦闘態勢に入っており、それは歩や鳳明も同様だった。
「警備班にいるんだ。そんな間抜けばかりでは困る」
「つまらん。もっと切りごたえのあるやつはいないのか?」
レイディスはダライアスを無視すると、処刑人の剣の血を振り払った。
「ありがとうございました、レイディス隊長」
悠希はレイディスに頭を下げたが、こういうやりとりが苦手な彼はぶっきらぼうに答えるのが精いっぱいだった。
「別に……仕事をしたまでだ。それより油断するな」
「さっすが隊長、やるぅ」
鳳明から褒められて、レイディスは弱り切った。
「もういい。先に進むぞ」
剣の腕を買われて小隊の隊長を任されたのだが、まさかメンバーにこんなに女性が多いとは思っていなかったのだ。
「おい、歩。行くぞ、何してるんだ?」
「いえ、あたしたちのために殺めてしまったのでせめてお祈りを」
歩は一刀両断されたエビルサーペントのもとに膝をつき、冥福を祈った。
「どうにも居心地の悪いところだな」
正反対の価値観に、ダライアスは不快感を隠さない。
しかし、パートナーであるレイディスは歩の行為に悪い気がしなかった。
「わかった、少し待とう」
その時、鳳明の無線に斥候に出ていたイルミンスール魔法学校のウィザードである霧島 春美(きりしま・はるみ)から連絡が入った。
「数キロ先に狼煙を発見しました。かなり怪しいです、調査に行ってもいいですか?」
「了解、指示を確認するね。レイディス隊長、どうします?」
「危険は小さいうちに防いだ方がいい。近くの部隊を応援に向かわせよう。俺たちも行くぞ」
レイディスは鳳明に指示を出すと、自分たちも連絡のあったポイントへと急いだ。



「ジーナ、洪庵、コタロー! 探偵娘の応援だ、遅れるなよ」

 無線を切るなりパートナーたちへ声をかけると、シャンバラ教導団のプリーストの林田 樹(はやしだ・いつき)は湿地帯を突っ切って駈け出していた。
「あ、樹様待ってください。ワタシも行きます」
パートナーであるジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)も追いかけるが、樹は後ろなど全く気にしていない。
「コタ君、急いで」
「よーし、こたも負けないのれす」
樹の行動パターンに慣れている緒方 章(おがた・あきら)林田 コタロー(はやしだ・こたろう)も遅れまいと必死だ。
全力疾走を続けながら、樹は双眼鏡を片手に春海たちの捜索を始めた。
「よし、探偵娘を発見した。警戒を緩めるな、このまま合流する」
止まることなく直角に左折する樹に、パートナーたちはついて行くのがやっとだった。
「ジーナ、洪庵、コタロー、なまってるんじゃないのか?」
「そんなことありません」
「そうそう、僕はカラクリ娘よりも前だしね」
「こたも負けてないでし」
とは言いつつも三人ともすっかり息が上がっていることを樹は見逃さなかった。
やっぱり後で修業が必要だなと、樹は走りながらどうやって鍛えてやろうかほくそ笑んでいた。

「あ、樹さん。こっちこっち」
春美の呼びかけに、樹は急ブレーキをかけて停止した。
「よう、探偵娘待たせたな」
「いえ、充分に早かったです。見てくださいますか、あの狼煙を」
樹は春美が指差した方角を双眼鏡で確認した。
確かに断続的に煙が上がる様子は狼煙のように見えた。
「娘子が見つけたんだよ」
春美のパートナーの超 娘子(うるとら・にゃんこ)は自慢げに言うと、得意のトンボでくるりと回った。
「イルミンのマジカルホームズこと霧島春美の名探偵センサが、これは事件だと告げてます」
シャーロキアンを自認する春美は、この狼煙に何か感じ取っているようだ。
「事件よ、これは事件だわ」
娘子も春美の意見に賛成していた。
「探偵娘は何にでも事件にしたがるからな」
「そんなことありませんよ」
樹に痛いところを突かれて、春美は不満げに頬を膨らませた。
「い、一番……」
「はぁ、はぁ。悔しい、負けましたわ」
「こ、こたもついたれす……」
フラフラになってまで到着した章、ジーナ、コタローに春美は同情した。
「大変ですね、みなさんも」
「な、慣れっこなんで」
章は無理して微笑んだが、顔は真っ青だった。
「さて、メンバーがそろったことだし。前に進むか」
樹はそう言うとフラフラのパートナーたちを気にせずに歩きだした。
「まって、ねーたん」
「私だってまだまだ行けます……」
「くそ、負けてられるか……」
章、ジーナ、コタローは根性で立ち上がると、パートナーの樹の後を追った。
「春美はニャンコと空から哨戒に当たりますね」
「わかったニャ、春美」
空飛ぶ箒にまたがって上空に上がった春美に、ニャンコも小型飛行艇で続いた。
「樹さん、後続がまだ見えませんけどいいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。戦力は足りてるさ」
樹は自信たっぷりに、上空にいる春美に答えた。
しかし、この先に潜んでいるのがとんでもない悪意だとはまだ誰も気がついてなかった。