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リアクション
第3章 縦ロール、みっつ。
「あ、あれはねー、白百合会のテント。百合園では生徒会のことを白百合会って言うんだよ。生徒は皆会員だから、瀬蓮も勿論、アイリスや美緒も所属してるんだよ。でも、ただ白百合会って言った場合は、本部役員を指してることが多いかな。あとは、執行部──戦い慣れた生徒で構成される白百合団っていうのもあるよ」
「はぁ、そうなのですか」
ふわふわ金髪の小柄な少女の言葉に、銀髪の髪をくるくる巻いた少女が、おっとりと頷いている。
身長しかり、落ち着き具合もしかり、そして胸もしかり。傍から見ると、まるで美緒の方が先輩だ──と、彼女達を遠巻きに見て、二人の護衛役アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)は金髪の方の少女・パートナーの高原 瀬蓮(たかはら・せれん)に失礼なことを思った。
案内されているのは泉 美緒(いずみ・みお)。今年の新入生の中でも、ひときわ目立つ少女だ。旧華族出身というだけでなく……、
「胸のあたりに視線を感じますが、気のせいでしょうか……?」
気のせいじゃないと思うよ、とはとても言えず、瀬蓮は話題を無理やり変えた。
「みんながきょろきょろしてるのは、街が気になってるんだよ。色々とあったからねー」
「あちこち、壊れているようにお見受けしますけれど……?」
運河の手すり、小さな噴水のてっぺん。屋根に窓。歴史あるヴァイシャリーの街の古い建造物のあちこちは、崩れたままだったり修理中だったり、はたまた直されても出来の悪いパッチワークのようなつぎはぎが目立つところもある。
「うん……この前ね、シャンバラがピンチだったんだ。闇龍っていう大きな黒い龍……っていうか悪意がね、シャンバラを壊そうとしていたの。そこから出てきた魔物がヴァイシャリーにも来たんだよ」
まあ、と恐ろしそうに口に手を当てる美緒に、瀬蓮は大丈夫だよー、となるべく軽く言った。
「みんなで頑張って街の人を避難させたから、被害は殆どなかったんだよ。……それでも戦闘とかで壊れちゃったところがあるんだよね」
「そうでしたの……」
今度は暗くなっちゃったな、と再び瀬蓮は話題を替える。瀬蓮自身も夢見がちな少女だが、美緒は彼女に輪をかけて天然らしかった。
「そういえば、美緒のパートナーさんは来てないよね?」
「お誘いはしたのですけれど、お仕事で忙しいようでしたから……」
おっとりは地なのだろう、美緒もは露ほども疑問に思わず、残念そうに答える。
「お仕事しているの?」
「ご存知でしょうか? 吟遊詩人(ミンストレル)のラナ・リゼットですの」
その名に、先を歩いていた少女が緑のツインテールを揺らして勢いよく振り返る。振り返った勢いで、蒼空学園の超ミニスカートから下着が見えそうになった。瀬蓮の親友を自称する小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
「ラナさんだったの!? 有名な吟遊詩人さんだよね。声が出なくなった時、一緒に蜂蜜を取りに行ったことがあるよ! あの時は瀬蓮も一緒だったよね」
それから慌ててくわえていた杏飴にむせそうになって、飲み込むと、
「あーっと、挨拶がまだだったよね! 蒼空学園のアイドル小鳥遊美羽だよ、よろしくね! 蒼空学園と百合園の関係はね〜」
騒々しい彼女にかかれば、話題もあっという間に変わってしまう。
また、危険な話題だ。今度は瀬蓮は気付かない……それを、アイリスが押しとどめた。
「ちょっと待って、ここを見て行こうか。今、キミにぴったりの色を見つけたんだ」
その綺麗なドレスを並べた店にさっとアイリスが近寄り、一着取り出せば……違和感によくよく見れば、紙でできたドレスだった。
「まぁ、素敵ですわね。日本にも紙を原料とした丈夫な着物がありますけれど、ドレスもだなんて」
美緒はそれが心の琴線に触れたのだろうか。熱心に一枚一枚を手に取って見とれている。
行き交う人々の笑顔の中を白百合団所属の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は一人歩いていた。
新入生を見かけては笑顔で挨拶をしながら、視線は油断なく周囲に巡らせている。制服に潜ませた手裏剣は、いざという時の備え。彼女はチャリティ・バザーの警備員を買って出ていた。
その青い瞳に、一人の新入生が映る。
名は知っている……泉美緒。自分自身も新入生として気になっていたが……、そんなのは些細なことだ。敬愛する方が話題に出していた方が重大事。
彼女はどうやら、小夜子たち白百合団の知り合いが開いている店の、紙のドレスが気になっているようだ。そして、小夜子の視界にあまり見たくないものが入ってきた。──いや、見たいのに。その人を見ていたいのに、見たくない光景が。
……美緒に、敬愛するお姉様が近づいている。
小夜子の美緒を見る目に嫉妬が入り混じった。
「仕方ないですよね。お姉様の性格もありますもの……」
胸の奥がちくりと痛むのを言葉でごまかして。彼女は警備に戻る。
これから始まる学園生活、皆に百合園で素敵な出会いがあるようにと願っていた。新入生には、その権利があるのだから──かつての、自分のように。
突然、泉美緒の指先が取られた。振り返ろうとした右頬に、左の頬が寄せられる。
「こちらのドレスの方がお似合いですわよ?」
店の奥に据え付けられた鏡越しに、育ちの良さそうなお嬢様の微笑と目が会った。彼女はすらりとした長身を百合園の制服に身を包み、警備役を示す赤い百合の花を胸元に付けている。
「私たち、よく似ていると思わない?」
「……え……」
ドレスから離れた指先が、円を描いて落ちる銀髪をからめ取る。
「綺麗な髪に……」
彼女の髪も、黒い縦ロールだった。銀の髪をからめた指が、頬をなぞって顎に滑り落ちる。
「整った顔立ち、あとたわわに実ったコレ……」
首筋を滑った指が胸元で止まる。恥ずかしそうに目を伏せた美緒の耳に、彼女はそっと囁いた。
「大丈夫、今日は何もしないわ」
「あ」
美緒が何か行動に移す前に、やってきたときと同じく突然、彼女は身を翻す。ヒールを鳴らして立ち去ろうとする背に、美緒は頬を染めたまま名残惜しげな声をかけた。
「あの、お姉様のお名前は……」
「──崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)。白百合団の団員よ。これからも、仲良く出来たらいいわね」
一度だけ振り向いて、彼女は警備に戻っていく。
「亜璃珠お姉様……」
放心したように背を見送る美緒。その視線を心地よく感じながら、人波を歩く亜璃珠は口の端に笑みを浮かべていた。
「脈あり、かしらね?」
けれど、そう思ったのは彼女だけではなかったらしい。
ぼーっと立ち尽くす美緒の肩を、そっと、けれどもがっしりと掴んだ者がいる。
やがて、強引に試着室に連行された美緒の悲鳴が響き渡った。
「ありがとうございます、セツカさん。会場の入口はどうでしたか?」
「特に問題は起こっていませんわ。ただ全体的に屋台の売れ行きが良くて、資材を搬入するにも、搬入ルートに列がはみ出しているような状態ですの」
「整理スタッフの増員が必要ですわね。白百合団から何名か出していただきますわ。それから、舞台の利用申請の追加が出ているようですけれど、それに関しては……」
時計塔の下、白百合会の本部テントにて。
白百合会・副会長 井上桃子(いのうえ・ももこ)とセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)が、書類を覗きこんであれこれと調整をしている。
懸念していた、バザーの妨害は起こってはいない。けれど、細かいトラブルや事務処理だけでも目が回るほど忙しい。
「お手伝いしていただいて助かりますわ。後少しで休憩時間ですから、それまで頑張りましょうね?」
「こちらこそ色々と勉強になりますわ」
微笑みあう二人の元に、女性との慌てた声が飛び込んできた。
「す、すみません。バザーでいかがわしいお店が出てるんですっ!」
新入生なのだろうか、真新しい制服を着た小さな少女だ。これまた白百合会の受付に座っている小さな少女はにっこり笑いかけると、
「大丈夫ですよ、座ってゆっくりお話ししてくださいです」
受付のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は彼女からの話しをなだめつつ聞き出して、
「桃子おねえちゃん、ちょっと困ったことが起きたみたいなのです。セツカちゃんと助けに行ってきますね」
「分かりましたわ、よろしくお願いしますわね」
ヴァーナーはパートナーのセツカを伴って、新入生に先導され、その店に向かった。
「こっ、ここです! 新入生や転入生を恐怖に陥れるお店は!」
どんな凶悪なお店なのだろう。そう予想していたヴァーナーだったが、その店を一目見て、彼女には分かってしまった。
その小さな間口一軒程の店は、ドレスを販売する店だった。
マットな質感のアフタヌーンドレス、きらきら光るカクテルドレス。本物の布製のドレスに劣らぬ美しく精巧なそれは、触ってみれば良く分かる。店主曰く「高級紙をふんだんに使い、丹精込めて夜なべして作ったコレは、水に弱いという弱点以外は並のドレスを凌駕する……ハズ、ですわ!」と言う通りに、そう、
「紙……ですわね?」
「セツカちゃん、念のためここにいて下さいです」
ヴァーナーは入口にセツカを残し、中を覗く。綺麗に色が塗られて一見木製に見える試着室から、声が漏れている。
「脱がせてあげるのも着せてあげるのもサービスですわ♪ うふふ、なんてすべすべなお肌なんでしょう」
「や……ぁ、許して……ください……」
「こちらのドレスもお似合いですわよ♪ 駄目ですわ、この愛の巣(?)に一旦引きずり込んだからには簡単には逃がしませんわよ♪」
やっぱり、知り合いだった。
「ロザリィヌお姉ちゃん、何してるんですかー!」
ヴァーナーが声を上げると、どたばたしていた試着室の音が止む。
「あ……あら、ヴァーナーさん? 何故ここに?」
顔だけ試着室から出したのはロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)。何故だなど、本当は問うまでもない。ヴァーナーが白百合団の班長の一人であることは彼女も重々承知である。
ロザリィヌの肩越し、試着室の奥には、制服を脱がされ胸元に紙ドレスを引き寄せ、涙を目じりに浮かべた美緒が見えた。
ヴァーナーはほっぺたをふくらませる。
「いくらお姉ちゃんでもむりじいはだめなのですよ。みんなでなかよくしないとかなしいです」
「仲良くしていますわよー。ちょっと新しい妹の品定……こほん、お似合いなドレスを選んであげてるだけですわー」
「暴れる困った人には、おいしいパラミタバゲットですよー。おいしいパンた食べておちついてくださいです♪」
ヴァーナーがどこからか取り出した細長いバケット。それはパラミタバゲットと呼ばれる、一種の武器である。……パラミタのある種の小麦粉で作ったバゲットは、槍として使用可能なほどの硬度を誇るという。
「なかなかに手強いですわね、ヴァーナーさん」
「わかりましたか?」
「……分かりました」
「なかなおりあくしゅです」
彼女はにこにこしてロザリィヌと美緒を握手させる。これにて一件落着?。
──結局美緒は改めて、アイリスの勧めたドレスを一着買って、瀬蓮と美羽の元に戻っていった。
「何買ったのー?」
「わ、私、こんな風に誘われたなんて、初めてで……」
二人に迎えられた美緒の様子は、どこか上の空。
「黒(の縦ロール)と金(の縦ロール)、どちらも素敵でしたわ……」
「へー、ドレスかぁ。そういえばねー、オルコットさんの新作がー」
女の子たちは和気あいあいと、おしゃべりを楽しむのだった。
この日正真正銘箱入り娘の美緒が、新しい嗜好に目覚めたことに、気付かぬまま……。
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