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皿一文字

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【六 地上及び地下用水路 16:00】
 その地上では。
「地下からの河童の大群!? そんな余裕はありません!」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が、苛立たしげに叫んだ。今の彼は、目の前の敵に対処するだけで精一杯だったのである。
 正直なところ、ウィングはたかが河童だと、甘く見ていた。
 相手の巨体から推測して、速さでは絶対に負けないと自負していた。ところが実際にこうして打ち合ってみると、ほとんど互角か、或いはそれ以上ともいうべきスピードを見せつけられ、内心舌を巻く思いだった。
 実際にはスピードというよりも、相撲道特有のトリッキーな動きに感覚がついていけない、という方が正しいだろう。
 ウィングに山葉校長からの情報を伝えたルカルカにしても、同様である。ルカルカ自身、相当に鍛錬を積んだ使い手ではあったが、相性というものがこれ程に戦局を左右するものなのかと、改めて痛感していた。
 そして何といっても極めつけは、魔力や特殊技法といった類の大半が通用しないという強力な特性が、ウィングやルカルカを苦しめていたといって良い。
 即ち、純粋な身体能力のみが、局面を打開し得るのである。
 そういう意味では、ウィングの突出した攻撃能力は巨大河童と戦うに当たっては、うってつけであった。だが問題は、防御面である。
 ウィングの繰り出す剣戟は、確実に巨大河童に打撃を与えている。既に数度、頭頂部の皿に命中しており、僅かながら亀裂が入っているのも視認出来た。
 しかしウィングの攻撃が成功すると、ほとんど確実に反撃を受けた。その一発一発が極めて重い。
 同じ打ち合うなら、耐久力に優る方が勝つ。簡単な論理であった。
「ぐはっ!」
 一撃を見舞う引き換えに、ウィングは喉輪を叩き込まれた。さすがに、これは効いた。そこへ更に、巨大河童の鉤爪が迫る。
 必殺の衝撃は、しかし、ウィングには届かなかった。代わりに、乾いた金属音が彼の鼓膜を叩いた。

 リカインの楯が、巨大河童の掌打を防いでいた。
「間に合ったようね」
「こ、これはどうも……」
 巨大河童が素早く跳び退るのを視界の端に眺めながら、ウィングは若干驚いた様子でリカインの微笑に頭を下げる。
 そのリカインはウィングを庇う位置で身構え、僅かに腰を落とす姿勢を作った。
「私は楯、あなたは矛。それで宜しい?」
 ウィングに、異論は無かった。彼が頷くや、リカインは楯を正面に押し出す格好で、猛然と突進し始めた。そのすぐ後ろにウィングの二刀流が続く。
 巨大河童が立ち合いの変化でリカインの左上手を攻めようとするも、リカインは楯を自在に操り、これを阻んだ。楯の有無で、これ程までに横の変化への対処能力が違うのかと、ウィングは息を呑む思いだった。
 ともかくも、巨大河童が攻め手を失ったその一瞬を、逃す訳にはいかない。リカインが巨大河童の足元に飛び込む形で楯ごと突っ込み、そのリカインの肩を踏み台にして、ウィングが跳躍した。
 斜めに傾く陽光を背に受けつつ、ウィングが宙空で体幹を軸にして螺旋状に回転する。その遠心力を受けて更に速度を増した剣戟が、巨大河童の脳天を確実に捉えた。
 これは、相当に効いたらしい。さしもの巨大河童も、全身でぐらりとよろめいた。反撃をしようにも、リカインが河童の足元で楯を押し込んできており、反撃の為に踏み込む余裕すら与えない。
 勝てる。
 ウィングはこの時初めて、手ごたえらしい手ごたえを覚えた。
 巨大河童が二歩三歩と後退したその時、今度は脇から別の人影が一直線に走り込んできて、やや位置の下がっていた頭頂部の皿に一撃を加えた。
「へっ! 後方送りが、とんだ幸運になったぜ!」
 竜造だった。
 長ドス片手に飛び込んできた彼は、まだ痛めた脇腹が完全ではないらしく、多少気にする素振りを見せたが、しかしそれ以上に参戦する喜びが上回っているようである。

 突然、左右からオレンジ色の熱波が弧を描いて飛来し、巨大河童の眼前で交差した。加夜の火術と春美の魔力火炎が、巨大河童の視界を奪う格好になった。
「直接的なダメージは与えられなくても、目くらましにはなりますわよ!」
 春美が弾んだ声で叫びながら、小さくガッツポーズを作った。
 更に、人数が増えた。
「うはw 多勢に無勢かよw いけてるじゃんw」
 『手記』を従えた格好のクロが、これまた嬉しそうに舌なめずりする姿を見せた。片や『手記』は、顔色ひとつ変えずに、巨大河童を取り囲む人々の陣形に、素早く視線を巡らせる。
「……楯をもう一枚、増やすのが得策じゃな」
 要するに、『手記』がリカインと同じく防御に徹し、クロを攻撃に専念させるという従来の戦法を、ここでも取ろうという訳である。
 最早、戦力的に不足は無い。
 巨大河童を挟んで春美と反対の位置に陣取る加夜が、小さく呟いた。
「これで、役者が揃いましたね」
 不利を悟ったのかどうかは分からないが、巨大河童が獰猛な雄叫びをあげて、夕闇の空を震わせた。
 これが合図になった。
 リカインとウィングのコンビが正面から、クロと『手記』のコンビが背後から、それぞれ突撃を敢行する。同時に竜造が斜めの角度から侵入し、その対角線上をルカルカが攻める。
 こうなると、巨大河童に横の変化を取る空きスペースは見つからない。
 竜造の長ドスが最初に甲羅と背中の隙間に潜り込み、次いでクロの一撃がその甲羅に打撃を加え、巨大河童のバランスを崩した。
 リカインが楯ごと巨大河童の下半身に突撃し、踏ん張りを利かせない。
 後は、ウィングとルカルカの双方向からの一撃を待つのみである。その両名が、宙高く舞った。
「これにて!」
「一件落着!」
 ふたつの武器が、それぞれの切っ先を垂直に下降させ、巨大河童の頭頂部へと達した。
 長い長い咆哮が天を揺るがした。
 巨大河童の頭頂部に乗る漆黒の皿は、文字通り真一文字に叩き割られ、綺麗に砕けた。するとその直後、巨大河童の肉体は一瞬にして霧散してしまった。
 激闘を終えたばかりの一同は、直前まで濃緑の巨体が占めていた空間を、半ば呆然と眺めた。

 同様の現象が、地下用水路のそこかしこでも生じていた。
 あれだけの数の河童の群れが、まるで最初からそこには居なかったかのように、一斉に姿を消してしまったのである。
 一体何が起きたのか。
 答えられる者は、誰ひとりとして存在しない。

     * * *

「んにゃあ……司君?」
 地下用水路の通路の一角で、間延びした声が響いた。
「サクラコ!」
 突然、毛皮から本来の姿に戻ったサクラコに、司は信じられないといった面持ちで振り向いた。彼はつい今の今まで四方を包囲する河童の群れに苦戦を強いられていたのだが、その河童どもが一斉に消失した瞬間に、サクラコが息を吹き返したのである。
 驚くなという方が、無理な注文であろう。

     * * *

 莫邪と朱曉もまた、それまでミイラだった子幸が突然、人間としての正常な姿に戻ったことに、驚きを隠せないでいた。
「うーん……よく寝たであります……あれ? 何かあったのでありますか?」
 莫邪と朱曉は、どっと疲れを感じて項垂れた。
「何かって、子幸、おまえなぁ」
「……ま、さっちゃんらしいっちゃあ、らしいわなぁ」

     * * *

 皐月は意識が回復した瞬間に、どうにも不満足げな七日の表情を見せつけられる破目となった。
「あら……もう少し、寝てても……全然、良かったのに……」
「やっぱり、そうきたか……」
 何となく予感していたのだろう。皐月は半ば諦めた様子で、小さな溜息を漏らした。
 そんな皐月の様子を、七日はさも可笑しげに眺めていた。

     * * *

 水路脇の通路で激しく咳き込む博季の背中を、レティシアが乱暴にさすってやっていた。
 全身ずぶ濡れの博季だが、不思議と寒さを感じることは無かった。
「ほらほらセンセェ、大丈夫ですかぁ?」
 勿論、大丈夫な訳はない。大量の水を飲んでしまっていたせいで、息が苦しい。だがそんな苦しさも、博季は目の前に居並ぶ笑顔のお陰で、この時ばかりは忘れ去っていた。
「や、やぁ……元気そうだね」
 博季の呼びかけに、椎名達は苦笑で応じた。一番元気の無さそうな博季にそういわれては、疲れているとはとてもいえない。
「本当に、よく無事で……」
「だってさぁ、先生。オレ達、約束したじゃん」
 椎名は、ソーマとアインに意味深な笑みを向けた後で、再度博季に向き直り、口元をニヤリと歪めた。
「必ず生きて、ここを一緒に出ようってね……っつっても、まだ居座ったままだけど」
 地下用水路内に、少女達のころころと笑う明るい声が響いた。


『皿一文字』 了

担当マスターより

▼担当マスター

革酎

▼マスターコメント

 当シナリオにご参加頂いた皆様、お初にお目にかかります。革酎でございます。
 今回は下名の最初のシナリオであるにも関わらず、たくさんの素敵なアクションをお送り頂きまして、まことにありがとうございました。
 今回執筆させて頂いたリアクションが、皆様のご期待に沿える出来になっていれば良いのですが。
 尚、直接回復の描写が無かった方々につきましても、巨大河童死亡の時点で正常に回復が完了しています。どうぞご安心くださいませ。
 それでは、縁がありましたら、また別の機会にてお目にかかれますことを心より願いまして、御礼のご挨拶に代えさせて頂きます。
 重ね重ね、ありがとうございました。