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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!

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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!
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--バデス台地キャンプ

 バデス台地に入っていた準備キャンプでも既に異変が起きていた。

「た、大変! 大変なの!」

 そう言ってキャンプに慌てて飛び込んできたのはマリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)だ。
「マリエル、そんなに慌ててどうしたの?」
 パートナーである小谷 愛美(こたに・まなみ)が、マリエルのあまりの慌てぶりに落ち着かせるように問いかけた。
「もう、大変なの。洞窟で崩落があって道が」
 その言葉に、周囲にいた山葉 涼司(やまは・りょうじ)花音・アームルート(かのん・あーむるーと)にも緊張が走った。
「崩落? なんで、ここの岩盤はそんなにやわなはずはねーぞ。だよな、花音?」
「えぇ、そのはずです。初心者向けに道も大きいし、奥の地底湖が観光スポットにもなっていたから選ばれたんですよ」
 崩落なんてありえないはずだと、涼司と花音はお互いの情報を確認するように顔を見合わせた。
「そんな難しいこと言われてもわかんないよ。でも急に爆発みたいな大きな音がしたし」
 現場を見てきたマリエルは、なんとか情報を伝えようと必死になる。
「爆発音だと? 行こう。こりゃただ事じゃねーぞ」
 涼司はとにかく現場を見てみなければと、キャンプに残っていた設営班を引き連れて洞窟へと向った。

 しかし、涼司や花音が洞窟で見たものは大きく崩れた岩盤に塞がれた無残な状況の入り口だった。
「洞窟班の人たち、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫よ。そんな簡単にやられるみんなじゃないでしょ」
 心配するマリエルの肩を、愛美が抱き寄せて言った。
「そうだよね、大丈夫だよね」
 涼司たちは撤去作業に乗り出したものの、大きな岩盤は作業機械などなしではどうしようもない状況だった。
「こりゃ、人力でどうにかできるレベルじゃないぞ……キャンプに戻って、無線で蒼空学園から応援を呼ぼう」
 キャンプへと一時的に引き返した彼らを待ち受けていたのは、ゴブリン部隊の襲撃による崩壊したキャンプだった。
「なんだ、この荒らされようは……」
「涼司さん、見てください。ここにモンスターの足跡が」
 花音が指差した場所には小型のモンスターらしき足跡がいくつも残されていた。
「これはゴブリンか……昨日から偶然にしちゃタイミングが良すぎる。ん、誰だ、そこにいるのは?」
 涼司は逃げ遅れて物陰に隠れていたゴブリンの食いしん坊 ゴブ太(くいしんぼう・ごぶた)の首根っこを捕まえた。
「犯人はお前か?」
「た、助けてゴブ。悪気はなかったゴブよ」
 ゴブ太は哀願するように涼司を見上げる。
「じゃあ、ここで何をしてたか吐いてもらおうか?」
「それは言えないゴブ。こう見えてもゴブリンは口が硬いゴブ」
「こいつ、ゴブゴブ言ってたと思ったら、生意気ぬかしやがって。どうやら痛い目に会いたいようだな」
 涼司の振り上げたこぶしを止めたのはマリエルの言葉だった。
「待ってよ、涼司。そんなことしちゃかわいそうだよ」
「かわいそうって、こいつは」
 涼司が躊躇している間に、ゴブ太はかばうように前に出たマリエルの後ろへと隠れた。
「ねぇ、マナ。昨日のカレーも、今日のお肉もキャンプの食料が全部なくなってるんだけど」
 蒼空学園のテクノクラートである朝野 未沙(あさの・みさ)が、この場の雰囲気に困ったように愛美に訴えた。
「えぇ、その犯人てもしかして……」
 愛美が向けた疑いの視線に、ゴブ太は舌舐めずりそして答えた。
「おいしかったゴブ〜」

「てめーはやっぱりぶっ殺す」

 楽しみにしていた食事まで奪われた涼司は怒り心頭だった。
「そんなことしたら、ゴブリン大部隊が黙ってないゴブよ」
「この期に及んでまだそんな嘘を」
 ゴブ太が思わず漏らした言葉を無視しようとした涼司だが、未沙は聞き逃さなかった。
「待って。ねぇ、ゴブリンさん。大部隊ってどういうことなの?」
「ふふん、聞いて驚くなゴブよ。このキャンプは三千を超える我らゴブリン大部隊に包囲されてるゴブ」
 三千という数に、涼司や花音たちも思わず息をのんだ。
「何とかなるよね、涼司?」
 不安を口にするマリエルだが、涼司には大丈夫と口に出して言ってやることもできなかった。
「大丈夫よ、マリエル。何か方法を考えましょ」
「そうよ、マナの言うとおり。諦めてちゃどうにもならないわよ」
 こういう時に強いのは女性の方で、愛美と未沙はその場を励ますように調子を合わせた。
「涼司さん、ベースキャンプを拠点にしたらどうでしょう?」
 花音の提案に涼司は頭を働かせてみたが、どう考えても勝算は掴めなかい。
「……ダメだ。ここは盆地で周囲から攻めやすい。それにいまのこの人数じゃ防衛を整える前に襲われる」
「じゃ、みんなを集めて脱出しようよ」
 マリエルの意見が一番正解に近かったが、問題がまだ一つあった。
「でも、マリエル。まだ洞窟のみんなが中に」
 未沙の言葉に、マリエルはがっかり肩を落とす。
「逃げるのもダメ、守るのもダメ・・・そうか、だったら攻めればいいんだわ。そうですよ、涼司さん」
「攻める? 花音、正気か? いま、ここにいるのはわずか十名足らずだぞ。しかも、戻ってくるパトロールの連中のために人も割かなきゃならないんだ」
 何かを思いついたのか、花音は止める涼司の意見も聞かずにどんどんアイデアを話しだした。
「守ることも逃げることも無理なら、攻めるしかありません。まさか敵だってこの少人数で攻めてくるとは考えていないはず」
 躊躇するメンバーたちを促すように、愛美が率先して賛同を示した。
「そうよ、それしかないわ。ね、未沙もそう思うでしょ?」
「え、うん……」
 未沙も愛美の勢いにつられて、不安を感じたものの思わず頷いてしまった。
「そうか、時間稼ぎくらいはできるかもな。きっと学園でも情報を掴んで救援部隊を向けているはずだ。それまでゴブリンの目からこのキャンプの注意を外すんだ」
 涼司も腹をくくって、起死回生の荒業に挑む決心をした。
「それには協力者がいりますね」
 花音の目がチラリとゴブ太を見たのを合図に、愛美や未沙、マリエルがゴブ太を取り囲んだ。
「ん? 何ゴブか……俺に何をしようっていうゴブ……」
 ゴブ太は見あげた彼女たちの顔がやたらと優しげに微笑んでいることを、逆に本能で感じ取って警戒した。これはとんでもないことをさせられるに違いないと思ったが……囚われの身ではゴブ太にどうすることもできないのであった。