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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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「綺麗ね……」
「凄いね」
 紅緋のビロードを基調とした格調高いドレスを纏った少女も、めがねの少年と一緒に空を見上げている。
 お気に入りのドレスに着替えたフレデリカと、フィリップ・ベレッタだ。
「イルミンスールのスペースに行く?」
「うん」
 2人は微笑み合って、一緒にイルミンスールの席へと向う。

「私の魔法の方がもっと凄いですぅ〜。イルミンスールではこれより盛大な魔法花火を上げるですぅ〜」
 そのイルミンスールのスペースでは、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が盛大な花火を観て、はしゃいでいた。
 お菓子に、飴に焼鳥に鯛焼き、ジュースと彼女の前には食べ物が沢山並べられている。
 今年は蒼空学園の校長と顔を合わせたりしなかったため、機嫌もとても良かった。
「それも素敵ですねぇ〜」
 誘い主の神代 明日香(かみしろ・あすか)は、保冷ケースからシャンバラ山羊のミルクアイスを取り出した。
「3つ食べるですぅ〜」
 小さなカップを受け取りながら、エリザベートはあと2つ要求してくる。
「さっきカキ氷も食べましたから〜。お腹壊すと他のお菓子も食べれませんし、花火が観れなくなってしまいますよぉ?」
 応じてあげたいと思いつつも、心を鬼にして明日香は残りのアイスを周りのイルミンスール生達に配っていく。
 ドン、パパン
 大きな花火がまた上がって、歓声も上がっていく。
 エリザベートもアイスを食べる手を止めて、花火に見入っている。
「綺麗ですねぇ」
 明日香がそう声をかけると、こくりと頷く。
 空に咲いた華が、闇の中にふっと溶け込んで消えていく。
 途端、エリザベートはまた食べることに夢中になる。
「私もいただいていいですかぁ?」
「少しなら食べていいですぅ〜」
「では、少しだけ」
 言って、明日香も少しお菓子をいただくことにする。
 エリザベートがお腹を壊さないように、脂っこいものや、消化に悪そうなものを。

「あれで校長なのよね……」
 イルミンスールのスペースの片隅で、くすりと笑みを浮かべたのはリーア・エルレンという占い師の魔女だ。
「可愛らしいですよね」
「どこの学校の校長も個性的だよな」
 一緒に微笑みながら、談笑しているのは関谷 未憂(せきや・みゆう)久多 隆光(くた・たかみつ)だ。
 屋台で購入した軽食をつまみながら、3人でのんびりと花火を観賞していた。
「リーアさん、本当に、元気になってよかった。これからも占いは出来そうですか?」
 未憂の問いに、リーアは首を縦に振る。
「以前ほどの力は出せそうもないけれど、魔力の込められた素材や魔道書を用いればそれなりのことは出来るはずよ」
「リンが占い教えて欲しいって言ってました。また、遊びに行きますね」
「うん、待ってる」
「あ……」
 微笑み合った後、未憂は飲み物が少なくなっていることに気付く。
「私飲み物買ってきますね」
 そう言って、未憂は席を立った。
 人混みを書き分けて屋台へと向っていく未憂を見ながら、隆光が言葉を発する。
「良いもんだ。友達っていうのは」
 それから、リーアの方に目を向けた。
「そうね……最近ずっと独りだったし」
 リーアの言葉に頷いた後、隆光は空に咲く花々を見つめる。
「俺にも惚れた女はいる。相手がどう思ってくれてるかは分からないが、その人の為に戦えてれば俺は幸せだ。そういう相手がいるっていうのは良い事だと、俺は思う」
「好きな人がいるのね。青春ねー」
 くすりとリーアは微笑んだ。
 彼女は外見は10代半ばの少女だけれど、5000年以上生きている魔女だから。
 長い長い時間の中、出会いも別れも、恋愛も沢山経験していた。
「占ってあげようか? 恋愛が成就するかどうか。……結果は教えないけど」
「ははっ、結果は教えてくれないのか」
「だって妬けるじゃない。私が貴方に惚れているという意味ではなくて、誰かに一途に愛されているということにね。あー……私も大人の女になってみたいなぁ」
「リーアは十分大人の魅力を持っていると思う。身体的なことではなくてな」
 隆光は淡く微笑んだ。
 パン、パパパン
 空に大きな華が咲いていく。
「占い師のリーアさんだよね?」
「ねぇ、こっちにこない?」
「あ、リーア先生!?」
 昔、イルミンスールでリーアはほんの少しの期間、講師をしていたことがあるという。
 イルミンスール生に囲まれていくリーアを隆光は優しい眼で見詰めた。
「この子、私の教え子なのよ」
 そう、リーアが隆光に青年を紹介しようとした時には、隆光の姿は消えていた。

 未憂は飲み物を購入した後、近くの手摺に近づいて、一人、空を見上げていた。
 皆と一緒に見る花火も綺麗だけれど……。
「今度は先輩とも一緒に見ることが出来ますように」
 瞬く星々に、そっと願った。

「こんにちはー、フェンリルだっけ?」
 飲み物を配布しているフェンリル・ランドールキーンの元に、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が駆け寄ってきた。
「こんにちは、お嬢さん。果汁にしましょうか?」
 ヨルは外見12歳の女の子だ。でも本当はそんなに子供ではない。
「ううん、薔薇学で愛飲されている珈琲飲んでみたいんだ! アイスコーヒーちょうだい」
「了解いたしました。少々お待ち下さい」
「グラスと氷用意できてるぜ。ミルクと砂糖は多めにするか?」
 キーンがヨルに問う。
「1つずつでいいよ。あとこれ差し入れ。屋台ですっごく美味しそうだったから」
 ヨルは袋に入った焼鳥を2人に渡す。
 ネージュが行っていた屋台の焼鳥だ。普通のタレの焼鳥に、カレー味の焼鳥も入っている。
「ありがとうございます。後ほどいただきますね」
「サンキュ〜。腹へってたんだ!」
 フェンリルはコーヒーをグラスに注ぎ、キーンは早速焼鳥を食べ始め、幸せそうな笑みを浮かべる。
「少し休んで、一緒に花火見ようよ」
 ヨルがそう言った途端。
 パン
 大きな音を立てて、また一つ花火が上がる。手を止めて、3人も空に目を向けた。
 それから、フェンリルは「そうですね」と言って、椅子を引いてヨルを招いた。
「ありがとっ」
 ヨルはその椅子に腰掛けて、アイスコーヒーを受けとって飲み始める。
「うん、コーヒーおいしいね。さすが!」
 ヨルの言葉に、フェンリルが微笑みを浮かべて礼をする。そして、彼女の隣へと腰掛ける。
 逆の隣にはキーンが腰掛けて、それぞれアイスティーを注ぎ、焼鳥や、並べられている茶菓子を食べながら、空に目を向ける――。
 パン
 音と共に、空に赤い花が咲く。
「うわあ……」
「おー」
 ヨルとキーンが小さな声をあげ、フェンリルは目を細めて夜空に溶けていく光に見入っていた。

 薔薇学のスペースに、整った顔立ちの長身の男性が2人、腰掛けている。
 フェンリルが淹れたコーヒーを、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)はそっとルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)へ差し出した。
「新入生が淹れてくれた珈琲だけど、口に合うかな?」
「良い香りだ。戴くよ」
 ルドルフは口元に笑みを浮かべる。
 ドン……パ、パン
 弾けた光が、空に飛び散って。
 ふわりと優しく柔らかに、空に溶けていく。
「美しい。一瞬の美だ」
「来て良かったでしょう?」
 ヴィナが見入っているルドルフに問う。
 仕事に勤しんでいた彼を、気分転換も必要だからと説得して連れてきたのだ。
 それに、皆の手本である彼が休まなければ、皆も休み難いから、と。
「綺麗なものを綺麗と思える心、大事にしたいよね」
 そう言って、ヴィナはルドルフの横顔を眺めた。
 ルドルフは光の花々を見ながら首を縦に振る。
「そうだね。これほど美しい花火が観れるとは思っていなかったよ。ありがとう」
 彼の横顔を見ながら、ヴィナは彼の美しさにも惹かれる。
「ルドルフさんも綺麗で、そして可愛い人」
 ヴィナその言葉に、ルドルフがヴィナに目を向けた。
 ヴィナは彼の顔を見つめながら、言葉を続ける。
「……ま、あくまで俺の私見だけど」
「キミも魅力的だよ。けど互いに、今日の夜空には敵わないかな」
 くすりと笑みを浮かべながら、ルドルフは視線を空へと戻す。
 光の華がパッと鮮やかに咲いていき、人々はその美しさに魅了される。