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Dragon Buster

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Dragon Buster

リアクション


■第一章

 薄暗い洞窟の中に、息を殺した会話が聞こえる。
「無理だったら、すぐに攻撃するッスよ」
「わかってるよ。ただ、本当に交流が出来ないか確認したいの」
 所々で抉られたようになっている岩に身を隠しながら、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が囁く。
 今、洞窟内にドラゴンが居ないことは山葉 聡(やまは・さとし)に聞いているが、他に何かがいるかもしれない、という緊張感は拭えなかった。
 突然のドラゴンの暴走。村人達から聞いた話だけでは状況が飲み込めずに、自分の目で確かめてみないと納得がいかない。
 そう考えて、洞窟の中へ調査をしに来たのはサンドラ達だけではなかったようで、同じようなルートで洞窟内に潜入している者が数人見える。
「10メートル以上のドラゴンなら、さすがに気配でわかるわ。他に何か居てもドラゴンよりはマシでしょう?」
 背後からリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がサンドラ達に声をかける。
「実は奥で寝てるだけで、こっちの話が理解できる上に穏便に事が済むのが一番良いんだけど」
 そう都合よくもいかないかな、と呟くサンドラの頭に、リカインが手を置いた。

 見上げれば、細かな部分は暗がりになって正確な高さがわからないほどの洞窟。
 続く道の先は更に奥深く、こちらもただの黒にしか映らない。
「……臭うな」
 慎重に歩を進めるサンドラ達の後ろで、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)が眉間に皺を寄せる。
 無慈悲に長期戦を強いられた戦場に立ち込める、独特の腐臭が洞窟の奥から微かに鼻を突いていた。
 朽ち果てた動物が漂わせる『それ』とは違う重苦しい香りは、頭の中に良くない想像を掻き立てる。
(何故だ……ドラゴン達よ。何がお前達をそうさせた?)
 未だ視界に暗く映る洞窟の先を見つめたまま、三郎は眼を細めた。
「そんなに難しい顔をしていると老けてしまいますよ?」
「……既に老いを気にする年齢ではない」
 空気にそぐわない口調で語りかけるメフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)に、溜息交じりに三郎が返事をする。
 回答に満足がいったのか、首を僅かに傾けてメフィスが薄く笑う。
(ドラゴンが今回の行動に出てしまった原因が理解できれば、三郎も悪に染めやすくなるかもしれませんね)
 笑顔は崩さずに胸中で呟くと、視界の先にいた三郎が軽く身震いした。
「……何か、悪寒が走った気がしたのだが」
「気のせいだと思いますよ」
 半眼で見つめる三郎を見て、更に笑顔を深くしたメフィスは先を急いだ。



 洞窟の外では、数機のイコンが駆動音を響かせながら、不在のドラゴンを待っていた。
 そんな中、やや離れた位置で小型飛空艇を引き連れたイコンが走っている。
「どや? 何か見えるか?」
「今の所は、特に変化なし、ですね」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、複座に座るフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)に問いかける。
 常に柔和な笑顔に包まれている泰輔の表情も、今は何処となく硬い。
 村人を襲うドラゴンは害獣として駆逐する。
 被害が出ている以上は間違ったことではないと思いながらも、村人の話だけでは情報が足りない。
「村の人の話、疑うわけやないけどな。やっぱり理由がないと人襲ったりせぇへんやろ」
「そう、ですね」
「何や。歯切れ悪い」
 表情は見えないが、フランツの声は何か暗い響きを含んでいる。
(巣づくりしていて、『餌』を欲してるっていうのは……)
「いや、もしかしたら繁殖期なのかな、と思って」
 その一言に、走らせていたイコンの速度を落として振り向く。
「……そうだとしても、まず話を聞いてからやな」
 フランツの相槌を待つまでもなく、泰輔はイコンを再び走らせた。

 小型飛空艇で、泰輔達のイコンと併走しながら森や地面の様子を見ていたレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、地面に散らばる肉片や、折れた木々を見ながら眉根を寄せていた。肉片は、人なのか動物なのかが解らない程にバラバラになっている。
「……酷いですね」
「どうにも、穏やかではないな。見境が付いていない」
 まるで自分達が通った跡をマーキングするように、森を荒らし、地を抉りながら突き進んでいるドラゴンが目に浮かぶ。
 皮肉にも、飛んでいった先が解るのが唯一の救いだ。
 レイチェルはアクセルを吹かしながらオイレを急上昇させ、泰輔達に自分をモニタさせた。

 正面の空を映し出す液晶画面の隅に、小型飛空艇に乗ったレイチェルと顕仁が映った。
 操縦しながら、顔だけを泰輔達のイコンに向けるレイチェル。その後ろに乗っている顕仁は、手を振りかざして一方を指し示している。
 パネルを操作して、指し示した方角をズームする。
「これはまた……ぎょうさん散らかしたなぁ」
 折れた樹に刺さる肉片や、撒き散らかされた血にフランツが目を伏せ、パネルを操作した。
 泰輔が地面の状況をモニタしている間に、自分は空を見る為だ。出来れば地面を見たくない、という事もあったが。
 画面の隅に広げたウインドウには、空の青が広がった。画面の中央に黒い点が見える。
「……ドラゴン、だ」
 呟くように言いながら見つめる画面の中で、漆黒のドラゴンは急降下していった。

「これは……ちょい飛ばすで」
 泰輔が地面を移していたウインドウを閉じて、フランツが開いていたモニタの情報を引き継ぐ。
 滑空と上昇を繰り返すドラゴンの足には、既に動かない人間――だったもの、が握られている。開いた足で地面の『何か』を狙っているようだ。
 熱を伴って、駆動音がより大きくなる。限界まで速度を引き上げて走るイコンの横を、小型飛空艇が通り抜けていった。
 泰輔達の横をすり抜けるように小型飛空艇がドラゴンへと飛んでいく。
「レイチェル!? 無茶すんなや!」
 コクピットに響く叫び声は、エンジン音に掻き消されて届かない。
 白煙の軌跡を残しながらドラゴンの眼前を小型飛空艇が飛ぶ。
 地面で転げまわっている人間を見ていた視界に、突然入ってきた『小さな何か』をドラゴンが視線だけで追う。
 二度三度、目の前を往復する小型飛空艇を見ると、ギッシリと生え揃った牙の間から炎が漏れ出した。
 ドラゴンの喉元が僅かに膨らんだ、と思った次の瞬間に、その口から赤黒い炎が吐き出される。
 空に放たれた炎は、景色が揺らぐ程の熱を伴って周りの全てを焼き尽くす。
 炎が放たれた瞬間にドラゴンの背後に回っていたレイチェル達が、死角を利用して泰輔達のイコンに向かって飛んでくる。
 その表情は曇っていた。
「……説得とか言うてる場合やない、か」
 周りを飛んでいた邪魔者がいなくなった事に満足したのか、視線を地面に戻したドラゴンに接近を続けながら泰輔が唇を噛む。
 こちらに気が付いたドラゴンの眼は『話をする』という選択肢すら取れないほどに威圧感に溢れている。

 幾度か、翼を広げて風を切っていたドラゴンが突然、牙を剥きながらイコンへと接近してきた。
「問答無用かい!」
 翼を広げながらドラゴンの攻撃を回避した瞬間に、座席に衝撃が響く。広げた翼に付いた爪が、イコンの肩に付いた装甲を剥がしていた。
「一機やと限界あるな……退くぞ!」
「あ、あれ見て!」
「今度は何や!」
 目の前のドラゴンの攻撃をかわしながら後退を続ける泰輔に、フランツが複座から叫んだ。
 視線を追えば、目の前にいるドラゴンの後方。さして遠くない位置から純白のドラゴンがこちらに向かって飛んできていた。
「空飛べる相手に鬼ごっこ、てだけで笑えん話やけど……鬼が2人とかどんなローカルルールや」
 そう言って乾いた笑いを浮かべながら、出力を最大に上げて駆け出した。



 ――洞窟内。
 暗がりの更に奥で、茅野 茉莉(ちの・まつり)ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が手探りで洞窟を進んでいる。
 入ってから相当奥へと進んでくると、次第に闇に目も慣れ始めてきた。
「何か嫌な臭いがするね……」
「腐臭……だな。特別珍しい物でもない」
 岩肌を手で撫でながら茉莉が進んでいると、足元に僅かに違和感を覚えた。
 屈んで、足に引っかかった『物』を手にする。感触からすると恐らく卵の殻や、それに近い物だろう。
 暗闇の中で出来るだけ見えるように、と顔に近づけた瞬間に、鉄の匂いが広がった。
「えっと、ちょっと……いいですか?」
 手にした殻らしきものを、顔をしかめて捨てる茉莉に、後方に控えていた榊 朝斗(さかき・あさと)が恐る恐る声をかける。
「えっ、何? 何か言った?」
 聞こえそうで聞こえない呼び声に、振り向いて普通に応じる茉莉の声に、朝斗が肩をすくめる。
 茉莉や、ダミアンに怯えている、という訳ではなく、別の何かを見て物音を立てないようにしている様だ。
 洞窟に入る前に朝斗は、暗がりでも視界を確保できるように、とノクトビジョンを付けてきていた。
 その結果、前にいる2人よりも早く『その存在』に気が付いたのだ。
 小さな――と言っても生身の人間から見たら十分大きい――ドラゴンの子供が、尾を巻いて寝ている。
 問題は、寝ているドラゴンではなく、その奥に居るドラゴンだった。
 何かに夢中で喰らい付いていて、こちらにはまだ気が付いていない様子だが、気が付かれるのも時間の問題だ。
 朝斗が、起きている子ドラゴンに注意しながら茉莉を呼び寄せる。
「何? 聞こえなかったんだけど」
「ドラゴン、そこに、居ますよ」
 囁かれたその言葉に茉莉とダミアンが反応して振り向いたのと、暗闇の中でドラゴンの双眸が鈍く光ったのは、同時だった。
 暗闇の奥で小さな唸り声が上がる。くぐもった音と共に、子ドラゴンの口から炎が噴き出す。
 威嚇を続ける子ドラゴンの口から漏れる炎で、洞窟内が煌々と照らされた。
「わぁ、明るくて見やすい。これで照明が要らないね」
「面白い意見だが、後で聞こうか」
 引き攣った笑顔を浮かべながらも、何とか肯定的な意見を上げようとする茉莉の服をダミアンが引いて下がらせる。
「目……目がっ」
 その後ろでは、突然現れた光源で視界を真っ白に塗り潰された朝斗がノクトビジョンを外して瞼に手を当てていた。
 炎で照らされた洞窟内には散らばった卵の殻と、枝や藁のような植物を敷き詰めて作ったらしい巣穴がある。
 巣穴の中には、雑多に転がった肉片や、赤黒い塊が折り重なっていた。かろうじて原形を留めている肉片には、人の手や足のようなものも見える。

 ――本質的に、これは人がどうにかできる種族ではない、と目の前の光景が訴えかける。
 ドラゴニュートの様に、幼い頃はまだ語り合いが出来る。小さなドラゴンなら捕縛して飼いならせる。
 そんな考えを根こそぎ吹き飛ばす光景が広がっていた。

 明かりと声に、寝ていたドラゴンも起きた様で、薄く濡れた膜を瞳の上で滑らせながら辺りを見回している。
「対象確認。これより捕縛を行います。奈落の鉄鎖、展開」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が事前の計画通りに、無機質な声を発しながら巣穴に腕を向ける。
 放たれた重力場は、洞窟内の空気を捻じ曲げて、子ドラゴンを地面に押さえつけた。
 巣穴に敷き詰められた枝をへし折りながら、身体に圧し掛かる不可視の重力に子ドラゴンが翼を広げる。
 そして、見えない空間に向けて爪を立てると、勢い任せに噛み付いた。突き立てる牙の間からは炎が零れている。
「奈落の鉄鎖、崩壊します」
 アイビスの宣言と共に、見えない重力空間が噛み砕かれた。
「……どんだけ頑丈な歯なんだろうね」
「ただの炎ではなさそうだな。と言うよりも、この状況……さすがに一度戻ったほうがいいだろう」
 今にも洞窟内で炎を吐き出しそうな子ドラゴン2匹を横目に、茉莉達は出口へ向かって走り出した。